希望すら燃え落ちる
一刀両断。
土塊は砕けた。だが、まるで卵から孵化するように炎が巻き起こり、また再び火の鳥が現出する。
傷ついた様子はなく、攻撃を意に介してもいない。
「うっそだろ……」
息を呑む。4人合わせての攻撃だ。
支援、妨害、攻撃。これ以上のことは何もできない。
――この程度か?
不意に火の鳥が言葉を発した。
声帯などないので、あくまで喋ったように知覚しただけだったが。
――見極めはもう終わった。
もういい。もうこれ以上は時間の無駄だ。
火の鳥は翼を広げる。赤かった炎が青くなり、白くなる。
リーゼロッテが呼び起こし、昴が両断した土塊が赤い火を噴く。石すら溶かす熱量。
広げた翼をそのままに、火の鳥は一度、二度羽ばたいて、そして。
――不浄なる者を浄罪する……!!
火の塊となって一気に肉薄する。
「っ、来るぞ!!」
リーゼロッテが盾を構える。こんな熱量受け止めきれるかわからない。
だが盾役としてこれを留めなければ待つのは死。
残り距離、10、9、8……直撃までのカウントダウンが迫る。
視界が白く白く焼ける。呼吸さえも焼きつきそうだ。
「……わたしは……!!」
負けられない。絶対にこの先に進まなければならないのだ!
***
「ぅ……」
ゆっくりと目を開ける。
何が起きた。もしや、焼かれて死んで、ここは死後の世界か。
目を開けて、何度か瞬きをする。
さっきまでいた23階だ。よかった、死後の世界ではないようだ。
「火の鳥は?」
火の鳥は一体どこへ。見回すが、この階の中にはいない。
自分たちの背後には出入り口のように壁が取り払われており、その穴から空を旋回する火の鳥の姿が見えた。
空を旋回していた火の鳥は昴たちが目を覚ましたのを見届けると、高く鳴いてもう一度こちらに向かって滑空してくる。
「うっそだろ!?」
またあの突進か。リーゼロッテが防いでくれたおかげか、火傷ひとつしていない。
だがその突進が2度、3度と来るのであればやり過ごせる気がしない。
「下がってろ!」
羽ばたく。突進。来る。一度防いだ。防いだのだからもう一度くらい。
リーゼロッテが盾を構える。しかしリーゼロッテと激突する前で火の鳥はぴたりと静止した。
――進むがいい。燃やすべき罪はない。
そう言い残し、火の鳥は床に開いた穴へと滑り込んだ。
22階へ移動たきり戻ってくる気配はない。
これは、火の鳥の試練を超えたということだろうか。
盟神探湯というものがある。
神に是非を問う神明裁判のひとつで、炎や熱湯の中に手を入れるというものだ。
正しき者は無傷で、罪のある者は傷を負う。
あの炎の突進はそれと同じことだったのだろう。
もし先に進む資格のない者であれば燃やされてしまっていた。
まったくの無事であったということは、先に進むに足ると判断されたということだ。
「階段、あっちね」
「おう」
ふぅ、とリーゼロッテが息を吐く。
緊張のあまり手にかいた汗ですら熱で乾くほどだった。
いち早く階段に踏み出したサイハの後に続いて24階へと向かう。
残った熱気でさえ熱い。嫌ねぇ、とサイハが呟いた。
つとめて声を出さなければ神の気配の残滓に押し負けてしまいそうだった。
「シャワー浴びたいわ……24階ね」
***
24階。
――希望すら燃え落ちる。
24階は何もない空間だった。
魔物が潜んでいる気配も、神の眷属がいる気配もない。
どうやらここは、階下で発生した熱を冷ますための階層のようだ。
この上には図書館の書架がある。書庫に眠る万古の記録が熱で紛失しないようにだろう。
「リーゼロッテ」
「あ?」
「ありがと」
どのような基準で是非が判断されたにしろ、リーゼロッテが庇ってくれた。
人間ではかなわないだろう神の眷属に真っ向から立ち向かったのだ。
臆さず守り抜くその勇気がなければ、燃やされてしまっていたかもしれない。
「今更礼を言うことじゃねぇだろ」
それが役割なのだから。与えられた役割を遂行しただけだ。
ぶっきらぼうに言って顔を逸らしたリーゼロッテの耳はほんの少し赤い。
「照れてる?」
「うるせぇよ」
素直な礼を言われ慣れていないせいだ。そうとだけ言って、やや大股に歩いていく。
熱が上階に行かないように冷やすための空間なのだから、警戒せずともどうせ何もいやしないだろう。
「かわいいところあるじゃない」
「ぶちのめすぞ!」
「きゃぁ、こわぁい」
くすくすと笑う。
おどけてあえて明るく振る舞う。
まるでこの先にある絶望の予感から目を逸らすかのように。
「……25階は、図書館の書架ですよね」
図書館の書架。図書館におさめきれなかった情報が集積されている場所だ。
そこでは知りたいことを何でも知ることができ、それゆえに真実が眠るとされている。
知りたいものは何でも知ることができるのなら、もしかしたら自分の記憶についても何かわかるかもしれない。
何か、どころか答えそのものがあるだろう。
もし。もしも。不安がある。もし自分が不要な存在であると定義されたら。
自分の正体がとんでもない邪悪なものだったら。
「フォル」
不安そうなフォルの顔を見て、昴が肩に手を置く。
大丈夫だ。不安にならずとも大丈夫だ。その不安がそうであると決まったわけじゃない。
仮に、記憶を失う前のフォルがとんでもない邪悪なものだったとしても、今ここにいるフォルは心優しい少女じゃないか。
「フォルだからいいんだよ」
「昴さん……」
不器用な慰めが嬉しい。ありがとうございます、と微笑む。
あぁやはり、昴の言葉の眩しさと優しさが嬉しい。
「行こうぜ」
「……はい!」
大丈夫、たとえこの先に何があったとしても。




