八十六節、レッドキラー
「何か俺に用っすか?」
ダインは、闘技場のフィールドで対峙する男…シグに向かって尋ねた。
「いきなり攻撃してくるのがガーゴなりの挨拶とか?」
少々不機嫌そうに問うが、「いやぁ、ちょっとジッとできなくてさ」、シグは軽い調子で答えた。
「この間のドラゴン討伐のときは現場にいなかったから知らなかったんだけどよ、お前、暴走したジグルの攻撃を止めたって本当か?」
シグのダインを見る目は興味津々としたものだ。「お前確かノロマクラスだろ。ジーニから聞いたときはさすがに驚いたぞ」
「いや、たまたま避けられただけじゃないっすかね」
真面目に答える気もなかったダインは半笑いでそう返す。「俺がしゃがんだところを偶然そいつが通り過ぎただけで」
「謙遜するなよ。そのおかげで七竜の討伐チームの一員になれたんだろ?」
「魔力のない俺なんか戦力になんないっすよ。そもそも現場じゃ逃げ回るつもりだし」
「情けないこというなよ」
シグが腰を深く落とす。「ここにきた意味がなくなるじゃん」
ダインが「え?」、と声を出している間に、シグの姿がすぐ目の前まで来ていた。
無言で拳を突き出してくる。
音速に近いそのパンチを、ダインは咄嗟に身を翻してかわした。
「俺、強い奴が好きでさ」
殴りかかったモーションのままシグがいう。
「モンスターでも人でも、強い奴には片っ端から挑んじまう性分なんだよ」
「…はぁ」
「初めてお前を見たときさ、何か感じたんだよな」
「…はぁ」
シグが地面を蹴り、再び俊足でダインに殴りかかった。
顔面に二発、腹部に三発。
風圧波が発生するほどの威力だが、ダインは全てを避けていく。
「七竜討伐にお前がイレギュラーでメンバーに加わったのを聞いて、居ても立ってもいられなくなってこうして力比べに来たんだよ」
ハイクラスでも避けきれない攻撃をダインがかわしたことに、シグはさして驚きはない。
彼は自分でもいっている通りかなりの場数を踏んできた。武道に関しては天性の素質があった彼なので、相手の実力もひと目見ただけで見極められるという自負があるのだろう。
「そりゃ、わざわざご苦労なことっすね」
ダインはため息を吐きながら周囲を見回した。「結界まで張って誰にも入らせないようにして」
「邪魔されたくねぇじゃん」
ダインに向かってシグが構える。何か呪文を唱えたのか、彼の全身が光った。どうやら強化魔法を使ったらしい。
「さぁ、実力を見せてくれよ。『ジャッジ』の隊長として、お前を見極めてやる━━有罪か無罪かをな」
シグは再びダインとの距離を一瞬で詰めた。そして先ほどよりも数倍もの連打がダインに迫ってくる。
一撃ごとにブオンッと音が鳴るほどの威力だが、ダインは体を上下に動かしたり上体を捻ったりしてかわしていく。
シグはさらに足技も加えてきたようだが、それでもダインも素早い身のこなしで攻撃を避けては受け流し、いなしていく。
「おーおー、避けるのだけは一級品のようだな」
シグはにんまりと笑った。「だがこいつはどうだ?」
さらに上位の強化魔法を使ったのか、シグを包む光が強くなる。
彼の素早さがまた一段、二段と上がっていき、その手数も爆発的に増えた。
いまやシグの動きは一般人には確認できないほどになっており、その重い一撃一撃が空気を歪め、ダインの背後の砂や小石を吹き飛ばしていく。
シグの動きによって空気がぶつかり合い、うねりとなって竜巻が巻き起こる。
「俺を止めなくていいのかぁ!? 闘技場が壊れちまうんじゃねぇかなぁ!?」
どんな攻撃でもかわすダインに、シグは満足げな様子だ。
予想通り歯ごたえのありそうな相手だ…そう直感したような顔だった。
凄まじい猛攻にダインも難なくかわしていたが、その表情に浮かんでいたのは呆れたような顔だった。
シグの笑い声や楽しそうに攻撃してくる様を見ながら、ダインが思い浮かべていた感想は一つのみ。
…面倒だ。
と、いうものだった。
実をいうとこれまでにも何度か、そうしてダイン本人の実力を推し量ろうと仕掛けてきた奴はいた。
人に手を出すことは両親に止められていたから、あえて弱いフリややる気のなさを見せて諦めさせてきたのだが、それでも食い下がる奴はいたので、物や何かに当たって間接的に実力を見せ付けたことはある。
自分よりいくつもランクが下だと思い込んでいたのに、突然段違いな力を見せ付けられるのだ。
そのとき、魔力がないことをバカにし、卑下してきた奴らが抱く感想は大体が決まっている。
『インチキだ』
『何か卑怯な手を使ったんだろう』
そう陰口を叩かれ、付きまとわれたことが何度あったことか。
シグの反応も過去の奴らと大差ないと思っていただけに、ダインは面倒だとしか思えなかったのだ。
「おいおい、考え事してる暇あんのか?」
いつの間に距離を置いていたのか、シグがいった。
その手に何か持たれている。何だろうと思った瞬間、その手元が光った。
そして小さく鋭い何かがダインの頬を掠めていく。
「ん…?」
背後から小さな何かがぶつかる音がして、振り向いてみると壁の一部に穴が開いていた。
「いまのところお前は有罪に近い無罪だ。まずいんじゃね?」
にやつくシグの手には、透明だが光り輝く機械のようなものが握られており、よく見るとそれは…なんと拳銃だった。
「それ…まさか創造魔法っすか」
その実体のない拳銃から強い聖力を感じ、ダインは驚いてきいた。
「ああ。こんなのも出せるぞ」
シグがいった瞬間、その手元が再び光りだす。光の球から現れたのは、拳銃よりも一回り大きな銃だった。
その銃身の長い銃は見たことがある。
「ショットガンだ」
予告も何もなく、シグはそのショットガンの引き金を引く。
するとパァンッという破裂音と共に、いくつもの光の弾がまさに光速の勢いでダインに迫ってきた。
ダインは再び素早く身をかわす。避けた地面からドドッと音がして、蜂の巣のような穴が開いていた。
「へぇ、この弾速も見えてんのか」
創造魔法━━
それは名の通り、聖力を用いて何かを創り出す魔法だ。
当然聖剣だけではなく、あらゆる物を術者の能力次第で生み出すことが出来る。
構造の複雑な銃ともなれば、相当な聖力の高さと素質を要求されるのだが、退魔師協会を立ち上げた父を持つシグならば造作もないことだった。
ハンドガンにショットガン、ライフルにマシンガン、果てはグレネードランチャーやロケットランチャーまで。
シグは接近戦もできるが、その銃による遠距離射撃を得意としており、敵の数や強さによって扱う武器を様々に変えることが出来た。
一斉掃射による制圧射撃は凄まじいの一言に尽き、どれほど大量のモンスターがいたとしても一瞬にしてミンチにできる。
戦闘狂だった名残はガーゴに入隊した後も尾を引いているようで、同じガーゴ組織内の同僚らからも、彼のことは“レッドキラー”として恐れられていた。
しかしそんなシグの射撃すらダインは難なくかわしており、予想外の身のこなしにシグの表情も少しだけ驚きに変わる。
「これも避けるとは感心するぜ。何か特別な魔法でも使っているのか?」
攻撃の手を緩めずシグが尋ねる。
「自主トレっすよ」
姿が消えるほど激しく動きながらもダインは答えた。
「んなことより無罪か有罪かいってますけど、有罪だとどうなるんすかね?」
とにかく早くこの面倒な事態を収めたいダインはきいた。
ダインが止まった一瞬の隙を狙い、「有罪は即処刑だな」、シグは答えながら何度もショットガンをぶっ放す。
ダインの足元や背後の壁には無数の穴が開いていた。その威力はもはや実弾と同じかそれ以上だ。
一般学生なら怪我では済まないだろうが、得体の知れないダイン相手なら直撃しても大丈夫だと思っているのだろう。
「怖いっすねぇ」
ショットガンの弾を最小限の動きで避けていたダインは、小さく笑う。「じゃあ無罪だと?」
「半殺しだ」
シグもまたにやりとした笑みを浮かべ、その手元が眩く光る。
今度はショットガンよりもさらに大きな銃を創り出した。
両手で持つほどの大きなそれは、銃身が歯車のようにいくつも繋がっている。
「かっこいいだろ? これ、ガトリングガンっていうらしいぜ」
そう説明をしながら、シグがそのガトリングガンの引き金を引いた。
すると、ドドドッという連続した派手な射撃音と共に、細くて長い弾丸が凄まじい勢いでダインに襲い掛かる。
ダインは再び身をかわす。避けた地面からチュインッという甲高い音が連続して聞こえ、蛇が出入りできそうなほどの大穴が開いていた。
動けば動くほどその穴は増えていき、その弾数と威力の高さに土煙が舞い始める。
「やるじゃねぇか!」
いくらダインがかわしても、完全にロックオンしていたシグは的確にダインの足元を狙って射撃を続けていた。
硬い装甲すら貫く弾丸だ。急所を外してはいるのだろうが、ガトリングガンを人に向けて放つなど殺意があるとしか考えられない。
「はっはっは! いつまで避けきれるんだろうなぁ!?」
「そっちこそ聖力の消費が半端ないんじゃないすか!?」
ダインがそういうが、「心配すんな。“弾”なら沢山持ってんだよ」、と、彼は攻撃を中断し上着を捲くった。
上着の裏地には、紫色に輝くひょうたん型の水晶がいくつもぶら下がっていた。
「ミスティッククォーツってんだ。十分に聖力貯蓄してあるから、日が暮れても撃ち続けていられる」
どうやら聖力切れの対策は万全のようだ。
「そりゃ何よりっすよ」
そう答えたダインだが、シグの息切れを狙っていただけに面倒でならなかった。
「ま、とはいえ今日はあいつ等に黙って来ちまったから、俺としてもそんなに時間はねぇんだわ」
あいつ等が来る前に決着つけようぜ、と続けたシグはガトリングガンを解放し、その光を自身の体に纏わせた。
光に包まれた彼の体からいくつもの銃身が伸びていき、やがてその姿がはっきりとしてくる。
ハンドガン、アサルトライフル、ショットガンにマシンガン…様々な銃火器で身を固めた姿だった。
「お前ちょこまかとうざいからさ、ちょっとだけ本気ださせてもらおうか」
まるで完全武装した機械兵のような格好をしたシグは、腰を低くした。
「無双形態…グランド・ヘル」
そういった次の瞬間、彼が装備していた武器たちが一斉に聖力の火を噴いた。
様々な射撃音と共に視界は一瞬にして弾丸で埋め尽くされ、まさに弾の雨のようだ。
こうなっては安全地帯などどこにもなくて、さすがのダインもガードするしかない。
両腕をクロスし身を固める彼の全身に、大小色んな形をした弾丸がめり込んでいく。
「どうだおい! 痛ぇだろ!? まだまだいくぜぇ!!」
創造された銃と弾なので弾切れもリロードの必要もなく、弾詰まりや暴発する恐れもない。
ミスティッククォーツのおかげで聖力切れの心配もなく、障害物に当たった弾は跳弾している。時間が経てば経つほど空間に存在する弾の数は倍で増えているようだ。
もはや闘技場の中は弾幕シューティングゲームのようだった。それも安全地帯のない、ボムや回避手段が一切ない初見殺しのような絶望的な状況。
絶え間ない銃弾の雨に晒されながら、ダインはどう切り抜けようか考えていたが…、
「やられる一方だなぁ!? このまま結界が切れちまったら、お前を迎えに来ていたお友達もタダでは済まねぇかもなぁ!!」
そのシグの台詞を聞いて、彼の腕がピクリと動いた。
「お前のお友達は近くにいるようだし、いま解いたらどうなる…」
シグは続きをいいかけて止まった。
気付けばダインがすぐ目の前にいたのだ。
「…は…?」
銃弾の雨に打ちのめされ、手出しなどできない…されたことのない必殺の技だったはずなのに、彼はなんとその銃弾をまともに受けながら近づいてきていたのだ。
理解できない状況に、シグは一瞬だけ怯んでしまった。
そんな彼に向け、握った拳を後ろに構えていたダインは、
「んじゃ軽く一発…」
そういってパンチを放とうとする。
その瞬間、シグの背筋にぞくりとしたものが走った。
それは未だかつて経験したことのない、自分でも分からない感覚だった。
だからだろう。拳を構えていたダインの腹部から、ズドンという凄まじい衝突音がしたのは。
ダインの体は激しく揺れ、動きが止まっていた彼はそのまま倒れてしまった。
「…あ」
そこでシグは気付く。自分の手元に、巨大な大砲を創り出していたということに。
それは防衛反応だった。ダインから言い知れぬものを感じ、自分で意図しない間に大砲を創りだし、ダインの腹部に向け巨大な聖力の弾丸を撃ち込んでしまったのだ。
地面に伏したまま、ダインは動かない。
「あ…い、いやいや、わ、悪い、すまん」
シグはようやく自分が何をしでかしたかに気付き、謝った。「ここまでするつもりじゃ…大丈夫…だよな?」
そう問いかけても、ダインは未だに動かない。
「マズっちまったか…?」
慌てて回復魔法を使おうとした彼だが、しかしダインに対して疑問は残る。
あれほどの弾丸を浴びたにも関わらず、彼は怪我一つしてなかったのだ。
確かに手加減はしていたが、あれほどの動きと防御力があったのに、大砲一発で沈むものだろうか。
「おい…マジで気を失ってんのか?」
足で小突いてみる。だがそれでもダインから反応はない。
本当に落ちてしまったのだろうか…? ここからだと思っていたのに。
「あれ…おかしいな。俺の見込み違いだったか…?」
残念に思ったシグだが、まだ死んだフリの可能性がある。
いくら弾丸を撃ち込んでも倒れなかったダインとの戦いを続けたかったシグは、彼から飛び退き、創造魔法を使いロケットランチャーを創り出した。
装填された弾丸にさらに聖力を集め、威力を高めていく。
「お〜い、起きろよ…っと!」
シグがロケットランチャーの引き金を引く。
ドォッという射出音と共に、その大きな銃口から眩く輝く巨大な弾丸が打ち出された。
あまりの速さに空気が震動し、地面を抉らせながらダインに真っ直ぐに向かっていく。
その頭部に弾丸が直撃する…
━━そのときだった。
まったく別の方向から誰かが飛び出してきて、ダインに迫っていた弾丸に向けて手に持っていたものを振るう。
(キィッ!!)
そんな甲高い音がして、直線を描いていた弾道は垂直方向へ変化した。
弾かれた弾丸は頭上で爆発し、太陽のように眩い光を放って収束する。
「あ…?」
舞い上がる土煙で前方がどうなっているのか良く見えない。
が、その中に誰かが立っているのが見える。そのシルエットから女生徒だというのは分かった。
女生徒は長くて光り輝くものを持っており、それを振った瞬間土煙が一瞬で吹き飛んだ。
中から現れた人物を見て、シグはまた「あ?」、と声を出してしまう。
未だに倒れているダインを守るようにしてシグとの間に立ち、彼を睨みつけながら聖剣を構えていたのは…シンシアだった。




