表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
83/100

主の目覚め/無貌神降臨

「行くぞ、()()()。――食刑の、時間だ」


 その言葉に、頷くように。

 阿久の内に溶けた心臓たちが、鼓動を刻む。


“では、目覚めを始めましょう”


「ああ。俺とお前の全てを、此処に目覚めさせよう」


 阿久とアルラが、何かを始めようとしている。

 それを本能で感じ取ったアルカードは、咆哮した。

 その咆哮は、龍の咆哮。街を破壊し、命を残らず破滅させる破壊の音域。この鍾乳洞では、咆哮が行き場を失い、天井や大地に跳ね返って数多の鎌鼬を生み出した。第七の力でも、この鎌鼬総てを防ぎきれるかどうか――。

 それを。その、咆哮を。

 久世原阿久は。いとも簡単に。片腕を振るって巻き起こした爆風で、相殺してしまった。

 阿久を中心に、周囲の岩砂が竜巻のように舞い上がる。数多の爆風が吹き抜ける中、まるで、何でもないことのように。


「我は幾千、幾万、幾億もの(かお)を持ち、故に無貌(むぼう)。暗黒のファラオ。顔のないスフィンクス。闇に彷徨い、闇に吼え、闇より現世を使役するもの――」


 彼は、言葉を紡ぐ。

 声は、届かないハズなのに。爆風にかき消される、ハズなのに。

 阿久の声は、この空間に響き渡って、()の神の目覚めを告げる。


主の目覚め(Demise)――『真貌無(Another)制限(Curse)』」


 己の宿す神の本質を理解した阿久。彼はその神本来の力を、此処に行使する。

 その力は、コーネリアの螺旋の刃のように、総ての物質を破壊するような、たいそうな力ではない。

 ただ、変身する力だ。幾千、幾万、幾億もの(かお)の中、いずれかの貌を己で選んで、その貌へと変身するだけだ。

 けれど、ただの変身とは決定的に違うことがある。

 例えばアルカードの行う変身は、物体の質量を変質させ、肉体の形を変えるものだ。これも確かに変身と言える能力だ。阿久の忌能(カース)に近い力を有していると言えるだろう。

 けれども、阿久の断片解放(ディスペルカース)は、ただ(かお)を変えるだけでなく――。


「コーネリアたちと一緒に、二人もおまけが来たみたいだな。……だが、いいぜ。さっさと貸せ。使ってやるよ、その力」


 ――ふはッ! この(わし)をこき使おうとは、いい度胸だのう。だが、良きかな。神に抗うなどとは、実に面白い。この儂も混ぜてもらいとうてのう、年甲斐もなく浮かれておるのだ。故に貸そう、この力。存分に、堪能するが良い。


 阿久の“心臓”の内で呟いた古老の男は、ニヤリと、笑って。

 心臓の根幹に刻まれた天使の欠片、その力を此処に解放する。


()は巨大なるもの。其は不死身なるもの。核に耐えうる肉を持ち、その体は地を穿(うが)つ。旧き印にて封印されし蛇神の原点、これより地上に破滅を刻まん」


 身体を、かがめて。阿久の手が、大地に触れて。


第三覚醒(Demise)――『破滅(Break)津崇(Earth)』」


 そして――阿久を中心に、大地震が巻き起こる。

 鍾乳洞は完全に崩壊し、砕けた天井がつららとなって降り注ぐ。その中を、『地を穿つ魔』となった久世原阿久は、なんなく地下を掘り進み、地表を目指して地中を昇る。

 空を、駆けるかのように。大地を、走るかのように。王の歩みを止める者が、居ないように。

 まるで阿久が通る道を、砕けた砂岩やコンクリートたちが開くが如くに、阿久は土の中を優雅に進み、そして教会の廊下にまで到達する。地下が崩れた以上、この教会も崩れるだろうと、阿久はコンクリートに飛び込んだ。地面を掘り進むのと同様にコンクリートの中を進んだ阿久は、壁の一角より、教会の外へ飛び出した。

 教会の周囲は暗い森。今宵は、満月。

 その満月は、何故だろう。阿久を見ているような気がした。

 今だ太陽は沈んでいるが、東の空にはほんの少し、太陽が昇ろうとしている。タイムリミットは、残りわずかと言ったところか。

 それは、阿久にとっても。それは、アルカードにとっても。

 阿久が教会の壁から飛び出すとほぼ同時、隣に建っていたハズの教会が、完全に大地に埋もれて崩れ去った。

 阿久が今用いたのは、《土竜(The Mole)》――第三真祖ケイジ・オオダイラの力である。そして、第三真祖の宿した欠片(かみ)の力である。

 ――これこそが、“心臓(アルラ)”の真なる力。

 彼らの宿す神の力は、ただ、変身する力だ。幾千、幾万、幾億もの貌の中、どれかの貌を己で選んで、その貌へと変身するだけだ。

 けれども、阿久の断片解放(ディスペルカース)――『真貌無制限(アナザー・カース)』は、ただ、その(すがた)を変えるだけでなく。

 ――(すがた)を奪った欠片(かみ)、本来の力を解放することが、可能となる。

 行使ではなく、解放。すなわち、阿久の内にある欠片の数だけ、彼は断片解放を行えるということである。

 アルカードが所有するのは、阿久の所有しない総ての神・悪魔らの力。けれど彼が行うのは、所詮は欠片の力の行使だ。欠片の力、あくまでその断片を借り受けることしかできない。けれども、阿久は。無貌の邪神の力は、力の行使などという生温いものではない。完全にその欠片(かみ)に成りすます。無貌であるが故、その忌能はいかなる形にも姿を変える。


 ――例えそれが、その欠片(かみ)にのみ許された特性であっても。例外なく、その総てと同調する。


 故に。――故に。

 綺麗な月の夜。満月の夜。

もう一人の神と呼んで差し支えない存在が、此処に誕生した。


「……これでようやく、あのバケモンと同じ土俵に立った、って感じか?」


 大地に沈みゆく教会を目端に捉え、阿久は“心臓”に問いかける。


“ええ、そんなところかしら。けれども、優位は未だ、あちらにあるわ”


 いかに阿久の所有する力の質が優れていようとも、あちらには圧倒的なまでの力の種類――すなわち量がある。いくら欠片(かみ)といえど、弱点はあるし、苦手なものもあるだろう。圧倒的な量を所有するアルカードには、その弱点を突くことが可能である。

 未だ優位はアルカードにある。――だが。


「上等だ」


 阿久は、そう言って笑った。

 圧倒的な力でひねりつぶしてもつまらない。勝利は、自分の力で掴みとるから面白い。自分より少し強いぐらいが、一番張り合いがあるものだと、笑った。

 その言葉に、アルラは、くすりと笑って。


“ええ。ただ思い通りにいく世界なんて、つまらないものね”


 そう、同意した。

 ――さて、と。

 阿久は大地に沈んだ教会を見る。

 いくら天使の欠片、その断片しか使いこなせないとはいえ、土にまつわる神はこの世界にごまんといる。その中でも、土に埋もれて生還した神話の登場人物もまた、多くいるだろう。そろそろ、アルカードが埋まった教会から姿を現すはず。

 阿久が考えていた時。


“阿久、下よ!”


突如、水流が阿久の足元から吹き出した。

 水流は剣の如く、阿久の腹部をやすやすと貫いて、尚も阿久の肉体を切断せんと、その身体を宙へ押し上げる。水流の発生源に目を移してみれば、そこからトカゲのように地面を砕いて這い上がり、口から阿久を貫く水流を噴出するアルカードの姿があった。

 てっきり教会の瓦礫を崩して這い上がってくると思っていただけに、これは無様な失態だ。完全に、誤算であった。

 のみならず、阿久が現在持つ貌は、第三真祖、その欠片。これは核に耐えうるほどの肉体を持つ大地の神であるが、大地の神であるが故、水を弱点とする。

 この神の本質を理解したところをみると、どうやらアルカードの方もまた、《未来予知(ガブリエル)》に当たる知識の神や悪魔の力を使ったようだ。あのような姿になっても、その程度の理性は残っているらしい。


“叫び声で洪水を起こすという、バビロニアの怪物、森の番人……まずいわ、阿久。この水は、身体を蝕む。どうやら、たっぷりと毒まで混ぜられているようね”


「ちぃぃッ!」


 腹部に激痛。このまま水で責めたてられれば、この肉体が破壊されてしまう。

 どうする、水を蒸発させたいのなら、第六だ。けれど第六では、おそらく毒物に身体を犯される。となれば、一体――。


 ――あら、あらあらあら。なにを迷う必要があるのかしら、坊や。今こそ、(わたくし)の出番ではなくてぇ?


 その時に、阿久の“心臓”より、蠱惑的な女の声が聞えた。

 阿久は、その女を見たことが無かったが、けれど、彼女の宿す欠片だけは、両手に刻まれた聖痕から理解ができる。


「なるほど、確かに。お前なら、状況の打破にこれ以上ない器だな」


 ――ええ、そうでしょうとも。毒をもって毒を制す、常識ね。ほら、子犬のように、我慢のできない赤子のように、みっともなく強請ってみなさいな。(わたくし)の力を、貸してあげるわぁ。


「ああ、力を貸せ。お前の力が必要だ」


 ――ん。頼む態度ではないけれど、まぁ、いいでしょう。あなたに力を貸してあげてと、第二(あの子)に頼まれたのよ。だから今の私は、すこぶる機嫌がいいの。私の慈悲に、むせび泣いて感謝しなさいな。


「酸の湖、汚染の大気。万物適応、我は流星に跨り旅をする。不死身の従者を使役する屍の王。その身は、鋭い棘に包まれた。

 第四覚醒(Demise)――『適身産出(Adaptation)』」


(Corpse)(Princess)》第四真祖エリザベス・バートリ。

 彼女の所有した天使の欠片、その真の力は毒物生成・及び従者の生成にあらず。彼女の宿す欠片(かみ)の力は、汚染された大気だろうと、酸に塗れた池であろうと、ありとあらゆる環境に適応する力を持つものである。

 故に、毒の水などは、彼女の欠片の前では、まるで意味を為さない。

 アルカードの放つ水流より離れた阿久は、“次、すぐに攻めるわ”とのアルラの言葉に頷いて、次の言葉を紡ぎ始める。


「翼に光臨(こうりん)蒼白(そうはく)の面。彼は風に乗りて歩むもの。かつて天に反逆し、黒き湖に封じられた黄衣(おうい)の王、其の眷属の力、我に授け給え。

 第七覚醒(Demise)――『無名都市到達(Byakhee)』」


 ――ふっふー、遂にぼくの力を借りたね、吸血鬼喰い。いいよ、ぼくのこの力を貸そう。神に喧嘩を売るなんて、そんな面白いこと、ぼく抜きでやられても嫌だからね。


 阿久の“心臓”で《鎌鼬(The Ripper)》第七真祖ジャック・ウォルターは、けらけらと笑う。

 かえでを殺したこの吸血鬼は、本当、気に食わない。けれどそれは、あくまでも阿久の個人的な私情であって、仮にかえでを殺されていなければ、この少年を嫌悪することはなかったかもしれない。

 それどころか、彼の自由な生き方に、憧れすらも感じたかもしれない。


「翼を寄越せ、お前の自由な翼をな」


 阿久の背にある漆黒の翼。それが分解されるように空に舞い、代わりにそこから、不可視の風の翼が現れた。

 この力は、第七真祖の宿す欠片(かみ)、その眷属の力を借り受けるものだ。時速七〇を超える超高速度で、阿久はアルカードに向かって飛翔する。

 のみならず、第七の力を行使して、更なる加速を伴い、アルカードに向けてその爪を突き立てた。

削る、削る。アルカードの皮膚を削り、肉を削り、そして骨を削っていく。

 獣が如くに絶叫するアルカード。その身に、幾度も、幾度も繰り返し、無数の爪痕を刻み付ける。


「GRRRRRRAAAAAA!」


“どうやら、先ほど視えない盾を破壊したのが幸となったみたいね。このまま押し切れば、あるいは――”


 唐突に、アルラの声が止まった。


「あるいは……どうした?」


“ごめんなさい、これは非常にマズいわ”


 何が起きた?

 阿久の問いに、アルカードの此方を見る視線が変わったことを感じた。――否、それだけでなく。アルカードの額に、第三の眼が現れた。

 超高速で空を駆ける阿久に、アルカードの攻撃は当たらない。ならば、当てなくても有効な攻撃を行えばいいと、そう考えたのだろう。


“『魔眼』の異名を持つ、視線だけで相手を殺すとされる、ケルトの魔神……”


「待てふざけんな! 視線だけで相手を殺すものを相手に、どうしろってんだ!」


“まだアレが相手で良かったわ。確かに脅威の力だけれど、視線を此方に向けなければならないのなら、手はある”


 ――ええ、そうね。わたしの力を、使いなさい。


 アルラの言葉に頷くように、少女の声が、“心臓”より届けられた。

 彼女の声を、阿久は聞いたことがない。けれども、彼女が誰なのか、阿久は知っていた。

 《蛇髪(Medusa)》第二真祖トーア・エンフィールド。

 彼女の本来の力は、眼を合わせたものを石にする、などという生易しいものではない。曰く、その姿を模した彫像を見た人々の身体に、異変を生じさせるという。曰く、その姿を直に視たものは、たとえ一目でも、あまりの恐怖故に、皮膚が固まって石になってしまうという。


「その姿を見てはならない。その身を写したものも、その身を模したものも。ムーと共に沈みし邪悪な姿、此処に蘇らん。

 第二覚醒(Demise)。――『恐邪身(Evocation)円舞(Waltz)』」


 ――悠斗に、頼まれたの。あなたに力を貸してあげてと。存分に、わたしを行使してかまわない。この醜き姿、役に立つことがあるのなら。


「ああ、存分に使わせてもらう!」


 空中より落下しながら、阿久はその(すがた)を変えた。

 黒い影。阿久の姿は、自身には見えない。夜であるため、その姿は影にも映らない。けれど、それでいいのだろう。彼女はきっと、誰にもこの姿を見られたくないだろうから。


“さぁ、この姿。存分に視るが良いわ。あなたの魔眼がわたしたちを殺すのが先か、わたしたちの狂気があなたを石にするのが先か――”


 その眼で視たものを殺す、ケルトの魔神。

 その姿を視たものを石にする、第二の力。

 果たして、どちらの能力が優れているのか。視線で殺すのが先か、それとも石にするのが先なのか。大きな賭けではあるものの、勝ち目は五分五分と言ったところか。これまでの勝ち目のない戦を繰り返してきた阿久たちにしてみれば、これは勝ちを確信できるほどの勝率である。乗らない手はないだろう。

 しかしどうやら、アルカードは賭けに乗るつもりは無いらしい。第二に対抗するために、アルカードは身体の内にある新たな力を、此処に具現化する。

 現れようとするのは、巨大な盾。先ほどアルカードを守っていたものは、目に見えない盾だった。だが今度は、目に見える。ならばその盾を越えればいいだけだろうと、阿久は空中から降下しつつ思ったときに。


“阿久、すぐにその姿を戻して! それだけではないわ、あれを見ては駄目!”


 阿久の“心臓”が、叫ぶ。

 なにがなんだかわからないまま、アルラの言う通り、阿久はすぐに元の姿へと身を戻した。


「なんだ、一体どうした!」


“あれは第二との相性が悪すぎる。第二の二つ名、『ゴルゴン』を狩る際に使用されたものよ、あの盾は。そしてその中央には、ゴルゴン――メデューサの印が込められている”


 ゴルゴン殺しの大英雄が用いた、鏡の盾。なるほど、それではあの盾を見てはまずい。自分の姿を視て石になってしまうということがあれば、笑い話にもならないだろう。のみならず、あの盾に込められたメデューサの印には、敵を石化させるというと特性を付加されている。盾をまじまじと見てしまっては、それはそれで石化することになってしまう。

 ならば、あの印の効果を発揮させないためには――盾を見ることなく戦うには、一体どうするべきなのか。

 それを考えた時に、阿久の脳裏に『鏡』という、先の考えがよぎった。

 すぐに《未来予知(ガブリエル)》を用いて、己の欠片の検索を開始する。鏡、もしくはそれに類する能力の欠片(かみ)は存在しないかと。

 第一(ちがう)第二(ちがう)第三(ちがう)第四(ちがう)――。

 次々と異なる解が出される中で、五番目の欠片の力を知った時、阿久はこれだと確信し、その根幹に刻まれた言葉の羅列を紡ぎ始める。


「燐光に似た不浄な光。青白くも灰色の炎。極地の極寒。冷気の世界。氷河で覆われた此の場所に、印を宿した解放者、未だ現れず。」


 《鬼火(Flame Face)》第五真祖アフム・ザー。

 その名に触れて、阿久は彼が断片解放の域に至っていたと知り、また、その真なる力が何であるかを知る。

 炎の怪人。松明のような男。炎を司るように見えた彼の欠片の本質は、ただの炎を操る神でなく。灰色の炎を操る、()()()()である。

 それこそ、神の封印された巨大大陸のほぼ総てを、その冷気によって氷河でつつむほどの――。

アルカードの盾から目を逸らしたまま、木々を押しのけて大地に着地しようとこれからの行動を計画する阿久は、周囲を見渡した。

 先にアルカードが放出した毒水はまだ、そこらに散らばって、巨大な水溜りをいくつもつくり出している。


「つぁああああああッ!」


 大地に着陸すると同時、阿久はその地面に、残したままの第二の拳を叩きつけた。

 大地は抉れ、月夜に、無数の木々と共に岩や石が飛び散った。


「貸せよ第五、その力を」


 ――己の目的は世界の救世。本来、アルカードの方を神にしたいところなのだが。


「つべこべ言うな。お前の心臓は、とっくに俺が喰らった。諦めろ」


 ――なんにせよ、構わない。アルカードも吸血鬼喰いも、どちらにしても我欲の塊。創り出される世界に、さほどの違いはないだろう。


「ハッ、同じにされたくはねぇけどな!」


 けれど結局、本質は同じものか。

 自分が求めるもののために、この世界を犠牲にするのだ。

 世界中の人間たちからしてみたら、彼らはどちらも悪だろう。


“考えたわね、阿久。確かにこれなら、行けそうよ”


 アルラの呟きとほぼ同時。


第五覚醒(Demise)。――『凍結世界(Hyperborea)』ァアッ!」


 阿久は第五の力を解放し、此処に凍結世界を構築する。

 この凍結世界はなにも、地球を氷河期に陥れるほどのものではなくていい。ただこの一体を急速冷凍させて、そして、先ほどアルカードのまき散らした水を凍らせて、アルカードまでこの身を運ぶ道と成れば、それでいい。

 阿久が第二の力によって抉った大地は、総て残らず、水と共に凍結した。まるで時が止まったかのように、周囲の地面が空中で静止している。その上で、跳躍を繰り返し。

 月光の下、光を()()()()()()()()を、阿久は全力で駆けた。

 阿久の構築した、凍結世界。その役割は、水を凍らせて道を創り出すことともう一つ、氷を創り出すということにも意味がある。

 光を反射する氷には、当然『鏡』としての役割を果たすことが可能である。これがあれば、アルカードの展開したゴルゴン殺しの盾を直接視ずとも、氷に反射したものを見るだけでアルカードの位置をある程度特定することができる――。

 抉られた大地。利用された毒水、氷の架け橋。その上を駆ける、久世原阿久。

 アルカードの眼が、阿久の作り出した凍結世界を視た。第五真祖の持つ欠片の本質を理解し、その弱点を理解し、そしてその弱点を的確に突くために、アルカードは新たな神の力を、その手に具現化する。

 『解放』という、言葉がある。


 ――総てが凍結した、とある大陸。その場所の住民たちは、凍結した世界に光を差し込む『解放者』を待っていた。


 ――人々に炎を与えようとして、拘束された神がいた。半永久的な拷問に苦しんだその神を、『解放』する神がいた。


 もし仮に、第五の凍結世界を破壊する者がいるとするのなら。それは間違いなく、『解放』という特性を持つ神に他ならない。そして火の神を『解放』した彼こそは、『解放』の特性を備えた神であり、凍結世界の『解放者』と成り得るに相応しい――。

 アルカードが、咆哮する。

 展開されていた神の盾はその姿を消し、代わりに新たな神の力が、アルカードの方向と共に、第五の凍結世界を残らず崩壊させた。

 氷が残らず砕け散り、凍結したハズの世界は、まるで時が動き出すかのように、その場に散っていく。


「やってくれたな、あの化け物が!」


 突如足場を失った阿久は初めこそ同様するも、即座に第五の貌を解いて、本来の自分の貌へと戻す。額に第三の眼、背には漆黒の翼。その眼でアルカードの動きを伺いつつ、背の翼で宙を舞う。

 そのままアルカードまで飛ぼうとした阿久の眼に、アルカードの大きく開かれた口が映った。その口の奥には、巨大な弓がギリギリと音を立て、重ねられた巨大な矢が、阿久に向けられている。


“まさか、神殺しの――!”


 現在アルカードが具現化している神、火の神を『解放』した彼の逸話には、ヒュドラの毒矢で、多く神々を殺したというものがある。もし仮に、あの『神殺し』の特性を秘めた矢が阿久の肉を貫いたのなら。もし仮に、その毒が全身に回ることがあるのなら。

 例え第四の力を使おうと、あの毒を消すことは出来ないだろう――。



「GGGRRRRRRRRAAAAAAAAA!」


 アルカードの口から、神殺しの矢が放たれた。

 第五の力で作り出した足場を、『解放』の特性で崩されて。

 ロクに身動きの取れない空中では、あの矢を避けるほどの速度は、すぐには出せず。


「アルラッ!」

 

 阿久の叫びに応えるように、“心臓”が、主に代わって貌を変える。


“其は不死なる種族。倦怠の海に沈んだ嗜虐の魂は、光の鞭にて数多の心を犯すもの。かれ、強靭な奴隷を此処に召喚す。

 第九覚醒(Demise)――『光沢(From)樹木(Xiclotl)』”


 ドンと、音をたてて。

 アルカードに並ぶほどの巨大な金属光沢を帯びた灰色の樹木が、阿久の眼前に召喚された。

 第九の欠片(かみ)。それは単体では大きな力を持たぬ種族の神であったが、しかし精神に介入することにより、数多の生物を奴隷として使役していた。この植物もまた、使役していた奴隷の内の一つである。

中でもこの樹木は、護衛としての役割を持っていた。

 その強度は並みでなく、また能力を扱う本体とは確立した植物で在るが故に、炎を除いた多くの特性を無効化することが可能である。それが例え、神殺しの尋常ならざる毒物であろうとも。

 この植物は知能こそは低いものの、盾としては非常に有効だ。

 アルカードの放ったヒュドラの矢。樹木はそれに貫かれるも、辛うじての所で押しとどめ、その矢が阿久に届くことはなかった。


「上出来だ!」


 叫んで第九から本来の貌に戻そうとしたときに、阿久の正面から途方もない轟音が響き渡る。

 この音は地震――阿久が先に第三の力を行使した際の音に似ているが、しかし決定的に違うのは、その音が断続的に響いてくることだ。それこそ、まるで巨大生物の足音のような――。


“離れて、阿久!”


 阿久の嫌な予感を肯定するように、アルラが叫ぶ。その声を聞いて、阿久は思考を停止し、一旦ここから離れようと後方へ下がった瞬間に。

 ――バクリ、と。

 大地を這い進んだアルカードの巨大な口が、それも、本来の大きさ以上に巨大化したアルカードの口が、先に召喚した灰色の樹木を喰らって現れた。咄嗟に後方へ回避していたのはいいものの、あの盾となった樹木が喰われてしまったことで、阿久にはアルカードの進撃を止める術がない。

 よく見てみれば、アルカードの口も大きくなっているが、しかしその肉体もまた、大きく変化しているように思う。それこそ、肉や爪牙のレベルではなく、骨格から根本的に変化しているような――。

 どうするか、と考えたところに、“心臓”の()()が、呟いた。


 ――まぁ、うちの盾を使ったぐらいじゃあ、あの化け物の進撃は止められないわなぁ。

 神の傑作、完璧なる獣。千の山の草を食いつくす大食らい。暴食の悪魔と勘違いされるような化け物の力を借りたアルカードの前では、うちの欠片が使役する程度の植物が喰われちまうのも、自明の理ってもんさ。

 うちの欠片の神さま、人間と同じで単体では弱いからなー。


 ならば、どうする。

 阿久の心の声に答えることもなく、その()()は、別の()()に意識を向けた。


 ――そういうわけで、うちの仕事はお役御免だ。代わりに、あんたが力を貸してやってくれ。あんたの糸なら、あの巨体だろうと、なんであろうと、止められるだろう?


 彼女の声に応えるように、“心臓”の内で「ふむ」と、男が答えた。


 ――キチガイのお前にしては、悪くない判断だ。良いだろう。己の『家族』のために命を懸ける、そんな男は嫌いではないからな。加えてこの男、かつてのアランと同じ目をしている。

 であれば、我が力を貸し出すに値する。


 人の心臓で、勝手に会話をするな。

 これまで一生涯、誰もがしないであろうツッコミを胸の中にしまっておいて、


「つまり、どういうことだよ」


 と、“心臓”で会話を行っていた『誰か』たちに、阿久は問う。


 ――会話の通りだよ、一三人目の真祖。よろしい、我が『第八』の力を使うといい。


 男は――《串刺し(Kazikli)(Bey)》、第八真祖ヴラド・エンライトは、確かにそう言った。

 目の前に迫る、アルカード。究極の獣の力を自らに投影して、その力で阿久を押し潰そうとする怪物の進撃を止められるならば、その力を行使するまで。


「地底湖の奥に封印されし神性。彼の巣が完成しとき、この世界は崩壊す。その時を密かに待ちて、彼は一人、孤独の地の底で糸を編む。

 第八覚醒(Demise)――『魍魎(Reflection)封殺(Thread)』」


 阿久の両の眼。それに加えて、額の第三の眼。更にこめかみ部分に、合計六つの眼――それも複眼が、阿久の貌に目を開く。

 力の使い方は、聖痕から知識を得て知っている。ならば、次の行動に迷いはない。

 腕を、前に広げた。そこから飛び出すのは、蜘蛛のような糸。それも並大抵の太さではなく、一本一本が阿久の腕の太さをも超えた途方もない大きさである。それが蜘蛛の巣状に張り巡らされて、アルカードの眼前に展開する。

 しかし敵は究極の獣とまで言われた化け物なのだろう。こんな蜘蛛の巣のようなもので、あれほどの敵を阻害できるのか――。


“――可能ね。もともと蜘蛛の糸の強度は、同等の太さの鋼鉄の五倍、強度はナイロンよりもやや劣りつつも、伸縮性は約二倍とされているわ。鉛筆ほどの太さで創られた蜘蛛の巣ならば、理論上は飛行機すらも止めるという”


「だが、相手は神格レベルの力を有してるんだぞ」


“忘れているようね。あなたが創り出したこの糸もまた、神格レベルの力よ”


 それを言われて納得できるかと思ったが、それでも、やはり蜘蛛の糸の強度というものが今ひとつわからない。

 果たして、その糸は――。


「GRAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 阿久の眼前で、アルカードの動きを見事に停止させた。

蜘蛛の糸よりも、むしろ蜘蛛の糸を張られた無数の木々の方が、先に引きちぎられてしまうのではないかというほどに強固なものである。もしこの糸がアルカードの動きを止めきれないのならば、それは糸が千切れる時ではなく、糸が張り付いた大地の方が崩壊する時なのではないだろうか。

 敵は最強の獣。神に愛された存在。大地の化身。それをものの見事に止められてしまっては、阿久の方も驚愕するほかない。

 今後、蜘蛛に対する評価を改めたいと思った。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 眼前の阿久を喰らおうと、先へ進もうとするアルカード。けれどその腕は大地の上を滑るばかりで、一向に先へは進まない。それどころか、蜘蛛の強靭な糸のために、後方へ押し戻されているほどである。


「こいつは想像以上に心強いな、おい!」


 第八の貌から、もとの姿に戻った阿久は、背に生えた漆黒の翼をはためかせ、アルカードへと向かう。目の前に張り巡らされた蜘蛛の糸。アルカードは巨体故にそれから逃れる術はないが、阿久の大きさは人間大である。糸と糸の間を抜けるなどというのは、造作もない。

 食らわせてらうぞ、その心臓。

 蜘蛛の糸に吸い付かれ、そこから大きく身動きのできないアルカードの背中に降り立って、阿久が両手を振り上げる。新たな貌を得ようとしたときに、アルカードの背に生えた巨大な鱗が蠢いて、人の形を成していった。

 その見かけは、さながら腐乱した肉体だ。かつて己を裏切った夫を殺すため、とある女神の従えた死者の群れ。女神の怒りはもっともであろうし、阿久も同情の一つでもしてやりたいところだが。

 ――だが、残念だ。これに対抗する力を、阿久は持っている。


「アルラ、亡者の相手をしてやってくれ」


 自身は両手に第六の力を発し、アルカードの背中に手を当てる。あまりの高温に皮膚が蒸発し、アルカードが咆哮とも取れる悲鳴を上げた。

 まるでアルカードと一体であるかのように、アルカードの鱗よりつくられた死人たちもまた、悲鳴を上げる。これ以上アルカードを傷つけることは許さないと、迫りくる死者たちを前にして、しかしアルラは抑揚のない声で、言葉を紡ぐ。


“屍肉喰らいの食屍鬼、その頂点。()の忌まわしき写本に記されし、偉大なるその神は、総ての死者を喰らうもの。

 第六覚醒(Demise)――『屍者生命(Immortal)剥奪(Biter)』”


 アルカードの背に両手をつっこみ、その肉体を蒸発させていく阿久に迫る、無数の死者たち。阿久の背中より伸びた、不自然な光を放つ牙がそれらを突き刺し、動きを止める。のみならず、牙はそこから炎を噴き出して、その肉体を燃やしつくした。

 灰となった死者たちを、突き刺さった牙が吸い上げていく。


 ――ふはッ! ふはははははッ! これはまた美味なものよなぁ! この味、この触感……吸血鬼とも人間とも、異なるものだ! チーズや納豆など、人間の食物にも、敢えて食物を放置することで、より旨みの凝縮される発酵食品などが存在するが、これはまさにそれだな!


 阿久が懸命にアルカードの肉体に穴を開けようとしている中で、バリバリという咀嚼音と共に、“心臓”に残る一人が歓喜に震えていた。


「いちいち五月蠅ぇぞマゾ野郎! 喰うなら静かに喰え!」


“彼はもともと、屍を喰らう神を宿したものだもの。本来喰らうべきものを食べられて、幸福なのではないのかしら。もともと生きたものは食べない主義のようだし”


 ――なるほど、わたしの欠片の神は、生きたものを食べない主義であったのか。通りで生物(なまもの)には興味が沸かないわけだ!


 はっはっは! と笑う“心臓”の欠片は、それはもう、実に楽しそうに、アルカードの生み出した骸たちを喰らっていく。その速度は阿久が吸血鬼を喰らうよりもずっと早いほどで、なんというか、とても助かると思う反面、彼に食べられる骸たちがどうにも哀れに思えてしまった。

 阿久が周囲を見れば、既に骸たちは居らず、“心臓”の彼だけが、「どうした、他には出さんのか!」と騒いでいた。しかし骸が片付いたのならば、彼にはもう用はない。これより、アルカードの心臓を抉り出すために、阿久は相応の欠片を選び取ろうとして――。


「GRAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 流石に蜘蛛の糸から離れたのか、アルカードは背に乗った阿久をはらい落とそうと、必至でもがく。このままアルカードの背に向けて、足から杭でも突き出して、意地でもこの場に留まってやろうか、とも考えたが、しかしそれでは、アルカードのいい的だ。これまでのように、次も対処できる攻撃が飛んでくるとは限らない。

 アルカードの背から離れて、阿久は空中でアルカードと正面から対峙する。

 両掌に存在していた光は消えて、代わりに、その背に漆黒の翼が生えた。

 アルカードが吠え、その尾が阿久を狙って鞭のようにしなる。それを空中を旋回して回避し、阿久はアルカードに向けて拳を振う。そして拳が当たる直前に、その腕を《漆黒の腕》へと変化させ、アルカードの右頬を殴りつけた。

 阿久の拳に触れた瞬間、その場から吹き飛んだアルカードの口は、数多の牙をまき散らして、その顔を怒りに歪ませる。しかし阿久の攻撃は、まだ終わらない。


「右の頬を殴ったら、左の頬にもう一丁ァ!」


 巨大化させた漆黒の腕で、今度は反対側を殴りつける。

 アルカードの巨体をも軽々と殴り飛ばす久世原阿久は、これでトドメだとばかりに再度拳を振おうとすると、アルカードの牙に、その腕を切断された。即座に腕を再生した阿久に、背後から鞭のように尾が迫る。


「同じ手は、二度も喰わねぇ!」


 背後からの尾。これは既に一度アルカードが見せた手だ。同じ手に引っかかりはしない。

 阿久が肉体を硬質化させ、尾に当たっても、尾が阿久の肉体を流れてその威力を流す、自分の半身を尾とほぼ平行にして、ダメージを最小限に押しとどめた。

 これで攻撃はほぼ無効。次は此方の番だと拳を振おうとしたときに、“前を見て!”というアルラの悲痛な叫びが心臓から響いていた。

 何事かと、正面を見れば――。


「しまっ――」


 アルカードの巨大な口が、久世原阿久を飲み込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ