七十四節、炎獄の竜
ドラゴンとガーゴ特殊部隊の戦いは、ダニーたちが到着した頃には熾烈を極めていた。
ドラゴンは暴れまわっており、周囲に潜んでいた戦闘員が拘束の魔法を使っているものの、ドラゴンには魔法が効き難いらしく、何度光の鎖を放ってもあっという間に引きちぎられてしまう。
当然状態異常の魔法も攻撃魔法も受け付けず、そのちょっかいがドラゴンをさらなる怒りに駆り立てる。
山々はいくつも崩れており、僅かな緑も全てが燃えつくされ、湖は完全に蒸発している。獄炎島フレイムマントルは、その島全体が何度も揺れていた。
カインが強力なバリアでドラゴンを大陸から外に出さないようにしているが、そうして敵の移動範囲を制限するだけで精一杯のようだ。
何度も響き渡るドラゴンの咆哮。振り回される尻尾の直撃を受け、戦闘員の悲鳴がそこら中から聞こえる。
まるで怪獣映画さながらの光景だ。いくら屈強なガーゴ特殊部隊といえども、歩く大災害と揶揄されるドラゴンを前にしてはなす術がない。
ダイスの砲撃すら効かず、明らかにガーゴ側が劣勢に見えた。
戦闘区域から離れた位置で他のギャラリーと共に現場を眺めていたダニーたちの周囲からも、不安げな囁き声が聞こえてくる。
「私が行った方がいいのではないか」
ダニーの側に立つジーグがいったところで、「待って」、シエスタが止めた。
「向こうでまた何か動きがあるみたいよ」
彼女の指し示す先にはカインがおり、彼は片手を挙げている。
背後に合図を送ったのか、森の中からまた新たな一団が現れたのが見えた。
十人ほどいた彼らの先頭には、一人だけフードを深く被った人物がいる。
真っ白な妙な仮面をつけて顔は分からないが、その体格からして男だということだけは分かる。
その人物はカインから何かをいわれ、頷いた瞬間、全身の力が抜けたように両腕がだらりと垂れ下がった。
「な、何をしているのでしょうか」
ティエリアが疑問を呟くと、「…現状での最高技術を投入した人物だって」、シンシアがいった。
どうやら耳の魔法を飛ばして、リポーターとカインの会話を聞いていたらしい。
「最高技術…?」
「あ…戦闘に参加するみたいだよ」
そのフードを被った男が身体を揺らしながら前へ進む。
引き連れていた隊員たちは何か詠唱を始めており、その男の全身が何度も光っていた。
「強化魔法かけてるね…」
シンシアがいい、「って、え? ひ、一人で戦わせるの?」、驚いて顔を上げた。
(ウオオオオオオオォォォォォ…!!)
遠くの立見席にいたダニーたちにも聞こえるほどの男の雄叫びが木霊する。
そしてそれまでの気だるげな様子とは一変して、両拳を握り締め地面を踏みしめる。
背中をかがめ姿勢を低くした次の瞬間、ドンッという地鳴り音と共に男は駆け出した。
瞬時にドラゴンの懐に潜り込み、気配を察してドラゴンは足を上げる。
山の何十倍もの質量がある足がフードの男を踏みつける。
その振動は立見席にまで広がり、「わぁっ!?」、シンシアはバランスを崩しそうになり、ティエリアと手を取り合う。
通常の人であれば、あれほどの巨大な足に踏みつけられたらひとたまりもなかっただろう。
だが、ドラゴンは動かない。その口から「ググ…」と声が漏れたとき、その巨体が傾いた。
その足元からまたズシンという音が鳴り響く。と同時にまるで弾かれたようにドラゴンの足が浮き、そのまま全体が浮いた。
フードの男がドラゴンの足の裏を殴ったようだった。想像を絶する重量で踏みつけられたにもかかわらず、彼は無傷で地面のみが大きく窪んでいる。
そして彼は再び拳を振りかぶり、落ちてきたドラゴンに向かって一撃を放った。
今度はズドンッという派手な重低音が鳴り響く。ドラゴンの胸部辺りが大きくへこんでおり、その巨体が後方へ吹き飛ばされた。
バランスを崩した体が山に直撃し、崩れた山から血飛沫に似た噴火が起こる。
その炎を浴びながらドラゴンは苦しんでいる様子で、溶岩まみれなのも構わずに、フードの男はさらに追撃を開始していた。
弾かれる巨大な頭部、腕、足。どれも硬い鱗と皮膚に覆われているはずなのに、まるで巨大な鉄槌に打ち抜かれたように窪んでいるのが見える。
ヒューマ族の細腕から放たれた一撃とは思えないほどの威力だ。
「これは…一体何が起こっているというのか…」
ギベイルは遥か前方で繰り広げられているドラゴンとヒューマ族の戦いに、理解が追いつかないでいた。
「特殊訓練を受けた一般人だと、カインという男はマスコミの質問に答えているようですが…」
タブレットからテレビ放送を見ていたのだろう、ペリドアも同じく困惑した様子だ。
「ふぅむ…私の出る幕はなさそうだなぁ」
どことなく残念そうにジーグがいう。
計画が狂ったのは彼だけではない。研究者や専門家など、世界各国から集められた要人たちも同じような表情で嘆息していた。
ドラゴン対策に呼び出しておいてなんの茶番だと、近くに控えていた関係者に詰め寄っている人もいる。
「ギベイルさん、ルチル王は何ていってるの?」
やや冷ややかにドラゴンとガーゴの戦いを眺めていたシエスタが、そのままギベイルに目線を移した。
「連絡取れたんでしょ?」
「ああ、うむ…こちらが全責任を負うから、ドラゴン対策を一任してくれないかと、今朝方に先方から連絡があったそうだ」
「ガーゴとルチル王は知り合い同士だったの?」
「いや、確実な対処法があると聞かされたらしく…その内容が納得のいくものだったそうで、失敗に際した責任問題も含め、一任することにしたらしい」
答えるギベイルは、本人もまだ少し納得のいってなさそうな表情だ。「とにかくドラゴンを倒す確実な方法があるからと、説き伏せられたのであろうな」
「なんて勝手な…」
シエスタは不服そうな表情をするものの、「でも確かに、倒してしまえば封印する必要も、それにコストをかける必要もなくなるからね」、ルチル王の決断に一定の理解を示した。
遥か前方では、フードの男の一方的な攻撃が展開されていた。
隙を見てドラゴンは反撃するものの、どんな攻撃も男には通じない。ドラゴンの灼熱のブレスでさえ、バリアで防いでいた。
「…ティエリア殿よ。普通、強化魔法で人はあれほど強くなれるものなのか?」
ジーグは、固まったままでいたティエリアに尋ねた。
彼が尋ねたくなるのも無理はない。山脈のようなドラゴンと、その百分の一にも満たない小さなヒューマ族が互角以上にやりあえるわけがない。
「い、いえ、人体の…それも、ヒューマ族の肉体には限界があります」
動揺しつつもティエリアは答えた。「魔力魔法に強弱があるのと同じく、強化魔法にも際限はありませんが、強すぎる強化魔法はその方の肉体組織を破壊しかねません。ですので、あそこまで強くなることは実質不可能かと…」
「やはりそうか…」
ジーグは腕を組んで考え込んでしまう。
「あの強さは確かに異常だよね…」
シンシアも顔に疑問を浮べており、「ね? ダニーちゃん」、ダニーに意見を求めようとした。
が、そのダニーはペリドアが持つタブレットをじっと見ている。そこにはフードの男がアップで映っていた。
「ダニーちゃん? 何か見つけたの?」
「ん? ああ、いや」、声を出すものの、その視線はタブレットから離れない。「あのフード姿、どっかで見たような気が…」
どこだったかな…とダニーが考えている間も、ドラゴンはフードの男に翻弄されている。
始めこそドラゴンの復活で驚き慄いていた観客たちだったが、次第に特殊部隊を応援する声が出始めた。
その声は徐々に大きくなっていき、やがて格闘技を観戦しているギャラリーのような声援になっていく。
盛り上がる観衆の中、ダニー一行だけは不審そうに事の成り行きを見つめていた。
「…妙ね」
そのとき、シエスタがぽつりといった。
「何が?」
ダニーが尋ねると、「確かにあのヒューマ族の男性は強いわ。動きも力も常軌を逸している」、シエスタはフード男ではなくドラゴンの動きに注目している。
「でも、それにしたって一人の人間に、あれだけ文献を賑わせたドラゴンが押されるかしら。歩く天変地異なんていわれてたんでしょ?」
彼女の疑惑は、そのドラゴンに対して向けられているようだった。
確かに彼女の言う通り、ドラゴンの戦い方を見る限りでは、三日で大陸を火の海にしたヴォルケインだとはとても思えない。
「所詮伝承なんて脚色されまくってんだろうし、実際は大したことなかったってことなんじゃないのか?」
所詮物語を書いているのは勝利者だけ。
話を大きく見せようとするのは、昔もいまも変わらないとダニーはいった。
「だったらここまで厳重に封印を施すはずはないわ」
シエスタの目は疑惑に満ちている。「あれはそもそも偽物とか…」
シエスタが呟いているところで、フード男の攻撃はさらに強力なものになってきたようで、いつの間にかドラゴンはボロボロになっていた。
大きな翼は所々が破け、体の至るところから溶岩のような血が流れ出ており、自重すら保てないのかよろめいている。
その前に立っていたフード男は両手を広げ、何かを唱えた。
ドラゴンを覆うように足元に巨大な魔法陣が広がり、光の柱がドラゴンを囲った瞬間、内部で大爆発が巻き起こる。
『ガアアアアアアアァァァァ…!!』
中からドラゴンの悲鳴に似た咆哮が上がり、そのまま黒い影が動きを止める。
そしてまるで瓦礫のように砕けていった。
頭から首、胴体と、石になったように地面に転がり落ちていく。
足先まで瓦礫になったとき、大陸を震動させていた戦闘音はなくなった。
静まり返ったギャラリーでは、目の前で起こった出来事が理解できないのか、みんな一様に目を丸くし、息を飲み込んでいる。
そのとき全員が浮べていた表情は困惑や戸惑いだった。
跡形もなくなったドラゴンの残骸。
死闘を繰り広げたはずなのに、フードの男は全くの無傷。
次第に、動揺と共にざわめきが伝播していく。
ドラゴンを…倒した…? たった一人で…?
そんな声がそこかしこから聞こえたとき、拍手が聞こえ始め、呟きが歓声となり、やがて一つに重なり合って雄叫びとなる。
「うおおおおおぉぉぉ!!!」
腕を振り上げ、勝利を得た者たちの驚愕の入り混じった嬉しそうな声だった。
伝承のドラゴンに勝てた。
邪神レギオスの使徒として、大昔数千以上もの犠牲を払ったヴォルケインに、人類が勝利した。
マスコミも、機械のように動いていたガーゴ特殊部隊も、みんな腕を上げて喜びを表現している。
「始終呆気に取られていたが…これはもしや世の中が変わる瞬間に立ち会えたのかもしれんなぁ」
歓声が響く中、ギベイルは驚いた表情のままいう。
「あっけないといえばそれまでですが…確かにすごいですね…」
ペリドアも同調して、名も知らぬ観衆と手を叩き合っている。
疑問は残るものの、人類の勝利にジーグとシエスタも素直に拍手していたが、ダニーだけは始終真面目な顔のままフード男の挙動を見つめていた。
意識を集中し視力を上げたダニーには、フード男と、そして瓦礫と化したドラゴンの残骸が見えていたのだが…どういうわけか、フード男はその場から立ち去らない。
瓦礫をジッと見つめており、何かあるのかとダニーが視線を動かした瞬間、その瓦礫の山が一部分だけ動いた。
瓦礫が小さく盛り上がり、そこから顔を覗かせたのは━━小さな、ヴォルケインをかなり縮小化したようなドラゴンだった。
「え…? なんだあれ…?」
ダニーが疑問に思っている間に、フード男はそのドラゴンに向けて片手を突き出す。
何か魔法を使ったのか、手が光ってドラゴンの地面に魔法陣が浮かんだ。
あの模様は先ほど使った魔法と同じ。爆発系の浄化魔法だ。
傷つき疲弊したその小さなドラゴンは動けない。口を必死に動かしており、まるでピィピィと鳴き声を上げているかのようだ。
魔法陣の光がさらに強くなり、フード男が本体と思しきそのドラゴンを破壊しようとした瞬間、
“━━ダメエエエエエエエエエェェェェ!!!!”
耳をつんざくような叫び声が、ダニーの脳裏を貫いた。
そして再び同じ地点で巻き起こる巨大な爆発。
「うわっ!? な、何?」
突然の爆発音にシンシアだけでなくギャラリー全員も驚きの声を上げた。
「また攻撃魔法…?」
ティエリアも驚いていると、「うわっ!」、またシンシアから声が上がった。
「え、だ、大丈夫? どうしたの?」
シンシアはダニーを抱きかかえていた。彼女の腕の中で、ダニーはぐったりとしたようになっていて動かない。
「ば、爆発の衝撃で気を失ったのでしょうか」
心配そうにティエリアがいうと、「ん…んん…」、ダニーの目が開く。
その目が、「あ、ダニーちゃん!」、と心配するシンシアとティエリアを見る。
「あ…れ…し、シンシア…ちゃん…?」
と、ダニーは…いや、ニーニアはいった。
「え? ちゃん?」
「え…? こ、ここは…」
意識が徐々にはっきりしてきたのか、周囲を見回す彼女は不思議そうだ。
「ま、まさかニーニアさんの意識が…」
とティエリアがいったところで、異変に気付いたジーグたちもニーニアの周りに集まりだす。
「ニーニアか?」
改めてギベイルが尋ねると、「う、うん、私、だけど…」、ニーニアは頷いた。
「ああ良かった、目を覚ましたんだね」
安心したようにペリドアがいい、ジーグとシエスタも良かったと微笑みかける。
「え、じゃ、じゃあ、ダイン君はどこに…」
シンシアが不思議そうにいうと、何か勘付いたのか、シエスタは爆発でもくもくと煙を上げている前方に顔を向けた。
「…あの中にいるわね」
シエスタの指摘どおり、ダインは浄化魔法の爆心地に立っていた。
固まるフード男に背中を向け、その胸には赤ちゃんのように小さくなったドラゴンを抱いている。
「…悪いな」
白い煙に覆われた中、ダインはその男に笑いかけた。「こいつは、多分…殺しちゃ駄目なんだと思う」
先ほどの悲鳴に似た叫び声を聞いた瞬間、ダインは考えるよりも先に体が動き出していたのだ。
理由は分からない。あの声が誰だったかも分からない。
どうやってニーニアの体から抜け出ていたのかも分からないが、あの声に従わなければならないと思ったのだ。
「勝負はもうついたんだしさ、こんだけ小さくなりゃこいつも悪さできねぇだろ」
だから見逃してくれ…といおうとしたが、フード男の敵意がダインに向けられた感じがした。
攻撃の気配を素早くキャッチしたダインは、その場を飛び退く。と同時に、フード男はダインがいた場所に拳を突き出していて、風圧で地面が抉れた。
「いきなりかよ。あぶねぇな」
ダインがいった瞬間、目の前にフード男が移動する。
視認出来ないほどのスピードで拳を繰り出してきたが、ダインは素早く避けた。
ドラゴンを沈めるほどの威力のある一撃をかわしつつ、途中でその拳を片手で受け止める。
パァンッという音が鳴り響き、また風圧で地面が抉れた。
引き抜こうとした男の拳を力を入れて握り締め、動きを固定する。
そのまま仮面の奥をジッと見つめるダインは、「やっぱお前どっかで…」、記憶を巡らせようとした。
男の正体を暴こうとした瞬間、フードの耳の辺りから誰かの声がする。
どうやら耳に通信機がつけられていたようで、突如として男の全身が光りに包まれた。
ダインが呼び止める間もなく、その姿は光に紛れ、背景と同化するように消えていく。
「…逃げたか」
周囲にはまだもうもうと煙が立ち込めている。
遠くでは勝利の余韻に浸る人たちの雄叫びが聞こえている。
ダインの腕の中には、何故か小型化した七竜の一つ、ヴォルケインが、安心するような穏やかな表情で寝息を立てていた。
「さて…どうすっかな…これ…」
軽く困っている彼の元に、「ダインよ」、やや困惑気味に声をかけたのはジーグだ。他のメンバーも来ている。
「ニーニア殿を解放できたのは良かったのだが、急にどうしたのだ?」
「あーいや、ちょっと…」、という彼の胸元を見て、シエスタが「それは?」、赤ちゃんのドラゴンを指差した。
「これは…俺もなんて説明したらいいのか…」
困惑するダインを見て、説明に時間がかかりそうだと思ったギベイルが「とにかくここは一旦引き下がろうか」、といった。
「例の連中がドラゴンの残骸の回収に来る。この場を見られたら色々と厄介だ」
「うむ、そうだな。では場所を移そう。リステン邸でいいだろうか?」
そうだな、とギベイルが頷こうとしたところで、「どうせならうちに来ない?」、といったのはシエスタだ。
「シディアンさんもカヤさんも村を視察中だし、みんな揃ってお昼ご飯も食べれるでしょ?」
このような状況なのに、彼女は昼食の心配をしている。
ジーグは笑いながら「どうだろうか」、ギベイルたちと、シンシアたちにも視線を送った。
「是非!」
シンシアたちは即座に頷き、「行こうよ」、目覚めたばかりのニーニアはまだ困惑があるものの、祖父と父に転送シールを手渡した。
「うむ、ではそのように」
ギベイルがいったところで、もやの中から複数の人の気配がした。
どうやらもう調査隊がやってきたらしい。
ジーグとシエスタはすぐに飛び立ち、ギベイルたちもシールを使って転送魔法を展開する。
シンシアたちもすぐに続いたが、ニーニアだけは一瞬その場に残ってダインに顔を向けた。
「あ…あの…」
何かいいたげな彼女に笑いかけ、ダインはその頭に手を置いた。
「積もる話は後でな」
やや申し訳なさそうにも見えるニーニアに、彼はこれだけは伝えようと口を開く。
「嬉しかったよ」
といって、彼はその場を飛び去った。
「あ…あ、わ…」
ニーニアも慌ててアイテムを使い、転移魔法を展開する。
光に包まれる彼女は、顔が真っ赤になっていた。




