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人権なしのランク0。よくわからないけど、塔、登ります  作者: つくたん
中層『受難の層』
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熾った意思は未だ燻っている

23階。


――熾った意思は未だ燻っている。


火の鳥。フェニックス、ベンヌ、フマ、朱雀、鳳凰。

呼び方は様々だがどれも同じだ。地方や文化によって名が異なろうとも、本質は同じものなのだ。

そもそもこれは鳥ではない。たまたま今、火の鳥の形状をしているだけ。

だからルフのように舞い落ちる羽から分身を生むこともない。


火の属性は過激さと暴食を象徴し、再生を司る。

熱狂という言葉があるように、火の属性は苛烈な狂気のしるしであった。

どんなものも灰にする炎は万物を食らう口とされた。

そして燃やし尽くした灰から新たな生命が芽吹く。生命の輪廻を司るものが火というものだ。


だがその知識が今なんの役に立つだろう?

そこに存在しているだけで圧倒される威容を前に、知識など些細なものでしかない。

それほどまでに鮮烈に、過激に、かの眷属はこの場に君臨する。


「あっつ……」


皮膚が焼けていくような錯覚に陥りそうになる。顎に伝い落ちてきた汗をぬぐう。

これこそが炎の化身。神の力を受けた獣。


「こいつをぶちのめせってか。……ったく、厄介だな!」


だがやるしかない。リーゼロッテが"エイジス"を呼び出して構える。

相手がどうでもリーゼロッテがやることは変わらない。敵の攻撃を引きつけ、受け止めること。


拒絶と拒否感、敵意。要するに相手の存在を受け入れないという感情が"エイジス"の防御力を決める。

相手の存在を受け入れず、排除する意思。それさえ尽きなければ盾は神の力さえも跳ね除けられる。


「"修練の門"で修行した成果って、マトモに出してなかったもんな」


ゲームで言うところの、いわゆるボス戦だ。

こういった障害は9階のボロキアリャソフ以来になる。

ここに来てボス戦、しかも相手は神の眷属とは。25階の図書館の書架に眠る真実を前にして、ふさわしい障害ではないか。


昴が"ファルクス"を構える。もうすっかり剣の感触が手に馴染んでしまった。

誰よりも前に切り込むこと。それが重要なのだ。臆するな。臆してはいけない。


「負けられません、絶対に!」


多少の傷なら癒やしてみせる。首から提げたペンダントの"メディシナール"を握ってフォルが火の鳥を見据える。

神の眷属だ。油断はならない。少しでも補助しなければまともに歯が立たないだろう。否、補助があっても歯が立つかどうか。


「妨害、通る気しないんだけど……」


この"歩み始める者"を妨害に転用した場合、発動する能力は一種の呪術のようなものらしい。

呪いの類が神の眷属に効くのだろうか。自信がない。

やってみなければわからないし、出し惜しみする気はないが。

つい、とサイハがカードを取り出す。試しに"隠者による百識"で火の鳥の力量を計測してみるものの、これまでの魔物の比ではない数値ばかりだ。


それぞれが戦いの用意をしたことを認め、火の鳥は翼を広げる。

重量感のある動きは体が炎で構成されていることを忘れてしまうほど優雅だ。

長い首を持ち上げて空を仰ぎ、石の天井を睥睨し、そして嘴を開いて息を吸う。


――脆弱な探索者たちよ、浄罪の火で焼かれるがいい……!!


そして一息に咆哮した。びりびりと空気が震える。

自身の熱気さえ吹き飛ばすのではないかというほどのけたたましい一声。

鳴き声だけですら衝撃波となる。石の壁を、天井を、床を走る衝撃波をリーゼロッテが盾で防いだ。


「いくぞ!!」


衝撃波が駆け抜けきると同時に盾の影から昴が飛び出す。

実体のない炎だが、それを断つことはできる。どんなものにも力の核となるものがある。

それを破壊することができれば、求心力を失って崩壊するはずだ。

エレメンタルはそうだったし、精霊がけしかけてきた魔物たちもそうだった。


火の精霊が炎を用いて魔物を作った時のことを思い出す。

あれは、燃えた石炭を積み上げたような形の魔物だった。

炎は捉えきれずに刃をすり抜けたが、核となっていた中央部の赤く燃える石炭を両断したら形を崩して倒れた。

要するに、それと要領は同じなのだ。規模が違うだけで。

力の源になっている核さえ砕けば、形のない魔物でも斬ることができる。


刃を振り上げ、足を踏み込み、腰を落として振り下ろす。

"修練の門"で徹底的に訓練された体の運びで剣を振るう。


だが。


「ぅぇ!?」


振り下ろした剣は虚しくも炎を斬る。まったく手応えはなかった。

核があるなら体の中央部である心臓部分だろうと思ったのだが、違ったのか。

ならば頭。そう思うが、あまりの熱に服の裾が焦げた臭いを発し始めたので二撃目を見送って退く。

いったん退いて立て直す。長時間あの火の鳥の近くにいることは危険だ。時間の猶予はたった一撃分しかない。それ以上近くにいたら今度は服どころか皮膚が、肉が、体が焼ける。


「サイハ、核どこ!?」

「力の中心部なんてないわよ! 全部が……全身が『そう』よ!」


さっき視た。この火の鳥に核など存在しない。力の中心部なんてものは存在しない。

火の神の力そのものだ。


「いったん止めるわ。……"狂信者による理性"!!」


どうか効きますように。願いながらサイハがカードをかざす。

サイハの願いが通じたのか、びき、と火の鳥の周囲の空気が固着する。

見えない鎖で絡め取ったかのように、火の鳥の動きが止まった。


「支援します! "メディシナール"!」

「同時発動……っ、"侵略者による淘汰"!」


フォルが昴の強化を、サイハが火の鳥の弱体化を唱える。

"侵略者による淘汰"。対象の攻撃の威力を減衰させ、防御力を弱める効果だ。

刃による物理攻撃が効くとは思えないが、ないよりはマシだ。


「……ったく、火の消し方なんて常識だろうが」


リーゼロッテが息を吐く。

水を使わない火の消し方。酸素を断てばいい。

神だろうが何だろうが、火が燃える仕組み自体は何も変わらないはずだ。

要するに密室に閉じ込めてしまえばいい。そのための手段をリーゼロッテは持っている。


「火を閉じ込めるは"土の力"ってな」


その堅牢さで閉じ込めてしまえ。

リーゼロッテが盾の底面を床に叩きつけると、ぼこりと石床が隆起した。正確には、石畳の下の土が。

四角い石のレンガも一緒に巻き上げ、宙に浮かぶ。

それも一瞬。次の瞬間には火の鳥へと降り注ぐ。

がらがらと瓦礫が落ち、その中に火の鳥が呑まれていく。


「閉じ込めな」


だがそこで終わらない。

イメージは箱型の檻だ。降り落ちた瓦礫を寄り集めて炎を包んで閉じ込める。

ぐるりと土で炎を巻き取って、手のひらほどの大きさの箱に圧縮する。

火の粉が逃げる隙間さえ作らない。圧縮。


「たたっ斬りな、昴!」


力の中心部が存在せず、全身がそうだというのなら。

全身をくまなく強力な攻撃で吹き飛ばさなければならないのなら。

火の鳥の全身に満遍なく届くほどの広範囲を攻撃する手段がないのなら。

だったらこうする。的を小さくすれば、昴の刃でもその一撃は全身に及ぶ。


「ありがと!!」


3人の支援を受けて昴が駆け出す。

リーゼロッテが作ってくれた土の箱ごと一刀両断してやる。


強化が途切れないようにフォルが再度唱えた魔法を受けて、もう一度。


「たたっ斬れぇええええええ!!!!!」


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