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悪なるミタマ  作者: 九尾
最終幕 悪なるミタマ編
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挿入・大英 崩壊


 大英帝国連合。その、とある場所。

 森の中にある特殊な結界によってその位置を秘匿していた《教会》に、一人の男が現れた。

 見かけは20代の半ば。教会の廊下を歩いていなければ、普通の男のように見える。けれど彼が普通の人間ではないと明らかに示すのが、真紅の瞳と鋭い爪牙。

 そして、その背後に積み重なる無数の死骸。

 白いはずの床が、壁が、天井が。彼の行った大虐殺によって赤に染まっている。

 突然の襲撃者に対処しきれずいた教会内部はたちまち混乱に陥り、白円卓の一人、ソフィア・ラドクリフがたどり着く頃には、二十人近くの使徒がその屍を晒していた。

 男の周囲を囲むも、なかなか手出しができない使徒たちの前に出て、ソフィアが言う。


「あなたたちには手に負えないわ。此処はわたしが時間を稼ぐ。他の白円卓をはやく呼びなさい」


 たった一人の吸血鬼。

 それがこの《教会》に侵入し、ここまでの暴挙を許すなど、誰が想像しただろうか。

 そも、この場に侵入するには結界を解くしかない。この結界を解けるのは、一度この教会に足を踏み入れた者だけだ。他に方法はない。

 また、この教会には侵入者に対する警報がある。未だ鳴ったのは第八血族襲撃の際だけであったが、吸血鬼の反応を感知して鳴るモノだ。それなのに鳴らないというのは、明らかに異常である。そして、連絡機器が悉く破壊されていたというのもまた、異常事態に他ならない。

 眼前の吸血鬼が壊したのか。となれば、ユダの他にも裏切り者がいたのだろうか。

 わからないが、事実は一つ。

 この場において、彼と戦えるのはソフィアのみ。


「――どうやってこの教会に入ったのかは分からないけれど、あなた、相当腕が立つようね。この数の使徒を瞬殺するのは、真祖でも難しいと思うのだけれど」


 語り掛けると、まるで興味を示さないかのように、吸血鬼はその右手をソフィアに向けた。

 彼我の距離は、二〇メートルほど。

 真祖の中には、ウォルター同様に遠距離攻撃に向いた忌能を持つ者がいる。出し惜しみせず戦うべきだと思ったソフィアは、即座に聖痕を起動させ、《神は癒される(ラファエル)》を執行する。

 ――刹那。

 空間が、歪む。

 初めは蜃気楼か何かと思った。けれど、違う。ソフィアの右手が捻じれ、ブシリと、血が舞った。


「え――?」


 何が起きたのか、分からなかった。

 わからないまま、彼女の肉体は捻じ曲がった。

 如何なる力の為か、雑巾のように捻じ曲がったソフィア・ラドクリフの肉体は、大量の血を流してその場に倒れた。

 伸ばしていた右手を降ろして、男はソフィアを一瞥する。


「……白円卓も、所詮はこんなものか。相変わらず、芸のない奴らだ。俺を止められるのは、シャルロットぐらいだというのに」


 つまらなそうに歩き始めた男は、ソフィアの横を抜ける。

 目指すは、教会の占拠。この教会を掌握し、そして《堕天使》を手に入れる。

 男がその場を去ろうとしたときに。


「残念ながら、白円卓は昔とは違うわよ」


 背後より、トライデントが男の左胸部を貫いた。


「――む」


 男が肩越しに振り向くと、そこにはソフィア・ラドクリフが立っていた。

 ソフィアはにこりと微笑んで己の《聖具(クルス)》、トライデントに力を込めようとして――。

 ぐにゃりと、トライデントの柄が曲がった。

 長い戦闘経験から生まれた勘が、このトライデントから手を離せと警告する。咄嗟にトライデントから手を離し、後方倒立回転を繰り返して、ソフィアは男から距離を取る。

 その距離は、二〇と少し。


「俺の力を喰らって生きているとは。お前、ただの人間ではないな。しかしその眼を見たところ、吸血鬼のようでもない。となれば、お前はなんだ」


 眠たげな瞳でソフィアを見た男が、問う。


「それはこっちのセリフ。見たところ吸血鬼のようだけれど、あなたは一体どうやって此処に侵入したのかしら」


「……侵入とは、心外だな。俺は初めから此処にいた」


「――どういうこと?」


 初めから此処に居たとは、本当に意味が分からない。

 この教会に、吸血鬼は存在しない。強いて言うのなら、混血者である北条久遠が存在するが、それだけだ。吸血鬼を殺す吸血鬼など第二以外に聞いたことはないし、この教会には吸血鬼に恨みを持つ者が多くいる。もし吸血鬼であることが判明すれば、良くて独房行きか、悪くてその場で使徒たちに殺されるだろう。

 なにより、ソフィアは眼前の男の顔を知らない。

 もしかしたら、彼は“変身”の能力を持った真祖クラスの吸血鬼なのだろうか。

 けれど、“変身”の能力を持つ吸血鬼は既に存在している。同じ忌能(カース)を持つ真祖が存在しない以上、忌能は一人の吸血鬼に特定の能力のみが発現するものと考えられる。

 ソフィアは、考える。

 この教会に足を踏み込んだことのある者で。

 教会の警報を回避する術を持つ者。

 それは一体誰なのかと問われたら、ソフィアは答えることができた。

 二人で一人の吸血鬼。片方は人間であるために、警報にはかからない。またその者は、第八との抗争の間、この教会で治療を受けたために教会の結界は反応しない。そして、なによりも、その《忌能》は“変身”である。

 ――であれば、彼の正体は。


「まさか、あなたは――」


 ソフィアの問いに、男は笑った。

 腹を抱えて、笑った。


「教えてやろう。俺の名は――」


        ☆


 ソフィア・ラドクリフの稼いだ時間、五分二三秒。この時間は、結果として教会を救うことになる。

 

 ソフィアによって逃がされた使徒たちは、あの男の圧倒的な力の前では、ソフィアですらもが歯が立たないと判断した。そして彼女に言われた通り、白円卓の面々を呼ぶ。初めに呼びかけたのは、エリアス。

 承知した、と言って、彼は即座にそちらへ走った。

 多くの使徒が彼の足を心配したが、白円卓の一人の一大事だ。捨て置けないと考えたのだろう。数人が彼についていく。

 次に呼びかけたのは、大城玄道。彼は既に回復しており、己の《聖具(クルス)》を詰めた巨大な棺を背負い、その場に向かう。彼の走りには、並みならぬ焦りが見えた。

 最後に呼んだのは、戦闘が始まった教会内部より最も部屋の位置が遠かった、コーネリア・ルートレッジ。何事か、異常事態が発生していたのには気づいていたようで、使徒たちの話を聞いたと同時に、「貴方たちは避難するように」とだけ言って、人とは思えぬ速度で大剣『ラ=ピュセル』を片手に、疾走を開始した。

 けれど、使徒たちは彼女の命に反し、自分たちも最後まで戦うと、先の場所まで向かう。


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