第42話:第四層ウォータースライム討伐
2026年11月
次の開発目標である、火薬の代わりに魔石のエネルギーを解放して撃ち出す『魔石ライフル』。
その中核となる爆発実験を行ったが、何の成果も得られなかった。
いや、この組み合わせでは『効果ない』という結果は得られたので、成果がないとは言えないが……。
まだ、試していない、魔石の組み合わせもある。
そのため、再び第四層まで遠征して、取れるだけの種類の魔石を取ってくることにした。
第五層は今の装備ではちょっと心もとない。
第三層:ジャイアントラット(Gラット)、大コウモリ、毒蜘蛛
第四層:吸血ヒル、ウォータースライム(Wスライム)、ジャイアントトード(Gトード)
問題は、やはり第四層のWスライム君だ。
先日の捕獲は全くなんでもなかったが、いざ討伐しようとすると厄介らしい。
掲示板の書き込み通り、あいつらは刃物で斬ろうが、エアーライフルの弾丸で撃ち抜こうが、液状の身体で衝撃をすべて受け流してしまう。
そのため、物理一辺倒の古い戦術では絶対に刃が立たない。
物理攻撃が通用しないらしい。
(もしや、ラノベで言うところの『物理攻撃無効』とか)
「だが、あいつらが通常のスライムの上位種であり、同じ液状の形態を維持しているなら、原点である『あの手段』が通用するはずだ。
いや、常に清水を滲み出させているということは、水分を保持するための体表の表面張力は、第一層の個体よりも遥かに繊細でデリケートなはずだ……」
おじさんはノートに新たな洗剤水の配合を書き出した。
今回は実験ではなく最初から確実に仕留める。
安全マージンを考慮し、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの洗剤原液に、強い浸透性を持つ非イオン系の界面活性剤原液を絶妙にブレンドした『対Wスライム用特製洗剤液』を調合した。
これを、愛用の園芸用蓄圧式スプレーへとたっぷりと充填する。
装備はプロテクターを重ねた全部乗せの重装備。
おじさんは再び第四層への遠征を開始した。
第三層はいつものようにスキップして、第四層から狩りを行う。
へたに刺激して、通り抜けが上手く行かないと厄介だ。
だから、第三層は帰りの最後にちょっとだけ狩ることにした。
第四層に到着すると、パッシブレーダーを展開する。
冷たい水滴が滴る暗闇を進むと、少し離れた水辺の窪みに魔力反応を捕捉した。
体長およそ40cm。
のんびりと清水を滲み出させている。
その時、通路の奥から大声を上げて逃げてくる若い探索者パーティの姿が見えた。
「クソッ、攻撃が全く効かねえ! 撤退だ、撤退!」
剣や槍を装備した彼らは、Wスライムの物理無効の理不尽さにパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように上層へと逃げ去っていった。
誰もいない薄暗い水辺。
おじさんは無表情のまま、のっそりと岩陰から這い出た。
Wスライムがおじさんに気づき、じわじわと流動しながらこちらへ距離を詰めてくる。
おじさんは慌てず、しっかりと圧をかけておいた蓄圧スプレーのノズルを構え、引き金を引いた。
『ピシューーーッ!!』
一直線に放たれた特製洗剤液が、Wスライムの半透明な青い身体へと直撃する。
ーーその瞬間だった。
『パシャァァンッ……!』
洗剤液が触れた刹那、Wスライムの美しい淡青色の流動体は、突如として構造を全損した。
水分を維持していた強固な表面張力が一瞬で形を維持できなくなり、液体が水溜まりへと激しく飛び散る。
ものの数秒でWスライムは文字通り弾けて完全消滅し、濡れた粘土質の土の上には、青く澄み切った美しい魔石だけがポツンと残された。
「……ふむ。読み通りだな。
水分保持に特化している分、界面活性剤に対する脆弱性は第一層の個体以上か」
ライフルでも剣でも傷一つつけられない難敵が、ホームセンターの洗浄剤を混ぜた園芸用蓄圧式スプレーだけで、さしたる肉体疲労もなく一瞬で狩れてしまった。
この圧倒的な非対称戦闘の勝利に、おじさんは老眼鏡の奥の目元を緩め、静かな満足感を噛み締めた。
おじさんは地面にかがみ込み、冷たく輝くWスライムの魔石を拾い上げて、リュックサックに収めた。
「よし! あとは、第四層の吸血ヒル、第三層のGラット、大コウモリ、毒蜘蛛だ」
改良した、エアーライフルⅡを片手に、これらの魔獣を順調に狩って、帰路についた。
さあ、実験の続きだ!
おじさんはニヤニヤしながら確実な足取りで引き返すのだった。
(つづく)




