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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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四十七節、一難去って

「…さて、明日からが大変ね」

ラビリンス内にて、先頭に立ってモンスターを蹴散らすシンシアの背中を眺めながら、真面目な表情でラフィンはいった。

いまは休憩中だった。モンスターの湧きが激しくなってきたので、「任せて!」、というシンシアが張り切って蹴散らせてくれていたのだ。

「明日、朝一番に乗り込んでくるでしょうね」

気になる呟きを始めるが、それ以上に気になっていたことがあり、「ちょっと待ってくれ」、ダインが止めた。

「今日は週末だろ? 明日休みじゃないのか?」

尋ねると、ラフィンは「え?」、と不思議そうな顔を向け、その表情にダインも「え?」、と不思議そうに返す。

「下克祭で潰れた授業の埋め合わせが明日に充てられるって、朝礼のときいったはずなんだけど…」

「…聞いてなかった」

「相変わらずね」

呆れつつも、ダインらしいとどこか可笑しそうにラフィンはいう。

「ま、埋め合わせといっても休みがずれるだけで、来週初めもお休みになるんだけどね」

「ああ、そうなのか。だったら良かったよ」

今週はニーニアのところにお邪魔する予定だったのだ。それが狂うと思い危惧していたのだが、休みがずれるだけなら問題ないだろう。

「いえ、そんな話はどうでもよくてね」、ラフィンは話を戻す。

「ミレイアの父親はこの界隈じゃ有名な政治家よ。一人娘が殴られたとあっては黙っては無いでしょうね」

真顔のまま、側で休憩を取っていたディエルに顔を向けた。「どうするつもりなの」

「どうって」、ディエルは前を向いたまま、目だけをラフィンに向ける。

「正直に話すだけよ。そうするに至った経緯を含めて全て」

ディエルの隣にいたミーナは心配そうな表情だ。

例え正直に話したとしても、罰則は免れないだろうと思っているのだろう。

殴ったことは確かに悪い。だがそれなりの動機がある。その先でどうするかは、教職員ら第三者の判断に委ねるしかない。

「なるようになるだけよ」

そういうディエルだが、「でも」、ラフィンは懸念を口にする。

「ミレイアは影で指示してただけなんでしょ。直接手を下してないし、その証拠もない。いくらでも言い逃れできるじゃない」

そう、今回の件だけじゃなくこれまでのミーナに対するいじめにも証拠らしい証拠はなかった。

ミレイアは本当に狡猾な奴だった。親の威光を笠に同調する奴らを作り上げ、実行犯に仕立て上げた。

暴行したり物を隠したり、自費で買出しに行かせたのも全てミレイア以外の生徒がしたことだ。

周りが勝手にやっただけ。ミレイアがそういえば、彼女の潔白は証明されてしまうだろう。

そしてその潔白が証明されれば、ディエルは全く無関係の人物を殴り飛ばしてしまったことになる。

「今回の騒ぎだって、証拠は残ってないし」

クラフトに説明するためラフィンが監視ルームのモニターを見せたようだが、やはり録画はされてなかったらしい。

それでよくクラフトは信用したなと思ったダインだが、ラフィンのあまりに真剣な様子に疑う余地はなかったのだろう。

「やってしまったものはしょうがないし、これ以上私からできることはないわよ」

ディエルはいい、「本当ならもう二、三発殴りたかったけど」、と続ける。

「クラス全員が付き従うほどの権力のある親を持つミレイアよ?」、ラフィンが詰め寄る。「ただで済むはずないじゃない」

再度どうするか尋ねても、ディエルは薄く笑うだけだ。

「あなたと似てるわね」

妙なことをいいだした。

「親は超がつくほどの権力者で有名人。贅沢暮らしが染み付いてわがまま放題に育ったところとか」

ディエルを心配して対案を搾り出そうとしていたのに、ラフィン自身への小言が始まったことに彼女はむっとする。

「そんな話してないし、一歩間違えたとしてもあんな卑劣な奴に成り下がるはず無いじゃない。格式高く誉れ高いエンジェ族よ私は」

自身のプライドを露にさせ、「似てるのはあなたの方じゃない」、ディエルを睨みつけた。

「初めて挨拶したときなんか、私がスウェンディなんて知らないっていっただけで怒ってたじゃない。そのときのことよく覚えてるわ。あの頃のあなたは誰に対しても高飛車で、札束を手に…」

「こ、こらーー!!」、突然ディエルが怒鳴り、ラフィンの台詞を遮った。

「いまいう話じゃないでしょ、大体…!」

そこでまた口論が始まってしまったが、ディエルが反撃しようとしたところで、

「二人とも、まだそんな感じなんだね…」

座り込んでいたミーナが残念そうにいう。

そこでディエルもラフィンもハッとしたような顔になった。

「あ、い、いえ、ごめんなさい。口げんかなんてしてる場合じゃないわよね」

そういうディエルは叱られた子供のように大人しくなっている。どうも彼女はミーナにだけは弱いらしい。

「ディエルちゃんもラフィンさんも良い人だし大好きだったし、仲良くいてほしいな…」

久しぶりに会話するというのもあるのか、「そ、そうはいっても…」、ラフィンもしどろもどろだ。

初対面のときからラフィンとディエルは仲が悪い。が、憎いというほどでもない。

心の奥底ではお互いを認め合っており、それを見抜いていたミーナはタイミングを見つけては二人を仲良くさせようと色々と画策していた。

そういうときだけ積極的になるミーナにラフィンもディエルも戸惑うばかりで、しかしミーナの思惑に気付きもしない彼女たちはよく衝突してしまっていた。

お膳立てを台無しにされミーナが泣き出してしまい、慌てたラフィンとディエルは顔を引きつらせながらも仲の良い振りをミーナに見せたりといった場面がいくつもあった。

いままさにそのときのことを思い出していたラフィンは、昔のようにまたミーナが泣き出してディエルと手を繋がなければならないのか、と危惧している。

この状況をどうにか切り抜けるきっかけを作ろうとダインを探すものの、彼はラフィンたちからやや離れた場所におり、ニーニアと何か会話しているようだった。

ニーニアが何かを差し出し、それをダインが受け取っている。

「ダイン、どうしたの?」

とにかく話題を逸らそうと、立ち上がってダインに近づいていった。

「ん? ああ、ちょっとな」

ダインはラフィンの方を向きつつも、受け取ったものを制服のポケットにしまっている。

ラフィンの興味のある視線に気づいた彼は、“それ”を見せないものの小さく笑った。

「切り札は最後までとっておいた方がいいらしい」

なにやら思わせぶりな台詞だ。

「どういう意味よ?」

「いまに分かる」

答える気はないようで、未だにモンスターを蹴散らしているシンシアのもとへ、ニーニアと一緒に駆け出していった。

戦闘に参加し、楽しそうに三人で暴れまわっている。

ラフィンがぽかんとしていると、「ら、ラフィン、何とかしてよ!」、慌てたようにディエルがやってきた。

「あなたと仲良くなる方法について、ミーナがエンジェ族とデビ族の生態の知識を披露し始めて…」

訴えるディエルのもとへ、ミーナも追いかけてくる。

「駄目だよディエルちゃん、ちゃんと聞いて」

ミーナは考古学の話になると周りが見えなくなり、止まらなくなる。

その表情に先ほどの騒動のショックはあまり残ってないようで、それよりディエルとの久々の会話に嬉しくて仕方ないようだった。

嬉しさのあまりディエルに懇々とエンジェ族、デビ族両方の生態を話し出し、徐々に興奮してきたようでそれぞれの歴史や独自に編み出した仲直りの方法まで説明し始めている。

わだかまりが解け、昔のように親しげに会話できるようになったのはディエルも嬉しいのだろう。しかしその内容が少々コアすぎるため、ディエルは笑顔ながらも眉をハの字にさせている。

苦肉の策でラフィンに助けを求めてきたようだが、明らかにめんどくさそうなのでラフィンも顔をしかめるしかなかった。

どうにかしてくれというディエルの視線を、ラフィンはふいっと顔を背けてしまう。

「さ、さーて、私もダイン達の手伝いに行こうかしら」

「ちょ…! 逃げるんじゃないわよラフィン!」

「あなたはミーナを守ってね?」

「だから…!」

「ディエルちゃん!!」

「ひ、ひーん…」

ダイン達は本当に楽しそうにモンスターと戦闘しており、後ろではディエルが泣きそうな顔でミーナの説明を聞いている。

もし仮にラフィンに謹慎が無く、普通に下克祭に参加していたのなら、この光景はまず起こりえないものだっただろう。

ラビリンスの探索も下克祭も、彼女にとっては単なる通過点に過ぎない。

ギガクラスに位置するラフィンにはつまらないものでしかなかっただろうが、いまこの瞬間だけは楽しくて仕方ない。

気付けばダイン達と同じく、ラフィンも笑顔になっていた。



ラビリンスから外に出たところで、そこで待っていたらしいクラフトに呼び止められる。

とりあえず状況報告だけでもして欲しいという声に従い、ダイン一行は校長室へ通され、そこで事の顛末を報告した。

ミーナがいじめに遭っていたこと。その延長でミーナが危機的状況に陥り、解決に身を乗り出したことで施設を一部損壊してしまったこと。

そして激昂したディエルが思わず首謀者であるミレイアを殴り飛ばしてしまったこと。

一連の話を、グラハムとクラフトは口を挟むことなく静かに聞いていた。

全てを聞き終えた後、今日審議し明日懲罰の有無を言い渡すとのことで、今日はとりあえずこれまで通り監視を続けて欲しいということだった。

長い説明だったため、校長室を出たときにはちょうど昼になっていた。

下克祭の最中なので、生徒達は全員ラビリンスにいる。昼ご飯も現地で済ますのがほとんどなので、地上には誰もいない。

ダインがシンシアとニーニアに昼はどうするか尋ねたところ、せっかくだし一緒に昼食を摂ろうといってきた。

なのでいつもどおり体育館裏の日陰でそれぞれ弁当箱を広げるものの、今日のメンバーはいつもとはちょっと違う。


「…なんであなたがいるのよ」

円になるようにそれぞれ腰を下ろしたところで、ディエルは正面にいるラフィンを睨みつける。

「あなたこそなんでいるのよ」

ラフィンも冷たくいいながら、専属シェフの作りたてらしい豪勢な弁当箱を広げていた。

「ミーナの側にいてあげなさいよ」、ラフィンがいう。「あの子一人で寂しがってるわよ?」

「あれだけのことがあったから疲れて寝てるわよ。邪魔できないでしょ」

ディエルはそう返し、不意に表情を小馬鹿にしたものに変える。

「ぼっちご飯が得意だったじゃない。こんなところでそんな目立つもの広げたら注目の的よ?」

「得意じゃないし好きで一人だったわけじゃないわよ」

むっとしたラフィンは咄嗟に反論した。

「いったでしょ、もう昔の私じゃないって」

その…と、やや顔を赤くさせ、「と、友達と、一緒にお昼なんて当たり前のことじゃない」、と続ける。

それを聞いて嬉しそうにしたのはシンシアとニーニアだ。じりじりとラフィンに距離を詰めたのが見える。

「友達ねぇ…」、ディエルは何か思いついたような顔になった。

「じゃあ前の話に戻るけど、キス…」

不穏な単語が聞こえたので、ダインが「あー、昼飯のときぐらいは大人しくな」、即座にそういって遮る。

昼食のときぐらいは平和であって欲しい。

そんな彼の気持ちが伝わったのか、「まぁ、下克祭の最中に外でご飯食べてるのは私たちぐらいなもんだけど…」、とディエルはいって大人しくなった。

がさがさとビニール袋から包装紙に包まれたパンを取り出し、かぶりつく。

「ディエルちゃん、今日もパンだけ?」

シンシアが尋ねた。確かにディエルはいつも昼食はパンやおにぎりといった軽いものしか食べてない。

とはいっても好んで食べてるというわけではない。手作りに飢えているところもあって、少し前にダインが作ってきた弁当を本当に美味しそうに食べていたことがあった。

筆記用具は普通のものだし、身に着けている装飾品もそんなに豪華なものはない。

ディエルの気さくな性格も相まって、彼女が財閥の娘だというのを時折忘れそうになるが、そんな彼女が毎日軽食すぎる昼飯なのは、一般的な金持ちのイメージから考えると珍しいことではないだろうか。

「ご飯なんて必要最低限のものだけでいいのよ」

牛乳パックを飲みながらディエルはいった。「毎日のお弁当に豪華な弁当箱広げるなんて、自分は金持ちだって自慢してるようなものだもの」

それが嫌なのよね、とディエルがいったとき、その豪華な弁当箱を広げていたラフィンから「う」、と声が漏れる。

ディエルはラフィンにいったつもりはないのだろうが、ラフィンには突き刺さってしまったらしい。

「本当のお金持ちはね、必要以上にお金は使わないものなのよ」

小さくパンをかじりながらディエルは続ける。

「特別なときに、ちょっと豪華なことが出来ればそれで満足なの。金銭感覚が狂えば、将来的に困るのは自分なんだもの」

そこでまたラフィンが呻いたのが聞こえる。彼女の箸の動きがかなり鈍っていた。

「でもいつもパンだけだとさすがに栄養偏っちゃうよ?」

シンシアが突っ込むと、「そこはまぁサプリか何かで代用できるし」、ディエルは問題ないという素振りで返す。

現代っ子のような台詞に、「駄目だよっ!!」、そう強く出てきたのはまさかのニーニアだった。

「栄養は、美味しく食べないと上手に摂取できないよ」

突然の援護射撃にディエルが固まっていると、ニーニアは持ってきていたカバンを漁り、そこからもう一つの弁当箱を取り出す。

「これ、余り物で作ったお弁当で、ダイン君に食べてもらう予定のものだったけど…」

その弁当箱をディエルに差し出した。

「え、いやでも…悪いわよ」

遠慮するディエルだが、「俺は自分のがあるし、今日ぐらいいいだろ」、ダインがいった。

「あ、じゃあ私のもあげるよ」

シンシアもシンシアでダイン用に作ってきた弁当がある。

もう一つ差し出され、ディエルは「こ、こんなに食べられないわよ」、戸惑いながら手を振っていた。

「ちなみに、どっちの弁当も超絶うまい」

ダインが二人の弁当を受け取り、蓋を取ってディエルに見せた。

今日のおかずは野菜を肉で巻いたものや、玉子焼きなど、至って一般的なものばかりだ。

だがどれも丁寧に作られたというのが分かる色合いで、美味しそうな見た目にディエルは思わず生唾を飲み込んでいた。

「ほら、遠慮しないで」

シンシアがディエルに割り箸を掴ませる。

「栄養はちゃんと摂らないと」

こういうときだけ積極的になるニーニアは、ディエルに弁当箱を持たせた。

「遠慮なく食え」

ダインがいったところで、「じゃ、じゃあ、まぁ…」、素直にごまアスパラの肉巻きを口にする。

二回ほど噛んだところで口の動きが止まり、「う…っま…!」、みるみる顔に驚愕を広げていった。

「な、なにこれ!? こんな、どこにでもありそうなおかずなのに…」

驚くディエルを、「料理に関しては、日々練習を重ねてるからね」、とシンシアは得意げに胸を張る。

「食べてもらう人のことを考えて作ったら、自然と美味しくできるよ」

ニーニアは嬉しそうだ。

ディエルは頬張る勢いで次々とおかずを口にしていく。

「こ、こんな…ああ、卑怯よこんな…ダイエット、できな…」

思わずカミングアウトしてしまったようだ。ダインは笑い声を上げてしまった。

「何だかんだいって結局それかよ」

それから弁当を食べ始めるダインだが、ラフィンが食い入るようにディエルが食べている弁当を見ていたことに気付く。

「なんだ、お前も気になるのか?」

聞いた瞬間、「い、いやっ! そういうわけじゃ…」、と慌てだした。

すかさず否定したようだが、その視線はディエルが持つ弁当に釘付けだ。

ラフィンはダイン達以上に豪華な弁当があるというのに。きっと朝食も夕食も同じぐらい豪華なものしか食べてないはずなのに。

いや、だからこそだろう。彼女は恐らくこれまで一般的な弁当というものを口にしたことがないのだ。

「俺の食ってみるか?」

おもむろにダインがいった。ラフィンは「えぇ!?」、と目を丸くさせてダインを見る。

「俺ももう一つ作ってきてあるんだよ」

箸を咥えながらカバンから弁当箱を取り出し、ラフィンに差し出す。

「見た目が不恰好で、専属の一流シェフに比べられたら雲泥の差だろうけど、気になるなら、ほれ」

「で、でも…」

ラフィンは困ったように自分の弁当を見る。

そういえば彼女はいつもおかずを余らせていた。どれもヘルシーなものばかりだが、弁当箱が大きいため如何せん量が多い。

食べ物を残すことは彼女なりに申し訳なさがあったのだろう。ダインの弁当を食べてしまえば、さらに食べ残しが多くなることを懸念しているようだ。

「あ、じゃあ俺のと交換しようぜ」

ダインは明るい調子でいった。

「実はどんな味なのか、前から気になってたんだよ」

交換だ。そういうと、ラフィンは「そ、そういうことなら…」、食べかけで悪いけど、と素直に大きな弁当箱を差し出してきた。

明らかに大きさの違う弁当箱を交換し、蓋を開けてぎゅうぎゅうに詰められたおかずを見て、ラフィンはしばらく固まった。

「だ、ダインの手作り…」

ラフィンの顔が赤い。箸を持つ手が若干震えており、緊張しているのが見て分かる。

「いやそんな大層なものじゃないだろ」

笑いながらいってから、あることに気付き「念のために聞くが」、ラフィンに顔を向けた。

「栄養管理とかって徹底されてんのか? 食べられないものとかアレルギーとかさ」

ラフィンが食べている弁当は豪勢だが、おかず自体は質素だ。肉類は少なく油を使ったおかずもそんなにない。

何しろラフィンは華やかな将来を約束された財閥の娘だ。口にするものも徹底されてるとみていいだろう。

栄養管理士の監修のもと、一流の専属シェフが作っているに違いない。

「俺が作るやつは大体カロリーが高いからさ、気になるならそういうのどかしてもいいぞ」

「い、いえ、大丈夫よ。多少は」

そういいながらも、最初の一口はどれにしようかと真剣に悩んでいる。最初こそ肝心だといわんばかりだ。

彼女のその態度が、何だかハードルを上げられている気がしてダインは頬を掻いてしまった。

「シンシアやニーニアが作ってくれた弁当含めて、俺のが一番金がかかってないはずだから、過度な期待はしないでくれよ」

そもそも味にも自信が無い。そういったところで、「そんなことないよっ!」、と食い気味に否定してきたのはシンシアだった。

「ダイン君のお弁当もすっごく美味しいよ。ダイン君こう見えてガーデニングや家庭菜園が趣味でね、そこに入ってるお野菜はほとんどその菜園から採ったやつなんだよ」

「ええ? そ、そうなの?」

ラフィンは信じられないという顔でダインを見た。

「いやまぁ、自家栽培したから美味しいってわけでもないんだけどさ」

恐縮しつつ、ダインは豪華な弁当のおかずをひとつ食べてみる。

一粒が一口サイズほどもあるビッグ大豆のキャベツ菜巻きは、噛んだ瞬間出汁の旨みと野菜の甘みが一気に口内に溢れ出てきた。

濃縮されたそれらをよく味わって飲み込み、「…いやぁ、うめぇなぁ…」、ダインは心の底からしみじみといってしまう。

「やっぱプロが作ったもんはどこか違うな」

一見すると手の込んだ料理には見えない。しかしその味付けや煮込み加減は絶妙としかいいようがなく、それら野菜だけでも十分おかずになりうる美味さだった。

「ほんと?」

シンシアとニーニアはいつの間にかダインのすぐ近くにいた。

彼女たちもプロの手弁当というものが気になっていたようで、間近から分析するように真剣な眼差しを向けている。

「食べてみろよ」

モロコシタマゴのロール巻きを箸で掴んでシンシアとニーニアに食べさせたところ、「ふわぁ…」、と途端に彼女たちの表情がとろけていく。

「モロコシタマゴって焼くとすぐに硬くなるはずなのに…どうやったらこんなとろとろにできるんだろ…」

驚くシンシアに、別のおかずを口にしたニーニアも頬を押さえてうっとりしている。

「霜降りサバかな、これ…脂ののりがすごいよ…調理が難しいはずなのにふわふわで…」

プロの弁当に舌鼓を打っているところで、「ちょ…ディエル!!」、ラフィンが慌てだした。

「自分の分あるんだから、こっちのお弁当手を出さないでよ! ダイエットしてるんでしょ!?」

見ると、ディエルの箸がものすごいスピードでラフィンの弁当をつついていた。

「今日はもうダイエットとかいいの! 明日沢山動くから!」

「答えになってない!」

「もう全部食べてやるんだから!!」

「ちょ、こら…だから!! お行儀悪いわよ!!」

キーキー騒ぎながらも、お互いの弁当を食べた瞬間だけは二人とも表情を緩め、その美味さに酔いしれている。

ラフィンもディエルも良い顔だ。そこに今朝のような張り詰めた空気は無い。

弁当に再びがっつくディエルはいつもどおりだった。

いや、一度ダイン達に本性を晒してしまったからなのか、これまでのような作ったような態度には見えない。

いつも以上に美味しそうな表情をし、いつも以上に笑った顔をしている。それもディエルの“素”だったのだろう。

ダインは内心ほっとしながらも、ふと周りを見て「しっかし、いつの間にか人が増えちまったなぁ」、といった。

いまはいないティエリアを含めると、総勢で六人だ。最初はシンシアとニーニアの三人で昼食を食べていたはずなのに。

メンバー的にも目立って仕方ない顔ぶれだし、もっと人気の少ないところへ移動した方が良いだろうか。

そう思っているところで、

「ああ…遅れてしまいました…」

上から声がした。

見上げると、最後の一人であるティエリアが空からダイン達のところにやってきていた。

降り立つ彼女は非常に残念そうな顔をしている。

「ティエリア先輩!」

そんなティエリアを、シンシアはお帰りなさいといわんばかりに抱きついていた。

「先輩、ラビリンスから出ちまったのか?」

彼女も下克祭の参加者だったはず。戻って大丈夫なのかダインが尋ねると、「得点が上限に達してしまったので」、さらりととんでもないことをいってきた。

「なので、午後からは下級生の方々に協力するようにと指示がありまして」

「さ、さすがですね…」

ディエルが驚いている。確かに得点に上限があるとは知らなかった。

「ディエルはミーナのことしか気にかけてなかったから知らないようだけど、ギガクラスはほとんどの人が上限にいってるわよ。私のクラスもそうだし」

ラフィンがそう説明すると、ディエルはまた驚いたように「そ、そうなの?」、と彼女に顔を向けていた。

見ると、確かに闘技場からちらほらと生徒が出てきたのが見える。

「ギガクラスの一年生はそのままラビリンスにいるけど、二年生で上限に達した人は下級生のサポートに入ることになってるのよ」

その通りです、とティエリアは頷いた。

「ですので、シンシアさんとニーニアさんはペアのようでしたから、微力ながら混ぜていただければと思いまして」

微力、と謙遜するティエリアだが、ゴッド族がサポートに入るなんて、その時点で点数稼ぎは終わったといってもいいだろう。

「構いませんでしょうか?」

尋ねながら弁当箱を広げるティエリアは笑顔だ。

見知った顔ぶれなのだ。ティエリアにとっては遊びのようなものなのだろう。

「もちろんです!」

シンシアはそういうが、

「といいたいところなんですけど…」、と、すぐに笑顔を潜める。

「私たちはもう十分点数は稼げたので、他で伸び悩んでいるパーティの方に行ってもらったほうがいいと思います」

え、とティエリアは意外そうな顔になるが、ニーニアも申し訳なさそうに頷いている。

「ティエリア先輩とも一緒にラビリンスを探索できたら、すごく楽しいと思うんですが…」

確かに、戦闘が苦手な奴のための救済措置として助っ人システムがあるとするなら、ハイクラス以上の実力があるシンシアとニーニアペアに入るのは変だろう。

「すっごく一緒に潜りたいんですが、必死に点数を稼いでる人もいますし…」

そこでシンシアのいわんとしてることが伝わったのか、「そう、ですか…確かにそう、ですね…」、ティエリアの顔がみるみる暗くなっていく。

ティエリアは人並み以上の人見知りだ。気心の知れた仲間内では笑顔の多い彼女だが、初対面の人を前にすると途端に気配を消してしまう。

そんな彼女だから当然自分から初対面の人に話しかけられるはずも無く、パーティのサポートはそのサポート役から話しかけなければならないため、ティエリアにとってはかなりのハードルの高さなのだ。

あまりに人見知りだから、伝説級の小人やら不可視の銀姫やら、妙な通り名がつけられている始末だ。

とにかく高得点を狙う人たちにとっては、ティエリアは救世主でしかない存在だろう。引く手数多で公募すれば殺到することも容易に想像できるが、しかしいざ見知らぬ面子しかいないパーティに加入したとして、その後の展開は目に見えている。

神々しすぎるバリアを前に誰も近づけないだろうし、ティエリア自身も話しかけられないため、始終無言のまま狩りが進むだろう。

それはもはや作業でしかなく、ティエリア以外のメンバーは気を使いまくるだろうし、ティエリアは緊張のあまり手足だけでなく全身まで震わせてしまうかもしれない。

点数は稼げるだろうが、どちらにとってもあまり良い展開にはなるような気はしない。

かといってシンシアとニーニアペアに加入したならば、他のクラスメイトから嫉妬の声が上がることは避けられないだろう。

ずっとペアできた二人なのだ。ティエリアを呼ぶためにペアでいたのかとあらぬ噂を立てられる恐れもある。

ある意味で、ティエリアの存在は不毛な争いの火種になりかねない。

穏便に済ますにはどうしたら良いか。

「私は…どうすれば…」

なおも暗い表情で弁当を食べ進めるティエリアを眺めながら、「そうだな…」、ダインはいった。

「こっち側に来るってのはどうだ?」

そこでティエリアの顔が上がり、ダインに向けられる。

「と、いいますと…?」

「監視だよ」

笑顔を向け、ダインは続けた。「いまは俺とディエルとラフィンの三人でモニター見てるんだけど、その数が多すぎて三人じゃ限界を感じてたんだよ。だから先輩も来てくれるとありがたい」

「そ、それは…良いのでしょうか?」

「正直、先輩がどこのパーティに混じってもあんま良い展開にはならなさそうだしさ。だったらどこにも属さない監視役で良いんじゃないかな。こっちは人手が欲しいし、監視役の増員ってのも真っ当な理由だ。先生に聞いてみなくちゃ分からないが」

そういったところで、ティエリアの目がみるみる輝いていく。

「ダインさんと、ラフィンさんと、ディエルさんと監視…!!」

本当に彼女は分かりやすい人で、全身のオーラまで眩く輝きだした。

ダインはつい笑ってしまいながら、「良いよな?」、とようやく大人しく弁当を食べているラフィンとディエルに顔を振る。

「目の保養になるから、私は超オッケー!」

ディエルは満面の笑顔でいい、

「わ、私はまだ少し緊張するけど…確かに監視役の増員は必要だし、賛成よ」

ラフィンも賛同した。

「ってことで、休憩が終わったら先生に聞いてくるわ」

再びティエリアに顔を戻すと、「あ、ありがとうございます!!」、わざわざ立ち上がって、大きくお辞儀してきた。

心底ホッとし、嬉しそうな顔で昼食を再開するティエリアを眺めながら、ダインは思わず心の中で「う〜ん」、と唸ってしまう。

最近、ティエリアに甘い顔ばかりしているような気がしてならなかったのだ。

彼女の将来を考えるなら、人見知りを少しでも克服できるように配慮しなければならないこともあったはずだ。

友達は多いに越したことは無いし、学校生活をより充実したものにするため、心を鬼にして荒療治に近い手法を取るべき場面もあったはず。

だが、ティエリアの暗い顔を見ていると、どうにかそれを笑顔に出来ないかと考えてしまう。

ジーニやサイラが生徒会長の復帰を求めてきたときも、ティエリアの性格を考え阻止したし、今回も知らない人に話しかけられないという気持ちを汲んで監視役に引き込んだ。

いつまでも人見知りなティエリアの要望を聞いていては、その性格は改善するどころか増長していってしまうのではないか。

もういらないからあげる、とディエルからもらったパンを食べながら、懸念するダインをティエリアは不思議そうに見てきた。

「あ、あの…どうかしましたか?」

普段からダインを良く見ているから彼の心情の変化に気付いたようで、何かまずいことがあったのかと不安げに訊いてくる。

「いや、良かったなって」、とダインが笑いかけると、ティエリアもつられるように笑顔で返してきた。

やっぱり彼女は可愛い人だ。笑顔もそうだし、ダイン達といたがるところも可愛らしい。

とそこで一つ、ダインは自分自身の気づかざる本心に気づいてしまった。

生徒会長の復帰を断ち切らせ、他人といさせないように計らってしまったのはやはり…、

「俺って案外独占欲が強いのかも…」

小声で思わずいってしまったが、隣でしっかり聞こえていたディエルはくすっと笑った。

「ま、良いんじゃない? 可愛い人が暗い顔をしてるのは見たくないもの」

どうやらディエルもダインの心情を読み取ることが出来たらしい。その上で気持ちは分かると笑っているようだ。

「あ、そういえば、どうしてみなさんここで揃ってお昼を?」

元気を取り戻したティエリアは、改めてダイン達を見回し不思議そうに聞いた。

「監視役の件は聞いていましたのでダインさん方がいらっしゃるのは分かるのですが、シンシアさんとニーニアさんはラビリンスから出てらっしゃいますし…」

そういえば今回の一連の出来事は、ティエリアにほとんど伝えてない。

友達のティエリアには教えるべきだろう、と思っていると、携帯の時間を確認しながらディエルが「あー、話すと長くなるんですが」、といってきた。

どうやら当事者のディエルが説明するつもりらしい。

確かにその方が理解も早いだろうと思ったダイン達は、そのまま黙ってディエルの説明が終わるのを待った。


「それは良かったです!」

事の顛末を一通り聞いたティエリアは、ミーナとの関係が改善したことに自分のことのように喜んだ。

「これから学校生活がより楽しいものになりますね!」

「ま、まぁ。完全に昔のままっていうわけにはいきませんけど…ミーナがどうしたいのか、まだ分かりませんし」

「ふふ。仲の良かった幼馴染なのですから、過程はどうあれ最終的には一緒になる運命なのです」

「そ、そうでしょうか」

照れた顔を見せるディエルだが、「まぁ、それは良かったんですが」、すぐに表情を暗くさせていく。

「また別の問題が発生してしまいましてね…」

呟くディエルは、明日どうなるのかと不安でいっぱいの顔をしていた。

「あ、そ、そうでしたね」

詳細を聞いていたティエリアも、同じく表情を曇らせていく。

政治家の娘を殴り飛ばしてしまった。

もうそれだけで相当なインパクトのある出来事だ。

「殴ったのはやりすぎたかもな」

ダインがいったところで、ディエルはさらに小さく縮こまってしまう。

「私も驚いたわ」

ラフィンまで追撃してきた。「いくら腹が立ってたとはいえ、女性の顔面をグーで殴り飛ばすなんて」

その表情には非難の色が込められており、さすがのディエルも反論できないようだ。

だがそのとき、「で、でも大丈夫だよ!」、とシンシアがディエルのフォローに回る。

「傷は魔法で癒やせるから、そこまで酷いことには…」

そこでディエルの表情がさらに暗くなっていったことに気付き、シンシアは「どうしたの?」、とディエルを見る。

「いや、そのぉ…」

なにやら気まずそうにしているが、口をもごもごさせたままだ。

「…教えてあげなさいよ」

見かねてラフィンがため息混じりにいった。

「血の力は強すぎるらしくて、その魔力で怪我をさせた場合は回復魔法使っても完治に数日かかるって」

シンシア、ニーニア、ティエリアが思わず息を呑む。

「…マジか」

やや驚愕しながらダインが尋ねると、ディエルは無言のまま首を縦に振った。どうやら事実らしい。

「あのパンチ、かなりの衝撃だったぞ。仮に回復魔法が効かないとしたら、今頃めちゃくちゃ腫れ上がってるんじゃないか?」

「ま、まぁ、そうでしょうね…」

「でしょうねって…」

ディエルはすっかり大人しくなってしまっている。

顔色は見るからに悪く、弁当は全部食べたようだが、吐き出すため息は誰よりも長い。

ミレイアを殴り飛ばした直後は威勢が良かったディエルなのに。

昼食を食べ、気分が落ち着いてきたいま、ようやく事の重大さに気付いてしまった、といったところだろうか。

「ここへ来る前にクラフト先生から聞いたんだけど、ミレイアが怪我したことを家の人に伝えた後、秘書らしい人が来て目を覚ましたミレイアを連れて帰宅したそうよ」

病院に行くらしいというラフィンの説明を受けて、ダインは思わず腕を組んで唸ってしまう。

「重大イベントである下克祭を、いきなり殴られ強制退場させられた上に、女の命でもある顔面を腫らしたまま帰宅か…」

簡単に片付けられる問題でないのは、その場に居合わせた全員が思っていたことだった。

絶対に明日、身内の人が学校に乗り込んでくる。有力な政治家なのだったら、騒ぎ立てることは容易に想像できた。

「やっぱやりすぎだったんじゃね?」

ダインが改めてディエルにいうと、「だ、だって、裏でミーナを追い込んでいた真犯人なんだって思ったら、我慢できなくて…」、小声ながら反論してくる。

「かといって暴力は良くないわよ。昔じゃないんだから」

ラフィンが断罪しまた呻いてしまうディエルだが、「ディエルちゃんは悪くないよ」、といってきたのはシンシアだ。

「向こうがそれだけのことをしたんだから。放っておけば、ミーナちゃんとディエルちゃんは大怪我どころか命の危険さえあったんだよ?」

確かに暴力は良くない。だが、ディエルの行動に理解できる部分も多々ある。

自分にとって大切な人が肉体的にも精神的にも追い詰められていると知ったら、誰だって冷静ではいられなくなるものなのだから。

犯人に対しては怒りだって湧くし、事と次第によっては同じ目に遭わせてやらなければ気が済まなくなるだろう。そこに暴力は駄目だ、なんて一般常識を考える余裕はない。

「最悪なことになってれば、あの人にとっても取り返しのつかないことになっていたかも知れない。顔の傷だけで済んでよかったんだよきっと」

シンシアのいっていることも理解できる。

ラフィンも「そうね」、と頷きつつも、「まぁでも、少なくともミレイアはそういう思考は持ち合わせてはいないでしょうね」、といった。

「あの現場の監視モニターは故障していて記録に残ってないし、外部からモンスターを呼び寄せたのだって、学校側のルール設定が曖昧だったために罪に問われない線が濃厚よ。沸かしたモンスターがミーナのいたフロアに誘導していた魔法陣も消されてるし、出入り口を塞いでいたのはミレイア以外の連中だった。ミレイアが仕組んだことだっていう証拠はどこにも残ってないのよ」

現状、ダインとラフィンの証言しか証拠がない。厳しい状況なのだ。

「え、でもダイン君が倒したモンスターは禁書で召喚されたやつなんだよね? 第一級の危険種はそれを封じた禁書の所持だけでも法律で厳しく罰せられるんだし、証拠はあるんじゃ…」

「その禁書も、召喚した瞬間に燃えて無くなるように細工されていたらしいわ。確かにシャドウケルベロスの残骸はあるけど、ラビリンスのバグで沸いたんだと言い張れば通るでしょうね。あり得ないことだけど」

つまりミレイアは証拠が残らないよう徹底して準備し、今回の騒動を仕組んだとラフィンは続けた。

「そ、そんな…じゃあ明日親御さんが来たとして、そのミレイアさんの証言がまかり通ってしまうということが…」

不安そうにいうニーニアに、ラフィンは肩をすくめながら「そうなるでしょうね」、といった。

「親は我が子のいうことしか信用しないでしょうし、しかもディエルやミーナには外見上の傷は無い。一方的にやり込められるのは誰でも想像できるわ」

ラフィンの言葉を聞いているうちに、ディエルはまたさらに深刻そうな顔になっていく。

「こ、これって、私退学かしら…」

地面を見つめたまま、思いつめたような一言が漏れた。「親に無理いって入れてもらった学校なんだけど…」

「それだけで済むとは思えないけどね」

そんなディエルに、ラフィンは追い打ちをかけるように現実を突きつけた。

「たかが顔面一発とはいえ、女性の顔面にだし、当分治らないほど腫れ上がっていたそうだし、ミレイアの父親はやり手で知られる有力政治家だし」

ディエルは無言のまま、みるみる顔を落としていく。ついには頭を抱えだした。

無理もない話かもしれない。

親に無理いってセブンリンクスに入れてもらい、条件付きながらメガクラスからノマクラスに勝手に移籍した。

クラブを転々とし生徒会の仕事は適当にこなし、実績らしい実績は残してない。

挙句に、暴行事件を起こし退学なんてことになったら、スウェンディ家末代までの恥になる。

ディエル本人にはそこまで家柄やしきたりに縛られているようには見えないが、しかし不祥事を起こして退学というのはさすがに世間が黙ってはいないだろう。

「もちろん現場を見た私たちは、求められるのなら正直に見たままを証言するつもりではいるわ。けれど証拠が残ってない以上、こちらの言い分が通るかは怪しいところよね」

ラフィンの台詞にはどこか冷たさが含まれている。しかし事実だ。

「だ、大丈夫だよ」

優しいシンシアは、なおも明るくいってディエルを元気付けようとしている。

「ミーナちゃんとは親友で、いじめられていたこととかちゃんと話せば、きっと殴っちゃったディエルちゃんの心情も理解してくれるはずだよ」

「それも難しいと思うけど」、冷静に現状を分析していたラフィンは、まるで機械のように淡々といった。

「大事な娘が殴られて、顔を腫らして帰ってきたのを見て冷静でいられる親がいると思う? どんな内容であれ、こちらの心情を理解しようとするはずがないじゃない。クラフト先生もいっていたけれど、感情論は議論をややこしくするだけで無意味でしかないわ。事実のみを証言するしかないわよ。ディエルも私達もね」

「で、でもそれだと向こうの言い分しか通らないんだよね? そもそもこちらのいうことを信用するはずがないし…」

「でしょうね。あのミレイアって子は外面は良かったみたいだから。親に対しても良い子を演じ続けてきたんでしょう」

いまやディエルだけでなく、シンシアたちまで表情を暗くさせている。

楽しいはずの昼食の場が一気に重い空気に包まれ、「どうしたら…」、ティエリアは呟いた。

自分のせいで妙な感じになっていることに気付き、「だ、大丈夫よ。何とかするから…」、ディエルはそういって力ない笑みを浮かべた。

「何とかって…どうやって?」

シンシアが尋ねるものの、ディエルからはろくな返事が無い。

みんな黙り込んでしまった中、「ま、為るようにしかならないだろ」、それまでずっと聞いていただけだったダインが顔を上げて明るくいった。

「やっちまったことは取り戻せないし、後悔するようなことでもないしさ」

「で、でも…ダイン君、何とかならないかな…?」

シンシアのすがる様な視線に、ダインは「う〜ん」、一応考え込むものの、良い案は浮かびそうに無い。

「いまのところはなんともな…。ラフィンのいうように正直に話すしかないだろ。先生の判断に委ねるしかない」

「そうだけど…」

「まぁ大丈夫だろ」

「大丈夫、かなぁ」

「ああ。大丈夫だ」

力強く頷いてみせたところで、ディエルからまた「はぁ」、という大きなため息が漏れる。

明らかに憂鬱そうに立ち上がった彼女は、パンの包装紙をくしゃくしゃに丸めゴミ箱へ捨てようと歩き出した。

「ディエル」

そんな彼女の背中にダインが声をかけ、「ん?」、と振り向いてきた彼女に「ついでにこれも捨てといてくれ」、先ほどディエルからもらったばかりのパンの包装紙を差し出した。

「うまかったよ。パンもたまにはいいな」

「え、ええ」

ダインから包装紙を受け取り、再びゴミ箱へ向かおうとしたところでチャイムが鳴った。

それぞれ空になった弁当箱を片付け始め、「お前等はまたラビリンスだろ」、ダインはシンシアとニーニアに顔を向けた。

「問題は一応は解決したから、後は俺たちの分まで思う存分楽しんできてくれ」

「もっと大きな問題が残ってるから楽しめないよ」

シンシアはすぐに突っ込んでくるが、ダインは笑うだけだ。

「だから大丈夫だって」

な? と彼が顔を向けたのは、何故かニーニアだった。

「うん」

ニーニアもどういうわけか笑顔で、「ダイン君がそういってるから大丈夫だよ、シンシアちゃん」、とその屈託の無い笑みをシンシアにも向けている。

「そう、かなぁ…」

納得してなさそうなシンシアの手を引いて、ニーニアは再び闘技場の方へ向かっていった。

彼女たちの姿が見えなくなってから、

「勝算でもあるの?」

ダインの隣にやってきたラフィンが尋ねてくる。

暴行なんて、即退学もありうる重大な案件だ。なのに少しも不安がってないダインが不思議でならなかったのだろう。

何か証拠でも掴んだのだろうか。

不思議そうにするラフィンに、「いや、特に無い」、ダインはあっけらかんといった。

「特にって…じゃあその自信は何なのよ」

「自信なんてない。ただ、やっちまったもんはしょうがないんだし、素直に謝るしかないだろ」

「いや、謝って済む問題じゃなさそうだからこうして話してたんだけど…」

なおも懸念を抱くラフィンに、「複雑化しすぎだ」、ダインは笑い飛ばした。

「殴ってごめんなさいで済む話だろ。親はそのことで明日怒鳴り込んでくるんだろうしさ。そこに政治家がどうのは関係ないよ」

「いやいやいや、関係あるでしょ」、ラフィンは即座に否定した。

「さっき先生から色々聞いたけど、ミレイアの父親は町の一角を牛耳ってるほどの政治家なのよ? 情報戦に長けていて、だからミレイアに誰も逆らえなかった。難癖つけてくるに決まってるじゃない」

「ほう、難癖。例えば?」

「た、例えば? 例えば…え〜と、野蛮な生徒を育ててるのかとか、生徒の資質に疑問を抱くとか、教育方針の改善を提案するとか…」

クレームの内容を想定していってくるラフィンに、ダインは「ギャグだな」、とまた笑った。

「この学校は戦闘技術を多く教えている。それを分かってミレイアの親はこの学校に通わせておきながら、野蛮だなんだってのはどうなんだろうな。格闘家に野蛮だから練習メニュー変えろとでもいうつもりかよ」

「それは…まぁ…」

「このセブンリンクスは、当初はレギオスに対抗するため、魔法戦士の育成を目的に建てられた学校なんだろ?」

ダインは続けた。「だから教育プログラムはモンスターとの戦闘を想定したものが多いし、いまやっている下克祭なんかその最たるものだ。プライドが高く精神年齢がまだ成熟してない子供が集う学校なんだから、多少なりともぶつかり合うこともあるだろう。そりゃ程度にもよるけどさ、生徒間のいざこざに親がいちいちしゃしゃり出てくるものじゃない」

「かといって、暴行沙汰は軽視できないでしょ」

そういうラフィンに、ダインは「もちろんだ」、と頷いて見せた。

「殴ったことのみを突きつけて非難してきたなら素直に謝るしかない。それはもうどうしようもない事実なんだし。だが、学校の資質やら教育方針やらに噛み付いてきたのなら、それはミレイアの親と学校との話し合いになる。当事者であるディエルは関係がなくなってしまう」

その通りだと思ったのか、ラフィンから反論は無い。ダインはさらに続ける。

「そもそもの原因は、ミレイアがミーナを陰湿にいじめていたことが発端だ。ディエルはミーナを助けたい一心で、命の危険まで追い込まれた末に、激情に駆られ首謀者であるミレイアを殴り飛ばしてしまった。証拠はなくともそれが真実で、俺たちはそのままを証言するつもりでいる。娘を殴られ冷静でいられない親の心情というものは理解できるが、ディエルも同じ心理状態だったんだから」

「ですが…信用してくださるでしょうか…」

ティエリアもダインの側にいて、不安げに彼を見上げていた。

「信用してもしなくても、それが事実だから俺たちは見たままをいうしかないな」

「厳しいと思うけどね」

ラフィンはいった。「あのミレイアのことだから、いまごろ歪曲して自分に非が無いかのようにご両親に説明をしてるわよ。で、ご両親は娘の証言のみを信用する」

「だろうな。だがどう説明したとしても事実は変わらない。実際にこの目で見てきたことを話すだけだし、どちらを信用するかは先生に委ねる他無いよ」

こちらが打つ手は何も無い。そんな意味も込め、「そうだろ? ディエル」、ゴミ箱の前に立ったままだったディエルに声をかけた。

しかし、彼女から返事は無い。こちらに背を向けたまま、ジッとしている。

「ディエル?」

ダインが再び声をかけると、「あ」、という声と共にこちらを振り向いた。

「どうした?」

「い、いえ、何でも…」

首を横に振る彼女は少しぎこちない。

「話聞いてたの?」

疑わしげにラフィンがいうと、「あ〜ごめん、聞いてなかった」、あはは、と笑いながら素直にいった。

「あのね…」

ラフィンはあきれ返った顔で息を吐く。「不安すぎて頭がおかしくなっちゃったのかしら」

「か、考え事よ」

すかさずディエルが言い返すものの、「何を考えることがあるのよ」、ラフィンが詰め寄る。

「保身のための上手な言い回しでも考えていたの? 嘘や偽りは生徒会長の私が許さないわよ」

「う、嘘とかじゃないわよ。いいからほっといて」

そのいい方にむっとしたラフィンは、「何よそれ。まだ壁を作ろうっていうの?」、とさらにディエルに詰め寄る。

そこで慌てたような顔になったディエルは、「い、いえ、これはそういうんじゃ…」、手を後ろに回した。

「あ、あーもう、後でちゃんと説明するから、いまは考える時間をちょうだい!」

そういった。

ディエルの妙な態度に、「…どういうこと?」、とラフィンがダインとティエリアに顔を振る。

「ま、何か思うところがあるんだろ」

ダインはさして気にしてない様子で笑った。

「後で説明するっていってくれてるんだから、考えさせとこうぜ。それよりとっくにチャイム鳴り終えてるんだし、先輩のこと先生に聞いてこないと」

「あ、ええ、そうだったわね」

「ほら、ディエルも」

「う、うん」

職員室へ向かう前に、ティエリアは緊張した面持ちで「よ、よろしくお願いします!」、と、もう一度ダイン達に大きく頭を下げていた。

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