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【短編】二度目の、はじめての朝〜色のない森で、少女は恋を忘れる〜  作者: 三木悠希


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3/3

後編


 激痛が全身を貫いた。

 ちぎれた拍子に、白い羽が数枚雪のように舞い散り、翼が形を保ったまま地面へと落下していく。ミーリアも臓物が浮遊する感覚を感じながら、天を向いて落ちていく。

 霞む視界の中で、光の柱が大きく揺らぎ、やがて静かに天へと引いていくのが見えた。

 空はもうミーリアを呼ばなかった。呼ぶための翼を、彼女が捨てたのだから。天に歯向かったも同然の行為だった。


 ミーリアは薄れゆく意識の中、できるだけアシュへと手を伸ばした。アシュはこちらを見上げて全力で走っている。

 走り寄ったアシュの腕が、ミーリアを抱きとめた。


 背中の傷から血が流れ、地面へと滴り落ちる。同じ場所に二度目の傷。けれど今度のそれは、奪われた痕ではなく自分で選んだしるしだった。


 そして、記憶が潮のように引いていく。


 艶やかだった空の色が薄れていき、歌のような声が遠ざかっていく。

 さっきまで胸を焦がしていた名前のない色が、輪郭をなくしていく。アシュの顔が誰の顔だったかわからなくなっていく。アシュとはなんの単語かも思い出せなくなっていく。


 最後にミーリアは、腕の中から見知らぬ青年を見上げた。陰る青年の表情はよくわからない感情でかき混ぜられていた。


 なぜか涙が頬を伝っていて、なぜ自分が泣いているのか、もう思い出せなかった。


「……あなたは、誰?」


 ミーリアはかすれた声でそう問いかけた。

 その青年は声を殺してただ深く、深くうなずいた。


「俺はアシュ。これから君のことを、いちから全部教えるよ」


――――



 ミーリアは目を覚ました。

 くりぬかれていた森はいつのまにか、世界とつながっていた。差し込む光に、葉の緑が、花の青が鮮やかに灯っている。


 ミーリアは寝台の上で、一人の青年を見ていた。

 ここは自分の家であり、彼は居候の身であることはすぐに理解した。それなのになぜだか、追い返せなかった。

 ミーリアが傷を負っていたのをたまたま見つけ、介抱したのだと彼は言う。覚えていないけれど、たぶんそうなのだろう。背中の傷は、彼のおかげで治りつつあった。

 

 それにすぐ出ていくと言いながら、彼はもう何日もこの森に居ついていた。

 誤嚥しないようにと膝の上に寝かせ、柔らかなものを食べさせてくれるし、傷の手当てを頻繁にしてくれる。少しでも寝台から出ようとすれば、寝ていたはずの彼は飛び起きた。

 今の彼は寝台の端に腰掛け、林檎の皮を剥いていた。


「あなたがちゃんと生活できるようになったら、俺と一緒に街へ出よう」

「街へは……行けないよ。多分」

「もちろんミーリアの気持ちが整うまで待つつもりさ。けど、療養のために俺の家に来た方がいいと思う。俺の妹の方が、手当てもしやすいだろうし……」


 アシュは後頭部に手を当てながら、口を窄めて小声でそう言った。

 

「いもうと……?」

「ああ、俺の妹。俺の家族だ」

「アシュに似てるの? 帰らなくていいの?」

「あまり似てない。薬を買うついでに街へ行った時、手紙を送ったから問題ない」


 ミーリアは街というものを想像した。彼の話してくれる街は、たくさんの人がいて、たくさんの色に溢れているらしい。彼が言うなら、きっと街にはたくさんの色が溢れているのだろうと、ミーリアは口元まで布団を引き上げてくすりと笑った。

 

 彼が何かを指さすたび、灰色だった世界にひとつずつ色が増えていく。それが不思議で、少しだけ心地よかった。


 ときどき、背中の二本の傷が彼の傍にいると、そっと疼いた。とても大切で、とても温かい何かを忘れている気がした。


「ねえ」


 ある夕暮れ、ミーリアは訊いた。


「わたし、あなたと前にも会ったことがある気がするの。気のせい?」


 アシュはほんの少しだけ泣きそうな顔をして、それからいつものように笑った。


「気のせいだよ。毎日会っているから混同しているのかもね」


 ミーリアにはその言葉のどこが、こんなにも胸に沁みるのかわからなかった。

 わからないまま彼女はもう空を待ってはいなかった。

 そのかわりに、隣にいる青年の指さす色をひとつずつ覚えていく。



「ねえ、これはなんの羽?」


 ミーリアは窓辺に窮屈そうに置かれている一対の白い羽を指差した。その羽は無機質な白色で、ただ大きいことが目についた。

 寝台のそばに置かれた椅子に座るアシュは、横たえるミーリアの金の髪を優しく撫でながら言う。

 

「それは大切な人の羽」


 ミーリアは目を丸くして、クスクスと眉根を寄せて笑い始めた。動くたびに背中が痛むが、笑いを止めることはできなかった。

 

「人には羽なんて生えないよ」

「そうだね。生えない。けどこれは、ミーリアと同じくらい大切なもの」


 アシュの唇がミーリアの青白い額に軽く触れた。

 

「アシュのものなの?」

「俺は持っているように頼まれただけ」

「ふーん。綺麗だね」


 アシュが目尻に皺を寄せて微笑み、ミーリアの口に彼の薄く熱い唇が長く触れた。ミーリアはキュッと目を瞑り、熱が離れるとゆっくり瞼を上げた。

 そこには茶色の瞳が細め、満足そうに口角を上げたアシュの顔があった。ミーリアはそれを見て、全てを忘れた顔色で無邪気にはにかんだ。


「アシュとなら、ここの外へ出られそうな気がする」

「それは良かった」

 

 それは生まれてはじめての、いや、二度目のはじめての朝だった。


ここまでお付き合いありがとうございました。

短編だから一万字以内で、と思ったのですが予定より長くなってしまいました。そこはご容赦ください。


よければ評価やコメントくださると今後の励みになります。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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