「優良生徒ノア」うつかり酔いつぶれる
ノア達、魔導士クラスの者は、基本的には魔術の知識と詠唱、魔術を使うための物の理に対する知識を学ぶ。
ノアが火の魔法を身に付けられたのは、燃焼の三要素について理解していたからである。
火が燃えるためには、可燃物、発火点以上の温度《熱》そして、酸素の「燃焼の三要素」が揃わなければならない。
これを燃焼の三要素と言う。
物質の急激な酸化《化学》反応で熱と光が発生し、発生した熱が次の反応を促すことで燃焼が持続し、炎となる。
燃焼は、物質が酸素と結びつきエネルギーを放つという法則を、ノアは地球の勉強で学んでいた。
いくら魔法が使えても、この基礎的な理を理解していなければ、火を使いこなせないのである。
このように、魔法には、ただ詠唱を唱えるだけでは使えず、物の理に関する知識も知らねばならないものも多くあった。
それを地球では、科学・化学・物理学と呼ぶが、魔法の使える世界ではその活用法が違うのである。
ノアは、ここに来て地球で学んだ事が役立つとは思ってもいなかった。
高い目標を立てて必死で受験勉強して、ハイレベルな高校に合格出来たと思ったのに、生徒も教師も人間的に看過できない者ばかりで、何のために頑張ったのかと悔やんだが、それに意味はあったのだ。
勉強した事柄は、ここに来て役立った。
知識があり、勉強の仕方がわかってるノアは、他の生徒より優秀だった。
Holy Powerを持つHoly MageやHoly Mage候補のいるクラスと違い、魔導士クラスは一般人の集まりである。
地球の学校のように僻んだり嫉妬したりする者もいないわけではなかったが、教師はみんなHoly Mageばかりなので、人格も素晴らしかった。
ノアにとっては、それだけで十分学ぶ理由になった。
尊敬できる大人が、近くに居る。
目標にしたくなるような人が身近にいるだけで学ぶモチベーションが全然違う。
先生たちはWhite Mageでも優秀なGrate Mageなんだろうが、決して生徒を見下すような発言も行動もしない。
わからない事があって質問に行くと、どんな時でも懇切に丁寧に教えてくれたし、努力を誉めてくれた。
いくら練習しても出来ないことがあっても、人にはそれぞれ向き不向きがあるものだから、自分の得意を極めれば良いと励ましてくれた。
時折、実技訓練として先生たちが見せてくれる魔法は、目を見張るものがあった。
そして、ノアのモチベーションを上げてくれたのは、ここで教わる白魔術は、この世界にあふれているライトエネルギーって、使い人を幸せにするための魔法だということだ。
ノアが最初に教わったことは、地上での命は物質的肉体とシルバーレイヤーで繋がることで地上に存在しているという事実だった。
物資的肉体での記憶は脳にされるが、人そのものの記憶は魂に記録されている。
正しくは魂に刻まれ、魂そのものが成長しているといえる。
魂は霊的なものなので物体のように成長しても大きくなるわけではない。
宇宙を構成する一部のエルネギー的存在であるということだ。
こんな事は、地球で教わることは無かった。
そして、魔法についての考え方も教わった。
人間が地上で肉体的活動をすることで肉体が鍛えられる成長するのと同様に、人が考え、思い、悩んだり、悲しんだりすることでもエネルギーが生まれている。
そのうちなるエネルギーが魂を成長させる。
また、怒り、憎しみ、嫉妬、喜び、幸せのエネルギーは肉体の外に放出される。
宇宙にはそうしたダークエナジーとライトエナジーの両方が存在している。
黒魔法はそうしたダークエナジーをエネルギー源とし、白魔術はライトエナジーをエネルギー源とする。
このふたつの他に、個人の魂に備わっている力で宇宙全体から得られるエナジーが有り、魔法とは異を決する、もうひとつ別の神聖な力があるらしい。
それが、どんなものなのかは解明されていないとのことだった。
ノアにとって、帝国神聖大で学ぶことは全て目から鱗であった。
もちろん、地球と違い魔法が存在する世界なのだから違って当然だろう。
ノア達、魔導士クラスの寮は、「リ・ジェルス館」と言って貴族の館を改造したものだった。
Holy MageクラスとHoly Mageクラスの寮は、第三代皇帝ラリー・アダムス帝の皇后ミラ・ローズの為に建てられた小宮殿を改造した「ミラ・ローズ宮」だったが、魔導士クラスの「リ・ジェルス館」も元貴族の館であり、広大な敷地に美しい庭園を備えていた。
「ミラ・ローズ宮」同様に、全ての設備が整えられており専用の執事も常駐していた。
食堂も毎日豊富なメニューが用意されていて、自分の好みを伝えておけば、そのように調理したものを出してくれた。
ただ、貴族の子息子女が多い「ミラ・ローズ宮」と、ほとんどが庶民出身の「リ・ジェルス館」で大きく違うのは、護衛の騎士の数であった。
「リ・ジェルス館」でも、外出する時は専用の馬車で送迎して貰えるが、基本的に護衛の騎士は付かない。
また、「ミラ・ローズ宮」の馬車と間違えられて襲われないように、見た目も「ミラ・ローズ宮」の馬車ほど豪華な装飾はされていなかった。
それが、彼らの身の守りにもなることを生徒たちも認識していた。
そして、外出も「ミラ・ローズ宮」ほど厳しくは無かった。
ノアは、学校生活に慣れると、時々レイマーシャロル地区の宿屋に顔を出し、宿の繁忙時は厨房や配膳を手伝っていた。
ノアにとって宿屋「アフィニティ」の主人ティム・ランダーは、父親のような存在になっていた。
ノアはいつの間にかティムを「親父さん」と呼ぶようになっていた。
ティムも誠実で真面目なノアを息子のように思っていた。
ノアは、親父さんにだけは、自分がパドラルの『大黒主神教』教会に居たことを打ち明けていた。
但し、地球から転移して来たことは話しても理解して貰えないと思ったので、その前のことは記憶に無いと言ってある。
地球からの転移以外は、ほぼ嘘偽りは無い。
本当のことを打ち明けられる相手がひとりでも居るだけで、ノアの心は楽になっていた。
ノアが、入学した「帝国神聖力術士養成大学」魔導士クラスは、入学年齢が12歳~16歳まで、卒業年数も3年以内と決まっていた。
生徒も12歳~18歳までの男女が居たが、12歳はほとんどおらずまた卒業規定ぎりぎりの18歳という者も少なかった。
ノアは、入学可能な年齢の16歳ギリギリで入学したが、同じ16歳という者の多くは、14,15歳で入学したという者が多かった。
ノアは、正確な数字は理解していなかったが、この星の一日は地球よりかなり長いと感じていた。
実際その通りで、リゲル・ラナの直径は地球の二倍であり、公転軌道も約400日と長く、一年は14ヶ月である。
つまり、同じ16歳でも地球に時間で換算すると倍以上の年齢になる。
しかし、不思議なことに、見た目は自分と同じ16歳に見える。
なんとも不思議な世界だなぁと思っていた。
帝国神聖大は、地球の学校のようなクラスに分けも無く、一律同じ授業を受けなければならないというシステムではない。
年齢には関係なく、本人の習得レベルによってカリキュラムが組まれる。
完全に個別指導となる実技レッスンを中心に、少人数グループによる実技練習や、帝国史や物の理を解く講義式授業もあった。
しかし、基本的には午前中にそれらのレッスンがあり、午後は個人による自主学習時間となっていた。
ノアは、ここスチュアートリア帝国に来る前のことを知られるのも嫌だったし、地球の高校生活で懲りていたので、特に自ら友達を作ろうとはしなかった。
だが、ひとりだけやけにノアに絡んでくる男がいた。
聞きもしないのに色々な情報をベラベラと話してくる、この男の名前はピート・ループと言った。
彼も16歳だそうだが、一年前にこの大学に入学したらしいので先輩といえる。
彼は、親の勧めでこの大学に入ったそうだが、入学試験は筆記試験だったそうだ。
どうやら、ノアのようにアレキサンダー先生自ら面接をするのは『参番館』で受験した者だけで、それ以外の者は、まずは筆記試験が有り読み書きができるかどうかを確認されるそうだ。
そして、筆記試験に合格した者だけが面接試験に進めるが、面接官はアレキサンダー先生では無いらしい。
よくしゃべるこの赤い巻き毛の男は、根っからのおしゃべりらしく、いつ見ても誰かと話していた。
よく話題があるなぁと感心するほどである。
勉強の方はというと、1年も居るのにたいした魔法は使えないようだった。
ピートは何かというと、ノアについて聞きたがった。
寮の「リ・ジェルス館」に戻って食堂で食事をしていると、いつの間にかピートが同じテーブルに座っていることが多々あった。
おかげで、ノアは、他の生徒と接触する機会が少くなっていた。
地球での学校では、人とのコミュニケーションをとるのが苦手だったノアだが、リゲル・ラナに来てからは、多くの人に助けられたし、宿の仕事をするようになって接客をするようになってからは、人との会話への苦手意識が薄れていた。
それだけに、もう少し他の人と話してみたい気持ちはあるのだが、なぜかいつもピートが邪魔していた。
だが、ノアは3年以内に卒業しなければならないのこの大学で、学べるうちに全て学び、身に付けられることは身に付けたいと思っていたので、ピートの事は気にしていなかった。
ノアが帝国神聖大に入学して3ヶ月。
リゲル歴4044年の14末月、つまり日本で言う年末であった。
リゲル・ラナ星の1年は14ヶ月で、新年となる。
そして、やはり新年はどの国でも盛大に祝い、迎えるので年末年始は学校も長期休暇になる。
休暇中は、「リ・ジェルス館」の生徒たちもそれぞれが故郷に帰るようなので、ノアも宿に帰って手伝うことにした。
帝都には、年末年始でも故郷に帰らず残る者も多いし、逆に地方から帝都に観光に来る者も多い。
だから、港からも近い大きな街の宿はただでさえ満室なるうえに、広場で新年のカーニバルが盛大に開かれるレイマーシャロルの宿の年末年始は大忙しなのである。
宿の主人のティムはノアに
「せっかくの休暇なんだから、店の手伝いも良いがノアも楽しめよ」
と、言ってくれた。
「お前、案外女の子にモテるんだから、カーニバルでダンスも楽しんで来たらどうだ?相手は、いくらでもいるだろ?」
ノアは、親父さんにそう言われて嬉しくはあったが、イマイチ気乗りがしなかった。
やはり、ここで恋愛するのは、リスクが高い。
「とにかく、今は未来がどうなるかもわからないし、まずは大学で学ぶことを優先したい」
と、思いながら
「俺、いつから、こんなに真面目になったんだ?」
我ながら呆れるほど、浮かれたところが無い自分に驚いた。
地球に居た頃に、こんなに女の子にモテていたら有頂天になっていろうに。
宿で宿泊客の接客をしながら、夜のバーの時間も手伝っていると、客に酒を勧められることもある。
地球なら未成年なので飲酒は違法であるが、ここではそんな法律は無い。
パドラルのジャンバラン村の人は、水代わりに酒を飲んでいた。
ノアも飲んでみたが、あまり美味しいとは思えなかったので、いつも遠慮していた。
ところが、今日は常連客がいつになく、しつこくノアに酒を勧めて来た。
「新年を迎えるの祭りの期間だぜ!めでたいんだから飲めよ!」
いつもなら、上手く逃げるノアだったが、俺もひとつ歳をとっているハズだし、たまには飲んでもいいかと、気が緩んだ。
「じゃあ、一杯だけ」
と、その客が勧めるまま酒を飲んでみた。
意外と美味しい!!!
パドラルの『大黒主神教』教会の人たちが水代わりに飲んでいた酒とは、だいぶ味が違う。
「おお、飲めたか!」
「意外と、美味かったです」
と、ノアが答えるとそのテーブルで騒いでいた常連客が次々とノアのグラスに自分の酒を注ぎこんだ。
しばらく、ノアは、常連客やその場に居た女の子たちと陽気に騒いでいたが、そのうち頭がクラクラして、その場にぶっ倒れた。
気付いたら、厨房の隅で酔いつぶれて、蹲っていた。
気を取り戻したノアに、親父さんがコップに入れた水を渡して
「ノア、急に無理するからだぞ、ほれ水だ、飲め!」
と、言った。
「ああ、すみません親父さん。調子に乗って、飲めない酒を飲んでしまって」
ノアは、まだ吐き気と頭痛に堪えながら親父さんに謝った。
船酔いの時よりも酷く頭が痛い。
なんとも恥ずかしい気分だった。
「それは、いいが、お前、記憶はあるのか?」
「えっ?」
ノアは、ガンガンする頭を抱えながら、ついさっきまでの事を思い出していた。
「常連さんたちと、飲んで騒いだのは覚えているのですが…」
「その後は?」
「いや、そこまでで…」
ノアは、いくら思い出そうとしてもその後のことは思い出せなかった。
「お前、なんかみんなと一緒に踊って、聞いたことも無い歌を歌ってたぞ」
「えっ?どんな歌ですか?」
「うっせ~うっせ~うっせ~と叫んでたぞ?」
「えっ~!!」
ノアは、地球に居た時によくカラオケで、不満をぶつけて歌っていたの思い出していた。
「おれ、そんな歌を歌って、踊ってたんっすか?」
「そうだ。しかも、女の子たちとカーニバルへ行く約束までしてたぞ」
「ほんとですか?!」
全く記憶に無い。
女の子たちって、いつも飲みに来る客が連れて来る娘たちだろうが、名前すらよく知らないのに…
やだなぁ。
ノアは、久しぶりに窮地に追い込まれていた。




