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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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八十五節、小柄な頑張り屋さん

朝でも昼でもない午前の時間、カールセン邸のキッチンには女たちが集まっていた。

その日の昼食はシエスタが作りたがっていたようで、袖を捲くっていた彼女は早速調理を始めている。

夕飯の仕込みも平行して行っているようだが、料理の腕を上げるためにサラたちの手助けは不要だと、その背中には燃え上がるような闘志が立ち上っていた。

そんな彼女のすぐ近くでは、サラとルシラ、そして調理台の上に立たされていた子供ドラゴンのピーちゃんがいる。

「さて、ピーちゃん」

そのピーちゃんに向け、サラはやけに真剣な面持ちで話しかけていた。

「頭の良いあなたなら分かっているかもしれませんが、うちにはあまり余裕がありません」

「ぴぃ?」

ピーちゃんは不思議そうに首をかしげる。

そんな彼(彼女?)に、サラは、「つまり、働かざるもの食うべからず」、と、腕を組んで続けた。

「小柄なピーちゃんはまだ小食のようですが、だからといって何もせずうちでダラダラしていいわけではありません」

「ぴぃ」

サラの言葉に相槌を打つように、ピーちゃんは鳴き声を上げる。

どうやら話はできないようだが、言語は理解できているようだ。

「ルシラもこれほど頑張ってくれているのです。ピーちゃんにも、何かお仕事をしてもらいたいと思います。働かないとご飯も美味しく食べられませんから」

「ぴぃ!」

翼をはためかせて同意を示すものの、「でも何をさせるの〜?」、ルシラが純真な目でサラにきいた。

「物を持つのも難しそうだし、頭に乗せてはこぶにしても、あまり重いものはかわいそうだよ?」

「それについては今後考えていくことにしましょう」

サラはピーちゃんの頭を撫でながらいった。「自分に何が出来るのか。お手本がここにいるのですから、その方の動きを見ながら、ゆっくり考えてください」

「ぴぃっ!」

「おてほん?」

不思議そうにするルシラに、「よろしく頼みましたよ、ルシラ」、サラはそのルシラの頭にピーちゃんを乗せた。

新人教育だ。

自分がその教育係を任されたと分かり、ルシラは顔に笑顔を広げていく。

「ぴーちゃん、ちゃんと見てるんだよ!」

「ぴっ!!」

両翼を広げてピーちゃんが短く声を上げたとき、

「あら?」

今度はシエスタから不思議そうな声が上がった。

「おかしいわね、さっきまで…」

「奥様、どうされましたか?」

サラがシエスタに近づくと、ルシラも何事かとついてきた。

「あ、ええ、さっきまでちゃんとコンロが使えていたんだけど…」

シエスタはコンロのつまみを何度も捻っている。

だがかちかちと音がするのみで、上部の火気口から火が出てない。

「ちょっと失礼致します」

サラは慣れた様子でそのコンロの蓋を外した。

内部を細かく確認した後、「ああ…レッドストーンが魔力切れを起こしていますね」、といった。

レッドストーンとは、コンロの火元といってもいいもので、火の魔法が込められている。それが切れるなり壊れるなりすれば、当然火は出ない。

「もうストーンの色が白くなっております」

「あー、これ古いものだからねぇ」

信頼と実績のあるリステニア工房製のものだが、どんなものでも使い続ければ何かしらへたっていくもの。

「う〜ん、困ったわねぇ」

シエスタは眉をハの字に曲げた。「交換を依頼するにしても、いまからじゃ届くのは明日の朝になっちゃうでしょうし…」

辺境の村だからこその悩みである。このエレイン村に転移魔法で来れる修理屋は一つだけで、その馴染みの店は人気店であるため遠方ほど対応が遅れてしまう。

「今日は火を使わない料理だけにするしかないかしら」

そういったとき、「ピィッ!!」、と、ピーちゃんが一際大きく鳴き声を上げた。

ルシラの頭上から調理台へ飛び降り、そのままとてとてとコンロの前まで歩いていく。

「ピーちゃん?」

ルシラ含め全員が何をするのかと彼(彼女?)を見ていると、ピーちゃんはコンロの手前で上体を大きく逸らした。

そのまま口を開けて胸が膨らむほど息を吸い込み、首を振って頭を前方へ降ろした。

そして次の瞬間、

ゴォッという音と共に、ピーちゃんの口から炎が吐き出された。

「おお!!」

ルシラが声をあげる。

「あら」

「おや」

シエスタとサラも、やや驚いたように目を開いた。

ピーちゃんが吐く炎は中々の火力があったようで、フライパンの中にあったアスパラベーコンがジューと音を立て始める。

「すごいすごい! ぴーちゃんすごい!!」

ルシラはきゃっきゃと喜んでいる。

「そういえばこの子、獄炎のドラゴンでしたね」

サラがしれっという。

「この子のお仕事、もう見つかったんじゃない?」

先ほどの会話を聞いていたのか、シエスタは嬉しそうにいった。

「ねぇピーちゃん、そのままお願いしたいんだけど…大丈夫? 辛くない?」

やや心配そうに尋ねるものの、ピーちゃんは「ピィッ!」、と炎を吐きながら元気な声を上げた。

翼をはためかせ、まだまだ大丈夫だといいたげだ。

「ありがとう。でも無理しない程度にね」

シエスタはピーちゃんの頭を撫でてから、「あなたのお口に合うようなとびきりのものを作るから」、そういって調理を再開した。

「はい、はい!! るしら、るしらも!」

そのときルシラが大きく手を上げる。

「るしらも何か作りたい!」

そういい出した。

「ぴーちゃんと一緒に! 一緒においしーの作りたい!」

どうやらルシラも調理意欲が燃え上がってしまったらしい。

「確かに、ピーちゃんとの合作で作った料理だと知れば、ダイン坊ちゃまもかなり驚くことでしょう」

「うん!」

「火の扱いはまだ危険だから止めてましたが、ピーちゃんならばその心配はないでしょうし…」

サラはしばし考え、よし、と頷く。「許可しましょう」

「やった!」

「ですが私の目の届く範囲内ですること。いいですか?」

「うん!」

ルシラは早速調理器具がしまってある戸棚へ向かい、そこから柔らかい素材で出来た子供用の小さな包丁を取り出す。

「新しい料理に挑戦してみましょう」

「あい!」

サラは頷くルシラの背後に回り、彼女の両腕を掴んで食材を刻んでいく。

新しい料理を教えるときはそうして手取り足取りルシラに伝授するのが定番になっており、ルシラは鼻歌を歌いながらサラの動きを見つめていた。

ピーちゃんは未だにフライパンの底に炎を吐き続けており、彼(彼女?)に出来るだけ負担がかからないようにと、シエスタは手早く焼く作業を進めていく。

そうしてキッチンが賑やかになってすぐ、そこにひょっこりと顔を覗かせる者がいた。

「なぁしーちゃん」

やってきたのはジーグだ。手に数枚の書類を持っている。

「申請書の書き方はこのような感じで…」

キッチンの様子を見て、彼は台詞と動きが止まった。「…なんだこの光景は」

コンロの側で小さなドラゴンが炎を吐き出しており、その側でシエスタがフライパンを振っている。

途中でサラがピーちゃんを抱えては、ルシラが切れ目をつけていたウィンナーに、ガスバーナーよろしく炎を吹きかけ焼き色をつけていた。

確かに見ようによっては異様だろう。

「ああ、あなた。ファイアコンロの寿命が来ちゃったみたい」

ジーグの気配に気付いたシエスタが声をかける。「アレクさんに交換の連絡しておいて。届くまではピーちゃんに手伝ってもらうわ」

その妻の台詞で状況が飲み込めたジーグだが、「あ、ああ、うむ…」、返事をする声は戸惑い混じりだ。

「あのヴォルケインをコンロ代わりか…」

彼はなかなか複雑そうな表情だった。「誰がこのような光景を想像できただろうか…」

ジーグはいわれた通りに携帯を取り出し、馴染みの修理屋にコンロの交換を依頼してから通話を切った。

「それで何かしら。書類?」

調理に区切りをつけ、シエスタがジーグの元へ移動する。

「ああ、うむ。ちょっと見て欲しい」

ジーグから手渡された書類を見つめ、「…ええ、いいんじゃない?」、シエスタはそういって書類を返した。

「種族の欄はヴァンプ族にしたのね?」

「ああ。これだと違和感がないはずだと思ってな」

「しかしよくルチル王が動いてくださいましたね」、と、サラが割り込んできた。後の調理はルシラに任せても大丈夫だと思ったのだろう。

「実をいうとペリドア殿が掛け合ってくれてな。受け持ってもくれるそうだ」

そうジーグが説明したところで、シエスタは小さく息を吐く。

「ほんと、ドワ族のお世話好きにはいつも驚かされるわ。リステン家は特にそう」

そういいながらも顔は嬉しそうだ。「“あのこと”もそうだしね」

「そ、そう、であるな…」

返事をするジーグはまだ複雑そうな表情をしている。

「な、なぁ、しーちゃんよ」

「ん?」

「本当にその…“アレ”の製作の手伝いを請け負うつもりなのか?」

ジーグの脳裏には、二日前にシエスタから聞かされた、シディアンが主導するリステニア工房とのある“業務提携”の内容を思い出していた。

シエスタからその詳細を聞いたときには、ジーグは衝撃のあまりよろめいていたのだ。

石のように固まってしまい、動かなくなった彼を、シエスタとサラは始終にやにやした目で見つめていた。

「ほ、ほら、原料の加工のみとかだな。こう、もっとぼんやりとした製作段階で止めて、続きはあちらでしてもらうとか…」

ぼそぼそとジーグはいうが、

「それだとこっちの取り分が減るじゃない」

シエスタはきっぱりといった。「これは一大プロジェクトといってもいい。できる限りこっちで製作して利益を上げないと」

「い、いやぁ、しかし我々の職人の方々がどうするか…」

「モノづくりができるなら何でもいいって、創作意欲に湧いてるから大丈夫よ。用途もいわなかったら分からないでしょうし」

そうシエスタがいってる横から、「“アレ”が何であるかの知識がないことは確認済みですし、懸念することは何もございませんよ」、とサラもサポートに回る。

「う、うぅむ…」

ジーグは腕を組んで唸ってしまう。その表情に浮かんでいるのは新規プロジェクトに対する不安ではなく、戸惑いそのものだ。

「ちなみに構想案会議についても参加していいそうですよ」

ジーグにサラが追い打ちをかける。「テスターも募集してるとか」

「て…テスター…」

またジーグが固まってしまった。

シエスタとサラが再びにやついた笑顔を浮べたとき、「なんの話〜?」、と、いよいよ我慢できなくなったのかルシラが会話に参加してきた。

そこでジーグはハッとして、「い、いや! ルシラは知らなくていいことだ! 知らないほうがいい!」、必死な形相で会話を打ち切ろうとした。

「ん〜?」

不思議がるルシラだが、確かに彼女にはまだいうべきでないと思ったようで、「それよりも、ルシラには大ニュースがあります」、サラが話題を逸らした。

「だいにゅーす?」

「ええ。その前にルシラ、改めてあなたに確認したいことがあるの」

シエスタがルシラの正面に立つ。

その表情は真剣なものだったので、思わずルシラも姿勢を正し、「な、なに?」、何を聞かれるのかと、やや不安げな面持ちで彼女を見上げた。

「ルシラ。あなたは…ダインのこと、どう思う?」

優しい口調だが、唐突な質問だった。

ルシラはまた「え?」、と返してしまうが、しかしその問いに対する彼女の答えはいついかなるときも変わらない。

「だ、大好き…だけど…」

考える隙もなく答えたルシラに、「一緒にいたい?」、と、シエスタは続けて質問した。

「そうだけど…」

「そのためにお勉強頑張ってるものね」

「う、うん」

「じゃあ、その大好きで一緒にいたいダインと、どうなりたい?」

ストレートな質問が続くが、恥ずかしがるルシラの答えもストレートなものだった。

「えと…け、けっこん、したい…」

ぼそぼそと、しかしはっきりとした彼女の答えを聞いて、シエスタとサラ、そしてジーグも嬉しそうに微笑む。

「ルシラには特大ニュースがあります」

「あれ? とくがついたよ?」

「ええ。なぜなら、あなたの夢の実現が一歩近づくことになりそうだから」

シエスタはそういってしゃがみ込む。

「るしらの夢?」

「そう、夢」

それはね…とルシラの耳元に口を寄せ話し出そうとしたとき、「奥様、ピーちゃんが…」、サラが呼び止めた。

見ると、ピーちゃんは調理台の上でぐったりしていた。

どうやらシエスタたちが会話中でも、ずっと炎を吐き続けていたらしい。

「ああ、ほらほら、無理しないでっていったでしょう」

シエスタはすぐにピーちゃんを抱きかかえ、休ませようとするものの、「るしらがするよ!」、と、シエスタからそのピーちゃんを受け取り、胸に抱いた。

お姉ちゃん気質を覗かせるルシラに、シエスタたちはまた笑顔になってしまい、そしてそんなルシラに“あること”を伝えたのであった。







「本当は特定の生徒に贔屓めいたことはしたくないんだがな」

そういってダインの前から立ち去っていくクラフト。

自分の携帯を握り締めるダインは廊下の突き当たりにいて、しばし呆気に取られたままクラフトの背中を見送っていた。

今日の授業が全て終わり、ホームルームを経て解散した直後のことであった。

クラフトがダインを呼び、誰も見てないことを確認して彼に個人的なメールアドレスを教えたのだ。

理由も何も告げず、ただダインに一言、「頑張れよ」、といって立ち去っていった。

始めこそ訳が分からなかったダインだが、「どうしたの?」、と近づいてきたシンシアを見て、徐々にクラフトの行動が分かってきた。

きっと彼は、自分の生徒でもあるダインを守るために行動してくれるつもりなのだろう。

ガーゴという厄介な存在とがんじがらめになりながらも、彼なりに考えてくれていたようだ。

「ダイン君?」

「いや…先生は先生で大変だなってな」

「ん?」

前回のドラゴン退治のおかげでジーニとサイラは校内で幅を利かせるようになり、もはや学校内でクラフトたち改革派と腹を割って話し合える場はない。

個人的に会おうにもマークされていることも考えられるので、メールという手段を用いようと思ったのだ。

細かな話はしてないが、クラフトの考えることは何となく分かる。恐らく七竜に関する特徴や対策についての情報を送ってくれるのだろう。

心の中でクラフトに対するお礼をいいながら、「それより他の皆は?」、ダインはシンシアに顔を向けた。

「あ、それがディエルちゃんがやけに張り切っちゃってて、ついさっきティエリア先輩が来たんだけど、みんな連れて闘技場まで先にいっちゃったよ」

なんとも慌しい奴だ。よっぽど体を動かしたかったらしい。

「んじゃ俺らもいくか」

「うん!」

シンシアと並んで闘技場へ向かうことにした。



すぐに現場に到着したが、闘技場の中にディエルたちの姿はなかった。

「もうラビリンスの中に入っちゃったって」

ニーニアと携帯で連絡を取っていたシンシアが笑っていう。「相変わらず元気だよねぇ」

「張り切りすぎだ」

「いま下層から戻ってきてるらしいから、ここで待ってようよ」

「そうだな」

ダインとシンシアはそのまま後ろの壁にもたれ、しばし闘技場からラビリンスを出入りする生徒たちを眺める。

今日もラビリンスは活気付いているようだ。

「ああ、シンシア」

途中で思い出したことがあり、ダインはシンシアに顔を向けた。「その後どうだ?」

「その後?」

「門下生の人たちだよ」

ダインとその門下生とひと悶着あり、シンシアがぷりぷり怒っていた顔を思い出しながら続ける。「ちゃんと仲良くしてるか?」

すぐに元気な返事が返ってくるかと思いきや、彼女は「う〜ん」、と眉間に皺を寄せた。

「まぁ…試合のときのお弁当は作ってあげてるよ。一応」

そのいい方にどこか棘のようなものを感じ、「え、まだなのか?」、関係悪化がまだ続いていることにダインは驚いてきいた。

「いや、根深すぎるだろ。そろそろ許してやってもいいんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど…」

シンシア自身も、どうしてそこまで門下生の人たちを許せないのか分かっていなさそうだ。

「あのときのことを思い出すと、やっぱりムカムカしてきちゃって…」

彼女の姉のリィンは、シンシアがなかなか怒らないからひと芝居を打ったというのに、行き過ぎて怒りっぽくなってしまったのだろうか。

「しょうがない奴だな…」

思わず笑ってしまったダインは、息を吐きつつ彼女の頭を撫でた。

「あ、あう…」、と途端に恥ずかしそうにするシンシアに、「どうしたら気持ちが治まるんだ?」、と穏やかな口調で尋ねる。

「そ、それは…ちゃんと、ダイン君にごめんなさいしたら…」

「門下生の人たちが?」

「う、うん。それとお父さんもね」

素直にダインに頭を撫でられていた彼女は、しおらしい様子のまま続けた。「だって、あの時は曖昧なまま帰っちゃったんでしょ?」

確かに、リィンとシンシアの衝突で道場が半壊し、門下生もゲンサイもその対応に追われダインたちは帰らされた。

ダインの衣服がボロボロだったところまでシンシアは覚えていたようで、身内が失礼を働いたと彼女はいまだに憤っていたのだろう。

「ちゃんとダイン君に謝って、おもてなししたら少しは許せるかな」

シンシアの発言を聞いて、ダインはまた笑い声を上げてしまう。

「シンシアは少し身内には厳しすぎる面があるな」

その指摘で気付かされたのか、「そ、そんなことはないよ」、シンシアは咄嗟に否定する。

「将来お前の旦那さんになる奴は大変かもな」

冗談めかしてダインが続けると、「そんなことないよ!」、と、今度は声を大にして首を横に振った。

「こんな気持ちになったのは今回が初めてだし、ダイン君相手だったら何があっても厳しくなんか…!」

台詞の途中でシンシアは固まる。

何を言い出したのか自分でも理解できてきたようで、先ほどよりもより一層顔が赤くなっていった。

「あ、あ〜…聞かなかったことにしておいたほうがいいかな?」

ダインも思わず赤面してしまったようで、頬をぽりぽりと掻いている。

「あ、う…あ…その…え、えと…」

シンシアが真っ赤なまま言葉を探していると、突然彼女のスカートのポケットから音が鳴った。

どうやら誰かからシンシアの携帯に連絡があったようだ。

「あ…う、うん。分かった」

すぐに通話に出たシンシアは、通話相手に短くそう答えて携帯を切る。

「も、もう少しでディエルちゃんたち一階に着くって」

「ああ、そうな…」

「わ、私迎えに行ってくるね!!」

ダインの返事も聞かず、彼女は走り出してラビリンスの中へ入っていってしまった。

「…はは」

あまりに分かりやすいシンシアの反応に、ダインは三度笑い声を上げてしまう。

本当に可愛らしい奴だ。さっきの台詞は、思わず口が滑ってしまっただけなのだろう。

とはいえ気まずいままなのはお互い本意ではないので、ここはあえてとぼけ通した方がいい。

そう思いつつ、ダインはシンシアがディエルたちを引き連れてやってくるのを待つことにした。

…が、待てども暮らせどもシンシアは戻ってこない。一階までディエルたちが来ていたのなら、すぐにでもその姿が見えたはずなのに。

なのにそのラビリンスの出入り口からは誰も出てこない。

そう、誰も。

シンシアだけでなく、先ほどまで頻繁に出入りがあった生徒の姿が途絶えていた。

闘技場を出入りする人影もなく、その広いフィールドにはいつの間にかダインしかいなくなっていた。

「…なんだ…?」

疑問に思ったダインはそのまま歩き出し、ラビリンスの出入り口へ向かう。

闘技場全体を包む結界と、頭上から急速に迫ってきた気配に気付いたのはそのときだった。

ダインが咄嗟に飛び退いた瞬間、彼がいた場所からドッという大きな衝突音。

土煙が舞い上がる中、その音がした場所が大きくへこんでいたのが確認できた。

「お、やっぱ避けるか」

土煙の中心地から男の声がする。

そのとき風が吹き、土煙が去って視界が戻る。

そこにいたのは、つり上がった目つきをした…赤い髪色をした男だった。

彼が着ている白い制服には見覚えがある。

「…ガーゴ?」

「ああ」

頷く男は地面に突き立てていた腕を引き抜き、ダインに向き直る。

その男をまじまじと見たダインは、「ん…? どっかで見たことあるような…」、と呟いた。

「覚えてないか?」

口の端に笑みを浮かべた男はいう。「前に視察団としてカインたちと歩いていた中にいただろ」

「ああ」

そのときのことを思い出し、ぽんと手を叩くダイン。「名前知らないんすけど」

「シグだ。シグ・ジェスィ」

そんな彼に、同じく余裕のある笑みでいた男はいった。「ガーゴナンバー“サード”、治安部隊と、特殊部隊『ジャッジ』の隊長をやらされている」

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