序章
「幽霊」、そして「冥界」の存在が現実のものとして、噂された時期があった。
どこかの科学者が、哺乳類の死後に活動が停止した脳から一定時間、ある一定の情報を含んだ電磁波のようなものが放出されているという発表をした。マウスでの実験において、その個体のDNA情報に酷似した情報を含む波が検出されたとのことで、これが人間にも当てはまるのであれば、記憶や性格をそっくり引き継いだ不可視のモノが死後に存在し続ける可能性が大いに有り得る、というのがその論の内容だ。
この話題が出た時、井代隼は中学二年生だった。ニュースサイトでその記事を読んだ時、まず第一に思ったことは、
「ありえないな」
電磁波的なもの、というのが胡散臭かった。だとすれば、それは永続するものではないから、死者たちが集う冥界など存在し得ないし、また性格などが引き継がれた不可視のモノが仮に存在するのであれば、病人を抱える病院では心霊現象が起きまくっているではないか。
結局、この研究は数週間もしないうちに頓挫したらしい。理由は単純で、人間が死ぬ瞬間を観測できないからである。それは人体実験に他ならないとあらゆる方面から抗議があったらしく、その科学者もあっさりと研究の中止を発表。これにて、「幽霊」の正体に迫らんとする科学の刃は、鞘に収められることとなった。
この顛末に井代隼は少しホッとした。
「冥界」とは太古の昔の人々が、死というものを受け入れやすくするために考案した、いつまでも自分であり続けていたいという願望が体系化された概念だ。その歴史は脈々と現在まで続いており、冥界という考え方はあらゆる国、地域で色々な形で残されている。
その歴史の終止符が打たれることを、何となく隼は恐れていた。だから研究の中止の知らせには、自分でもよく分からないがホッとした。
数ヶ月も経つと、隼はこの出来事のことをすっかり忘れていた。
所詮、それだけの与太話だった。あくまで、オカルトの領域を出ない憶測。
ただ、隼の記憶の深くには僅かな断片が突き刺さっていた。
胡散臭い、非現実的な話だと思いながらも、そうだとしたらおもしろい、とどこか期待するような気持ちが、この話題を完璧に忘れ去らせるのを押し留めさせた。
──その残滓のような期待が、いつしか「冥界行」の切符になるとは、当時は思いも寄らなかった。




