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19.依頼と報酬

 ユージアが言葉に困っていることを察したのか、リューズは黙って待ってくれていた。

 外に出る必要があることを、まず伝えないと…。実際に出たらびっくりされそうだけど…。

「Latia!」

 手で呼ぶ仕草をした。

 ラティアが目をぱちくりさせ、それからぱあっと花が咲くように笑った。

「Jes? Kio estas, Juzia?」

 結界越しに、白い手がひらひらと振られた。近い。息がかかりそうなほど近い。薄い揺らめく膜一枚だけが、二人の間にある。

 ユージアは懐の共鳴石に触れた。外に友だちがいるなら、まだ使わなくても大丈夫だ。

 自分を指差し、カシューを指差し、ミルアを指差した。それから結界の外側を指差した。

「……?」

 ラティアが首を傾げた。ジェドも近づいてくる。

「Ĉu ili volas eliri?」

 リューズは意図を読もうとしているのか、怪訝そうな顔でユージアたちの顔を順に眺めている。

「Tri el vi?」

 リューズが三本の指を立てた。確認するように。

「……なんて言ってる」

 カシューが背後から囁いた。緊張で声が硬い。

「多分、わたしたちが外に出るのかって聞いてるんだと思うわ。指三本立てたでしょう」

 ミルアが冷静に観察している。言葉はわからなくても、仕草を読む力はある。

 ユージアは頷いた。大きく。何度も。

 そして腰の革袋を掲げた。口を開けて、コインを数枚手のひらにこぼす。古く、見たこともない紋様が刻まれている。

 リューズの目が金貨に留まった。それからユージアの顔に戻る。

「...Laboro?」

 低い声で呟いた。

「Atendu.」

 ジェドがリューズの腕を掴んで止めた。細めた目が金貨に釘付けになっている。

「Rjuzu. Vidu ĉi tion. Ĉi tiu monero estas...」

 ジェドの声に、隠しきれない驚愕が滲んでいる。まるで信じられない物でも見たかのように、結界に顔を近づけて金貨を凝視している。

「Ĉi tio estas monero el la tempo de la Praimperio! Ĝi valoras multege! Ne, pli ol tio, ĝi estas historia artefakto! De kie vi havas ĝin?」

 ジェドが何かをまくし立てているがよくわからない。

「Latia. Latia.」

 ユージアは結界に手のひらを押し付けて、もう片方の手で結界をトントントンと叩いた。両方から手を合わせれば通れる。反対側の人と触れ合っていれば通れるはず、自分が戻れたように。

 ラティアがジェドの興奮をよそに、ユージアの仕草を見つめた。結界に押し付けた手のひら。トントントン。トントントン。扉をノックするように。

 ラティアの表情が変わった。宿での合図を思い出したのだ。

「……Ho!」

 ラティアがゆっくりと手を伸ばした。白い指先が、結界の膜に触れる。弾かれない。光が揺れた。ユージアの手のひらの反対側に、ラティアの手のひらが重なる。

 薄い膜越しに、微かな温もり。

「おい」

 カシューが身を乗り出した。ミルアが腕でカシューを制した。

 結界がゆらりと揺れた。手のひらが重なった場所から、膜が薄くなる。向こう側のラティアの顔が、はっきり見えた。

「Mi sentas vin...!」

 ラティアが息を呑んだ。手を離さないまま、振り返ってリューズを見た。

「Rjuzu! Mi povas senti lian manon!」

「...Ĉu vi volas ke ni tiru vin eksteren?」

 リューズがユージアを見た。金貨を一瞥し、頷く。

「Bone. Kiam vi pretas.」

 真剣な顔で、リューズが結界越しに触れる二人を見守っている。

「ユージア、行くの?今?」

 ミルアの声が緊張に震えた。外套の下で翼を畳み直している。

「……チッ」

 カシューがフードを深く被り直した。角を隠し、尾で地面を叩き、ユージアの隣に並んだ。

「さっさと終わらせるぞ」

 ユージアは深呼吸した。まずは自分が通って、二人を安心させる。

 ラティアの手がまだ反対側にある。一歩。足を踏み出す。あの日と同じ感覚。水面をくぐるような、ぬるりとした抵抗。

 半身が抜けた。

「Juzia!」

 ラティアがユージアの腕を掴んだ。外の空気が肌に触れる。森の匂いが少し違う。結界の内側より湿度が高い。

 ユージアは振り返った。結界の膜がゆらゆらと揺れている。向こう側にカシューとミルアの姿が見える。

 もう片方の手を伸ばした。二人に向かって。

「……!」

 カシューの手が、即座にユージアの指を掴んだ。力強い。痛いくらいだ。

 ぐん、と引いた。カシューの体が結界を突き破るように、するりと抜けてきた。黒い翼が外套の下でビクッと震えたのが見えた。金色の瞳が大きく見開かれる。

「……っ、は」

 息を吐いた。足元を見下ろし、空を見上げ、そしてユージアを見た。

 カシューが同じようにミルアに手を伸ばし、ミルアの細い手がカシューの指を掴む。ミルアが外の世界に足を踏み出した。

「……ああ」

 ミルアが目を細めた。風が吹いて、赤い髪が舞った。

「空気が重いのね。魔力も薄い」

「...Tri Maguloj. Antaŭ miaj okuloj.」

 ジェドが呆然と呟いた。三人の魔人が目の前に並んでいることに驚いているらしい。

「Bone. Ili estas ĉi tie.」

 リューズだけが落ち着いていた。腕を組み、三人を見渡して、ユージアに視線を戻した。

「Do, Juzia. Klarigu al mi. Kion vi bezonas de ni?」

 穏やかだが、真っ直ぐな目だ。

 カシューがユージアの背中にぴたりと張り付いた。リューズを睨みながら。ミルアはカシューの横で姿勢を正し、人間たちを静かに観察している。

「ええと、何て説明すれば……」

 複雑な説明をできるほど言葉を覚えていない。地面にしゃがみ込んで、絵を描くことにした。大きな丸を描いて、結界を指差す。そこにヒビを書き込んだ。

 地面に描いた丸。ヒビ。ユージアの指先が土を引っ掻く。リューズがしゃがみ込んで覗き込んだ。ラティアも。ジェドは立ったまま、だが首を伸ばしている。

 丸の外側に三つの点を描いた。楔だ。点からヒビに向かって線を引き、バツ印をつけた。壊れかけている。

 それから自分を指差し、カシューを指差し、ミルアを指差して、三つの点を順番に指差した。

「...Tri punktoj ekster la bariero. Ili volas ripari ilin?」

 ジェドが呟いた。なんとなく察してくれた雰囲気だ。

「Ripari la barieron?」

 リューズがユージアを見た。確認するように。

 ユージアは金貨の袋を掌に乗せて、リューズに差し出した。リューズを指差し、ラティアを指差し、ジェドを指差して、三つの点をもう一度示した。一緒に来てほしい。

「Ni iru... kune?」

 ユージアが必死に言葉を絞り出した。

「……あいつ今なんか理解したっぽいぞ」

 カシューがフードの奥から囁いた。リューズの表情が変わったのを見て取ったらしい。

「Hmm...」

 リューズが地面の絵をもう一度見下ろした。丸。ヒビ。三つの点。金貨。そして目の前の三人の魔人。

「Ni helpas vin ripari la barieron, kaj vi pagas nin per ĉi tio.」

 リューズが金貨の袋を指差し、地面の絵を指差し、最後にユージアを見た。通じている。確認だ。

 ユージアは大きく頷いた。

「Rjuzu... vi konscias, ke ĉi tiuj moneroj estas antikvaj? Eble du mil jarojn malnovaj? Nur unu el ili valoras pli ol jara salajro por aventuristo...」

 ジェドがリューズの袖を引いた。声が早口だ。金貨の模様に目が釘付けのまま。

「Mi scias.」

「Ni povus pagi por la perditaj ĉevaloj, kaj ankoraŭ restus tro multe. Jes, tro multe. Se tia monero aperus en la mondo, nepre venus homoj, kiuj ĉasus ĝian posedanton.」

 リューズは頷いて立ち上がると、土を払い、ユージアの前に立った。

「Bone, Juzia. Ni akceptas.」

 大きな手が差し出され、ユージアは急いでその手を握り返した。握手だ。良かった。交渉成立だ。

「……何て言った」

「多分、引き受けてくれたのよ」

 ミルアの声が少し震えていた。安堵だ。カシューの肩から力が抜けるのが見えた。

「Ho, ni vojaĝos kune!」

 報酬を厳重にしまい込むリューズとは対照的に、ラティアが嬉しそうに手を叩いた。それからカシューとミルアに向き直って、ぺこりと頭を下げた。

「Mi estas Latia! Bonvenon!」

 カシューがびくりとした。ミルアが一歩前に出て、もう一度繰り返した。

「Mi estas Mirua.」

「Mirua! Belega nomo!」

 ラティアがミルアの手を取ろうとした。カシューが間に割り込んだ。

「触んな」

 低い唸り声。ラティアが目を丸くした。

「カシュー。大丈夫よ」

 ミルアがカシューの腕をぽんと叩いた。それからラティアに向き直って、そっと手を差し出した。

「...Dankon.」

 ミルアの手を握り返したラティアの顔は、これまでで一番輝いていた。

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