二十五節、耳の痛い話
「聞けば聞くほど、不思議な子だな」
そう話すジーグは、手元にあるルシラの解答済み問題集を眺めている。
女性陣が買出しに市場へ赴き、その間ダインとジーグ男性陣はリビングで留守番を任されているところだった。
「容姿は俺らと一緒で、吸魔もできるんだ」
リビングから見える中庭では、ルシラが植物の世話に勤しんでいる。
「特殊な魔法を使えるだけで、種族はやっぱり俺らヴァンプ族なんじゃないのか?」
「ヴァンプ族はそれほど数は多くはない」
ジーグもダインと同じようにルシラを見てから、コーヒーを口にする。
「把握している限りでは、ヴァンプ族の中にルシラという子はおらんな」
「…手詰まりかよ」
ジーグに続いてダインもコーヒーを口にするが、思いの外苦みが強かったのか単純に落胆したのか、渋そうな顔をする。
「ふむ…」
しばし顎に手を当て瞑目していたジーグは、目を開けて「そういえば」とダインを見た。
「しーちゃんに聞いたのだが、来週、シンシア君の誘いでエーテライト邸にお邪魔するのだったな?」
「え? ああ、その予定だけど」
それがどうした、と聞くと、ジーグはやや目線を上にあげていった。
「確か“アレ”の所有権は現在はエーテライト家にあったはずだが…」
「あれ?」
「ああ。ヒントになるようなものが、エーテライト家にあるのやも知れん」
「何だそれ?」
「書物だ」
椅子の背にもたれて腕を組みながら、ジーグは何の書物かを説明する。
「勉強熱心で貪欲に知識を求めるヒューマ族が、混乱期より書き足してきたとされる種族辞典のことだ。真偽の不確かな種族もあり書籍化には至っておらんが、他のどの書物よりも広域に、詳細に書かれてあったはず。種族だけでなくその生息地やモンスターのことまで、あらゆる生命体について調べつくされた書物があると聞いたことがある。名を全人網羅の書と言い、ヒューマ族の三大宝典の一つとされている」
聞けば聞くほど大層な代物だ。
「シンシアからは何も聞いてないんだけど…ほんとにあるのか?」
「宝典だからな。盗難や盗作防止のため、信用のある著名人に年代わりで管理されてあるものらしい。シンシア君が知らないのも無理はないだろう」
「そうか」
あらゆる生命体のことが書いてある、というのはかなり期待が持てそうだ。
「来週お邪魔するのなら、見せてもらったらいい」
「そう、だなぁ…」
ダインはそう頷くものの、呼び出される理由が理由なだけに難しいのではないかと思っていた。
向こうにとっては、ダインはどこの馬の骨とも分からない奴なのだ。とっちめてやろうと意気込んでいるかもしれないし、そんな状況の中宝典を見せてもらうのは些か無理があるのではないか。
詳細は聞いてないが、ダインの表情から何かを察したジーグは、口の端ににやりと笑みを浮かべた。
「ダインの対人スキルの見せ所だな」
「んなもんねぇよ」
「ちなみに言っておくが、破魔一刀流は実力主義らしい。力こそが全てだと教えてるのかも知れんな」
力を誇示すれば簡単に事が運ぶんじゃないか。そう話すジーグに、ダインは呆れたように肩をすくめた。
「友達の家に行くってのに、手荒なことはしたくねぇよ。するつもりもない」
常識を話すダインに、ジーグは「ふ」と笑いを漏らす。
「そうだな。節度を持ってな」
「だいーん!」
奥からぱたぱたと足音が聞こえる。
「てぃえりあちゃんがおきたよ!」
やってきたのはルシラで、客室を覗いたのかそう報告してきた。
「ああ、いま行く」
シンシア達は全員市場に行っている。何も知らないティエリアに説明の必要があると思ったダインは、コーヒーを一気に飲み干し立ち上がった。
「ではワシは書類の続きに取り掛かるか…」
ジーグも立ち上がろうとしたようだが、ルシラは彼の前に行き「ぱぱ?」と呼び止める。
「おお、なんだ?」
「ちょっとおはなししたいんだけど…いいかな?」
「ああ、いいぞ。何でも言ってみなさい」
どうせ可愛らしいお願いか何かなんだろう。
ジーグを見上げるルシラに笑いかけてから、ダインはそのまま客室へと向かった。
「あ、ダインさん」
ドアを開けてすぐ、ベッドの上で上半身を起こしていたティエリアと目が合った。
「昼までもう少しあるし、そのまま寝てたらいいのに」
そう言いながら客室に入るダインを、ティエリアは「もったいないです」と笑いかけてくる。
「せっかくダインさんのお家に遊びに来ているのに、寝てるだけというのは…」
「確かにな」
ダインも笑い返しながら椅子に座った。
数時間前に見たときよりも、ティエリアは口調も顔つきもはっきりしている。
寝たのが功を奏したのだろう、聖力もすっかり完全回復したようだ。
ダインはほっとしつつ、シンシア達はいま市場へ買出しに行ってることを伝える。
そして話の流れで、来週の休日はシンシア宅にお邪魔することと、その理由を説明した。
「そうなのですね。男性宅にお泊りするとお伝えしなかったのですか…」
娘を心配する親の心情が理解できるのか、ティエリアはやや困ったような表情で笑う。
「まぁ、シンシアの気持ちも分からないでもないけどな」
ダインも笑顔のまま、シンシア側の気持ちも理解できるといった。
「絶対に反対されると思ったから、女友達の家なんて嘘ついたんだろ。年頃の娘が男友達のところに外泊するなんて、まず了承しないだろうし」
「ですがそれが嘘だと露見すれば、さらなる火種ともなり得ます」
「だよな」
今頃シンシアの親父さんは気が気じゃないだろう。そう思いながら、ティエリアは今回の外泊を家族にどう伝えてるのか気になって聞いた。
「私は正直にお伝えしました。お友達みんなで、ご家族とご一緒に住まわれているダインさんのお宅にお泊りしますと」
いかにもティエリアらしい、真っ直ぐな対応だ。「揉めなかったのか?」とダインが聞くと、彼女は笑顔のまま首を振る。
「はい、それは大丈夫でした。お一人暮らしの男性宅なら、懸念されていたかもしれませんが」
実家住まい、というのが安心できるポイントなのではないかとティエリアは続け、その通りだなとダインも頷く。
「シンシアさんの場合は、伝え方が少々まずかったのかも知れませんね」
「だなぁ」
反対されるからシンシアが嘘をついたのだとしたら、裏を返せばそれほどシンシアは大切にされていたということになる。
家族仲は良いと言っていたので、箱入り娘のような扱いを受けていたのかもしれない。
なので、例えティエリアのように正直に話したとしても、アレルギー反応的に反対されていた可能性もあるだろう。
「でさ、誤解を解くために先輩も一緒についてきてくれた方が、説明もしやすいと思うんだけど」
「ふふ。はい、私も行っていいのなら是非とも」
快諾してくれたティエリアに「悪いな」と笑顔を向けつつ、「しっかし」ダインは首をかしげる。
「毎週の週末は予定詰めだよ。今度ニーニアの家にもお邪魔することになってるし」
それもティエリアは聞き及んでは無かったのだろう。「そうなのですか?」と目を少し大きくさせて尋ねてくる。
「リステン家の工房を見させてくれることになったんだよ。ものづくりはうちのところもやってるし、創作のノウハウとか色々勉強になると思ってさ」
「なるほど…」
そういった後、「あ、あの」ティエリアは思い切ったように口を開いた。
「よ、よろしければ、その次は私の実家などは…いかがでしょう?」
「先輩の家?」
「は、はい」
まさかティエリアからも誘われるとは思ってなかったダインは驚く。
「お、お友達の方をご招待するのも夢でしたので…その…パジャマパーティとか…」
引っ込み思案なティエリアだったがために、彼女はこれまで友達らしい友達はいなかった。
だが別に孤独が好きというわけではなく、むしろ友情ものの小説を読むうちに、友達付き合いというものに憧れを持つようになっていたのだ。
手を取り合い何かを成し遂げたり、一緒にご飯を食べたり、勉強したり。
どれも些細なものだったが、ティエリアにとってはどれもが一大イベントであり夢だった。
今回ダインの家に宿泊しているというのも、彼女にしてみればいまもなお夢の中にいるようなものだ。
「お邪魔じゃなければ遊びに行かせてもらうよ」
ダインは笑顔で彼女にいった。
昨夜の吸魔騒動で、貴重な午前の時間を睡眠で消費させてしまった。その穴埋めになるのならと、ほぼ即答だった。
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに頭を下げる彼女に、ダインは「よろしくな」と同じく頭を下げる。
だがすぐに彼女がゴッド族であり、どこに住んでいるのかを思い出した彼は、「でも」とティエリアに顔を向けた。
「先輩がいるところって、バベル島だったよな? 魔族の俺が行っても大丈夫なもんなのか?」
バベル島は、絶海の中に浮かぶ孤島のことだ。
ゴッド族しか住んでいないらしいその場所は、一昔前までは物語の中にしか登場しない伝説の島だった。
天界と行き来できる“門”があるらしく、そのため島全体が強力なバリアで守られているのだと、文献か何かで見た記憶がある。
ゴッド族か、所縁のある者しかそのバリアを通り抜けることは許されず、モンスターはもちろん魔族も侵入することはできないはずだ。
もし仮に侵入を試みようとするものなら、バリアに触れた瞬間に消滅してしまう。
そんな記憶を頼りにティエリアに問いかけるが、彼女は笑いながら「その情報は、半分は虚偽です」といって訂正してきた。
確かにバベル島は、かつてはゴッド族以外は入ることを許されなかった。自分たちを天上の民、それ以外を下界の民と位置づけ、接触すら禁じられていた時代もある。
しかし種族間の諍いが薄れ、平和になってきたいま、ゴッド族だけいつまでも鎖国していては発展は望めない。
子孫繁栄と島全体の活性化のため、他種族とは交流を持った方が良いという意識改革が起こり始め、時代に合わせたルール改定がなされたのは最近のことだ。
不可侵のバリアはいまも張られてはいるのだが、それは“門”のある場所だけに縮小されたらしい。
そのため、いま現在のバベル島はオープンになっており、土産物屋や宿泊施設もあるとティエリアはいった。
「とは言いましても、場所が絶海の中にある孤島なので、魔法以外で訪れる方はいらっしゃいませんが」
「だろうな」
「ですが、私の魔法があればひとっ飛びでいけます」
と、彼女にしては珍しく自信を覗かせるが、途中でハッと気付いたような顔になる。
「あ、そ、そういえば、ダインさんは転移魔法などは…」
「まぁ、無理だな」取り繕うこともせず、ダインは事実をいった。
「滅茶苦茶便利なのは分かってるんだけど、転移魔法で飛べる奴なんざ、ヴァンプ族の中には一人もいないよ」
ヴァンプ族はあらゆる魔法を受け付けない。回復も強化も影響を受けないのだから、転移魔法も不可能なのは当たり前のことだった。
「あう…そ、そうでした…」
見て分かるほどに落胆するティエリアだが、ダインはちゃんと遊びに行くよと彼女に笑いかけた。
「魔法が効かない代わりに筋肉がある。バベル島の位置も大体把握してるし、行けないことはなさそうだよ」
ここからバベル島までは何キロあるか分からない。しかし想像を絶する距離なのは間違いない。
転移魔法であっても超長距離は数時間かかるはずだが、ダインはそれを徒歩か走っていくという。
ティエリアは信じられないといった顔で首を振った。
「そ、そんな。お客様としてご招待するつもりの方に、そのようなご負担をかけるわけには…」
躊躇するティエリアだが、ダインは「これも修行のうちだ」と笑い飛ばした。
「前までは筋トレできてたんだけど、学校行き始めてからはろくにできてなかったからな。良い運動になりそうだ」
「で、ですが、バベル島には地上の移動でたどり着けた方はいらっしゃらないはずなのですが…」
転移魔法を使わず、己の知恵と体力のみでバベル島を目指した者はこれまでに何人かいる。
だが途中で立ちはだかる断崖絶壁や荒れ狂う大海原を前に、断念する者がほとんどでたどり着けた者はいない。
その難度の高さから、番組の企画にされるほどだ。
無謀としかいえない挑戦だろう。だがそれは一般的な体力しかない種族での話だ。
ダインは学校に行く前は各国を両親と旅していた。移動は主に徒歩で、そのため荒地での移動方法や木々の生い茂る森林の歩き方、荒れた海の渡り方、全て熟知している。
その気になれば一回のジャンプで全てを乗り越えられるヴァンプ族なのだ。彼らにとっては、道中のどのような障害も屁でもない。距離だってさしたる問題ではない。
「走るのは全身運動だからちょうど良かったよ」
前代未聞の挑戦であるにもかかわらず、ダインにとってはまるでトレーニング感覚だ。
なおも心配そうなティエリアに、「うまいもんでも用意しといてくれ」と頭を撫でると、頬を染めつつ「はい」と頷いてくれた。
「ですが、決して無理はしないでください」
ダインが強いことは知っている。バベル島に行くのも、ヴァンプ族の彼ならば容易い事だというのは、彼の表情を見れば分かる。
でもそれでも心配してしまうのだ。不安になってしまうのだ。
それほど、ダインのことが大切だから。もはや大事な人となってしまっているのだから。
心配するティエリアの心情を察していたダインは、溢れ出る嬉しさそのままに彼女の頭を撫で続ける。
「ありがとうな」
そんな彼の笑顔がティエリアには眩しく見え、ついには彼女は俯いてしまった。
「ティエリア先輩、ごめんなさい〜!」
客室で元気そうにするティエリアを見るや、買い物から帰ってきたばかりのシンシアは謝りつつ彼女の前に移動する。
「先輩が起きるまで待ってようかと思ってたんですけど、特売があって…」
ティエリアと手を絡ませ、ぴょんぴょん跳ねている。ティエリアに謝りつつもどこか興奮しているのは、買い物が満足した内容だったからだろう。
「あ、私のことはお気になさらず。良い物は買えましたか?」
「はい! 綺麗な置物とか、面白い文房具とか、色々!」
欲しかった物や珍しい物が買えたときは誰しも嬉しい気持ちになるはずだ。シンシアは本当に嬉しそうに戦利品を見せてくる。
「あ、ティエリア先輩だったら欲しそうな物も買ってきました」
と、遅れてやってきたニーニアが自分のカバンを漁り、ティエリアへのお土産だったのか袋を取り出す。
中には様々な調理器具や珍しい果実、調味料の入った小瓶があった。
「あ、ありがとうございます!」
中身を見て、途端にティエリアは嬉しそうに頭を下げる。
将来は料理屋をやりたいと言っていた彼女が欲しがる物は何か、シンシアとニーニアは見事に的を射られたようだ。
「あ、お、お金を…」
財布を取り出そうとしたティエリアを、シンシアは「いいです」と阻止させた。
「ですがこれは流石に…」
「実はこれ、全部ダイン君のおばさんが出してくれて…私たちのも」
「そ、そうなのですか?」
「はい」
シエスタはサラと一緒に厨房にいる。
感謝する相手がいないので、シンシア達の視線は何故か息子のダインに向けられた。
「まぁ、これもおもてなしみたいなもんだよ」
シエスタは、気に入った相手にはとことん尽くす。
息子の友達という枠を超え、シエスタはシエスタでシンシア達に何かしてあげたかったのだろう。
「お礼…お礼しませんと…!」
急に使命感に燃え出すティエリアは、もう朝のようなけだるそうな様子はない。
心身ともにリフレッシュできたのだろう。シンシアもニーニアもほっとした様子で、「何が良いかな」と話し合いを始めようとする。
「単純にそういうのが好きな人だから気にしないで良い。素直に受け取っとけ」
そういいつつ、ダインは「よし」と膝を叩いて立ち上がった。
どうしたのか見てくる彼女たちに、「おもてなしはまだ続くぞ」ダインは不適に笑う。
「昼ご飯は俺も何皿か作る」
「えっ!? あ、じゃあ私も作るよ!」
シンシアは反射的にいってきた。
「わ、私も、作ってないのまだまだあるから」
ニーニアも加勢し、ティエリアも立ち上がる。
結局昼も昨晩と同じになりそうだ。
だがそれも楽しそうだなと思ったダインは、シンシア達を引き連れて客室を出た。
キッチンへ行こうとしたとき、途中でジーグと出くわした。
何か用があったらしく、こちらを見て「おお」と声を出している。
「ティエリア君、ちょっといいかな」
まさか自分に用があるとは思わなかったのか、「あ、え? わ、私ですか?」ティエリアは驚いている。
「うむ」
「あ、じゃあ私たちは先に作ってますね〜」
シンシアはニーニアを連れ、そのままキッチンへ歩いていった。
「ちょっと聞きたいことがあるのだ。中庭で話そう」
「あ、はぁ…」
ティエリアに聞きたいことは何なのか。気になったダインは、二人の後をついていった。
「ティエリア君は、セブンリンクスの元生徒会長だと聞いているのだが、間違いないだろうか?」
中庭で三角形になりながら、ジーグはティエリアに妙な質問をした。
「そう、ですけど…」
「元だが、生徒会長であっただけに、校則は他の生徒よりも熟知しているかな?」
要点のつかめない質問だ。ティエリアも困惑した表情ながらも頷いている。
「何が聞きたいんだよ?」
我慢できずダインが訊くと、ジーグは「少しな」といって答えない。
いや、本人もよく分かってなさそうな表情だ。
「質問がまとまらないのでな。後日、改めてティエリア君に尋ねさせてもらうことにするよ」
「は、はぁ…」
ティエリアはなおも困惑しており、隣にいたダインが「俺もセブンリンクスの生徒なんだけど」と息子を頼らないことに不満そうな顔をする。
「お前は学校の校則など覚えておらんだろう」笑いながら決め付けるジーグだが、間違いではない。
「まぁそうだけど」
ダインが素直に認めたところで、ジーグの思考は息子に向けられた。
「少しぐらいは校則を覚えた方がいいのではないか? 抜き打ちの魔法テストでは赤点ギリギリだったとサラから報告を受けているのだが」
耳の痛い話になってきた。
逃げ出そうとしたダインだが、「そういうところで点数を重ねんと、進級できんのかも知れないのだぞ」というジーグの言葉に、伏し目がちだった顔が上げられる。
「え、魔法で進級できたりできなかったりってするのか?」
「ほら、これだ」ジーグは肩をすくめた。
「お前はいま、なんという学校に通っているか考えたことはあるのか?」
「いや、魔法力至上主義だってのは分かってるけど…」
進級の仕組みすら知らなさそうだったダインと、そんな息子を呆れたような目で見つめているジーグ。
二人のやりとりを可笑しそうに見ていたティエリアは、ダインにセブンリンクスの特殊な進級システムについて説明を始めた。
他の学校と同じように、セブンリンクスでも学期があり、中間、期末テストがある。
その成績によって進級できるか否かが決まるところは同じなのだが、そのテスト内容が特殊だった。
魔法学校という名の通り、テストは主に魔法を用いるものだったのだ。
魔法力の強さ、覚えた魔法の数、そしてその魔法の質。主にその三点が、進級テストの要だ。
もちろん知識学や筆記でのテストもあり点数も設けられているが、進級の可否は魔法テストの点数が大部分を占めていた。
だから生徒はみんな魔法力を上げることに必死なのだ。できるだけ多くの魔法を習得し、より精度を上げることに心血を注いでいる。
「マジか…」
魔法で不利な分、勉学で頑張ろうと思っていたダインだけに、そこそこショックな話だった。
「改めて思ったんだけどさ」彼は非難めいた表情をジーグに向ける。「なんで俺をあの学校に通わせたんだ?」
魔力の提供者がいなければ、ヴァンプ族はほぼ魔法を使えない。進級に圧倒的不利であることは学校選びの段階で分かっていたはずだ。
「逆境を耐え抜いてこそ、我らヴァンプ族の力を世に知らしめることができるのだ」
ジーグは笑いながらいい、続ける。
「それに昨日話したように、他種族との縁を期待してお前を送り出したのもあるがな」
異なる種族が通える学校は、いまのところセブンリンクスしかない。エレイン村の発展という意味では、ジーグの目的も分からないではない。
「にしたって魔法力重視の学校じゃ分が悪すぎるだろ。シンシアやニーニア、先輩とかいなかったら完全に詰みじゃん」
今回運が良かっただけで、最悪の展開は考えなかったのかとダインは詰め寄る。
「下手すりゃヴァンプ族自体の評判が落ちることになってたかも知れないのにさ」
「そうなったらなったで別に構わんさ」
ジーグはさしたる問題ではないと言いたげだ。
「評判が低いどころか認知度自体低いのは昔もいまも変わらん。ヴァンプ族の特性のせいか、目立ちたがらん者が多いからなぁ」
「あ、そういえばサラさんから聞いたのですが」ティエリアが割り込んできた。
「かつてレギオスが猛威を振るっていた混乱期、彼らの猛攻を唯一防ぎ通した種族がヴァンプ族だと」
レギオスが使役するモンスターは基本的に魔法が効かない。
そのためどの種族にもろくな抵抗ができず、押される一方だったというのが、どの文献にも書かれている定説だ。
レギオスに対抗できたのは天上神であり創造の神でもあるエレンディアと、彼女の率いる七英雄より他はいないとしか記されていない。
エレンディアの加護も受けずにレギオスの軍勢を退けられていた。そんな事実が明るみになっていれば、今頃ヴァンプ族はもてはやされていたのではないだろうか。
「サラさんの話は本当なのですよね? なのに、何故ヴァンプ族の知名度はこれほどに低いのでしょうか」
不思議がるティエリアに、ジーグは髭を触りながら笑う。
「先ほども話したように、ヴァンプ族はあまり目立ちたがらない性格の者が多い。他の種族にとって驚くべきことを成し遂げたとしても、それについて自慢する者はいないのだ」
レギオスの軍勢を退けたのも、日常の一部だったと彼は続けた。
「猛攻を退けたと格好よく言ってはいるが、耕した田畑を荒そうとしていたから追い払っただけらしいからなぁ」
「そうなのか?」
「うむ。昔もあまり目立たぬところにヴァンプ族の村があり、誰にも注目されぬまま混乱期が始まり、知らぬ間にエレンディアが降臨し、いつの間にか世の中は平和になっていたのだ」
その真実に、ダインは「確かに格好つかねぇな」と腕を組む。
認知度の低さと人前に出たがらない性格上の問題で、ヴァンプ族はこれまで人里離れた村でひっそりと暮らしていた。
そのため外部から情報が入ってこない時代もあり、世俗とかけ離れた結果、レギオスの存在も、混乱期があったということすら知らなかったのだ。
このままだと衰退の一途を辿ると一念発起したのがカールセン一族で、彼らが頑張って各国を奔走したおかげで、外部から情報を仕入れることができ、多少なりとも他種族と繋がりを持つことができた。
「ダインには期待はしておらんが、望みはかけているつもりだ」
と、ジーグは逸れてきた話を軌道修正する。
「ティエリア君から見て、ダインは進級できそうだろうか?」
学校行事とテストを一通り経験してきたであろうティエリアに、ジーグは現状での評価を尋ねた。
「そう、ですね…」ティエリアは難しそうな表情で考え込む。
その反応だけで、ダインの進級は厳しいというのは明らかだった。
「吸魔すりゃ何とかなる…だろ? そりゃ確かにちょっと卑怯っぽいけどさ」
ティエリアの心配を推測してダインがいうものの、彼女は小さく首を振る。
「校則に、他者から魔法力を奪ってはならないという記述は無いですし、その辺りに関しては問題ないと思います」
「ですが」神妙な面持ちで懸念を話す。「先ほども言いました通り、テストには魔法力の強さだけでなく、魔法の種類の多さも重要視されています」
その目がジーグに向けられた。
「ダインさん…と言いますより、ヴァンプ族の方々は、他者から吸った力で魔法を使う際、その吸われた方が得意とする魔法しか扱えないのですよね?」
魔法力の“色”についての話だろう。ジーグは「そうだな」と頷く。
「魔力の純度が増せば応用も利いてくるが、効果は薄いだろう」
「そうですよね…」
ティエリアは再び考え込む仕草をし、難しそうな表情のまま口を開いた。
「今年もそうなのかは分かりませんが、昨年の進級テストでは独自性の魔法を持っているかどうかも採点基準にされていました」
「独自性…?」
「はい。その方だけしか使えない魔法、ということです」
思わず閉口するダインの隣で、ジーグは唸りながら腕を組む。
「セブンリンクスは由緒正しき魔法学校。そこに通う生徒は、相応の才能を求められる。魔力が高いだけでは駄目だということか」
「はい」ティエリアは頷き、セブンリンクスの設立理念について語り始めた。
「セブンリンクスは当初、レギオスに対抗する術を身につけ、強化するために建てられた学校です。ですが、兵隊を育成しているわけではない。個人に宿る魔法力の“色”と個性を活かし、共生と平和理念を持つ生徒を育成する。魔法による平和の実現。それを、セブンリンクスは…いえ、グラハム現校長先生は目指しているそうです」
随分と大層な理念だとダインは笑うが、しかし嫌いではない。
ジーグも同じ感想を抱いていたようだが、ティエリアだけは心配そうな顔つきのままだ。
「実はヴァンプ族の特性というものをダインさんからお教えいただいてから、進級面で危惧を抱いていました。吸った魔力はある程度応用できるとはいえ、独創性のある魔法を編み出すことは…」
「難しいだろうな」ジーグはすぐに笑顔を引っ込め、同じく難しそうな顔になっていう。
「我々ヴァンプ族は、魔法に頼った生活をしておらんかったからな。魔法を使うこと自体稀であるし、慣れておらん。魔力の純度が上がれば、もしかすれば可能かも知れんが」
個人の“色”が完全に抜けまっさらな魔力ならば、独自性のある魔法を生み出すことは可能かもしれない。
「あ、では…」
希望を見出せたかのようにティエリアは笑顔になるが、ダインはすぐに「いや」と首を振った。
「純度を上げるためには相応の時間がかかる。独自の魔法を編み出しテスト直前に魔法力を吸わせてもらったとしても、すぐには使えないだろ。前もって魔法力を吸って、純度を高めておく方法もあるんだろうが…」
そこでダインの視線は中庭から見えるダイニングに向けられる。
楽しそうに昼食の準備をするルシラを見たところで、ティエリアも彼の言わんとしてる事が分かり表情を暗くさせた。
「うーむ、早くも手詰まりか…」
ジーグは困り果てた表情だ。
やっぱり学校の選択間違えただろ。そうダインが突っ込む前に、ティエリアは「で、ですがまだ一学期は始まったばかりです」声をやや大きくさせていった。
「中間テストまで期間がありますし、近々行われる下克祭で好成績を収めれば免除してくれることもあるらしいので…」
希望的観測を述べるティエリアだが、ダインの「下克祭は出場停止くらっちまったからなぁ」という台詞で打ち砕かれてしまう。
「ちなみに、点数が合格点に届かなかった場合はどうなるのだ?」
「他の学校では留年制度があるようだが」ジーグが尋ねると、ティエリアはさらに肩を落として「退学…です」と小声になる。
「やはりそうなるか」
予想通りなのか、ジーグはさしたる驚きは無い。「セブンリンクスは元々競争率が高くて、編入希望者は山ほどいるそうだからな。将来を約束された学校なら、多少の厳格なルールがあっても誰しも行きたがるか」
「マジでさ、なんで俺をあんな学校に入れたんだよ」ダインは言わずにはいられなかった。「っつーか、よく入れたよ俺は」
三人はそのまま、しばし黙り込んでしまう。当事者はダインだけであるはずなのに、ジーグにもティエリアにも“退学”の重い二文字がのしかかっているようだった。
「だ、大丈夫です!」
突然声を張り上げたのはティエリアだ。
「進級テストまで期間があります。それまでに、何か方法を見つけます」
努めて明るく言う彼女は両手を握り締めており、まるで自分を鼓舞するかのような仕草だ。
「ダインさんが退学になるようなことにはしませんから。必ず」
ゴッド族であるからか、先輩であるからか、ダインよりも小柄であるはずなのに妙な頼もしさがある。
「先輩が先輩らしいこと言ってんな」
笑うダインに、「せ、先輩ですよ?」とティエリアが突っ込んでくる。
ダインは「はは」と笑って見せてから、「ありがとうな」と彼女の頭を撫でた。
「でも無理はしないでくれよな?」笑顔ではあるが、ティエリアを見つめている瞳には心配も覗かせる。
「自分の立場が危ぶまれるようなことは絶対にしないで欲しい。いくら俺のためになるとしてもだ。少しでもそう感じたら、俺は迷い無く自主退学するからな」
そのときティエリアが思い出したのは、昨夜シエスタから聞いたある言葉だった。
自分を大切にすることは、ダインを守ることに繋がる。
いまその台詞が少しだけ理解できたティエリアは、顔を赤くさせながらこくりと頷く。
「親の出番はないようだ」
二人のやり取りを微笑みながら見ていたジーグは、安心したように呟いていた。




