エピローグ『百合冒険者、開拓を続ける。』
はい、如月でございます。これにて百合開拓は完結です。短編に仕上げようと思っていたので走ってしまいました。もっとスローライフ感を出したかったですね、本当にそこが心残りです。
「ルゥちゃん、始めたみたいだね。」
ルルが単身突撃し、戦闘を始めたその少し後方にて、クローデットは限りなく気配を消して潜んでいた。クローデットの役目は仲間のワーヴォルフを助ける事なので、戦闘には参加する事なく唯々気配を消して前進していた。
「わたしも役割を果たさないと。」
そう一人気合を入れ、真剣な表情で目の前の蔓の生えた植物に対して魔法を掛けた。
「お願い、手伝って欲しいの。」
その願いに応えるかのように蔓が動き始め、瞬く間にワーヴォルフの居る方へと飛ぶように奔って行ってしまった。これはクローデットの得意魔法の一つ。植物操作魔法である。本人は操作しているのではなく、植物にお願いをしてそのお願いを聞いて貰っているだけだと話しているが。それでもこの魔法を使わせたらクローデットの右に出るものはそうは居ないであろうと言う程の強力な魔法になっている。
「他に手伝ってくれる子は……あ、ありがとう。貴方も手伝ってくれるのね。じゃあ、わたしを連れて行って。」
魔法を発動中に更に魔法を重ね、大きな葉っぱ―――人一人乗れる程の大きさの葉っぱ―――を持つ植物に操作魔法を掛けた。これによりクローデットは葉っぱと共に高速でワーヴォルフの下へと到着する事が出来た。
「助けに来たよ。」
先に伸ばしていた蔓がワーヴォルフを縛っていたロープを解き、口に結ばれていた太めのロープも同時に解いていた。
「意識はないか……でも、息はある。うん、無事だ。」
先程までここで戦っていた筈のルルと海賊達は居ない。正確には海賊の子分達は見かける事が出来るが全員が気絶している。恐らく、ルルが作戦通りに海賊のボスを引き離したのだろう。
「手伝ってくれてありがとう。あなたの方はごめんなさい、もう少しだけ付き合って。……よし、わたしの方は作戦完了。ルゥちゃん。後は頼んだから。」
小さくそう言葉にして、クローデットはワーヴォルフと共に葉っぱに乗ってこの場を離脱した。
「っは!」
「ふぅうん!!」
ルルが振るうナギナタをカシラが受け止め、カシラの斧の斜め振り下ろしをルルが綺麗に受け流してその衝撃を逃がしつつ距離を取った。
「あんた意外とやるね。なのにどうして海賊なんかになったんだい。」
「あぁ?海賊”なんか”じゃねぇ!俺ぁ海賊に命と誇りを掛けてんだ。おめぇらみたいに国に媚び諂って生きてる様なクソみたいなやつらに言われたかねぇよ!!」
叫びながらカシラが斧を投げる。その斧をルルがジャンプで躱すと斧はルルの遥か後方まで飛びそのまま地面に突き刺さった。
「唯一の武器を投げるなんて、馬鹿じゃないの?」
「馬鹿はどっちだろうな、っとぉ!!」
カシラが威勢よく左手を前に出し空中のルルへ向けて小さな火の玉を発射した。
「は!?あんた魔法も使えるの!?器用な奴だ!!」
空中にいる所為で咄嗟に体勢を立て直し辛く、既の所で躱したが服の一部が焦げてしまった。
「甘いぜお嬢ちゃんよぉ!!」
左手を下げると同時に右手を前に出し、今度はルルではなく、飛んでいった筈の斧の方へと手を向けた。
「さぁ、戻って来な!!」
「げ、そんな器用な事も出来んのあんた!!」
カシラの言葉と共に突き刺さった筈の斧が浮かび上がり、そのままカシラへ向けて一直線に飛び始めた。
「本当に器用な奴だなあんた。」
ルルがジャンプ地点よりも少し右手にずれて着地をしながら感心したようにそう口に出した。
「そりゃどう、も!」
カシラがにやりと笑い、斧が戻り切る前に右手を左へと振った。すると斧もその動きにつられるかの様に左へと飛び始め、ルルの右脇腹を狙い始めた。
「は!?」
ルルは慌てながらもその斧を華麗に躱し、その斧へナギナタの一撃を加えた。その衝撃で斧は地面に叩き落され、刃が地面に再び突き刺さった。
「いやぁ、あんた海賊やめて正規の騎士にでもなりなって。絶対に出世できるよ。その強さを正しく使いさえすればね。」
「残念だが、これが俺にとっての正しい使い方だ。」
漸く戻ってきた斧を手に取り、カシラがにやりと笑った。
「いやほんと、面倒な奴が来たもんだ。」
少し溜息を吐きながら、ルルは肩を回した。
「じゃあ、少しだけ本気と行きますか。」
そう呟くようにルルが口にしたと同時、ルルの体内から魔力が溢れ始めた。
「光栄に思いな?あんたはこのルテンのルルの本気の一割を引き出したんだから。」
「あ?何を強気になって……」
カシラが何かを発そうとしたが、口が、声帯がそれを許さなかった。喉が開かない、呼吸が出来ない。空気はある。にも拘らず、それを吸う事を体が忘れているかのように感じる。意識して呼吸をしようとしても意識の殆どを目の前の者の動きに奪われてしまっている。まるで自分の目の前の世界が停止したかの様に、スローモーションに感じられる。だが、体は動かない。意識だけが先行している。目の前で行われている動きから目を、意識を逸らす事が出来ない。
「ホコモリ流ナギナタ術。ナガレ。」
ルルがそう呟くと、カシラの意識からルルの存在が消えた。正確には意識だけが鋭くなっていた筈のカシラの意識ですら認識出来ない程の速度で走り、カシラの背後にナギナタを振りぬいた姿勢で立っていた。そしてその数瞬後、カシラの胴体の左脇腹から右肩へと深い傷跡が入り込み、その直後に、カシラから大量の出血が発生した。
「ぁ、が、っぁあ……?」
何が起こったのか理解できないと言った顔でカシラは血を吹き出しながら背後のルルの方へと振り向き、そのまま地面に倒れこんだ。
「あんたは殺しやしない。けどその傷はこれから先消える事は無いだろう。その傷を見る度に私の事を思い出して、此処に……ペルマナント王国領土内に攻め込まない様にしな。そうしたら死ぬ事は無いだろうさ。」
そう話しながらルルはカシラに身体活性化魔法を掛けた。すると切られた傷は目に見える速度でふさがっていった。
「こうしとけば死ぬ事は無いさ。後はあんたと子分共の事を縛って今度来る商船に引き渡すだけだ。」
ルルはそう言いながら海の方を眺めた。海の様子は普段通り、何事も無かったかのように波が寄せては返していた。
「助かりました……」
「無事で何よりだよ。流石クロ、作戦通りだね。」
海賊を難なく壊滅させ、その全員を縛り上げたルルはそのまま引きずりながら自分達の拠点へと海賊を運びクローデット達と合流していた。
「ルゥちゃんこそ無事で良かった。流石だね。」
クローデットは攫われたワーヴォルフを奪還後、直ぐに拠点に戻ってきて仲間のワーヴォルフ達にその無事を報告していた。その時はまだ意識を失っていたがクローデットの植物操作魔法で島に自生している薬草から成分を少しだけ貰い即席回復薬を作成し、それをワーヴォルフに飲ませた所直ぐに目を覚ました。どうやら怪我等は殆ど無く、ただ睡眠薬で眠らされてしまっていたようだった。
「本当に、なんとお礼を言えばいいか。」
「気にしないで。わたし達はこの島に住む仲間だもん。ね、ルゥちゃん。」
「あぁ、そうさ。皆が居ないと私達はこの島の開拓が全然捗ってなかった筈だからね。今回の件はその日頃のお礼もかねてって所かな。」
ルルがそうニカっと笑うと、ワーヴォルフ達も少し安心した様に表情に柔らかさが戻ってきた。
「さて、この海賊達もこれから商船が来るまでの間はどうにか世話しないとな。殺したくはないし、かといって自由にさせるのも面倒そうだしなぁ……どうしようか。」
「あ、あの。」
ルルが頭を悩ませていると捕らわれたワーヴォルフがおずおずと手を上げ、ルルに意見を出そうとした。
「ん、どうしたの?」
「あ、あの、その。この人達の世話は私に任せて貰っても、良いでしょうか。」
少し気まずそうに、そのワーヴォルフがそう提案して、その意見を聞いたルルが少しだけ悩み、そして頷いた。
「良いよ。けど、貴方は大丈夫なの?」
「は、はい、その。頑張ってお世話します。ご飯とか、頑張って作りますから!」
「いや、作るのは私がまとめてやるけどさ。」
気合を入れてそう返事をしたワーヴォルフにルルがすかさず言葉を続け、ワーヴォルフは少し意気消沈していた。
「……どうしてそんなの世話をしたがるの?復讐とかしたい?」
「い、いえ!そうではなくて……私、意識を失う前にあの人達の話を聞いていたんです。そうしたらなんだかこう、悪い人達では無い様な気がしてきて。それで、それで、あの人達の事をもっと知りたくなったんです。」
少し言葉を選びながら、しかししっかりとした意思の下ワーヴォルフがそう答えた。それを聞いたルルは少し驚いて、しかし直ぐににやりと笑ってから何度か頷いた。
「そっかそっか。面白いねぇ生き物ってのは。……じゃあ、ちゃんと殺さないように世話してやってね。」
「は、はい!」
嬉しそうに両手を上げるワーヴォルフを尻目にクローデットが不安げにルルに囁いた。
「大丈夫かな。」
「大丈夫だと思う。もし不安ならクロの魔法で頼める植物に監視任せといても良いかもね。多分杞憂になると思うけど。」
ルルの達観した様な発言にクローデットは少し首を傾げ、それでもルルが大丈夫だと太鼓判を押したのだからその言葉を信じる事にした。
海賊を撃退してから一か月弱、丁度この日は商船がこの島に到着する予定だった。
「いつ来るかな、船は。」
「まぁ、直に来るよ。……っと、噂をすれば、だ。」
海岸にてクローデットとルルが並んで海を見つめ、商船の到着を待っていた。この日は少し普段と違う事もしないといけなくなっていたので、二人そろって少し落ち着かなかったのである。
「おーい!」
無邪気に手を振るクローデットの姿を見つけ、商船の乗組員が二人へ向けて手を振り返したのがルルの目には見えた。恐らくクローデットにはまだ確認できていない程の距離ではあるが。
「今手を振り返してくれたよ。」
「本当!?ふふ、おーい!!」
ルルがそう告げるとクローデットは笑顔になり更に大きく手を振り始めた。その姿を横から見つめるルルはクローデットのそんな無邪気さに堪らない愛おしさを感じていた。
「クロは本当に可愛いな。」
「な、何突然!!……ありがと。」
唐突な誉め言葉にクローデットは驚き、俯きながら小さくお礼を口にした。その姿を見てルルはまた愛おしさを噛み締めるのだった。
船が無事に島に到着し、商船の船長が真っ先に降りてきて二人に駆け寄った。
「お久しぶりです、二人とも。」
「久しぶり、船長。」
「お久しぶりです船長さん。」
握手と共に笑顔で挨拶を交わした三人。続いて乗組員も船から降り、積み荷の一部を降ろし始めた。
「今回は前回の時に頼まれていた物を持ってきましたよ。島で取れそうにない調味料と調理油。そして農具一式とこの、調理油を作る為の小型搾油機です。」
船長が手に持っている紙をルルに手渡しながら確認する様に一つ一つ読み上げていった。
「おおぉ、本当に良い物を持って来てくれた……ありがとう船長。これでここでの生活がまた一段と潤うよ。」
船長が見せてくれた紙を見ながら、ルルは感動に震えていた。ルルは揚げ物料理が結構好きだったりするのだが、此処に来てからただの一度もそういう類の物を食べていないので少し寂しいと感じていた所だったのだ。
「後はお二人に注文されていた今の服と同じ服を十着ほど。でも本当に同じ服で良いんですか?」
「良いの良いの。私達はこの格好が気に入ってるから。」
「この服はあくまで冒険者としての服ですから。依頼を受けている間はお洒落は二の次、です。」
三人がそう話をしている間に乗組員が積み荷を降ろすのを終わらせたらしく、遠くから「船長ー!」と呼ぶ声が聞こえてきた。
「お、今日はあいつらよく働いたな。後で旨い酒でも出してやるか。」
「あ、船長。これ、現在の開拓状況の詳細報告書。ヘイカ様にしっかり届けといて。」
ルルが丸めて紐で結ばれた紙を船長に手渡し、船長はその報告書をしっかりと受け取り、腰に装着してある筒の中に確かに仕舞い込んだ。
「それと今回は一つ報告が。」
「はい?」
筒を再び腰に吊るし、ルルの方を見る船長。ルルは少しだけ話し辛そうに頬を掻いた。
「えっとね、この島を開拓する仲間が増えた。」
「……はい?」
「カシラさん、其処の木材はこちらにお願いします。」
「あいよぉ!!てめぇらも手ぇ休めんなよ!!」
「「へーい!!」」
島の内部、少し開けた所で海賊とその海賊の世話をしていたワーヴォルフが仲良く木材を運んでいた。何故こうなったのか。それは海賊がルルによって壊滅させられた後の話。世話役を任されたワーヴォルフはこの海賊達の世話をとても献身的にしていた。最初こそ全く取り付く島もない対応で、食事すら食べようとしなかった海賊達だったのだが、あまりに空腹を我慢しすぎて海賊の子分達が次々と倒れ始めた。そしてそれを見かねたワーヴォルフが我慢出来ずに半ば無理やりカシラに食事を食べさせて、その姿を見た子分達も我慢出来ずに食事を少しずつ摂り始めた。そしてそのまま段々と心を開き始め、いつの間にかこの島とここに住むワーヴォルフ達に強い愛着が出来てしまった様だ。なので少し前にカシラがルル達と世話をしてくれていたワーヴォルフに土下座をして、此処の開拓の手伝いをする事で許す、と言う契約を結んだのだった。
「ここで良いか、ユーリ。」
「はい、大丈夫ですよカシラさん。ありがとうございます。」
ユーリ、と言うのは世話をしていたワーヴォルフの名前だ。この名前も元々の名前ではなく、海賊達がワーヴォルフに名付けた一つの呼び名であるのだが、ユーリ自体はこの名前をとても気に入っている様で、ユーリと呼ばれる度に嬉しそうに返事をしていた。因みにカシラは海賊になった時点で自らの元の名前を捨て、海賊の親玉となった時点でカシラ以外の名前も捨てたらしい。
「カシラさん、次はあの木材もお願いします。」
「任せときな!!」
どんと自らの胸板を叩き、軽々と木材を持ち上げるカシラの姿をユーリは羨ましそうに眺めていた。ユーリは穏やかな性格のワーヴォルフ達の中でも特別に優しく、また少し弱くもあった。なので体格も大きく、力もあるカシラに憧れに近い何かを感じている様だ。
「ここの木材を運ぶのが終わったら次はあちらの方もお願いしますね。」
「おう!」
カシラが土下座をして、許しを請うた時。このユーリも共に頭を下げていた。「自分はそんな酷い事はされていない。だからこの人達を許してあげて欲しい。」と。その恩があるおかげか、カシラ達海賊はユーリの言葉には必ず従う様にしている。そしてルルの言葉にも恐怖から従う様にもしていた。
「皆さんが手伝ってくれる陰で、此処も一気に進みましたね。」
「まぁよ、此処は完成したら俺達が住んで良い事になってるんだもんな。」
そう、今海賊達が作っているのは海賊達の新住居である。今の所海賊達は残念ながら野ざらしにされたまま夜に眠っているので、早いうちに完成させておきたいと言うのも本音だった。
「俺は頑丈だから良いんだがよ、子分共の中にはちょいとひ弱な奴もいてな、そいつが倒れちまう前にはガワだけでも完成させたい所だ。」
「ふふ、カシラさんは優しいんですね。」
ユーリの言葉にカシラが驚き、顔を逸らした。
「っは、あいつらは俺にとっちゃ家族だ。子供みたいなもんさ。親代わりの俺が出来る事って言やぁこんな事位ぇだからよ。」
気恥ずかしそうに話すカシラを見てユーリは再び笑っていた。
「いやぁ、馴染んだねぇ。」
「馴染んじゃったねぇ。」
カシラとユーリのやり取りを遠くから、クローデットとルルが眺めていた。既に商船は去り、二人は運ばれた物資の確認も早々に済ませてユーリ達の様子を見に行こうとしたのだが、その途中であまりに二人の雰囲気が良いものだから距離を置いて覗いてみようと下世話な考え持ってしまったのだった。
「どう見る?」
「そうだね、ユーリは意外と積極的だから多分カシラが尻に敷かれると思う。」
等と勝手に将来の想像をしているとカシラが二人に気が付いた様で、主にルルの事を睨みつけていた。
「おぉこわ。さ、行こうか。」
「うん、開拓はまだまだ終わってないからね。」
二人はユーリ達の居る方へと歩き始めた。これから先もこの島の開拓は進んでいくだろう。順調にか、はたまた想像を絶する程の苦労があるかは分からない。だが、もしも何かが起こったとしてもこの二人と、そしてこの島に住む仲間達の力を借りればどんな困難も乗り越えられると二人は信じていた。
いかがでしたでしょうか。前書きでも話しました通り、これで一応の完結とさせていただきます。続きはもしかしたら書くと言うレベルです。しかしファンタジーと言うものは難しいですね。しかし、だからこそ本当に面白い。今回は少しだけ自分の中の考えが変わったかなと感じました。