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残響のプレリュード  作者: erg
第1部

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24/82

第1部 第18項

 地区大会の結果発表は、思ったよりもあっけなかった。

 ――工業高校、金賞。地区代表。

 一瞬、静寂。それから、遅れて歓声。

 小編成。人数は少ない。音も、派手じゃない。


 それでも――届いた。


 拓海は、ティンパニのマレットを静かに置いた。

 結月は、隣で深く息を吐く。

 ルナは、楽器ケースを胸に抱えたまま、しばらく動けなかった。

 支部大会は九月。まだ、先はある。

 そして――

 直美の商業高校とモモの南高校も、大編成の部で地区代表。

 

 結果がすべて出揃ったあと、ホールのロビーは一気に和やかな空気に包まれた。


 写真を撮る者。

 顧問に囲まれる者。

 他校と健闘を称え合う声。


 「……少しだけ、いいですか」


 その声は、不思議なくらい静かだった。

 拓海が振り向く。

 商業高校の一年生、木村めぐる――メグ。

 フルートケースを胸に抱き、背筋を伸ばして立っている。


 「場所、変えてもいいですか?」


 拓海は一瞬だけ迷って、小さくうなずいた。

 二人は、ホール脇の通路を抜け、人の少ない非常口付近へ向かう。

 その様子を――

 見ていた者たちが、いた。


 柱の陰。

 ロビーと通路の境目。


 ルナ。

 結月。

 サキ。

 クミ。

 そして――

 なぜか、レイ。


 普段は一緒に行動することの少ないレイが、「なんか嫌な予感する」と、ついてきた。


 「……来た」


 クミが小声で言う。

 非常口の近くは、コンクール後とは思えないほど静かだった。

 自動販売機の低い駆動音だけが、やけに響く。

 メグは、拓海の前で立ち止まった。


 一度、深呼吸。


 「……あの」


 声が、少し震える。


 「合同練習のときから…… ずっと、見てました」


 拓海の表情が、わずかに固まる。


 「演奏も、行進の準備も、全部……」


 言葉を選んでいるのが、はっきり分かる。


 「私、長谷川先輩のことが……」


 そこで、メグの声が詰まった。

 拓海が、何か言おうと口を開きかける。

 でも――その前に。

 ぽろ、と。

 涙が、一粒、床に落ちた。


 「……好き、です」


 言い切った瞬間、メグの肩が震え出す。

 拓海は、困った顔をした。

 言葉を探している。

 時間を稼ぐように、視線を少しだけ逸らす。

 でも。逃げない。


 「……ありがとう」


 声は、低くて、静かだった。


 「でも」


 その一言で、陰で見ていた全員が、息を止める。

 拓海は、まっすぐにメグを見る。


 「ごめん。 今は......その時じゃないんだ」


 はっきりと。

 曖昧さを残さず。


 メグは、その言葉を聞いた瞬間、堪えていたものが崩れた。


 「……っ」


 声にならない嗚咽。

 拓海は、手を伸ばさない。

 慰めない。

 でも、目を逸らさない。


 「……大事なことだから。ちゃんと、答えたかった」


 それだけ言って、一歩、下がる。

 メグは、涙を拭いながら、何度も頷いた。


 「……ありがとうございます」


 声は、まだ震えている。

 でも、逃げてはいなかった。

 小さく一礼して、メグはその場を離れていく。

 足音が、だんだん遠ざかる。


 柱の陰。


 クミが、両手で口を押さえている。

 「……きっぱりだ……」


 サキは、何も言わない。


 レイがぽつりと呟く。

 「……あれは、中途半端に優しくしないやつだ」


 結月は、拓海の背中を見ている。

 感情は、表に出さない。

 でも、どこか、安堵したような表情。


 ルナは――

 胸の奥が、少しだけ、痛くて......少しだけ、温かかった。

 拓海は、誰かの想いを踏みにじらなかった。

 そして―― 誰にも、期待を持たせなかった。


 それが、彼の距離感。


 拓海が、ロビーへ戻ってくる。

 視線が、一瞬だけ、ルナたちの隠れている方を掠めた。


 ――気づいていた。


 でも、何も言わない。


 音楽と同じだ。

 余計な音は、足さない。

 ルナは、楽器ケースを、ぎゅっと抱き直した。


 支部大会は、九月。


 まだ――

 音で伝える時間は、残っている。

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