第26話:支部長再び(後編)
2026年10月
1週間後。
おじさんは頃合いを見計らい、再び鶴見ダンジョンの協会へと向かった。
事前の約束はしていなかった。
だが、窓口で支部長に話があると告げると、待たされることなくすぐに奥の応接室へと通された。
(それだけ協会側も、金色角うさぎの一件で余裕を無くしているのだろう)
「いや、早坂様! よくぞ来てくれました。何か良い知恵は思いつきましたか?」
部屋に入るなり、支部長の高橋が前のめりになって出迎えてきた。
おじさんは無表情のままソファに腰を下ろし、リュックサックから静かに、『ある物』を取り出してテーブルの上に置いた。
それは、眩い光沢を放つ金色角うさぎの角であった。
「これは……! 狩れたのですか!?」
高橋が歓声を上げ、目を輝かせる。
「ええ。2つほど方法を思いつきましてね。一方は危険すぎてまだ試していませんが、もう一方は実際に試したところ、このような成果が得られました」
「素晴らしい! して、一体どんな方法なんですか?」
身を乗り出して尋ねてくる高橋の姿を、おじさんは冷ややかな目で見つめていた。
(おいおい、発見した技術や知見をそのまま無条件で開示するほど、私はおめでたい人間ではないんだけどな。
前回のチンピラたちの件は、金色角うさぎの出現情報というデータを提供したことで完全にチャラにしているはずだ。
今回はそれとはまったく別件、新規の技術提供である)
「具体的な捕獲方法をお話しする前に、まずは協会側から支払われる『報酬』についての確認をさせていただきたいのですが」
おじさんがそう告げた瞬間、高橋の顔から途端に笑みが消えた。
不愉快そうに顔色が変わる。
(どうやらこの男、この1ヶ月間ベテラン探索者が寄ってたかって1匹も狩れなかった金色うさぎの捕獲方法を、老人の世間話ついでにタダで聞き出せると思っていたらしい。
企業間で言えば、特許レベルの技術を無償でよこせと言っているようなものだ。話にならない)
「……お互いに認識の行き違いがあるようですね。これでは正当な取引は望めそうにありません。本日はこれで失礼します」
おじさんは金色の角を回収し、すっと腰を上げて退室しようとした。
すると、背後から高橋の低く威圧的な声が響いた。
「早坂様。今後、この鶴見ダンジョンで探索者として活動できなくなっても、よろしいのですかね?」
あからさまな恐喝であった。
権力を笠に着て、老人の退路を断とうというわけだ。
しかし、おじさんは怯むどころか、内心で待っていましたとさえ思っていた。
おじさんはポケットから使い慣れたスマートフォンを取り出した。
迷わず動画の録画ボタンを押し、画面を高橋の顔へと向けた。
「ーー鶴見ダンジョン協会支部長の高橋さん。あなたは今、金色角うさぎの捕獲方法を無償で教えないと、私、早坂を今後探索者として活動できないようにする、と恐喝されましたが。その認識で相違ありませんか?」
レンズを向けられ、明瞭な口調で確認を求められた高橋は、一瞬で顔を強張らせた。
(現代社会において、この手の電子データがどれほどの破壊力を持つか、組織の長であるなら嫌というほど知っているはずだ)
「な、……そんなことは言っていない!」
高橋は慌てて、見え透いた嘘を吐いてのけた。
「ほう。では、先ほどは何とおっしゃったのでしょうか?」
「私は……、金色角うさぎの捕獲に、ぜひご協力をお願いしたい、と申し上げているのです!」
苦しい言い訳に、おじさんはほくそ笑んだ。
「協力、ですか。還暦になった初心者探索者の身としては、そのような危険な要請は辞退せざるを得ませんね。
命がいくつかあっても足りません。
残念ですが協力は不可能です。若くて優秀なベテランの探索者の方々にお願いしてください」
おじさんは録画を継続したまま、さらに釘を刺す。
「あなたのような不誠実な方とは、今後一切お話しすることはありません。
先ほどあなたがおっしゃったように、もし私の今後の探索者活動に何らかの制限がついたり、不当な嫌がらせが発生した場合、私はこの録画データを持って、他の支部、あるいは協会の本部の方へ直接相談に伺う所存です」
「くっ……!」
高橋は顔を真っ赤にして絶句し、ワナワナと拳を震わせるしかなかった。
結局、おじさんは金色角うさぎの角を売却することもなかった。
捕獲方法も一切説明しないまま、悠然と応接室を後にした。
協会の建物の外に出て、10月の少し肌寒い風を浴びながら、おじさんは静かに息を吐き出した。
せっかくの隠居生活だ。
組織の面倒な政治に巻き込まれるのは御免被る。
鶴見の支部長を完全に敵に回してしまった。
だが、決定的な証拠はこちらが握っている以上、奴が破滅を覚悟しない限り嫌がらせはしてこないだろう。
しかし、支部長といざこざのあった、鶴見ダンジョンへは当面入行しないことに決めた。
(つづく)




