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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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八十四節、得る者

「おっはよーう!」

朝日の降り注ぐ林道で、シンシアの元気な声が響き渡る。

彼女に続きニーニアとティエリアも、やや遅れてやってきたダインに挨拶した。

「相変わらずみんな早いな」

ダインも笑顔で返しつつ、通学路に集合していた彼女たちの輪に入る。

「何の話してたんだ?」

「今日は誰がダイン君と手を繋いで登校しようかなってね」

「うん、初耳だなそれ」

いつものようにシンシアに突っ込みつつ歩き出そうとするものの、彼女は本当にダインの手を握ってきた。

「ちょあ!? は、恥ずいから!」

ダインはびくりと反応してしまうが、シンシアの手を振り解こうとはしない。

「今日は手を繋ぎたい気分なんだ。ね? ニーニアちゃん、ティエリア先輩」

「うん!」

「はい!」

ニーニアとティエリアまで満面の笑顔で大きく頷き、もう片方のダインの手をどうするか話し合っている。

「ティエリア先輩、ダイン君のカバンは私が持ちますから」

「あ、す、すみません。では十メートルほどで交代しましょう」

そんな話を勝手に進めていき、ニーニアはダインからカバンを奪い取り、空いた手をティエリアに握られた。

「い、いや、マジで…」

「ふふ、きもちーね、先輩!」

「は、はい」

まさかこんな朝早くから赤面させられるとは思わなかった。

というよりも、シンシアもティエリアも顔が赤い。ダインと同じく恥ずかしそうだが、それでも彼とは手を繋ぎたかったのだろう。

こうなっては誰にも止められない。諦めたような笑顔を浮べつつ、「何かみんなやけにテンション高いな」、とダインは聞いた。

「ん〜、まぁ、それは色々と…ね?」、と、シンシア。

「色々だよ」、と、ニーニア。

「色々です」、と、ティエリア。

「な、何なんだいったい…」

一応とぼけてみせるダインだが、彼女たちがどうしてテンションが高いのか、何となく分かる。

シンシアもニーニアもティエリアも、みんな嬉しかったのだ。昨日ダインに打ち明けられたことが。

あれほど重要なことを教えてくれるほどに自分たちを信用してくれたことに、嬉しくて仕方なかったのだ。

大した内容じゃないんだけどな…。

ダインはそう思っていたのだが、あまりに嬉しそうなシンシアたちを見て、ダインもつい笑顔になってしまう。

「おーおー、朝から見せ付けてくれるわねぇ」

ダインたちの背後から声がした。

振り向くと、そこにはディエルとミーナがいた。

「じゃ、邪魔しちゃ悪いよ、ディエルちゃん…」

ミーナがディエルにそう耳打ちしている。

「私たちもダイン部の一員なんだからいいでしょ」

そういって、ディエルもダインたちの中に混ざった。

「お前もダイン部なのか」

いつの間に決まったのかとダインが尋ねると、「あれ、駄目だった?」、ディエルは意外そうに聞き返す。

「ラフィンもいるんだし、来るもの拒まずの部だと思ったんだけど」

「そうだよ〜」

ダインが答える代わりにシンシアがいった。「誰でもウェルカムだよ、ね? ミーナちゃん?」

突然ミーナに話を振るシンシアだが、遠まわしに彼女も誘っているようだ。

「まぁ昨日は色々話をしたし、聞かれた以上はディエルちゃんもミーナちゃんもダイン君部ということで」、とシンシアが続ける。

「だったらしょうがないわね」

ディエルは笑ってミーナの手を取り、ダインたちと並んで歩かせるようにした。

「マジでこれ、増えすぎじゃねぇか…?」

もう俺入れて部員が七名だぞ。ダインが冷静にいうと、「いっそのこと部として正式に申請しちゃおうか」、ニーニアが笑顔でいった。

「七人は、もう同好会って規模じゃないよ」

「くすくす。確かにそうですね」

ティエリアまで乗り気だ。「ラフィンさんでしたらすぐに認めてくださるかと」

「よくいうよ」

ダインは笑いながら突っ込む。「ひっそりとした活動ができる部だから、先輩もニーニアも入ってくれたんだろ。部になっちまったら人前に出ることもあるかもしれないぞ」

「そ、それは困りますけど…」

「部室やらなんやら与えられても、ティータイムもできないんじゃ意味ないしな」

「その通りね」

ディエルは大きく頷いて、いった。「美味しいお菓子と楽しいお喋り。それがダイン部の主な活動なんだから」

改めて彼女にそういわれ、部活動とは…? と、ダインは少し真面目なことを考えてしまう。

「まま、そんなことより、今日はちゃんとしたことをしたいと思う」

シンシアがいった。

「ちゃんとしたこと?」

「うん。ダイン君が本来しなくちゃならないこと」

「俺が?」

「色々考えなくちゃならないことはあるけど、まずは進級のこと考えないと」

そういえば、という顔をニーニアとティエリアがしたとき、「今日の放課後は闘技場で特訓しよう!」、とシンシアはいった。

「ダイン君は私たちと同じ学生だもん。学生の本分は勉強だよ?」

「…確かにな」

まったくもってシンシアのいう通りだ。これまで色々あったが、ダインがまず懸念すべきことは進級できるかどうかということだ。

ガーゴ問題やルシラのことや、ドラゴンのことまで派生してきてしまったが、ダインが学生である以上はそちらを最優先で考えなければならない。

「先週はろくに特訓できてなかった気がするしな。今週は強化週間にするか」

「うん! ということで、放課後はみんな闘技場に集合ね!」

ダインもディエルもラビリンスを使えるようになった。体を動かしたい盛りのディエルこそノリノリで腕を振り上げるかと思いきや、彼女は少し微妙な顔をしている。

「どうかしたのか?」

疑問に思ってダインが尋ねると、「ま、まぁ私はあなたたちに合わせるわ」、そういいながらも、彼女からは何やら含みを感じる。

「聞くぞ?」

ダインだけでなく、シンシアたちの視線もディエルに集まる。

最初こそ渋っていた彼女だが、「い、いや、ほら、昨日話してた中で、古の忘れ形見についても話したでしょ?」、ダインたち以外に誰も見てないことを確認しつつ、ディエルはいった。

「あなた、私の別荘にある石版に興味があるって昨日いってたし…」

「ああ、いったけど…」

この間ニーニアの家に泊まりに行ったときの様々な出来事は、昨日のうちにラフィンとディエルに伝えた。

その中で、古の忘れ形見についてもダインは自分の考察と共にラフィンとディエルと、ミーナにも伝えたのだが…。

「気になるんだったら、どうかしらって思って…」

「どうって?」

「ほら、その…私の別荘に…」

続きを言いづらそうにしているディエルだが、何がいいたいかは何となく分かる。ダインたちをその別荘に招待したいのだろう。

友達を家に招待するなんていままで滅多になかったから、そうして口ごもっているのだ。

サラのときは挨拶もなく勝手に行っただけだし、こうして直接誰かを誘うということは、人間不信だった彼女にとってはなかなかハードルの高いことだったのかもしれない。

「え、いってもいいの?」

シンシアはすぐに飛びつく。

「ま、まぁ? あなたたちにはお世話になってるし、軽いおもてなしぐらいはしてあげなくもないけど…」

「あ、ありがとうございます!!!」

ティエリアは大きく頭を下げた。あまりの大声だったので、他の学生がちらりとダイン一行を見やる。

「とはいっても、週末は私も何かと忙しいから、学校が終わり次第にどうかなって思っただけで」

なるほど、それで先ほどは微妙な顔をしていたのだろう。

「いつならいいかな?」、シンシアが尋ねる。

「平日ならいつでも…あ、でも」

ディエルは釘を刺すようにいった。「有名人とか芸能人とか呼んで欲しいんだったら早めにいってよ? 都合つけるから。食べたいものとかもあれば何でもいっていいから」

何とも金持ちらしい発言である。それが、彼女なりのおもてなしのつもりなのだろう。

だがシンシアたちはきょとんとするばかりで、ディエルが何をいったのか分かってなさそうだ。

「え? どうしたの?」

両者の認識に差があることに気付いたダインは、シンシアと繋いでいた手を離しつつ、「なにいってんだよ」、笑いながら、ディエルの頭に手を置いた。

「友達の家に遊びに行ったとき、部外者がいたら気まずいだけだろ」

「え?」

「何の準備も手配もいらない」

「え、いえ、だ、だって昔はみんなそれを目的に私のところに…」

「ディエルと遊びたくてお前ん家にいくだけだ。いらないことはするな」

くしゃくしゃと少し乱暴にディエルの頭を撫でてから、ダインたちは歩き出していった。

「あ、次ニーニアちゃんだよ、こっちこっち」

「う、うん。ダイン君」

「い、いや、どこまで手を繋いで行く気だ…?」

「教室までだよ」

「噂が立つから…!!」

そんな声が遠ざかっていく。

足を止めたまま、呆気に取られたディエルに、「くすくす。珍しいね」、ミーナは彼女の横に並び、可笑しそうに笑った。

「私と知り合ってからは誰もお家に呼ばなかったディエルちゃんなのに」

どういう風の吹き回しかと、ミーナの目がきいている。

「そ、それは…だからいったでしょ。あの子達にはお世話になってるし」

「それほど気に入ったということだよね?」

「ち、違うわよ」

顔を赤くしてディエルが反論しようとするものの、「隠すことじゃないよ」、幼馴染みのディエル相手には緊張しないのか、ミーナは笑顔で遮った。

「ディエルちゃんのことはよく見てきたから。だから、私には隠し事はできないよ?」

ミーナは本当に観察眼が鋭い。学者気質だからではなく、単に人を観察するのが好きなだけのようだ。

特に親友のディエルともなれば、知り合ったときから常に視界の中に入れていたので、彼女の僅かな変化もミーナには手に取るように分かる。

「む、むぅ。何よ、ミーナのくせに…」

悪態をつくディエルだが、ミーナの追求は止まらない。

「…ライバル、多そうだね」

何事か、ミーナはいった。「みんな可愛くて優しいし、大変かも」

「何の話をしてるか分からないけど…」

困惑顔でディエルは答える。「私は…傍観者でいるだけよ。ライバルとか競争とか、面倒なだけだもの」

そう呟くようにいってから、「あ! 日取り決めてないじゃない! ちょっと…!」、突然走り出し、ダインたちを追いかけていった。

遠巻きに彼らを見つめていたミーナは、また小さく笑い出す。

「ディエルちゃん、昔より嘘が下手になった気がするなぁ…」

脳内でディエルについて分析していた彼女は、「その原因もやっぱり…」、ある答えにたどり着く。

「…面白い人だよね、本当に」

ミーナの視線は、シンシアたちに囲まれ笑顔でいるダインに向けられていた。



━━セブンリンクス、一年ハイクラス八組。

そのクラスは、他と比べてこれといった特徴のないクラスだった。

向上意欲にまみれたもの、相手を出し抜こうと画策しているもの。熱意溢れる生徒も中にはいるが、しかしその八組だけは本当に普通なほどに普通だった。

男同士が話すのはゲームや漫画の話ばかりで、女同士で話すのは男性アイドルや恋愛や噂話ばかり。

それは八組に限らず、他のクラスにも似たようなところはある。いくら由緒正しい学校だとしても、生徒の質というのは他の学校と大差ない。

だが、その八組は“異様な”普通さがあったのだ。

教室の最後尾…窓際に、頭を金髪に染めた一人の男子生徒が誰とも絡まず静かに座っていた。

始業のチャイムが鳴るまでの間、ジッとしたまま教室の様子を窺っていたのだが、近くに女生徒が通りがかり、彼女と目が合った瞬間、その女生徒は男の隣に椅子を並べ座り込んできた。

二人は特に仲が良いというわけではない。少し前までは不良グループの中心人物であったその男子学生に苦手意識があったはずなのに、その女生徒はそのまま男に寄りかかるようにした。

男は自然な動作で女生徒の肩に手を回し、それとほぼ同時に、男とは“単なるクラスメイト”だった他の女生徒も集まり始めた。

どれも容姿のいい女生徒たちだ。

その中心にいた男━━ジグル・ハディは口の端に笑みを浮かべる。

思わぬ副産物だな、と思った。

始めの頃は、軽く意識してみただけだった。周りの女が俺のものにならないかと念じた瞬間、クラスメイトたちが思うように動き出したのだ。

教室には、全体に目に見えない糸が張り巡らされている。クラスメイトたちは気付かないうちにその糸に絡め取られており、ジグルの思念によって彼らは意識を操られていたのだ。

最初は何が起こったのか分からなかった。

だがサイラに尋ねてみたところ、「“アレ”の影響でしょう」、という返事が返ってきた。

どうやらジーニとサイラが独自に行っていた実験での思わぬ効果が、ジグルにも現れたようだ。

最近校内で流行していた“あるアイテム”が関係しているらしく、それらが作り出した“道”にジグルの特異な魔法力が影響を及ぼしたためらしい。

何を命じても思い通りに動く女たち。男たちはジグルの意のままに壁になり、時には盾となる。

あまりにご都合主義で思い通りの展開に、ジグルは笑わずにはいられなかった。

これほどまでに日常が変化したそのきっかけは、ジグルが常日頃から感じていた“飽き”にあった。

つまらない日常に飽きて、常識を覆す力が欲しいと嘆いていた彼に、ジーニが接触を図ってきたのだ。

彼女にいわれるがままに動いたその結果、彼は異質な“力”を手にすることが出来た。

彼の体内を巡るその甚大な魔法力は、ガーゴの研究の成果といってもいい。ドラゴンすら退けた彼の力は見る者を圧倒し、ひれ伏させる。

自分でも驚くほどの力に、最初は調子に乗って暴れまわってしまった。

“アレ”の存在は誰にも気付かれてはならないというサイラの…いや、ガーゴとの取り決めを破ってしまいそうになったが、ここへ来てクラスメイトの意識を操作できる力を得た。

彼らを操って、カモフラージュすることができたのだ。

何かを壊したい衝動に駆られ暴れてしまうことはあるものの、普通を装うようクラスメイトたちを“操作”しているので、おかげで怪しまれてはいるものの、ドラゴンを倒したのが自分だと気付いている奴はいないはずだ。

見えるものを認識しない、感じることが出来ないという簡単なものだったが、その無自覚な洗脳のおかげで、ジグルは好き勝手にできていた。

ジグルの周りに女生徒が群がる異様な光景にも関わらず、男子生徒はこちらにまったく気付かず、バカ話で盛り上がっている。教室の外でも何の変哲もない日常が広がっている。

女の肩に回していた腕をさらに伸ばし、女生徒の胸を揉むジグル。

彼女は身をよじることも嫌がる素振りも見せず、生気の宿ってない目でジグルに微笑みかけている。

最初こそ気を良くしていたジグルだが、彼は小さく息を吐いた。

…そろそろ“コレ”も飽きてきたな。

つまらなさそうな表情になったジグルは、次の“計画”を脳内で組み立てていた。

ラビリンスももう飽きた。湧いてくるモンスターは戦いにすらならず、一撃で沈んでしまう。

外に繰り出し強そうなモンスターを見つけては殺してきたが、それもやはりジグルにとっては歯ごたえのない相手だ。

女の反応も何をしようが同じで面白みがない。意識を操作しクラスメイト同士を争わせたりしてきたが、それも飽きてきた。

結局は同じだったのだ。

望む力を得られたとしても、それが当たり前になってしまえば、やってくるのはまたつまらない日常。

始めこそ楽しくて仕方なかっただろう。洗脳の力も手に入れて、なんでも思い通りに出来たのだから。

だがそれも数週間ほどが過ぎれば飽きてくる。力を得る前と内容は違うものの、つまらない日常という点では以前と何ら変わりない。

つまらなくて退屈で、暇で暇で仕方ない。

おまけに頭はボーっとするし感覚も鈍い。

「ぐっ…! ごほっ、ごほっ!」

時折そうして激しく咳き込んでしまい、最近では咳き込んだ拍子に血を吐くこともある。

自身の身に何が起きているのか。ジグルもそれは分かっていた。

何の代償も無しに“力”を得られるなんて都合のいいものはありはしない。

“奴ら”の実験の材料にされていることも分かっている。

代償を受けてもいいから、彼はこれまでの退屈な日常を抜け出したかったのだ。

親の前ではいい子を演じ続け、敷かれたレールに乗ったままこれまでを過ごしてきたのだが、そのレールの行く先に待つものもつまらない日常でしかない。

親に隠れ気の会う仲間とレールから外れるようなことをやってきたが、何をしたところで親の理想とする子供の将来は変えようがなかった。

親の期待。学校の成績。不良を嫌悪するクラスメイトの視線。クソ食らえだ。

代償は払ったが俺は力を手に入れることが出来た。医者なんかよりも刺激的で大きなことをできる力だ。

サイラは…ガーゴは俺を利用しているつもりのようだが、俺だってガーゴを利用している。

いまに見てろ。この力さえあればなんだってできる。

口元を拭いつつ、彼が思い浮かべていたのは次の“遊び”についてだ。

その格好の遊び相手として真っ先に思い浮かんだのが、ある男子生徒の顔だった。

睨まれた映像が蘇りつい表情を歪めてしまうが、その相手こそ、ジグルにとっては一番暇つぶしになるであろう相手だ。

ノマクラスのくせに突っかかってきて、ハイクラスの自分に詰め寄ってきたあの男。

次は同じことにはならない。俺の方こそ、本気で相手をしてやろう。

そういえば“奴”の周りにいた女たちが粒ぞろいだったことを思い出し、ジグルは口元をさらに歪めた。

あいつらが相手なら、生の反応が見られそうだ。

来月のイベントに思いを馳せ、思慮に耽るジグル。

「くく…」

生気のない女生徒に囲まれていた彼は、気付けば暗くこもったような笑い声を上げていた。

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