黒髪の少女と空を裂く竜
よろしくお願いします
「何が?」
少女は怪訝そうな目でこちらを見た。
しまった。
完全に口に出ていた。
「いや、その……」
言い訳を探す。
しかし何も思いつかない。
結果――
「それより、なんで僕は捕まってるんだ?」
話題を変えることにした。
少女は深いため息を吐く。
「あなたねぇ……」
呆れたような顔だった。
「見ず知らずの人を家に入れる人なんていないでしょ?」
「それは……」
反論できない。
確かにそうだった。
知らない男が突然現れたら警戒する。
むしろ牢屋で済んでいるだけ優しいかもしれない。
「とりあえず出してくれない?」
「無理」
即答だった。
「僕は悪い人じゃないんだ」
「悪い人ほどそう言うのよ」
正論である。
ぐうの音も出ない。
どう説得しようか考えていた、その時だった。
ドォォォォォン!!
天井が揺れた。
まるで地震のような衝撃。
少女も驚いている。
「な、何!?」
再び轟音。
今度はもっと近い。
地面そのものが悲鳴を上げているようだった。
僕は思わず叫ぶ。
「なんなんだよこれ!?」
その瞬間。
天井が崩れた。
大量の瓦礫が降り注ぐ。
砂煙が舞う。
そして――
巨大な影が見えた。
赤い瞳。
鋭い牙。
巨大な翼。
「……ドラゴン?」
思考が停止した。
いやいや。
異世界だからってドラゴンは反則だろ。
しかし現実は残酷だった。
ドラゴンは確かに存在していた。
しかもこちらを見ている。
「やばい」
少女と僕の声が重なった。
――逃げる。
それしかなかった。
崩れた壁をよじ登り、一気に駆け出す。
後ろからドラゴンの咆哮が響く。
耳が痛い。
心臓が飛び出そうだ。
「は、速い!」
僕は全力で走る。
しかし後ろから聞こえる足音が徐々に弱くなっていた。
少女だ。
体力が尽きかけている。
「ちっ!」
僕は速度を落とした。
そして振り返る。
「な、何してるの!?」
「こうするんだよ!」
僕は少女を抱き上げた。
俗に言うお姫様抱っこである。
「なっ!?」
少女の顔が真っ赤になる。
「これなら速いだろ!」
「離せぇぇぇぇぇ!!」
次の瞬間。
拳が飛んできた。
ゴッ!!
僕の顔面に直撃する。
「痛ぁっ!?」
涙が出た。
「何するんだよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
少女は本気で怒っていた。
どうやら感謝される未来はなかったらしい。
――――――
しばらく逃げ続ける。
だがドラゴンはしつこかった。
僕は唯一の魔法を試す。
「てい!」
光る。
石が出る。
投げる。
当たる。
終わり。
ドラゴンは無傷だった。
「……」
「……」
少女は苦笑した。
僕は泣きそうになった。
「それがあなたの魔法?」
「そうみたい」
「可愛いわね」
「褒めてないよね?」
「全然」
即答だった。
ひどい。
しかし少女はすぐ真剣な顔になる。
両手を前に突き出した。
聞いたことのない言葉を唱え始める。
風が集まる。
光が集まる。
空気が震える。
そして。
少女は地面を蹴った。
信じられない高さまで跳躍する。
二メートル。
いや、それ以上だ。
「え?」
次の瞬間。
青い閃光が走った。
ズバァッ!!
ドラゴンの首に深い傷が刻まれる。
血が舞った。
ドラゴンが苦痛の咆哮を上げる。
「す、すげぇ……」
僕は思わず呟いた。
少女は軽やかに着地する。
そして得意げに笑った。
「どう?」
「凄すぎるだろ」
「もっと褒めてもいいわよ」
胸を張る。
なんだか少し可愛かった。
「弟子にしてください」
気づけば頭を下げていた。
少女は目を丸くする。
「え?」
「弟子になりたいです!」
数秒の沈黙。
やがて少女は笑った。
「いいわよ」
「本当!?」
「ただし条件がある」
「何でも!」
少女は少しだけ照れながら言った。
「私と友達になって」
僕は固まった。
予想外だった。
弟子になれとか修行しろとか。
そういう条件だと思っていた。
「友達……?」
「嫌?」
「いや!」
僕は首を振った。
「むしろなりたい!」
少女は嬉しそうに笑う。
その笑顔はさっきまで戦っていた人間とは思えないほど柔らかかった。
「じゃあ決まりね」
「よろしく師匠!」
「よろしく、友達」
――――――
それから二十分ほど歩いた。
僕は言葉を失っていた。
目の前に広がる光景。
巨大な塔。
空中を走る光の軌道。
機械と魔法が融合したような建築物。
まるで未来都市だった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
「でしょ?」
少女は少し誇らしげだった。
「ここがアサイントス」
「アサイントス?」
「世界最大の都市よ」
僕は目を輝かせる。
ゲームの世界みたいだった。
異世界に来た実感がようやく湧いてくる。
その時。
ふと思い出した。
「そういえば名前聞いてなかった」
「あ」
少女も気付いたらしい。
そして胸を張った。
「私は陰」
「……え?」
思わず聞き返した。
「陰よ」
「陰?」
「陰!!」
怒られた。
どう考えても元気すぎる名前とのギャップだった。
「で、あなたは?」
そう聞かれた瞬間。
僕は固まった。
名前が出てこない。
あと少しなのに。
思い出せない。
「忘れた……」
「は?」
陰が本気で引いた顔をする。
「名前忘れたの!?」
「うん」
「重症じゃない!」
その通りだった。
僕もそう思う。
すると陰は少し考え込む。
そして。
「じゃあ私が付ける」
「へ?」
「私が陰だから、あなたは光」
僕は瞬きを繰り返した。
安直すぎる。
だが。
不思議と嫌ではなかった。
「光、か」
どこか懐かしい響きだった。
「今日からあなたは光よ」
陰はそう言って笑った。
その笑顔を見ながら、僕は思った。
悪くないかもしれない。
この異世界も。
この出会いも。
ありがとうございます




