25.密室にて①(ルイス視点)
「ルイス殿下、書類のご確認をお願いします」
フローラが、丁寧にチェックを終えた書類を差し出してくる。
私は受け取りながら軽く頷いた。
「確認するよ」
彼女はペコリと頭を下げると、すぐに別の作業へ戻っていった。
生徒会に入ってから、もうすぐ一週間。
柔らかな雰囲気のせいか、彼女はすぐに皆と馴染んだ。
学年二位の実力は伊達ではなく、仕事の覚えも早い。
無駄口を叩かず、淡々と作業をこなす姿は見ていて好感が持てる。
――ただ。
他の令嬢と違い、彼女は私に特別な興味を示さない。
仕事上の会話はするが、それ以上はない。
一応、私はこの国の王太子なのだが……。
ヘレナやサディアスとは楽しそうに世間話をしているのに、私はまだ“友人”の枠にも入れていないらしい。
邪な気持ちが一切ないことは分かっている。
それなのに――胸の奥が妙にざわつく。
(……最近の私は、どうかしている)
自分でも扱いきれない感情が増えてきていた。
「では、今日の生徒会活動はこれで終了とします。皆さんお疲れさまでした」
アルバートの声で解散となり、皆が帰り支度を始める。
私も書類をまとめ、部屋に戻って読書でもしようかと考えていた時――
「おい、後で俺の部屋に来てくれないか?」
レオンハルトが声をかけてきた。
「お前の部屋に? 何故だ?」
「オーデル領で改良を重ねて、ようやく完成した茶葉が届いたんだ。
父上から“殿下達に感想を聞け”と言われていてな」
レオンハルトが手を合わせて頼み込む。
「あぁ、ついに出来たのか」
オーデル公爵領は良質な茶葉の産地。
今回の新茶は、国の輸出品の目玉になるかもしれないと聞いていた。
「予定はないから構わないが……今からか?」
「あぁ。因みにフローラにもお願いしている」
「フローラ嬢も?」
視線を向けると、皆が帰る中、フローラだけが小動物のように席にちょこんと座っていた。
「女性の意見も聞きたいから呼んだんだ。な? フローラ?」
レオンハルトが目配せすると、フローラは戸惑いながら答えた。
「……あの、本当に私で宜しいのでしょうか? 紅茶は好きですが、アドバイスできるほど詳しくは……」
当然の反応だ。
公爵家子息から突然“批評してくれ”と言われて困らない令嬢はいない。
「専門的な意見はいらない。ただ率直な感想が欲しいだけだ。頼む、領地のためなんだ!」
レオンハルトが押し切る形で、フローラは渋々頷いた。
(……押しに弱いのか)
そうして私たち三人は、生徒会室を後にした。
「フローラ、男子寮に来るのは初めてか?」
レオンハルトが彼女の肩に軽く手を置く。
「はい、初めてです。正直、どこにあるのかもよく分かっていなくて……」
苦笑するフローラ。
(……相変わらずの方向音痴だな)
「じゃあ、初めての“男の部屋”が俺の部屋ってことになるのか。光栄だな?」
レオンハルトが意味深に笑い、肩に置いた手を背中、そして腰へと滑らせる。
(……は?)
何をしている。
「……レオンハルト。お前の部屋は狭い。三人では手狭だろう。部屋を変えるべきだ」
気づけば、私はフローラをレオンハルトから引き剝がしていた。
突然腕を引かれたフローラが「わっ!」と声を上げ、よろけた身体を私はしっかりと抱きとめる。
(……柔らかい)
一瞬、胸の奥が跳ねたが、すぐに意識を切り替える。
「そうか? 公爵家用の特別室だから広いと思うが?」
レオンハルトは飄々としている。
その余裕が妙に癇に障る。
「いや、王族用の部屋の方が広い。私の部屋にしよう。茶葉を持って後で“ゆっくり”来い。私はフローラ嬢と先に行っている。……いいな、ゆっくりだ」
一方的に念を押し、フローラの手を取って歩き出した。
「え、ルイス殿下……?」
戸惑う声が聞こえたが、気にしない。
(……レオンハルトの挑発に乗ったわけではない。断じて)
「やれやれ、分かったよ」
レオンハルトは面倒そうに肩をすくめ、自室へ茶葉を取りに戻っていった。
フローラの手は小さくて温かい。
その温度が、握ったままの指先からじわりと胸の奥へ広がっていく。
(……密室で、二人きりになるのか)
意識した途端、心臓がひとつ強く跳ねた。
25話では、ルイス視点で“自覚し始めた感情”を色濃く描きました。
フローラへの特別な意識、レオンハルトへの牽制、そして思わず手を引いてしまう行動――
王太子らしからぬ揺れが、物語の転換点になりつつあります。
次話では、この“揺れ”がどんな形で表に出るのかが焦点になっていきますので、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




