40.またね!
ラティアの紹介してくれた教会で休み、疲れを癒し、食べて、眠る。ザンダは市民たちの手でもっと大きな町へ送られたらしい。駐屯軍の指揮権は副官に移り、六人に手を出す者はもういない。
そうして数日が過ぎ、揃って町を出た。
丘を超え、森を抜け、川を渡り、野宿を重ねながら、結界の外周を北東へ回り込む。ユージアがテントの杭を打ち込む傍らカシューが荷解きを手伝い、ミルアは狩りに出かけた。
ユージアが初めてアイレアの結界から飛び出してしまった時、結界への帰り道は四人だった。あの時はカシューもミルアもいなかったから。でも今回は賑やかな帰り道だった。
アイレア大森林を奥へ奥へと進む。前よりも濃い霧の中を、霧喰いたちが何度も走り抜けて行った。
やがて並んで建つ石柱が見えてきた。石柱の間に薄っすら見える、膜のように揺らめく境界線。修復された楔の力が脈打っているのを感じる。
「……着いた」
カシューが短く言った。安堵からか、尾がゆっくりと揺れている。
それからは、しばらく誰も喋らなかった。誰かと目が合えば、微笑みが返ってくる。やがて、リューズがベルトのポーチから革袋を取り出した。少し笑いながら。
金貨の革袋が重みで垂れ下がる。
「Mi redonas ĉi tion. Diru al via estro... homoj ne prenas pagon por helpi kamaradojn.」
ユージアが戸惑いながら受け取る間も、リューズはずっと微笑んでいた。
「さて」
ミルアが腰に手を当てて、ユージアとカシューの方を振り返る。
「無事に帰れるわね。長老にも報告しなきゃ。楔の修復、完了!」
「ああ。帰ろう」
カシューがユージアの肩に手を置く。促すように。
「もう二度とこっちに……」
「あ、でもわたし、来週また出るわ」
「……は?」
カシューが固まる。
「だってジェドが魔人の魔法体系について聞きたいって言うから。エルベスって町に泊まる約束をしたの。あ、帰りのお迎えを誰かに頼まなきゃ」
自分の名前を聞きつけて、ジェドが咳払いした。顔が赤い。
「...Estas pure akademia intereso.」
「ええ、ええ。学術的興味ね」
ミルアの尾がゆらゆら揺れている。楽しそうだ。明らかに楽しそうだ。
「おい待て。一人でニンゲンの町に行くのか?」
「一人じゃないわ。ジェドが迎えに来てくれるもの」
「そういう問題じゃ……」
「カシュー。わたしはあなたよりお姉ちゃんよ?心配するのはわたしの役目。それに、長老が言ってたでしょ。共鳴石の素材はアイレアには無いって。これじゃあ、もったいなくて使えないわ。でもアイレアの外なら素材があるかもしれないじゃない」
カシューが言葉を詰まらせた。ミルアには勝てない。勝てたためしがない。
「Haha... Ĉiam bonvenaj en Elbes. Ni estos tie.」
リューズがユージアを見た。片目を瞑って。
「Ankaŭ vi, Juzia. Vi promesis al Milda, ĉu ne?」
ミルダ、あの女の子。
「あ、約束したんだった」
「約束してねえ!あれはわかってなかっただけだろ!」
「約束しちゃったものはしょうがないでしょ」
「お前ら!!」
カシューが頭を抱えた。黒い翼がばさばさと苛立たしげに開閉している。
ユージアはリューズを見上げた。
「Promeso estas promeso.」
リューズが笑っている。
「いいか、ユージア。お前は結界の中にいりゃ安全なんだよ。外はな、あんなのがうじゃうじゃ……」
「あんなの、はザンダたちだけよ。他にもいいニンゲンはいるってわかったでしょう?」
ミルアがラティアとリューズとジェドを順に見た。
「……っ、それは……」
「Kaŝu. Vi ankaŭ povas veni, sciu. Ni havas lokon por vi en Elbes.」
リューズがカシューに向かって手を差し出す。握手。挨拶だ。
「Ni estas kamaradoj, ĉu ne?」
カシューがリューズの手を睨む。
「……友達じゃねえっつったろ」
数秒そうして、顔を背ける。でも尾は揺れていた。
「Li volas diri jes.」
「黙れ魔法使い」
ラティアの温かい手がユージアのモコモコの手首を包む。
「Juzia. Kiam vi revenos... mi bakos kukon por vi. Mi promesas.」
ラティアも笑っている。
「Ĝis revido, amiko mia.」
ラティアがユージアの額の角と角の間に、そっと唇を当てた。祝福のキスだ。角がじんわり温かくなった。
ジェドが近づいてきて、ユージアの頭をがしがしと撫でた。
「Estu preta por la leciono, Ŝafido.」
「Ĝis, Juzia. Ĝis la revido.」
リューズが笑った。あの穏やかな笑顔だ。太陽みたいな。
「さ、行きましょう。みんな心配してるわ」
ユージアは大事にしまっていた石を一つ取り出し、魔力を込めた。石が割れ、道が開く。懐かしい風の匂いが流れてきた。草と花、甘い匂い。
そしてユージアは結界をくぐった。揺らぐ結界に手を当て、ミルアとカシューを結界の内側に引っ張り入れる。
「……どうせオレも行くことになるんだろ」
「あら、わかってるじゃない」
「うるっせえ!!」
ミルアの笑い声が森に響き渡る。
振り返ると、水面のように揺らめく結界の向こうで三人が手を振っているのが見えた。
帰ってきた。でも、もうすぐまた会える。約束したから。
息を吸って、ユージアは叫んだ。
「またね!Ĝis la revido, tre ĉarma familio!」
羊の魔人の交友録 完
お付き合いありがとうございました。
楽しんでもらえたかな?★やコメントをいただけると嬉しい!
リアクションくれた方もありがとう!
今日はちょうど8月最終日。言葉の通じない世界で異世界での夏休み感を出したかったのですが、どうだったでしょうか。(ハードな夏休みだな……)
エスペラント語のセリフは流し読める感じにしてあります。細かいところでは、ニンゲンが魔人のことを指す言葉が徐々にモノを指すĝiから人格のあるヒトを指すliに変わっています。特に序盤のジェドは頑なにĝi呼びだよ!このツンデレ野郎!
リューズとジェドはヒロイン……ヒーローだと思っています。ジェドは癒し。これからもミルアの尻に敷かれてほしい。
この後ユージアたちはエルベスに行って、ニンゲンの知り合いも増えて、時に狙われたりしながら、魔人素材の遺物を解放しつつ石の材料集めで各地を巡るんだと思います。
旅費に古代金貨持ってきた三人にリューズが「危ないから家に置いてきなさい」って言ったりするんだろうな。学術院からの手紙は絶賛ガン無視中なので、書いてくれたジェドの知り合いはブチギレてるはず。あと、ニンゲンに慣れさえすればカシューが一番冒険者に向いてそう。
いろいろ想像すると楽しいけど、ユージアたちの旅はいったんおしまい!またね!




