第三話 『救世主』現る
『! 京也』
「……ああ、僕も感じた。やっぱり、二人だけで帰すべきじゃなかったか」
「どうしたんですか? 店長?」
「悪いけど、今日はもう店を閉める。客は全員、追い出してくれ」
「え? はい。分かりました。どっちにしろ、今日は商売になりませんものね」
『京也。分かっていると思うが、フォルティオスを逃がすなよ。
アレは大事な『星の救世主』。
星の秘蔵っ子が、自ら飛び込んで来てくれたのだ。他所に渡すわけにはいかん』
「そっちも分かってる。あの子達は守る。
けど、君にも、君達にも不都合になるようなことはしないし、ならないよ」
『結構。お前のそういうところを、私は信頼している。
……急げよ。白い小僧の気配とは別に、何やら臭い。獣の匂いがする』
「襲撃者の方にもリンカーが関わってるってことかな?
僕も、覚悟を決める。
だから『その時』には君も頼んだよ」
『任せるがいい。
お前はしっかり『星』の首に鈴をつけろ。我がマスター』
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
本当に襲われる、とまでは実は思っていなかったけれど、人の多い所を、二人で注意して歩いていたつもりだった。
なのに。
気が付けば私達は路地の暗がりに引き込まれ、見るからに怪しげな男達に取り囲まれていた。
「な、なんだ。お前ら!」
雄太は私を護るように手を広げ、背後に庇ってくれている。
でも、多分意味がないことは分かっている。
人数が違いすぎる。
こっちは二人なのに、向こうは成人男性が十人近く。
一人残らず、昏い眼差しを私達に向けていた。
その中の一人が、一歩前に進み出て、私達に向けて手を差し出した。
「カードを……渡せ」
「え?」
「『アナザーワールド』のレアカード、だ。お前達が持っていることは、知っている。
渡せば、すぐに解放してやる」
少しくぐもった声が、そんな命令を紡いだ。
どこか不思議なイントネーションだと感じたのは、偏見かもしれない。けれど、周囲の男達の騒めきが言葉として聞き取れないことを鑑みても、闇仕事に従事する外国人とか、そんな人達ではないだろうか。
そんなことを逃避するように思いながら、私は二つのカードケースが入った鞄を抱く腕に力を籠める。
やっぱり、この人達の狙いは『フォルティオス』だ。
「誰がお前らなんかに渡すかよ! 逃げろ! 美空!」
「女の方だ!」
「雄太!」
雄太は持っていた肩掛け鞄を大きく振り回し、私を逃がそうと隙を作ってくれた。
でも、逃げられない。
逆に、男達がわらわらと私に群がってくる。
「きゃああ!」
「美空!」
腕を掴まれ、鞄を奪い取られてしまった。
カードケースが零れ、地面にカードがばら撒かれる。
「馬鹿! カードを傷つけるな!」
リーダーらしい男の叱責に、他の男達が血眼になってカードを拾い始める。
雄太が作ってくれた、私のデッキ!
フォルティオスが持って行かれてしまう!
「やめて! 私のカードに触らないで!!」
でも、そんな願いは届かない。
逆に、手首を握る男の手に力が籠る。
「うるさい! 黙れ!!」
「きゃああ!」
私はそのまま建物の壁に叩きつけられた。
雄太も羽交い締めにされて、身動きが取れない。
「カードを手に入れたら、手荒なことはするなと言われている。だが、騒いで抵抗するようなら、お前もただじゃおかないぞ」
「嫌っ! やめて!!」
血走った顔で男は私を睨み、覆いかぶさってくる。
「美空!」
「雄太!」
叩きつけられた悪意と、男の重さが怖い!
ヤダ! こんなの!
「だ、誰か、誰か、助けて!」
そう叫んだ、正にその時。
『大丈夫。任せて』
足元から、そんな声が聞こえた気がした。
「な、なに?」
同時に、白銀の光が弾ける。
薄暗い路地裏に、流星が落ちたかのよう。
眩しさに目が眩んだ。
そして。
瞬き一度。
刹那と言えるほどの瞬間の後、気が付けば。
「あっ!」
私を押さえつけていた重みが消える。
黒い服を着た男の身体が崩れるように倒れ伏し、代わりに、白い長衣に包まれた大きな背中が現れていた。
「怪我はないかい? マスター?」
「え? あなた……は?」
「少し待っていて。彼らを片付けるから」
低めのテノールが響いたと同時、黄金の光が微かに、でも確かに動いた。
次いで耳に届いたのは、いくつかの呻き声と、枯れ木が倒れるような乾いた音。
「ちょっと眠ってもらった。しばらくは目覚めないと思う。
僕としては、マスターを襲ってくるような相手なら遠慮しなくていいと思うんだけど、ここは『アナザーワールド』だからね」
振り向いた人物が私に向けた笑顔は、あまりにも鮮やかで眩しい。
星の光を紡いだような金髪。
長身でしなやかに見えるけれど、たっぷりとした白銀の長衣の上からでも、鍛え上げられた戦士の肉体が感じられる。
私達より、ちょっと年上?
でも、向けられた笑顔は人好きのする、子どもっぽいもので、威圧感とかは感じない。
彼のことを、私は、多分知っている。
「『フォルティオス』?」
「そうだよ。僕のリンカー。いや、マスター」
この時のことを思い出すと、よく問えた、と思う。
雄太は完全に声を失っていた。
私もビックリはしているんだけど、間違いなく。
でも、こんなマンガか小説みたいなことがホントに起こるんだ、と。
我が事ながら、他人事のように冷静に思えて、逆に頭が冷えたというか、なんというか。
足元には、奪われたデッキのカード達が散らばっていて。
その中で、一枚のカードが虹のような燐光を煌めかせ、宙に浮かんでいる。
『星の救世主 フォルティオス』
カードゲーム『アナザーワールド』のメインヴィジュアルキャラクター。
ゲームの中では本来、初版にしか入っていない強力なネームカードだと、雄太は言っていたっけ。
そして今、私の目前に、カードと同じ姿をして満面の笑みを浮かべる超絶美形の青年剣士が立っている。
カードの中から彼が出て来たとか、実体化したとか。
本当にマンガかアニメとしか思えないような状況を、私は不思議に納得し、受け入れていた。
だから。
少し安堵し、気が抜けていたのだとは思う。
「く、くそっ! このままで終われるか!」
「きゃあ!」
「美空!」
ドン、と強い衝撃と共に、私は押し飛ばされてフォルティオスの足元へ。
そして気が付けば、雄太が男に背後から羽交い締めにされていた。
私を庇ってくれたのだろうか?
「噂には聞いていたが、こんなもんを見せられちまったら、手ぶらでなんか帰れねえ」
男の血走った眼は変わらないけれど、見ているものは、もう私ではなかった。
現実にはあり得ない奇跡。
私を引き寄せ、庇ってくれる白銀の騎士、フォルティオスだ。
「寄越せ! そのカードを! それがあれば、俺だって!」
「マスター。ごめん。油断が過ぎた。今、助け……!」
ため息に似た吐息を落とし、彼は雄太を助けようとしてくれたのだと思う。
でも、次の瞬間、フォルティオスが見たのは私でも、雄太を捉える男でもなかった。
「……やっぱり、か」
「誰だ!」
フォルティオスの誰何の声に『彼』は応えず、代わりに『誰か』へ呼びかけた。
「シエロ。『呪縛の印』」
『了解した』
「え?」
路地の入口。
暗がりに慣れた目には逆光になってよく見えないけれど、私は安堵した。
この声を、私は知っている。
『アナザーワールドに舞う星の力達。
汝らの理を知る蒼の名において命じる。愚者達に戒めの鎖を!』
「ぐああああっ!」
彼ではない、別の誰かが紡いだ呪文詠唱と共に、蒼い光が放たれたのが見えた。
光は、男に蛇のように絡みつく。
そして、雄太を羽交い締めにしていた男は悲鳴を上げ、地に伏した。
彼から何かが抜き取られるように見えたのは、気のせいだろうか?
「マスター! 気を付けて!」
「フォルティオス!」
束縛から解放された雄太が駆け寄ってくる。
男が崩れ落ちると同時、フォルティオスは私達を庇うように前に立ち、剣を構える。
そういえば、さっきの男達を相手にした時には、剣を出していなかった。
より手強い相手だと、彼は見たのだろうか。
でも……。
「多分、大丈夫。剣を下ろして」
「マスター?」
私はフォルティオスの背に手を触れ、一歩前に進み出た。
呼吸を整えて、声の主に問いかける。
「助けに来て下さったんですか? 店長さん」
「ああ。遅れてすまない。無事でよかったよ、美空ちゃん」
嘘偽りのない安堵の笑みで、私達を見つめる店長さん。
その手には、不思議な色合いを放つ蒼銀のカードが握られていた。




