憂いの表情
「はっ……はっ……はっ……」
駆ける。人と人の間をすり抜けてとにかく待ち合わせ場所へ駆ける。
何故か?それは待ち合わせ時間に遅刻してしまったからだ。
理由は単なる寝坊。
だが原因は旭が朝起こしてくれなかったからである。
いや、まあ、自分で起きようとしなかったのは自業自得だ。
だが明日大事なデートがあるからって伝えたのに起こしてくれないのはいかがなものだろうか。
しかも旭は俺の専属メイドである。
つまり俺の言いなりなわけなのだから、普通は起こすものだ。
というか起こせよ!給料減らすぞ!
腕時計を見る。
時刻は十時十三分となっていた。
待ち合わせ時間は十時丁度。
きっと佐々木は激怒しているだろう。
先程から電話を掛けているけど出てくれない事から考えてもそれは容易に分かる事だ。
スクランブル交差点に差し掛かった。
信号が赤なので仕方なく足を止める。
「畜生……何で……こんなことに……」
毒づきながら右ポケットからスマホを取り出し、着信が無いか確認する。
しかしそれらしきものは一切無かった。
――怒ってるだろうなあ……
と、ここで信号が青に変わる。
【それに伴い、佐々木グループの事業は縮小する事となりました。それが原因か茂明氏は大きく体調を崩し、暫く入院――】
ふと、そんなニュースが通りかかったテレビから聞こえたような気がした。
――佐々木グループって、確かアイツの……って、そんな場合じゃない!
「急げぇー!」
「はあ……はあ……はあ……」
待ち合わせ場所である駅前に到着した。
だがそこらを隈無く捜しても佐々木の姿は見当たらない。
――怒って帰ったのか?もしそうなら悪い事をしたような気がするな。でもこれで正解なのかもしれない。未だ気まずさが残っているからな。
そう思っていると……
「春日野君、お待たせしました……」
背後から何者かに声を掛けられる。
俺を春日野君と呼ぶ事と、お待たせしました、と言った事を考えるにきっと背後にいるのは佐々木だろう。
「おう、全然待っていないぞ」
振り返るとやはり佐々木だったのでそう言い返す。
「寧ろ今来たばかりだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、うちの専属メイドちゃんが起こしてくれなかったんだ。だから遅刻。ぶっちゃけつい今しがた到着した」
旭に説教している場面を思い出し、苦笑いしながら答える。
「そうですか……それは良かったです」
佐々木はホッと安堵の息を吐いた。
そしてニコッと笑うと俺の右に並び、手を繋ぐ。
「おい、こういうのは無しだってこの前――」
そこまで言ったところで佐々木の手が震えている事に気付く。
――もしかして緊張してるのか?そうなのだとしたらかなりの勇気が要ったはずだ。それを無下にするのは野暮なんだろうなぁ……
そう思い、指摘するのを止め、繋いだ手に少しだけ力を入れる。
「じゃあどこ行く?佐々木が決めるって話だったと思うが……」
「はい、今回のデートはあたしがコースを決めます!というわけでまずは映画館です!」
行き先を告げると、佐々木は何故かフフッと妖艶に笑うのであった。
デートとは男女が二人っきりでどこかへ遊びに行く事である。
その行き先と内容次第でカップルは盛り上がったり、喧嘩したりして仲を深める。
つまりカップルにはとても大事なイベントというわけである。
特に初デートの最初の行き先は大事中の大事。
場合によっては即破局なんて事もあるから失敗なんて出来ない。
そんな中、佐々木が選んだ行き先は映画館。
まあ、定番でベタではあるが悪くはない。
後は映画のジャンル次第である。
個人的にはコメディが好ましいと思いながら佐々木と映画館へ向かった。
そして到着し、受け付けへ行くと、佐々木は今話題のコメディ映画を選んだ。
そんな彼女に俺が好印象を抱いたのは言うまでもない。
上映会場に到着すると、指定された席に座る。
席の位置は真ん中のやや後方でスクリーンが見やすい場所。
並びは俺の席の右隣に佐々木が座る形となっている。
「きゃはははははっ!!」
佐々木は笑い所で両手を叩いて爆笑した。
あまりにも面白いのか目には涙まで浮かんでいる。
そんな彼女の反応が面白くて俺も微笑ではあるが笑みを浮かべる。
だがすぐに違和感を覚え、真顔に戻る。
違和感の正体は既に分かっている。
それは度々、佐々木が憂いの表情を浮かべている事だ。
俺はそれが気がかりで仕方がなくてその表情を見る度に真顔に戻ってしまう。
「ん、どうしたの?」
そんな俺に気付いて不思議そうに訊ねる佐々木。
「いんや、ただ佐々木って本当に可愛いな、と思っただけだ」
「えっ!?そ、そんな、か、かわ、可愛いだなんて……はぅぅ……」
一瞬で赤面し、俯く佐々木。
その姿に思わずトキめいてしまい、顔が熱くなる。
「な、何で照れるんだよ!こっちも照れてしまうだろ!」
「だ、だって!春日野君に可愛いだなんて言われたら嬉しいから……はぅぅ」
顔を上げてそう言うと、佐々木は再び俯いた。
そしてまた憂いのこもった表情を浮かべる。
――いったい何が佐々木を悩ませているんだ。俺と居るのが楽しくないってわけではなさそうだが……もしかして俺が待ち合わせ場所へ向かっている時、たまたま聞いたあのニュースが関係しているのか?もしそうだとしたらどうして佐々木は来てくれた?それにどうしてこんな状態に陥ってまでデートしているんだ……?
あのニュースとは、事業縮小だの入院だのと言っていたヤツの事である。
少し聞いただけで分かった事だが、あれはかなり深刻な事だ。
事業縮小で父親が入院した。
そんな事になったら俺ならショックを受ける。
今日のデートもドタキャンするだろう。
しかし佐々木は来た。
それはそれで嬉しいような気もするが、こんな事ならもう帰った方が良いような気もする。
それなのに未だデートをしているのは一体どういう事なのだろうか。
そんな事を考えていると、佐々木に上目遣いで睨まれた。
「春日野君のエッチ!」
「何で!?」
「もう春日野君なんて知らない!大嫌い大嫌い大嫌い大好き!ah-!!」
――あっ、どこかで聞いた事のあるフレーズだ……てか古っ!!
回りに迷惑になるから心の中で突っ込みを入れる俺であった。
「で、次はどこへ行く?」
「お腹が空いたのでファミレスへ行きませんか?」
映画を見終えてすぐ俺が訊ねると、佐々木はそう訊ね返した。
――金持ちがファミレスって……まあ、庶民的で良いか。
偏見とも言っても過言ではない事を考えた後、佐々木の提案に乗る事に決める。
「了解。じゃあ行こうか」
「はい!」
そして俺達は手を繋いでファミレスへ向かう事に。
佐々木未来。
佐々木グループの娘で、余命一年であるが故に絶倫で、俺の事が好き。
でもって、その父親は厳史朗氏と確執を持っている。
そんな彼女が俺を好きになった。
しかも不自然なほど唐突にだ。
彼女が俺を好きになった理由は分かっている。
きっと彼女は厳史朗氏への恨みを俺にぶつける為だろう。
それを知っていても未だに佐々木と一緒にいる俺はかなりの阿呆なのかもしれない。
しかも確執をどうにか無くそうとしているだなんてどれだけお人好しなのだろうか。
でもこれが俺だ。
何故、今そんな話をしているのかと言うと、それは昨日旭に聞かされた事を考えている最中だからだ。
――にしても、厳史朗さんと佐々木の父親との間にあんな事があったとはなあ……
そんな事を心中で呟いた後、俺は昨日の回想を始める。




