二十六節、夢の続き
「この辺で良いかな」
裏山の広い場所にやってきたダイン一行は、切り株の上に荷物を置いていく。
ダインの進級に関する相談を昼食時に話しているところで、「模擬テストをしてみては?」というサラの提案だった。
シンシアとニーニア、ティエリアは戦闘服に着替えており、ダインも動きやすい服装に着替え準備運動している。
「まずどのようなテスト内容なのか、分かる範囲でお教えくださいませんでしょうか?」
今回は珍しくサラも同行しており、ティエリアにそう質問していた。
「今回からテスト内容が変わる可能性もありますが…」
そう前置きし、ダイン達を見回しつつ前はどんなテストだったのか、彼女は説明を始めた。
魔法の実技テストは、基本的に闘技場かラビリンス内で行われるようだった。
不正防止のため団体ではなく個人単位でテストが行われ、試験官は二人。
各々が現状で使える魔法を全て披露し、その魔法の精度、強さ、難度によって点数が決められる。
攻撃でも補助でもジャンルは問わず、魔法ならなんでも採点対象になるらしい。
「ちなみに、ティエリア様はいくつ魔法をご披露なさられたのでしょうか」
「私は他の方よりは少なかったように思います。十か十二…あたりでしたね」
ピンとこなかったダインの隣で、シンシアが驚いている。
「お、多いですよ? 十個は…」
「わ、私なんてエンチャントの魔法ぐらいしか使えないのに…」
ニーニアもそういって固まっていた。
「あ、いえ、種類は細かく分類されておりまして、例えばエンチャントと一言で言いましても、火や水といった属性がございますよね?」
「あ、なるほど、属性別にカウントしてもいいってことか」
納得いった様子でダインが呟くと、ティエリアは「はい」と頷いた。
「私は補助や回復魔法しか使えませんが、身体機能アップや魔法力アップと、種類別に分けて披露しました。攻撃魔法も回復魔法も使える方は、属性や種別で分けると二十にも三十にも上ります。ですから私は少ない方だと思うのです」
「つっても、先輩のことだからその精度も強さも段違いなんだろう」
ダインの台詞に、シンシアも「そうだね」と話す。「昨日見せてもらったバリア魔法だけで、十分合格できると思うよ」
そこで「い、いえ、ですが加減が出来ないので実戦にはまだ…」とティエリアは恐縮していった。
この世に様々な魔法が存在するとはいっても、作用のみの観点で見ればそれほど種類は無い。
強化は強化。攻撃は攻撃。召喚される英霊や自然現象を発生させる魔法も、効果自体は単純なものだ。
しかしその効果量は術者の魔法力によってまちまちで、強弱のコントロールも術者の精神力に影響される。
魔法の発現スピードや規模の大きさ、収束力。一重に魔法といっても、ある意味で肉体的なスポーツよりも複雑で繊細だ。
魔法を意のままにコントロールできるか。進級テストではそこが最も重要なポイントだとティエリアはいった。
「効果量や収束スピードのコントロールは、魔法を使う上で最も難しい部分ですから」
一通り説明を受けたサラは「なるほど」と頷く。
「では独自の魔法が使えなくとも、別の技術点を稼げば望みはありそうですね」
「はい」
そこでティエリアはダインの方を向いた。
「ダインさんもまだ魔法は使い慣れてはいらっしゃらないようですが、集中力のある方だと思いますので、コントロールはすぐにできるようになるかと」
「ん、ん〜、まぁ…そう、だなぁ」
曖昧な返事をするダインは、別のことに懸念を抱いていた。
確かに集中力には自信がある。前回魔法を使ったときは思いの外うまくいったし、ラフィンが使った魔法も再現できたのだから、それほど進級テストが絶望的ということでもなさそうだ。
だがそれには練習して慣れる必要がある。魔法の修行をする必要がある。
つまり、シンシア達からさらなる魔法力をもらう必要性が出てきたということだ。
ルシラに分け与える分、魔法の練習に使う分、テストで使う分。
どれだけ吸っても足りない気がする。支出が膨らむばかりで苦悩する主婦のように、ダインは頭を抱えた。
そんな彼から心情を汲み取ったシンシアは「大丈夫だよ」と笑いかけてくる。
これまでにも何度もやりとりしてきたことだ。親からも頼れと言われた手前、これ以上気を揉むことは止めた方がいいというのは、ダインも分かっている。
だが、彼にとって吸魔行為というのは秘め事に近い。背徳的なものだという認識を持っていた彼なので、じゃあ頼むな、と気軽には言えなかったのだ。
また彼女たちにエッチな感覚に晒させてしまうことになるのか。何も知らない、何の経験もなさそうな彼女たちに、性感を刷り込んでしまうのか。
このまま続けたら、多分よくないことになってしまう。
親御さんになんて説明したら良いんだ…。
「あー」と悩むダインに、切り株をテーブルに見立て人数分のお茶を用意していたサラはいう。
「そうでした。ダイン坊ちゃまにひとつ大切なことをお伝えするのを忘れておりました」
「何だ…?」
「吸魔の際の例の感覚なのですが、捕食者の努力次第によってある程度コントロールすることが可能です」
「そのコツと言いますか、技術を伝授しようと思っておりました」と続けるサラの台詞を聞いて、ダインはしばし開いた口が塞がらなかった。
吸魔の際の性的な感覚。一番頭を悩ませていた問題の解決法があるというのは、彼にとってとても衝撃的なことだった。
「あのさ、俺がヴァンプ族の特性で困惑していたのは知ってたよな?」
責めるような目つきでサラを見る。
「知ってたんなら何で最初から教えなかったんだよ」
「いや、このようなことになるとは想定してなかったので」
というサラだが、その顔はどこかすっとぼけたような表情だ。
「困惑するダイン坊ちゃまを見たかったとか、苦悩する姿を見たかったとか、だんな様と同じような考えを私が持つはずがないではないですか。本当ですよ。本当」
どう見ても嘘だ。だがここで問い詰めたところで過去は変わらないし、時間の無駄だ。
「はぁ…もういいよ。とにかく、そんなコツがあるんなら早く教えてくれ」
ため息と共にダインがいうと、サラは「一種の慣れですから、繰り返す必要があります」と返してきた。
「どういうことだ?」
「要は、身体の接触を避けての吸魔ができればいいのです」
性的な感覚を抱いてしまうのは、主に皮膚接触によるもの。だからそれを避けて吸魔すれば問題ないとサラはいう。
「あ…な、なるほど。つまり縮小させた触手を使えば最小限で済むってことか」
ニーニアの呟きに、サラが「その通り」と頷いた。
「触手であれば、服の上からでも吸魔は可能です。極細の管や極小の板など、触手の形状を相手に感じづらい形に変化させれば、性的な感覚もそれほどないはずです」
吸魔衝動で半ば無理やりシンシア達から魔法力を奪っていた負い目もあり、ダインはこれまで触手を任意に扱ったことはない。
邪魔でしかない器官だと思っていただけに、それを活用しろというサラの提案は衝撃だった。
しかし彼女の言うことも最もだった。相手の負担が軽減できるのなら、触手でも何でも用いるべきだ。
「つまりコツとは触手の扱い方です。任意に形状の変化をすることができ、吸収量のコントロールも可能になれば、ダイン坊ちゃまのお悩みもある程度軽減できるはず」
それは吸魔衝動を自分のものにしろと言っているに近い。
「具体的にどうすればいいんだ?」
「協力者…いえ、このお三方を相手に、触手による吸魔を繰り返すしかないでしょう」
思わず固まっているダインに、彼の思考を読み取ったサラは続ける。
「期末テストという期限がある以上、特訓は効率よくこなさなければいけません。触手の扱い方、吸い方、そして魔法の使い方。全て一度にできるではないですか」
反論したかった。模擬テストのつもりだったんじゃないかと言いたかった。
だが、サラの提案には合理的なものしか感じなかったのは事実で、反対意見を差し込む余地も無い。
どこかニヤついた表情でダインを見ているのは気になるが、進級がかかってる以上サラの言う通りにする以外に道は無さそうだ。
「頼める…か?」
遠慮がちにシンシア達に問うと、彼女たちは頬を染めつつも頷いてくれた。
「先輩はまだ吸わない方が…」
「い、いえ! 私も協力させてください!」
もう全快しましたから、というティエリアは真剣な表情だ。
ここでまた押し問答をするのも時間の無駄だと思ったダインだが、しかし触手による吸魔はさすがに躊躇われた。
「甘毒はみんな抜け切ってないんだし、とりあえず触手は扱いに慣れてから吸わせてもらうことにするよ」
いいよな、とサラに顔を向けると、彼女からは「そうですね」残念そうな表情と共にいってきた。
「身悶えるお三方とうろたえるダイン坊ちゃまが見たかったのですが…」
ついに本音を漏らしだした彼女は無視して、ダインはシンシア達に円になるよう指示した。
「じゃ、みんなから少しずつな」
サラから「え?」と意外そうな声が聞こえるものの、ダインは気にせずシンシア達と手を繋ぎ、一斉に吸魔を始める。
「ふぁ…!?」
対面にいるティエリアから一際大きな声が漏れ、体が揺れた。
昨晩襲われたばかりなのだ。甘毒の影響が一番残っていたティエリアには、やはり早すぎたようだ。
「だ、大丈夫か先輩」
吸魔を中断し、シンシアとニーニアに支えられていた彼女に近づく。
「は、はい、問題ありま…せん…」
「いや、ないってことは…」
とりあえず休憩しようと振り向くと、サラがやや驚愕の表情でダインを見ていたことに気がついた。
「ダイン坊ちゃま…平気なのですか?」
「何がだ?」ティエリアを切り株に座らせながら、ダインは聞き返す。
「先ほど聖力と魔力を同時に吸収したように見えたのですが…」
「ん? いや、いつもそうしてるけど」
何か不思議なところでもあるのだろうか。
「通常、聖力と魔力は同時に吸えないはずです」考え込んだままサラはいった。
「二つの力は相反するものなのですから、普通は体内で反発しあい、気分が悪くなったり倒れたりといった悪影響が出るはずなのですが…」
しかしダインはけろりとしている。相反する力を同時に吸ったはずなのに。
「どういうことでしょう?」
「って言われてもな…なんとも無いし、いつもそうしてきたし…」
「ヴァンプ族の中でもダイン君は特別なのかもしれませんね」そうシンシアがいってきた。
「私は使えないはずだったラフィンちゃんの魔法を、私から吸った聖力でダイン君は再現することができていたし」
「ほう」サラの方眉が釣りあがる。
「確かにダイン坊ちゃまも特異な部分はありますよね。それは単なる才能なのか、ヴァンプ族の血が濃いが故かどうかは分かりかねますが…」
考え込みだしたサラは放っておくことにして、ダインはお茶を飲んで一息つけたティエリアに顔を向けた。
「先輩。こんな魔法があったら点数が高いとかってあるのか?」
吸魔は中断したが、確かな魔法力を体内で感じる。
このまま練習しようと思いつつ、何の魔法なら使えるか脳内で整理する。
「高難度の魔法ほど得点が高いので、それらを複数使えるようになれば有利ではないかと」
「高難度か…」
「独自性のある魔法は、高難度ということにもなるのですが…」
ダインは腕を組んで唸ってしまう。
「独自性のある高難度魔法ってことは、シンシアでいえば創造魔法で、先輩はバリア魔法ってことになるよな」
「はい、そうですね」
「シンシア達の“色”がついたばかりの聖力を吸えば、俺も同じような魔法を使えるってことになるが…」
いや、理論ではなく現実に使えそうだ。実際、ダインの頭の中では創造魔法の手順が浮かんでいた。
独自性のある魔法のコピーなら、ダインも使える。しかしダインは魔法力が低いとクラスメイトにも他クラスの学生にも認知されているので、そんな彼が突然聖剣を創り出したり強力なバリアを張ったら、驚かれるよりもインチキを疑われることは必至だろう。
最悪シンシア達が共謀したと思われる可能性があるため、コピー魔法を使うことは控えた方がいい。
その上、ダインはヒューマ族と偽って学校に入学したのだ。魔族しか使えないはずの魔力魔法を使えば一発でアウトだろうから、それも使わない方が良い。
「…よくよく考えたら難しくねぇか?」
魔法を使おうとした手を止め、ダインは制限の多さにようやく気付いた様子でいった。
光魔法を数多く覚え、なおかつその強さをコントロールできるようにならなければならない。
インチキの疑いが出てくるため強力すぎる魔法は封印し、できれば独自性のある魔法を開発して、その上で触手の扱いもマスターしなければならない。
「練習あるのみですね」
サラはいい、シンシア達は「応援するよ!」と笑顔を向けてくる。
誰も悲壮めいた表情をしておらず、そんな面々を見回したダインは思わず「…はぁ、しゃーねぇなぁ」と笑ってしまった。
一人だったら確実に無理だっただろう。しかし幸運なことに、進級テストを乗り越えるための協力者が三人もいる。
これほど心強いことは無い。ダインは気合を入れなおし、ティエリアとサラ監督の下、魔法の特訓を始めることにした。
「私も、聖剣だけじゃ駄目かなぁ」
ダインが切磋琢磨しながら、広場の中央で魔法を練習しているときだった。
「魔法一つだけじゃ、いくら独自性が高いとはいっても合格は難しいですよね?」
切り株で一息ついていたティエリアに、シンシアが尋ねる。
「私もエンチャント魔法だけだから、他にも色々覚えた方が良いかもしれない」
ニーニアも進級テストでの懸念を口にした。
セブンリンクスに於いては、家柄も血筋もない。実力がものをいう学校なので、シンシアにもニーニアにとっても他人事ではないのだ。
ハイクラスでも一年から二年に進級できたのは半分しかいない。そんな噂をシンシアがいうと、ティエリアは「そうですね」と神妙そうに頷いた。
「メガクラスも同様に、落第していく方を何人も見かけました」
「や、やっぱり。ダイン君の心配ばかりしてる場合じゃないような気がしてきたよ…」
魔法力至上主義というものを、いま改めて痛感したシンシアはうなだれている。
「あの、よければお二人も模擬テストをしてみてはいかがでしょうか?」
ここを競技場だと想定し、ティエリアとサラを試験官に見立てて魔法を披露してみてはどうだろう。
そんな彼女の意見にシンシアとニーニアは頷き、「私から」と広場に躍り出たのはニーニアだ。
物体に属性魔法を込めるのが得意だった彼女は、脇に差していた小型ナイフを取り出す。
ティエリアとサラに見えるようそのナイフをかざすと、刀身が赤や青に変色していった。
衣服も同様にグラデーションのように光を放ち始め、防具にもエンチャント魔法をかけていることが伺える。
派手さは無い。しかし、一重にエンチャントといっても物には耐久値や属性との相性というものがあり、どこまで魔力を込めればそれは壊れないか見極める必要がある。
何よりも繊細さを求められる魔法であったが、モノづくりに於いては天性の素質を持つニーニアだ。物体を見ただけでその属性や耐久力を見抜ける彼女ならば、最も効果を発揮する属性魔法を、物が壊れないギリギリまで込めることができる。
「問題ないですね」
エンチャント魔法の難しさを知っているティエリアは、魔法の披露が終わり戻ってきたニーニアに笑いかけた。
「さすがニーニア様です。美しく、そして可愛らしい魔法でした」
サラは拍手と共に賞賛を送り、ニーニアを照れさせている。
「じゃあ次は私の番っ!」
次に広場に躍り出たのはシンシアだった。
彼女がまず最初に披露したのは、回復や防御といった、聖力を持つ者ならば誰もが扱える基本的な魔法だ。
補助魔法も一応披露したが、まだ形にはなってない。
本人は失敗したつもりなのか、照れながら次に披露したのは得意の創造魔法だ。
いつの間にか観客の一人になっていたダインでも、理解できない呪文が彼女の口から発せられ、拳を振り上げていたシンシアの手に光の粒が集まりだす。
その粒は聖剣を形作っていき、頭上で照りつける太陽に劣らないほどの光を放ち始めた。
「ほう、これはこれは…なんと神々しい」
ダインだけは、サラが目を輝かせているのが分かった。
クール系の見た目の割りには武闘派である彼女は、コレクションするほどの武器好きだ。
魔法で作り出した聖剣は、物質として存在してないのでコレクションできない。そのため、シンシアが創り出した聖剣にはかなりの興味が引かれたようだった。
そんな羨望とも取れるサラの視線に気付いたのか、シンシアは得意げな顔になり、そのまま聖剣を振り回して破魔一刀流の型を披露し始める。
聖剣を振り上げ、振り下ろした後、自転と共に横に薙ぐ。
攻撃を受け止めた仕草をした後に聖剣を突き出し、上下左右、袈裟懸けといった連撃を繰り出していた。
シンシアの動きに合わせて戦闘服が翻り、長い髪が靡く。まるで踊っているかのような滑らかな動きだった。
シンシアが聖剣を振るたびに光の波動が周囲の木々を揺らし、舞い降りた枯れ葉が切り刻まれている。
聖剣の軌跡には空間の歪みも生じ、シンシアを中心に波紋が広がっているかのようだ。
その場にいた誰もがシンシアの動きに見とれ、彼女が派手な動きをするごとにため息を漏らしてしまう。
「終わりっ…です!」
最後に風を切る音と共に聖剣を振り下ろしてから、それは空気に紛れ込むように霧散し消えた。
「素晴らしい。ブラボー。ブラボーですね」
サラに釣られる様にシンシアもニーニアも、ダインまで拍手を送ってしまう。
「や、やーやー、どうもどうも」
顔を赤くさせ、照れた様子でシンシアが戻ってくる。
「さすがです。あの無駄の無い動きは日々の修練の賜物でしょうね」
サラは褒めちぎっている。ニーニアとティエリアはシンシアの前まで行き、どれほど練習していたのか、他に型はあるのか興味津々に聞いていた。
「あの様子なら退魔師なんてすぐなれるだろうな」
シンシアの強さを再認識したダインがいうが、隣にいたサラは「…そう、ですね」と返す。やや難しそうな横顔がそこにあった。
「何か引っかかることでもあるのか?」
サラの返事に含みを感じたダインが疑問を口にすると、「先ほどの型…いえ、シンシア様の動きに、少し」サラはまた含みを持たせる。
「何だよ?」
遠くに行ってニーニアとティエリアに型を教え始めたシンシアは、こちらを気にする様子はない。
「迷い、のようなものを感じました」
二人だけになったとき、サラはいった。
「迷い?」意外に聞こえたダインは、つい彼女を見てしまう。「シンシアにか?」
「はい。何の迷いかまでは分かりませんが」前を向いたままの彼女はいつもの無表情に戻っていたが、その目にはややシンシアを心配するような色合いが浮かんでいる。
ダインは再びシンシアに顔を向け、そのまま腕を組む。
「迷い、ねぇ」
型を教えるシンシアは遠めに見ても楽しそうで、とても迷っているようには見えない。
彼女には退魔師になるという夢がある。そう見られないことに不満を抱いているというのは以前聞いたことはあるが、そこまで思い悩んでいる様子は見られなかった。
明確な目的がある以上、迷うことなどないはずだが…。
「私の気のせいかも知れませんが」
「いや、サラが感じたのならそうなんだろう」
これまで、サラが気のせいだけで済んだことはない。
観察眼のある彼女が言うのだから、きっと事実なのだろう。
かといって、こちらからシンシアに何があったかと聞くつもりは無い。
デリケートな問題かもしれないし、本人から打ち明けるまでは何もしない方がいい。
「気には留めておく事にするよ」
前を向いたままサラにいうと、同じく顔を動かさずサラも「それがよろしいかと」と返す。
型から単純な踊りに様変わりしたニーニアとティエリアのダンスに、シンシアは面白そうに笑っているだけだった。
「昨日も今日も、何か…悪かったな」
玄関前で帰り支度を済ませたシンシア達に、ダインはそう詫びた。
昨日は長々とした説明の後、ハイキングと称した、実質森での特訓。
その後晩御飯も作ってもらったし、今日は昼からまた森での特訓だ。
思い返せば遊びらしい遊びは何一つしていなかったことに気付き、ダインは申し訳なさそうに頭を下げた。
「せっかく客人として招いたのにさ…」
おもてなしらしいことはできてない。そう話すダインに、シンシアは「全然」と笑った。
「すごく、すっごく楽しかったよ? ベアちゃんと仲良くなれたし、ものすごく可愛いお友達もできたし」
「ね?」と彼女が同意を向けた先は自分の胸元で、そこにはルシラがいる。
「ねー?」そう笑顔で返すルシラはシンシアに抱っこされており、ぎゅっとシンシアに抱かれるとまた嬉しそうに笑っていた。
「楽しかったよ。本当に」
肩からカバンを提げ、身だしなみを整えたニーニアもそういってダインに笑いかけてくる。
「お風呂大きくて、ご飯もすごく美味しくて。高級旅館に来たみたいな感覚だったよ」
「それは言いすぎじゃ…」
「ふふ、その通りですよ」
と、ティエリアも笑顔でいってくる。
「沢山食べて、沢山寝て…他所様のご家庭にお泊りするのは正直に言いまして緊張と不安はあったのですが、いまはおかげさまですごくリフレッシュできました」
彼女ははつらつとした様子だ。疲労の色は微塵も感じないが、ティエリアが一番大変だっただろうことは間違いない。
「あー、先輩、その…本当にもう大丈夫、か?」
昨夜のことを思い出しつつ尋ねると、彼女も思い出してしまったのかカァッと頬を染めていく。
「は、はい。大丈夫です」
そこに先ほどまでの元気な様子はなく、しおらしくなってしまっている。
無理も無いだろう。初めて友達の家に宿泊し、初めて友達と一緒のお風呂に入ったところまでは、ニーニアと同じだ。
しかし彼女はダインに襲われた。ベッドの中でダインの触手に絡まれ、聖力を吸われながら、彼と一緒に寝てしまったのだ。
これまで経験した中で一番刺激的な夜だった。思い出しただけで全身が熱くなる。
吸われる感覚に、ダインに抱かれる感触に、温もり。甘毒よりも、そのことが当分頭から離れなさそうだった。
思い出させたことに小さく謝りながら、ダインは改まる。
「今度来てくれたときには、もっと楽しめるもん用意しとくよ」
そうダインがいうと、シンシア達は「また来てもいいの?」と目を輝かせる。
「ああ。いつでも歓迎するよ。ルシラも喜ぶだろうしな」
「ん、またあそぼー!」シンシアの腕の中で、ルシラはそういってシンシア達に笑顔を振り撒いた。
「絶対にまた来るね」
シンシアはたまらずといった様子で、またルシラをぎゅっと抱きしめる。
「すごい回復薬見つけちゃったし」
「ルシラを癒しアイテムにするな」
ダインが突っ込み全員が笑っていると、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
「ごめんなさい、ちょっと手間取っちゃって」
やってきたのはシエスタとジーグ、サラだ。それぞれ両手に大量の荷物を持っている。
「これ、お土産ね。みんな中身は同じだから」
袋の中には大量の野菜や調味料、タオルやスリッパといった小物も詰め込まれている。
「お、多すぎます。こんなにもらうわけには…」
驚きよりも恐縮したシンシア達に、シエスタは「気にしないで」と笑いかけた。
「これもある意味村の宣伝も兼ねてるから」
見れば、野菜はエレイン村の主力品種である野菜ばかりで、小物もエレイン村の特産品だ。
「余るようなら、近隣の方々に配ってくれるとありがたいわ」
「しっかりしてるよ、しーちゃんは」
呆れとも感心ともつかないジーグは、笑いながらシンシア達にお土産を手渡していく。
「あ、そ、そういうことなら、お受けします」
シンシア達も有難そうにお土産を受け取り、改めてダイン一家とサラ、そしてシンシアから降り立ったルシラに体を向けた。
「お世話になりました」
一斉に、丁寧に頭を下げてくる。
「本当にいつ来てもいいからね。あなた達なら、いつでも歓迎するわ」
それが社交辞令で無く本心なのは、シエスタのはっきりとした笑顔から明らかだった。
ジーグも「うむ」と頷いており、サラに至っては「是非とも」と詰め寄るような勢いだ。
「またね!」
元気に手を振るルシラを見て、帰還魔法を使おうとしていたシンシアはそれを中断する。
「もう一回だけ…」
そういってルシラに近づき、再びぎゅっと抱きしめた。
「はぁ〜、可愛いよぉ…」
シンシアはすっかりルシラにぞっこんのようだ。
「そいつは土産じゃないからな。お持ち帰り厳禁だぞ」
念のため突っ込むと、「え〜? 駄目かなぁ?」とシンシアも冗談交じりにいい、周囲にまた笑い声が巻き起こる。
「じゃあ今度こそ!」
ルシラから離れたシンシアは手を振りつつ、足元に帰還魔法を展開し大量の荷物ごと姿を消した。
「では、私も最後に…」
シンシアにならったのか、ティエリアもルシラを抱きしめている。
「んふふ〜、てぃえりあちゃ〜ん!」
ルシラは嬉しそうに笑って彼女を抱き返し、お互いくすぐったいのか笑顔だ。
「ルシラさん、また来ますね」
「うん! また、たくさんおはなししよーね! おふろのときのおはなし、おもしろかったし!」
「お風呂?」ダインが不思議そうな顔をすると、ティエリアは頬を染めて慌てだす。
「る、ルシラさん、そのお話は…」
ダインをちらちら見ている。彼には聞かれたくない内容だったのだろうか。
「女同士の秘密ね」
シエスタがいったところでティエリアは落ち着きを取り戻し、ゆっくりとルシラから離れていく。
「では、また」
「うん!」
「ええ、またね」
「またな」
「お待ちしております」
ルシラ、シエスタ、ジーグ、サラと頭を下げていき、最後にダインに顔を向けた。
「ではダインさん、明日、また学校で」
「ああ」
手を振りつつその姿は光に包まれ、光とともに彼女の姿は消えた。
「あ、あの…」
最後に残ったニーニアは、なにやら言いたげな視線をダイン達に向けている。
「ん? 忘れ物か?」
「う、ううん。その…お土産もらってまで、言えたことじゃないけど…」
何か欲しいものがあるのだろうか。
促すと、ニーニアは小声で「土を…」といいだす。
「土?」
「う、うん。この土地の土は魔力があるから、何か作れそうだなって」
どうやらインスピレーションが湧いたので、素材として土が欲しいようだ。
「確かに魔力のこもった土壌など、他ではなかなかないからな」
ジーグは顎鬚を触りながらいう。
「いままでこの土地の土で何かを作ったことは無い。だがうまく活用すれば、商品化の道も見えそうではあるな…」
商魂逞しいジーグは、そのまま土で何が作れるかを模索し始める。
「土ぐらい、好きなだけ持っていったらいいわよ」シエスタはそうニーニアに笑いかけた。
「何か良い物が作れたら教えてね」
彼女も商品化のアイデアを考えているのだろうが、単純にニーニアが何を作れるか知りたいのだろう。
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げ、荷物を抱えなおすニーニアに、「良い場所がある」とダインは中庭へと彼女を案内した。
そろそろ夕日に差し掛かる時間であったため、吹き抜けの天井からはオレンジの光が降り注いでいた。
中庭全面を黄金色に染め上げ、咲き誇る花々や収穫間近の野菜が様々な光を放っている。
中庭に生えている草木は丁寧に手入れがされており、小さな池は石で囲われ、濁りの無い水が下方へと流れている。
広場の中央までは敷石が規則正しく並べられており、観賞用にとテーブルと椅子が慎ましく佇んでいた。
庭園さながらのその場所は、一角に畑があり、様々な種類の野菜が実を実らせている。
「綺麗なところだね」
中庭を見回した後、ニーニアはそういってダインを見上げた。
「まぁ俺の数少ない趣味みだいなもんだ」
素人なりに頑張ってみたとダインがいうと、ニーニアは「すごく綺麗」とまた褒めてくる。
中庭に着くなり、駆け出したルシラは畑からこちらに手を振っていた。
「にーにあちゃん、ここ! ここ!」
呼ばれるままニーニアが向かうと、ルシラは蕾を作り始めた樹木を指差す。
「このお花ね、るしらがそだてたんだよ?」
「え、そうなんだ」
「まほうつかってないよ! まいにちお水あげて、ざっそうとりのぞいたりしてね!」
自慢したいのか、ルシラはニーニアにガーデニングがいかに大変かを話している。
必死に話すルシラが可愛いらしく、ニーニアは笑顔のまま何度も頷いていた。
「これはなんていうお花なのかな?」
「きゃべつなっていうしゅるいのお花だよ! せいちょうしきってお花がおちたら、そのお花たべられるんだよ? すっごいおいしいの!」
「へぇー。それは食べてみたいなぁ」
天井から落ちる夕日のせいで、二人の髪は同じ色に見える。
どちらもロングヘアーで背が小さく、まるで仲の良い姉妹のようだ。
「ルシラも俺と同じ趣味見つけちまったみたいだ」
ダインは笑いながら彼女たちの元へ向かい、ルシラもガーデニングの手伝いをよくしてくれると話す。
暇を見つけては雑草を抜いたり水遣りをしたり、たまに芝生に寝転がってはそのまま寝てしまっていることもある。
すっかりここがお気に入りの場所なんだというと、「分かる気がするよ」とニーニアはまた笑った。
「ここにある植物、みんな元気良さそうだし。何だか嬉しそうにしてる」
「おお、にーにあちゃんもわかるの!?」驚いたようにルシラが聞いた。
「うん。大切に育てられてるんだなぁって」
「そうだよね!」
気持ちが通じて嬉しいのか、ルシラは草木をバックにダインに向かって両手を広げる。
「みんなげんきいっぱい! みんな、だいんがだいすき!」
ストレートにいわれ、ダインはまた照れてしまう。
「失敗しないように気をつけてるだけだ。特別なことは何もしてないよ」
照れ隠しにと、「ああーそれより」話題を逸らす。
「土が必要なんだろ? ガーデニングで余った土がそこにあるから」
中庭のさらに片隅に土が盛られた場所があり、麻袋とスコップを手にしたニーニアを連れて行く。
「なにつくるのー?」
ニーニアと一緒にスコップで土を麻袋に詰めながら、ルシラは聞いた。
「土を使うんだったら食器とか…確かガラスもできるんだっけか?」
そういう方向性なのかとダインが尋ねると、ニーニアは笑顔のまま少し違うよ、と回答した。
「土を普通に使うならそうするけど、ここにある土は魔力がある。一般的な土よりも、魔力に耐性があって込めやすいと思うんだ」
高温にして液状化にすれば、様々な物体に混ぜ込むことができるかもしれない、と彼女は続ける。
「そうすると、通常では魔力が込めにくい物質のものでも、混ぜ込めば耐性も高くなるんじゃないかって。可能なら色々と応用できそうだよ」
「なるほど」
「まりょくをこめればどうなるの?」
魔力というものをまだよく理解してないルシラは、不思議そうな顔だ。
「いま咄嗟に思い浮かんだものでいったら…常に風が出るベッドとか、ずっと焼き立てを味わえるお皿とか作れるんじゃないかな」
「なにそれ! おもしろそう!」
ルシラが食いつき、ニーニアはまた笑う。
「実用化するには色々と段階踏まなくちゃならないけど。でもこの土を使えばできるかも知れないよ」
結構な量の土が麻袋に入っていく。持てるのかとダインが心配すると、その麻袋も魔法加工されているらしく、どれだけ入れてもニーニアには重く感じないらしい。
「お水のじかんだ!」
途中でルシラが立ち上がる。すっかり庭園の管理者になったルシラは、水遣りの時間をきっちり把握してるようだ。
「頼む」ダインがいうと、「あい!」とルシラは敬礼して水を入れた如雨露を取りに行った。
中庭をせわしなく動きながら、全ての植物に水を振り撒き、雑草も取り除いていく。
可愛らしいその姿にニーニアはしばらく笑っていたが、「ダイン君」ふとニーニアは小声でダインを呼んだ。
「ルシラちゃんのことなんだけど…」
「なんだ?」
「ルシラちゃん、あんまり外に出してないの?」
昨日のハイキングに、今朝の買出し、昼からの特訓。
活発なルシラならまず行きたがるイベントであるはずなのに、外にまでダインについていかないのが彼女には不思議だったようだ。
「そうだな…」
ちなみに、これまでにもルシラは外に出たことはない。
サラが買出しに行くときも留守番してるし、ダインの散歩にもついてこようとはしなかった。
「どうしてか、あんま外に出たがらないんだよな」
ガーゴのこともあるし、あまり外に出したくない気持ちはある。
だがエレイン村の中にまであいつ等の手が及ぶことは無いから、そこまでは外出してもいいはず。実際何度かルシラを外に連れ出そうとしたものの、どういうわけかそれもルシラは遠慮していたのだ。
「お外が怖いとか?」
「怖がってるようには見えなかったんだけどな」
ダインから片時も離れないようにしているにも関わらず、外出時はついてこない。
太陽の光が苦手なのだろうかとも考えたことはあるが、陽光の降り注ぐ中庭では元気に走り回っている。
「勉強が楽しいみたいだし、ああ見えて意外とインドアなのかも知れないな」
「そう…なのかなぁ?」
「まぁ、子供なんだし、外で遊んだ方が良いんじゃないかとは思うけど」
個人的な印象だが、ルシラには太陽の光が似合ってるような気がする。
そういうと、同感だったのかニーニアは「そうだね」と笑った。
「じゃあ、ルシラちゃんの問題が解決して、外に出れるようになったとき一緒に…」
何かに気付いた彼女は、後ろを向いたまま話を止める。
ダインも振り向くと、ルシラが芝生の上で寝転がっていたのが見えた。
「はーっ! きょうもいっぱいはたらいたー!」
中年サラリーマンのような台詞を口にするが、その顔は笑顔で充足感に満ち溢れている。
確かにルシラは毎日頑張っている。
サラの手伝いに勉強に、中庭の手入れ。ルシラの(推定)年齢を考えれば、なかなかの仕事量だ。
ダインとニーニアは顔を見合わせてくすりと笑い、詰め終えた麻袋の紐を締め、彼女の元へ向かった。
「お疲れ様」
ルシラを挟むようにして、二人は芝生に腰を降ろす。
「サラもいってたけど、あんま無理すんなよ?」
ダインは忠告するものの、ルシラからは「はたらかざるもの、くうべからず」という返事が返ってきた。
「お前は働きすぎだ」
「たのしいから!」
「…だったら、いいけどさ」
そう会話している二人を見ていたニーニアは、始終微笑んでいる。
「ルシラちゃん…可愛いね」
疲れたルシラを見て、ドワ族特有の強い母性が出てしまったのだろうか。
ニーニアはそのまま、仰向けに寝転ぶルシラの頭を持ち、そっと上半身を起こし自分の太ももの上に乗せた。
「ふおっ?」
驚いた声を上げるルシラだが、ニーニアに膝枕されてると分かったようで、すぐに「きもちー」と笑顔になる。
「おいおい、そろそろ帰らなくて大丈夫なのか?」
長引きそうだったのでダインがいうと、彼女は「晩御飯までまだ時間あるから」と返してきた。
ニーニアの世話好きはルシラにまで及んでしまったようだ。もう少し、といいながら、ルシラの丸っこい頭を撫で続けている。
「んふー」
感触が気持ちよかったのか、とろけたような顔になったルシラは、ニーニアを見上げたまま、
「にーにあまま…」
と、口にした。
「えっ」と驚愕の表情で手を止めたニーニアは、すぐに全身を奮わせ始め、感極まったようにルシラを起こす。
「ルシラちゃん…!」
力いっぱいに抱きしめだした。ニーニアの胸元からルシラの「むぎゅっ」という声がする。
「もっと、もっとそう呼んでいいんだよ、ルシラちゃん…!」
彼女が感極まっているのは、両親が不明であるルシラの境遇を哀れんだからではない。
世話好きのニーニアが最も求めるところが、肉親のように甘えられること。母のように甘えてもらうことに他ならなかったからだ。
「私がママだからね…! ルシラちゃん…!」
傍目に見ても興奮しているのが分かる。
「あー、ニーニア、ちょっと落ち着こうか」
ルシラが苦しそうだ。笑いながらダインがいったところで、彼女ははっとしてルシラを解放した。
「ご、ごめんねルシラちゃん。何だか抑えきれなくなって…」
素直に謝るニーニアに、ルシラは「あはは」と笑った。
「なんだか、そうよんでほしそうだったから」
相変わらずルシラは人のことをよく見ている。
ニーニアは肯定するかのように頬を染めながら、続けて甘えてきたルシラを膝枕した。
夕日の光がより濃くなり、二人をオレンジに近い黄金色で染め上げている。
開きっぱなしの窓から風が入り込み、慈しむような表情のニーニアと、心地良さそうなルシラの髪を揺らしていた。
「ほら、だいん!」
見とれているところで、ルシラが手招いてくる。
「にーにあちゃんのおひざ、きもちーよ!」
まさかのお誘いだった。
「いや…」
さすがに遠慮しようとするものの、ニーニアはまんざらでもなさそうな顔で彼を見ている。
「最近、ダイン君のお世話させてもらってないよ…?」
気に入った相手の世話をしたがるのは、ドワ族の習性といっても良い。
たまにはその欲求を満たしてあげるべきだ、というのはサラの言だ。
確かに、人目もあってここ最近はニーニアの世話にはならないようにしていた。だがいまならルシラ以外に誰の目も無い。
「わ、分かったよ」ダインがいうと、ニーニアの顔に笑顔が広がる。
「そろそろ夕飯の時間だし、少しだけな」
「ど、どうぞ」
ルシラが動き、ダインのスペースを確保する。
そこに彼がおずおずと頭を乗せると、すぐさまニーニアの手が伸びてきてダインの頭を撫でだした。
「…はぁ…ダイン君…」
何とも満足そうな声が上からする。
膝枕もそうだが、彼の頭を撫でたのも初めてのことかもしれない。
「きもちーね!」
「ま、まぁ、そうだな…」
そう会話するダインとルシラの頭を撫で続けるニーニア。
「幸せ…」
名残惜しいのか、日が暮れるギリギリの時間までそうしていた彼女は、言葉どおり本当に幸せそうな顔をしていた。




