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残響のプレリュード  作者: erg
番外編

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番外編3-2

「ありがとう。報酬に、お昼は私がお金出すね」


「いいよ」


 拓海は、いつもの調子で言った。


「まだバイト出来ないお前と違って、にいちゃん財力あるからな。心配するな」


「なにそれ」


 のぞみは笑いながら振り向く。


「じゃあ、奢りってことで」


「そういうこと」


 袋を受け取り、二人は店を出ようとした。

 ガラスの自動ドアに手をかけた、そのとき。


「あ、拓海君」


 聞き慣れた声。

 振り向くと、そこにいたのは結月とモモだった。

 中央買物公園の人波の中でも、二人は不思議と目に留まる。

 最近の結月は、学校の外では「先輩」と呼ばない。

 自然に、当たり前みたいに——君付けだ。


「こんにちは」


 結月が軽く手を振る。


「買い物?」


「まあ、そんなとこ」


 拓海が答えると、モモがすぐにのぞみを見る。


「……あ」


 一瞬で察した顔。


「のぞみちゃん?」


「うん」


 拓海が頷く。

 のぞみは、二人を見比べてから、ぺこっと頭を下げた。


「こんにちは」


 その仕草が、少しだけ大人びている。


「へえ」


 モモがにやっと笑う。


「今日はデート?」


「ちがう、荷物持ち」


 即答。


「それ、デートって言うんだよ」


「言わない」


 結月は、そのやり取りを少し離れたところで見ていた。

 視線が、のぞみの持っている紙袋に行く。


「……衣装?」


「はい」


 のぞみが答える。


「マンドリン部で、介護施設に行くんです。寸劇やることになって」


「寸劇?」


 結月が、目を丸くする。


「マンドリンで?」


「なぜか」


 拓海が肩をすくめる。


「大変だね」


 そう言いながら、結月は優しく笑った。


「でも、きっと喜ばれるよ」


 のぞみは、一瞬だけ戸惑ってから、こくんと頷く。


「……はい」


 その様子を見て、拓海は気づく。


(結月、距離の測りかた、うまいな)


 近づきすぎず、でもちゃんと、相手を立てる。

 モモは、拓海の方をちらっと見る。


(兄してるじゃん)


 と言いたげな目。


「このあと、どうするの?」


「昼飯」


 拓海が答える。


「おにいの奢り」


「おお、太っ腹」


 モモが声を上げる。


「ついでに私たちも」


「おにいちゃん財力あるらしいから」


 のぞみが真顔で言って、一同、思わず笑った。


「まぁ、そのくらいならいいよ」


「そんな!悪いよ!」


 と、結月。

 その笑いの中で、拓海はふと思う。


(……こうやって、世界が交わるのも、悪くない)


 ほんの一瞬、人の多い場所にいることを、忘れていた。


 結局、四人で昼を食べることになった。

 店は、中央買物公園の裏手。

 値段は手頃、量は多め。 拓海とのぞみにはちょうどいい店だ。

 席に着くと、自然に並びが決まる。

 拓海の隣にのぞみ。

 のぞみの向かいにモモ。

 その隣に結月。拓海の向かいだ

 特別な配置じゃない。

 でも、妙に落ち着かない。

 料理が運ばれてきて、一息ついた、そのときだった。

 のぞみが、フォークをくるっと回しながら言う。


「ねぇ、結月ちゃん」


「なあに?」


 結月は、条件反射みたいに返事をした。


「おにいちゃん、鈍いでしょ?」


 ——ストレート。

 一瞬、音が消えた。

 結月の目が泳ぐ。

 顔に、じわっと血が集まってくるのが自分でも分かる。


(こ、これ……どう答えるのが正解……?)


 拓海は、気づいていないのか、普通にサラダを口に運んでいる。

 モモは、完全に察して、にやにやしている。


「ちょっと、なに言ってんだよ、失礼だろ。昼飯ごちそうしてる優しい兄に対して」


 拓海がようやく反応する。表情からは、本気か冗談のつもりか判別できない。


「失礼じゃないよ。事実でしょ」


 のぞみは即答。


「どこが」


「全部」


 結月は、逃げ道を探すように、視線を落とした。


(のぞみちゃん、強い……)


 でも、黙るのも違う気がして。


「……えっと」


 小さく、息を吸って。


「鈍い、というか」


 言葉を選ぶ。


「拓海君は、ちゃんと考えてから動く人。だよね?」


 拓海が、きょとんとする。


「そう?」


「そう」


 結月は、少しだけ勇気を出して続けた。


「だから、周りから見ると、分かってないように見えるだけで」


 のぞみは、じっと結月を見る。

 試すみたいに。


「……じゃあさ」


「うん」


「結月ちゃんは、分かってるの?」


 その質問に、結月は一瞬、言葉を失った。

 心臓が、どくん、と鳴る。


「……」


 拓海は、まだ事態を把握していない。


 モモは、完全に楽しんでいる。

 『のぞみちゃん、やめなさい』とは言わない。ただ笑って見ている。

 結月は、覚悟を決めたみたいに、ゆっくり答えた。


「……分かってますよ」


 小さな声。

 でも、逃げなかった。

 のぞみは、ぱちぱちと瞬きをしてから、ふっと笑った。


「そっか」


 それだけ言って、料理に戻る。

 拓海は首をかしげる。


「なんの話?」


「「なんでもない」」


 のぞみと結月が顔を逸らしながら、同時に言った。

 その瞬間、モモが吹き出した。


「もう、最高」


「なにがだよ」


「いやぁ……青春だなって」


 拓海は、ますます分からない顔をしていた。


 ——でも。


 結月の胸の奥には、確かに何かが残っていた。

 逃げなかった、という感覚。

 それは、この関係が少しだけ前に進んだ証拠だった。

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