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第八十五話 それ本当に全部食べるの?

 場面は戻り、一限目の実技を終えてその後も午前の授業を受け切った竜胆たちはいつものメンバーにフェレライさんを加えた7人で、彼らにしては珍しく食堂に訪れていた。


 普段は屋上で食事を取っている彼等が食堂に訪れているのは、今日転校して来たフェレライ・ローラルに対する施設紹介も兼ねてだった。


「いや〜、やっぱ実技があった日は腹が減るな! なあ、メクル!」


「すごく分かるのであるよソウ氏! 某もお腹がペコペコなのである!」


「そうだね! もう食べちゃおうか!」


 相当お腹が減ってたのか、ソウ、メクル、ライアの三人は早速目の前の食事に手をつけようとしていた。


 名門の魔法士養成学校というだけあって、ここの食堂はかなり立派な作りになっている。広さは下手したら全校生徒が入ってしまうんじゃないかって感じるぐらい広く、内装もすべて木材で出来ているためかなり風情のある場所になっている。


 ただ、何と言っても最大の特徴はそのメニューの豊富さだ。食堂の中にはいくつかブースがあり麺類やご飯物など料理の種類によってブースが分かれているんだけど、どれだけマイナーな料理であっても探せば必ずどこかのブースには置いてあるのだ。


 ただどうしても気になる事があって、種類が多いのはありがたい事なんたけどどこからそんだけの食材を調達してるんだろう……?


「お前らちょっと待て……」


「「「っ……!」」」


 だからこそ、普段は来ることが無いここの料理を今すぐにでも食べたいって気持ちはすごく分かる。俺もすぐにでも目の前の食事に手を付けたい所だ。ただ、その前に一回ツッコんどかないといけない事があるだろ。


「フェレライさん、それ本当に全部食べるの?」


「くっ、触れやがったか……」


 俺の言葉に対して、ソウはさっきまでのテンションはどこに行ったのかと聞きたくなるぐらい小さな声で言葉を漏らした。


 まあ、気持ちは分かる。あんまり女の人の食事の量について触れない方がいいってのは聞いた事があるし、その上俺たちは今日が初対面だからそこまで関係が深くなってる訳じゃない。そんな中であんまりぶっ込んだ質問はしない方がいい。だけど、さすがにこの量は聞いておいた方がいいだろ。


「えっ、そうだけど……?」


 俺の質問に大して意味が分からないという反応を見せたフェレライさんの前には言葉通り、溢れんばかりの食事が並んでいたのだ。


 今彼女の前には、カレーライスにオムライス、ステーキ、ハンバーグ、グラタン、パスタ、シチュー、チャーハン、そしてサンドイッチが並んでいた。どう考えても人一人が一回の食事で摂取する量じゃないし、どれだけ軽く見積もっても成人男性が2日で食べるぐらいの量はあるだろ。


「その量を……?」


「……えっ、そんなの当たり前だろ。いいかいリンドウ君、食べ物を粗末にしてはいけないなんて小さい子供でも分かるぐらいの常識だぞ?」


 いや、こんな時に常識を語られても目の前の状況が常識外すぎるから困るんだけど!


「……もしかして、フェレライさんって結構ご飯を食べる人なの?」


 俺が触れた事によって聞きやすくなったのか、俺の隣に座っていたクララさんも目の前に座っているフェレライさんに食事について聞き始めた。


「えっ……ああ、そうだね。たしかに僕は普通の人より食べる量が多いかもしれないかもな」


(((いや、少しってレベルじゃないだろ(でしょ)……)))


 クララさんとドリアド以外の全員が心の中でツッコんだ。


「あ……そ、そうなんだ。……ちなみに、何でそんなにご飯を食べる様になったの?


 そしてツッコミはしなかったもののフェレライさんの言葉に一瞬戸惑いを見せたクララさんは、次にその食欲の多さについて尋ねた。


 正直に言ってかなりいい質問だ。例え裕福な貴族の家で生まれ育ってたとしても毎日これだけの量を食べてたんなら食費がえげつない事になるし、そもそも普通の人間がこんな大食いになる訳がない。クララさんが聞かなかったら俺が聞こうと思ってた事だ。


「そうだな……多分僕のお父さんの影響かな」


「フェレライさんのお父さんはそんなに食べてたの?」


「ああ、お父さんの食べる量に比べたら僕なんてまだまだ可愛い物だよ」


「「「「えっ、可愛い……?」」」」


 フェレライさんの思わぬ言葉に、今度はクララさんまでもが声を漏らした。


 ていうか食欲の理由を聞いてたはずなのにもっとヤバい情報が出て来たんだけど。えっ、これでも可愛い物なの? 一食で成人男性の二日分の量を食べようとしてるんだよ? 何をどう取っても可愛いの域を超えてるでしょ。どうなってるんだよフェレライさんのお父さん、逆に見てみたいわ。


「フェレ氏、可愛い物って……お父さんはどのくらい食べていたのであるか?」


「そうだね……う〜ん、大体今の僕の5倍ぐらいかな?」


 えっ、5倍!? このとんでもない量のさらに5倍も食べてんのかよフェレライさんのお父さん! 本当に人間かよ!?


「な、なるほど……。一回でそんなに食べれるなんてフェレ氏のお父さんは凄いのであるな」


「うん、自慢の父親だったよ」


 えっ、このタイミングでそのセリフは大丈夫か……? お父さんを誇らしく思ってるのは立派な事だけどこのタイミングでそれ言っちゃうとたくさん食べるからそう思ってるって事になるぞ……!


「……あれ、リンドウ君?」


 すると突然、俺の後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「えっ、なに!? 誰!?」


「えっ……!?」 


 フィンラルさんの父親に驚いてる途中だった事もあってか、俺は勢いよくその声に対して振り返った。


 だって、こんなタイミングで話しかけられたらもしかしてフェレライさんのお父さんなんじゃ無いかってちょっと思っちゃうじゃん。そりゃこんな振り返り方するって。


 でもその動きが予想外だったらしく、後ろにいた声の主は俺と同じように驚いた声を上げた。そして誰だろうと思いながら徐々に視線を顔の方に移すと、そこにあったのは俺がかなり見知った顔だった。


「あっ、イリーネか……! 悪い悪い、ちょっとビックリしちゃってな」


 俺の後ろにいたのは、この前も昼飯を一緒に食べたばかりのイリーネだった。どうやら今日のイリーネは俺たちと同じように食堂で食べる事にしたらしく、彼女の後ろをよく見たらそこにはフィンラルともう一人、俺が今まで話した事のない女子が昼飯を持ちながら立っていた。どうやらこの三人で食べようとしてたみたいだな。


「珍しいわね、あなた達が食堂で食べてるなんて」


「ああ、まあな。フェレライさんの案内のついでに今日は食堂で食べようって事になってな」


「フェレライ……?」


 俺の口から出た聞き慣れない名前にイリーネは首を傾げた。


 フェレライさんは今日転校して来たばかりだからいくらイリーネでも名前を知らないのは無理もないか。


「初めましてイリーネ様、今日からこの学園に通う事になったフィンラル・ローラルです。よろしくお願いします」


 そしてその事に気付いたのか、フェレライさんは両手に持ってたフォークとナイフを一旦置いてから席を立って自己紹介を始めた。


 その口調は今日俺たちが聞いてきたどこかイケメンじみた物では無く、しっかりと目上の人に対して使う礼儀の正しい物だった。


「ああ、あなたが例の……! ええ、こちらこそよろしくねフィンラルさん。ただ、私相手にそこまでかしこまる必要は無いわ。むしろ普通に接してくれた方が嬉しいかも」


 ただやはりと言うべきか、同級生にかしこまった話し方をされるのが苦手なイリーネはフェレライさんに普段通りに過ごす様に頼んだ。


 そんなイリーネの言葉が嬉しかったのか、フェレライさんは顔に大きな笑みを浮かべた。


「あっ、そうなのかい? それはありがたいな、じゃあ僕の事もフェレって呼んでくれると嬉しい。何故か何人かは呼んでくれないけどね」


「「「うっ………………」」」


 フェレライさんの言葉に俺とソウ、そしてクララさんは言葉を詰まらせた。そう、彼女の事をすでにフェレやそれに似た愛称で呼んでいるライア達に比べて、俺たちはまだフェレライさんの事を愛称で呼べて無かったのだ。


 まだそう呼べてない原因はいくつかあるけど、やっぱり一番大きいのは最初の数回ぐらいを『フェレライさん』って呼んでしまった事だ。そのせいで呼び方を変えるのが恥ずかしくなってしまって、そこからズルズルと時間が過ぎて余計に変えづらくなっているのだ。


 いわゆる小さな子供によく見られる母親の呼び方を変えようとする時の恥ずかしさを俺たちは味わっているのである。


 一応ライアも一時間目辺りでは俺達と同じように『フェレライさん』って呼んでたんだけど、いつの間にか呼び方が愛称に変わっていた。


「ふふっ……そうね、是非そうさせてもらうわフェレさん。ところで…「……ねえ、イリーネ」


 フェレライさんが誰の事を言っているのか悟ったイリーネは少し控えめに笑い、そこから会話を発展させようとしたがそんな彼女の後ろから声が聞こえて来たためそれを中断した。俺の所からハッキリは見えないけど、どうやらその声の主によって袖も軽く引っ張られてるらしい。


「ん? どうしたの、シリス?」


 その声の主の名前を呼びながらイリーネを用件を尋ねた。


 イリーネを呼んだのは、彼女が俺達に声を掛けて来た時に後ろに立っていた少女だった。


 彼女の身長は平均より小さく小柄な体型だが、キリッとした目元を含めたその端正な顔立ちからどこかクールな印象を受ける。……いや、彼女からそんな印象を受けたのは彼女の肩の辺りまで伸びている髪も原因なのかもしれない。彼女の水色の髪の毛は例えるなら綺麗な湖と同じ様な色をしていて、それが彼女のクールな印象を引き立たせていたのだ。


「……イリーネ、私この人たち知らない」


「あっ、そういえば試合でしか会った事無かったんだっけ?」


「……うん」


 そのシリスと呼ばれた少女は、イリーネの確認に少し恥ずかしそうに頷きながら返事をした。


 声は小さく言葉も少なかったから俺には彼女が何を言いたいのか分からなかったけど、どうやらイリーネはそんな彼女の意図を理解したらしくシリスから俺達に視線を移してこう続けた。


「そうね、それじゃあ一応紹介しておくわ。彼女はシリス・レティシア、私やフィンラル君と同じ『栄光の世代』の一人よ」

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