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第4話:スライム狩り、効率化の極致

2026年5月


『シュッ……シュッ……』

薄暗い『鶴見ダンジョン』の第一層に、軽快な水音が響く。


100均の改造霧吹きを手にしたおじさんは、耐酸性手袋をはめた指先ひとつでスライムを次々と水泡に変えていた。


ハンマーを全力で振り回していた頃が嘘のようだ。

肉体的な疲労は劇的に減り、手の甲を焼かれるリスクもゼロになった。


しかし、次なる問題が発生していた。


(……スライムが見つからん。圧倒的に遭遇率が低すぎる)


倒すスピードは飛躍的に上がったが、肝のスライムがいないのだ。


探査魔法のような便利な索敵手段はないため、おじさんは、数mおきにポツンと現れるスライムを求めて、ひたすら地道に歩き回るしかなかった。


(もっと効率的に群生している場所があるはずだ)


そう考えたおじさんは、1週間近く、朝から晩までダンジョン内をせっせと徘徊し続けた。


第一層の洞窟エリアは、まるでアリの巣のように複雑に分岐し、簡単な迷路のようになっていた。普通の人間なら迷子になるところだ。


おじさんは、年のせいか、なかなか覚えられない道のりを、地道に紙に書いて地図を作りながらマッピングしていった。


1週間も歩き回れば、第一層の全経路はほぼ完璧な地図になった。


(本来は協会で売ってそうだけどね。無いんだこれが。安全面から考えて、調査していない訳ないんだけどな)


ーーそしてある日。おじさんは構造的な『違和感』に気づいた。


「待てよ……。ここ、天井の高さが他と違うな」


第一層の通常の通路は、高さが4mほどだ。

しかし、迷路の最奥にある『3箇所』のエリアだけは、ドーム状に天井が引き締まり、高さが10m近くもあった。


目を凝らし、その暗い天井を見上げた瞬間、息を呑んだ。


(……いた。それも, 無数に)


そこには、天井の岩肌にびっしりと張り付いた、肉眼でも確認できるだけで50から100体近いスライムの群れがあった。


自重でドロリと滴り落ちそうになりながら、天井で蠢いている。


ネットの掲示板にも書かれていない、隠された『スライムスポット』の発見だった。


「これだ……! これを一網打尽にすれば……!」


興奮したおじさんだったが、すぐに冷静になった。手元の100均スプレーでは、どう頑張っても数メートルしか飛ばない。10m上の天井には、洗剤水が全く届かないのだ。


(ならば、射程距離を伸ばす道具を作ればいい。高圧で直進性の高い、バッテリー駆動の電動水鉄砲だ。おじさんのDIY精神を見せてやる)


一度自宅に戻ったおじさんは、ネット通販で強力な電動水鉄砲と大容量のリチウムイオンバッテリーを購入した。


翌日到着した本体のバッテリーを大容量のものに換装。


ノズルも洗剤水用に改造した『特製洗剤電動水鉄砲』を完成させた。


翌々日、意気揚々とスポットへ向かったおじさんは、天井のスライムに向けて引き金を引いた。


「……ん? 動かんぞ」


カチリと虚しい音が響くだけで、モーターがピクリとも動かない。自宅でのテストでは完璧に放水できたはずだった。


おじさんはハッと目を開いた。


(しまった! ダンジョン内ではスマホの電波どころか、精密な電子機器やバッテリー製品が機能しないんだった……!)


ラノベでも定番の、探索者たちの間でも常識とされている


『ダンジョン内での電子機器不可』のルール。


知っていたはずなのに、自分の手で工具を作る楽しさに没頭するあまり、その制限と結びつけるのを完全に失念していたのだ。


「初歩的な環境条件の確認ミスをやらかすとはな……。だが、電気がダメなら、機械式だ」


おじさんはすぐにホームセンターへと走り、別の道具を買い求めた。


『園芸用・蓄圧式スプレー(手動ポンプ型)』


上部のレバーを数回上下にシュコシュコと押し込むことでタンク内部の空気圧を高め、その圧力で水を一気に遠くまで噴射するアナログな名機だ。


おじさんは他の探索者に不審がられないよう、

背負っているリュックの中にすっぽりと収まる、小型で頑丈なタイプを選んだ。


再びダンジョンの天井の高いスポットへ。

リュックからホースとノズルだけを伸ばし、しっかり圧をかけたノズルのレバーを引いた。


ピシューーーッ!! 「よし、届いた!」


鋭い水流となって放たれた20%希釈の洗剤水が、10m上の天井に直撃する。


洗剤を浴びたスライムたちは、体表膜の表面張力を一瞬で失い、パシャパシャパシャ!と雨のように崩壊しながら床へと落ちていった。


床に激突した時には、すでにただの水と、綺麗な魔石へと変わっている。


「やった……! 一網打尽だ!」


1箇所で約50から100個の魔石が、一瞬で手に入る。さらに歩き回って確認した結果、このスライムスポットの再出現時間は約30分であった。


おじさんはノートに素早くスケジュールを組み立てた。3箇所のスポットを順番に巡り、洗剤水を浴びせる。


3箇所目を終える頃には、最初の1箇所目がちょうど再出現している。これを1日に「2周」するのを日課とした。


魔石の取得数は跳ね上がった。


1箇所で平均50〜100体。4箇所を2周すれば、1日あたり300から600個の魔石が、さしたる肉体疲労もなく手に入るようになったのだ。


しかし、ここで長年培った慎重さがブレーキをかける。


(待てよ。毎日毎日、同じ協会の窓口に300~600個もの魔石を持ち込んだらどうなる?


『あのおっさん、どうやってスライムだけをそんなに大量に狩ってるんだ?』と、


確実に怪しまれる。目をつけられて、洗剤水の秘密がバレるのは不味い)


まだ誰も気づいていない効率的な攻略法だ。


独占できるうちは独占すべきだし、そもそも目立ちたくない。


そこでおじさんは、持ち前のフットワークの軽さを活かすことにした。


「よし。ローテーションを組もう」


 月曜日と木曜日は地元の『鶴見ダンジョン』

 火曜日と金曜日は隣駅の『川崎ダンジョン』

 水曜日と土曜日は、少し足を延ばして『横浜第三ダンジョン』


それぞれの協会支部に、1日100〜200個ずつ小分けにして納品すれば、ギリギリ『ちょっと優秀で、異常にタフなスライム専属おじさん』の枠内に収まり、怪しまれずに済む。


こうして、3つのダンジョンをローテーションするおじさんのスライム狩りが始まった。

 

スライムの魔石は1個30円。そこから源泉徴収税の20%(6円)が引かれるため、

手取りは1個あたり正確に24円。


かつてハンマーで1日20個しか狩れなかった頃は、日給わずか480円という絶望的な数字だった。


洗剤代にもならない完全な赤字だ。


しかし、五倍希釈の洗剤水と蓄圧式スプレーを導入した今の数字は、全く違う次元に達していた。


1箇所のスポットで平均50〜100体。3箇所を2周すれば、1日あたり300から600個。


これを手取りに換算するとーー


300個なら、24円×300=7,200円。

上限の600個なら、24円×600=14,400円。


「……ほう。1日平均で1万円前後の純利益か。1ヶ月20日稼働とすれば、

月収にして約20万円。これは……小遣い稼ぎの域を完全に超えているな」


市販の洗剤1本数百円から量産できる洗剤水の費用など、1発あたり数銭以下。


利益率は驚異の99%以上だ。


毎日12時間も交代勤務で機械に張り付き、身体を壊しかけていた頃の過酷さに比べれば、1日2〜3時間の「洗剤水散布作業」は、もはや天国のような仕事だった。

 

減る一方だったネットバンキングの残高グラフが、ついに綺麗な右肩上がりの放物線を描き始めた。


ラノベ知識と現代技術が、ダンジョン第一層を完全に攻略した瞬間だった。


(ふふっ、計画通りだな。……ん?)


夜、自宅のお風呂上がりに、おじさんはふと自分の足元を見た。


3つのダンジョンを毎日何キロも徘徊しているというのに、最近、全く息切れがしない。


筋肉痛どころか、階段を一段飛ばしで上っても、20代の頃のように足が軽いのだ。


(毎日歩いているから、体力が戻ってきたのか? ……いや、それにしては回復が早すぎるな)


誰も知らないが、実は魔物を倒すごとに、

身体能力が極わずかずつ強化されていくダンジョンシステム。


1日600体、1週間で3,000体近いスライムを「洗剤水で処理」し続けてきたおじさんの身体には、恐ろしいスピードで『ダンジョンの恩恵』が蓄積され始めていた。

(つづく)

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