第一話 超レアカード(?)との出会い。
新作です。どうぞよろしくお願いします。
今日だけ 8時、12時、16時、20時 公開です。
その後は毎日8時10分に公開します。
「逃げろ! 美空!」
「雄太!」
引き込まれた路地裏。
突然、襲い掛かってきた男達。
私を庇おうと雄太は立ちはだかってくれたけど、人数が違いすぎる。
「だ、誰か、助けて!」
そう叫んだ、正にその時。
目の前に白銀の光が弾けた。
そして。
瞬き一度。
刹那と言えるほどの瞬間の後、気が付けば。
私達の前に、突然、白い長衣に包まれた大きな背中が現れていた。
「怪我はないかい? マスター?」
「え? あなた……は?」
「少し待っていて。彼らを片付けるから」
低めのテノールが響いたと同時、黄金の光が微かに、でも確かに動いた。
次いで耳に届いたのは、いくつかの呻き声と、枯れ木が倒れるような乾いた音。
「ちょっと眠って貰った。暫くは目覚めないと思う。
僕としては、マスターを襲ってくるような相手なら遠慮しなくていいと思うんだけど、ここは『アナザーワールド』だからね」
振り向いた人物が私に向けた笑顔は、あんまりにも鮮やかで、眩しい。
星の光を紡いだような金髪。
長身でしなやかに見えるけれど、たっぷりとした白銀の長衣の上からでも、鍛え上げられた戦士の肉体が感じられる。
私達より、ちょっと年上?
でも、向けられた笑顔は人好きのする、子どもっぽいもので、威圧感とかは感じない。
彼のことを、私は、多分知っている。
「『フォルティオス』?」
「そうだよ。僕のリンカー。いや、マスター」
この時のことを思い出すと、よく問えた、と思う。
雄太は完全に声を失っていた。
私もビックリはしているんだけど、間違いなく。
でも、こんなマンガか小説みたいなことがホントに起こるんだ、と。
我が事ながら他人事のように冷静に思えて、逆に頭が冷えたというか、なんというか。
足元には、奪われたデッキのカード達が散らばっていて。
その中で、一枚のカードが虹のような燐光を煌めかせ、宙に浮かんでいる。
『星の救世主 フォルティオス』
カードゲーム『アナザーワールド』のメインヴィジュアルキャラクター。
ゲームの中では本来、初版にしか入っていない強力なネームカードだと、雄太は言っていたっけ。
そして私の目前に現れた、カードと同じ姿をして、満面の笑みを浮かべる超絶美形の青年剣士。
カードの中から出て来たとしか思えない『彼』との出会いが。
私の運命。
『アナザーワールド』の旅路の始まりだった。
『アナザーワールド』
それが私、北条美空が今日、初めて購入したカードゲームの名前だった。
日本発のトレーディングカードゲーム。
何でも、発売からわずか三年で累計販売総数一億枚を突破。
今年発売十年目だけれど、その人気は今も衰えを見せていない。
美麗なカードイラストと、キャラクター同士のバトル。
そして練り込まれた世界設定が面白いと評判で、日本のみならず全世界八カ国にまでその販売圏を広げ、バカ売れしているのだとか。
「今時、リアルなカードゲームから始めるの?」
「まあ、アプリ版もあるけどさ、最初はやっぱり実物のカードからがお勧め。
自分の手でデッキを組んで、目の前の相手の表情を見ながら手の内を読み合う快感は、実際にやってみねえと解らないもんなんだよな」
そう首を傾げた私に、幼馴染で、私をカードゲームショップに連れて来た張本人である富樫雄太は、訳知り顔で言っていたっけ。
「そういうもん?」
「そういうもんなの! とりあえず、最初のデッキ作りは手伝ってやるからさ。
お前も、興味があるならやってみろよ」
そう言うと、雄太は私の手を掴み、ぐいと引っ張る。
慌てて手を振り払うと、頭の後ろで一つに結んだ髪が、馬の尻尾のように揺れた。
「やらない、とは言ってないから。放して! 恥ずかしいよ」
「あ。悪い」
素直に手を放してくれた雄太は、私の横から一歩前へ。
そして先導するように、カードショップの入り口を潜っていった。
私も後に続く。
カードショップに入るなんて初めてだ。
いくつものゲームのポスターが、私達を出迎えてくれた。
『アナザーワールド』のものも、勿論ある。
銀の大剣を構えた金髪の戦士が、何人もの仲間を背に立っている絵が妙に目を引いた。
そういえば、ネットのCMでも見た気がする。
私には名前も何も、さっぱり解らないけれど。
「……おはようございま~す。
店長。今日は大会、無いですよね。
ちょっとパックとシングル見たいんですけど、いいっすか?」
「おや、いらっしゃい。雄太君。今日は可愛い子を連れているね」
日曜日の朝一。
でも、広い店内には、もうけっこうお客さんが集まっているようだった。
「こいつに『アナザーワールド』教えてやるって約束したもんで」
「君の彼女?
カードゲーム一筋かと思った雄太君にも、春到来かな?」
「そんなんじゃないですよ。幼馴染。
『アナザーワールド』に興味があるって言うんで、少し面倒見てやろうと思って」
因みに私はこの時、二人の会話が耳に入っていなかった。
今まで見たことのない店の中に、ちょっと魅入っていたから。
壁や棚にずらりと並べられた、色とりどりのパック。
飾り戸棚の中に一枚一枚並べられたカードは、箔押しやホイル加工が施されていて、眩しいくらい。
「ほら、美空。カードを見るのは後にして、まず挨拶!」
初めて見る世界に驚いて立ち尽くしていた私の手をぐいと引いて、雄太はカウンターの向こうにいる男性に私を示す。
そうだね。初対面なんだから、誰であろうと挨拶は大事。
「初めまして。北条美空です」
「これは、ご丁寧に。この店の店長をしています、成田京也です。よろしく」
レジ裏で仕事をしていたらしい男性は、笑顔で私を出迎えてくれた。
ストレートの長髪が、柔らかい笑顔と共に揺れている。
最近は男性でもあまり珍しくなくなったけれど、絹糸のような黒髪を後ろで一つに縛り、眼鏡をかけている。落ち着いた風貌の、たぶん二十代だ。
「京也さんは『アナザーワールド』の世界ランク十二位。
日本チャンプになったこともあるトッププレイヤーの一人で、俺のカードゲームの師匠だ」
「僕は弟子なんか取らないよ。リンカーはみんな、ライバルで仲間だからね」
眼鏡の下の眼光は、けっこう鋭い。
雄太が言うように、現役バリバリ。
最前線に立つ『戦士』って感じ。
「でも、新人はいつでも大歓迎だ。
特に可愛い女の子が増えると場が華やぐ、なんていうと、今のご時世は怒られるんだろうけど」
店長さんは小さく肩を竦めると、私に目線を下ろした。
背の高い人だな。百八十センチはありそう。
私は百五十五センチだから、頭一つ違う。
「うん。いい目をしてる。良い子を連れてきてくれたね、雄太君」
「そうっすか?」
「カードに好かれて、カードを大事にできる。そんなリンカーの瞳だ」
「あ、ありがとうございます」
普段、あんまり褒められたことがないから、ちょっと照れる。
「あ、でもリンカーって、何ですか?」
「『アナザーワールド』のカードゲームをするプレイヤーのことだよ。
キャラクターカード達とリンクして、その能力を引き出す者、だから『リンカー』ね」
なるほど。
「まあ、とりあえずパックを買ってみろよ。初心者用構築済みデッキは奢ってやるし、最初のデッキ作りも手伝ってやるから。
店長。そういうわけなんで、ストレージ漁ります。
美空のこと、ちょっと見ててもらえますか?」
「了解。
そうだね。えっと、美空ちゃん。カードゲームは初めて?」
「はい。完全に初めてです」
「なら丁度、再販パックが出ているから、それを何パックか買ってみるのがお勧めだ。
好きな勢力は……って言っても、まだ解らないかな」
「勢力? ですか?」
「超能力者が好きとか、魔法使いが好みとか、妖怪に興味があるとか」
話を聞くに、『アナザーワールド』は色々な力を持つキャラクターの力を借りて戦うゲームで、いくつかのグループに分かれているんだって。
「よく解らないですが、中世の騎士とか戦士とかが、人並みには好きかもです。
私が『アナザーワールド』をやってみようって思ったきっかけは、ネットのCMで見た騎士達のPVだったので」
「騎士団のCM……。最新弾のアレかな。
じゃあ、『エーヘルシト』と相性がいいかもしれないね」
「『エーヘルシト』?」
「勢力はそれぞれ色分けされていて、特色がある。『エーヘルシト』は軍隊という意味で、イメージカラーは黄色。その名の通り、王の名の下に騎士や戦士、傭兵とかが戦うグループだ」
ドローだ、チャージだ、などとよく解らないことを言いながら、何やらカードが詰まった箱をがさごそし始めた雄太に代わって、店長さんが説明してくれる。
「他にも、超能力者がメインの白の『ネクサス』、妖怪やモンスターのキャラクターが多い緑『ファンタズマ』とかがあるよ」
「店長さんは何がお好きなんですか?」
「何が、と言うより、僕はキャラ推しかな。
勢力で言うと蒼。魔術師が多く所属する『ソルシア』をよく使う」
「赤とか、ピンクとか黒とかもあるんですか?」
「ピンクは無いけど、赤は神職とか中国の伝説とかがモチーフの『天華』。黒はその名の通り、宇宙からの侵略者『インベイダー』だよ」
色々と覚えることが多そうだ。
覚えられるかな?
「まあ、とりあえずは難しく考えないで。
パックで引いて出た気に入ったキャラクターカードを、それに合わせた構築済みデッキに混ぜれば、使いやすいデッキになると思う。足りないカードは、雄太君がストレージを漁って見つけてくれるだろう。
僕もアドバイスするから、気楽に選んでごらん」
「ありがとうございます」
百聞は一見に如かず。
とりあえず、カードに触ってみようと、心に決める。
「さっきも言ったけど、今始めるなら、再録パックの『星の呼び声』がお勧め。
今のカード環境からは少し遅れているところもあるけど、初心者には必須のキャラクターやスペル、アイテム、使いやすいネームキャラクターも入っているから」
「解りました。そうしてみます」
言われた通り、私は京也さんが示した再録パック『星の呼び声』の箱に手を伸ばす。
一パック四百二十円、税込み。
十五枚入っているというけれど、しがない高校生にはけっこうな大金。今日のところは五パックが精一杯かな?
「ん?」
なんだか、誰かに呼ばれたような気がした。
「雄太? 私のこと呼んだ?」
「はあ? 呼んでねえよ」
「そう……。気のせいかな?」
気を取り直した私はボックスに向かい、前から順番に四つ。そして――
「あれ? これだけ裏返し?」
「あ、ホントだね。前に見た誰かが戻した時に裏返ったのかな?」
「たまにあるさ。工場でボックスに詰める時、向きが入れ違ったやつ」
「あ、雄太。お帰り。そう。なら、これも」
ボックスのいちばん後ろ。
裏返しになっていたパックも引き出して、お金と一緒に店長さんに差し出す。
「お願いします」
「はい。確かに」
生まれて初めて、自分のお小遣いで買った自分のカード。
購入済みのテープを貼られて私の手元に返されると、なんだか少しドキドキする。
暖かく感じるのは、気のせいだろうけど。
「美空。開けてみろよ。ネームカードがあったら、それに合わせてデッキ組んでやる」
「解った」
「雄太君、開けるのは自分でやらせてあげなよ。トレーディングカードゲームの一番の醍醐味はパック開封、なんだから」
「解ってます。ほら」
「うん」
私は慎重にパックの切れ目から袋を裂いて開封し、カードを引き出した。
一パック十五枚入り。
いち、に、さん、と数を数えながらカードを捲っていくと、一枚、他のカードとは見ただけで違うカードが入っている。
「わー、見て下さい。すごく綺麗なカードが入ってた!
なんか、これCMで見たことあるかも!」
「お、いきなり当たりパックを引いたか。どれどれ……! いっ!」
「まさか……『フォルティオス』?」
「な、なんで、そのカードがそこに――――っ!」
私がカードを見せると、店長さんと雄太が一瞬で硬直。いや、凍結した。
ピキンと音が聞こえたかもしれないくらい。
雄太なんて大声を上げた後、震えだし、身動きさえしない。
「フォルティオス?」
彼の絶叫を聞きつけたのか、周囲の人達もなんだか集まってくる。
そして皆、一様に硬直し、あるいは驚きの声を上げていた。
私のカードを見て。
「げ! 嘘だろ?」
「マジでフォルティオスだ。しかもVFバージョン?」
「再販対象に入ってたのかよ」
「リストには無かったぞ!」
「え? 『星の救世主』? β版のナーフ前の奴じゃないか?」
騒めく周囲の人々の驚愕も、雄太の言葉の意味も解らない私の手の中で。
『星の救世主 フォルティオス』
銀の大剣を構えた白銀の戦士は、カードから今にも飛び出さんばかりに、凛々しくも美しい姿を輝かせている。
そして。
パックを手にした時と同じ温もりが。
今度は気のせいではないと解るほど、はっきりと私の指先に伝わっていた。




