帝国軍本部西棟、魔法遮蔽牢
「ということで、魔導士クラスについては引き続き皆で検討しよう」
と、アランが言うとノアが
「あの…帝国には、文部省みたいなのはあるのですか?」
と、小さな声で尋ねた。
「もんぶしょう?」
と、三人が声を揃えて言った。
ノアは、もしかしたら言い方が違うのかも?と思って言い直した。
「学校や学問に関連することを管轄する省庁です」
「いや、そういう省庁は無いな。学校は各領地の領主の管理になっている」
「帝国神聖力術士養成大学だけは、特別に帝国直轄の学校で、私の管理する執務室と帝国軍総務部の管理になっている」
と、アランが答えた。
「そうなのですね。僕の国では、国のあらゆる学校制度の管理は文部科学省がしていました」
「でも、それでも上手くいっておらず僕らのような、制度から逸脱して悩む者が、沢山いました」
と、ノアが答えた。
「そうか、それは良し悪しだな」
「でも、国を作るのは人であり、人を作るのは教育だ」
「教育制度の整備、誰もが自分に合った教育を受けられる環境が必要な事は、間違いない」
と、アランが思案するように言うと
「教育制度を専門に管理する部門を設置するのは良い案かもしれませんね」
と、トゥルリーが言った。
シオンもそれに負けまいと
「そうですね。検討の余地があるご意見です」
と、言ってからノアに尋ねた。
「それで、パドラルの方はどうでしたか?」
シオンの急な話題変換のような質問に戸惑いながらも、引き続き教育問題に関連付けてノアは答えた。
「えっと、パドラルの識字率は酷かったです」
「ほとんどの人がトロア文字すら読めませんでした」
「また、簡単な計算も出来ない者も多いので、詐欺に合い易いのでは?と思いました」
と、言うノアの機転の利いた答えに、三人とも再び感心していた。
ノアは、続けて言った。
「そうした識字率の低さが、経済を逼迫させる原因にもなっているようでした」
「そこに大黒主神教のような、ちょっと悪賢い者が漬け込んでいるのだと思います」
「僕が大黒主神教の教会に世話になっていた短期間でも、周囲の村人が相談に来ていたようなのですが、それを利用し騙していたようでした」
「なんと!人の弱みに付け込むとは、この事ですな!」
と、シオンが憤慨した。
シオン参謀は、インドア派のクールな頭脳派ですが、正義感は必一倍強い男なのである。
「少なからず、帝国内で洗脳されていた信者たちも同様だからな」
と、トゥルリーが言った。
「確かに…、この帝国内ですら、それだけの被害者が出ているのだから、他国ではどれほどの被害が出ているやら」
と、アランは以前から懸念していることを念頭に言った。
「いくら我が帝国内の害虫を駆除しても、隣国にその巣があってはまた沸いて出てくるのは時間の問題だ」
「確かに、そこは以前からの課題ですね」
と、シオンもアランに同意した。
「エド・ロアとブロッサンは、外交での正攻法で対応できる気はするが、問題はマニ・トバールとパドラルだな」
と、アランが言うと、シオンがノアに言った。
「その為にもノア君にご協力をお願いしいわけです」
「えっ?僕に?僕に何かできることなんてあるのですか?」
と、ノアは驚いたように言った。
「今日は、来て貰った目的には君に我々の協力をして貰いたいからなんだ」
「異星人の君の視線で、感じたことを教えて欲しい」
と、アランが言うと
「異星人の視線で感じた意見を言うだけでしたら…」
と、ノアはすぐに答えた。
すると、アランは間を置いてから
「それと…」
「君に会って欲しい者がいる」
と、言った。
ノアは、まさかネオ?と思ってドキドキしていた。
すると、隣のトゥルリーが言った。
「ノアも知っているあいつだ」
ノアは、トゥルリー先生の言葉を聞いて、ネオでは無いとホッとした反面、ちょっとガッカリもしていた。
そして、ネオでなければ、あいつに違いないと思うと会いたくないという気持ちが沸いてきた。
そんなノアの顔色を見てトゥルリー先生は言った。
「ノアの気が進まなければ、無理に会わなくても良いぞ?」
「いえ、僕が協力できる事があるなら会います!」
と、ノアは気丈に答えた。
すると、アランも
「君の気が進まない事かなら、遠慮せず断ってくれて良い」
と、優しく言った。
それから、間を置いて協力して欲しい理由をノアに説明した。
「ただ…」
「あの者には、洗脳されている気配すらない」
「まだ若いのに、なぜBlack Mage達の手先になったのか?」
「今後、彼のような若者を出さない為にも、彼の本音を聞きたいのだ」
と、言うアランの説明を聞いてノアは、
「それなら、協力します」
「僕も、彼から本音を聞いてみたいと思います」
と、答えた。
確かに、ピート・ループはノアにしつこくつきまとうウザイ奴ではあったが、パドラルの『大黒主神教』教会に居た人たちとは違う匂いがしていた。
年齢が若いということもあるのだろうが、あのお調子者がどうして?という疑問が無いわけではなかった。
「あの者は、他の信者のように黒魔術の呪いにかかってはいなかった」
「つまり自分の意志で、大黒主神教がBlack Mageと関わりがあると知って加わっている」
「しかも、私の部下たちの調査によると出生は、スチュアートリア帝国内では無いのかもしれない」
「もし、それが事実なら、どこから来た者なのか知りたい」
と、シオンが言った。
ノアは、確かにヤツは自分のことは語らなかったし、自分も敢えて聞こうとしなかった。
ピートが退学した後に、魔導士クラスで聞いたヤツの噂も、寮であるリ・ジェルス館で聞いたのヤツの話も、何が本当なのか分からないほど様々だった。
ただひとつ記憶にあるのは、魔導士クラスの者にはセントキャロル出身と言っていた事だった。
「本当かどうかはわかりませんが、ピートは魔導士クラスの者にセントキャロル出身だと言っていたようです」
と、ノアが言うとそれに敏感にアランが反応した。
「セントキャロル!」
「パドラルに一番近くて、シルバー・ベイリー領にも近いな」
「確かに、気になります」
と、アランに続いてシオンも大いに気になるという反応だった。
それに対してトゥルリーは
「帝国神聖力術士養成大学の学生資料には、ピートの出身地は、詳しい地区は覚えていないが帝都トロア内になっていた気がする」
と、言って少し考えるようなしぐさを見せた。
「この場合、どちらかが本当で、どちらかが虚偽、はたまたどちらも虚偽の可能性がありますが…、正式な書類には帝都内と届けているなら、生徒たちにも帝都内と言えば良いはず」
「それをわざわざセントキャロルと言う理由はなんでしょう?」
と、シオンが言うとノアは、
「嘘の中に少しの真実があるのかもしれません。僕も地球から来たとは言えませんし、パドラルとも言えませんでした」
「そして、魔導士クラスの生徒にピートがセントキャロル出身だと聞かされた時に僕の出身地も聞かれたのですが、パドラルとは言えないので、とっさセントキャロルより少し奥の方と答えてしまいました。本当の事は言えず、でも真実に近い答え方をしてしまったんです」
と、自分の経験からピートの気持ちを推測して語った。
「つまり、彼の出身はセントキャロルか、それに近いって事かもしれませんね」
と、シオンが言うと
「とりあえずノア君、彼に会って貰えないか?」
「彼の反応次第だが、聞き出せることがあれば聞いて欲しい」
と、アランがノアに頼んだ。
「わかりました。ピートと話してみます」
と、ノアはピートと会う決意をした。
気に入らない奴だし、出来れば二度と関わりたくもない男だったが、アランやトゥルリー先生の役に立てるなら頑張りたいと思った。
そして、ノアはトゥルリー先生ことトゥルリー大佐に連れられ、帝国軍本部の本棟から離れた奥にある西館の地下へ向っていた。
西館地下には、捕虜や犯罪者等の収容施設がある。
いわゆる刑務所とは異なり、黒魔術師やBlack Mageが魔法に使うダークエナジーを遮断しする強力な魔力封じの設備がある魔法遮蔽牢である。
一般的な犯罪者は別に収容施設があり、そこには懲役労働施設もある。
また、一般の犯罪者は各領地にそうした刑務所的施設があり、重罪犯以外の処分は各領主に任されている。
重罪犯や魔術に関する違法行為を行った魔法違反者は、帝都の裁判所で裁かれることになっている。
ノアが今、会おうとしているピート・ループは、魔導士クラスに居た元生徒である。
劣等生ではあったが、仮にも魔法を習っていた者であるので、一般犯罪者とは別にこの魔法遮蔽牢に捉えられていた。
ちなみに、黒魔術の呪いにより洗脳されていた者たちは、洗脳を維持するための水たばこや葉巻を絶ち、効力が衰えてから解呪魔法で洗脳を解かれてから、個々に尋問を受け、完全に正気に戻ったことが確認され次第釈放され、帰宅が許されることになっていた。
帝国軍本部内の長い廊下をいくつも曲がり西棟へ入ると、その入り口でノアだけ身体検査を受けた。
トゥルリー大佐は、Holy Mage騎士として長年軍部で働いている (実年齢238歳である) ので顔パスである。
西棟に入り、さらに所々に鉄格子のような扉がある廊下を抜け階段を降りた。
螺旋の状の石段階段を降りて行くと、途中から窓ひとつ無い世界になり、所々にランプの照明があるだけの薄暗い世界へといざなわれた。
ノアは、どんどん地の底に吸い込まれて行くように思えて少し怖くなった。
目が慣れるまでは薄暗さに戸惑ったが、階段を降りているうちに目が慣れて、それなりに見えてくるようになった。
すっかり目が慣れた頃に、地下への階段を下り切って地下に到着した。
階段を降りて少し歩いて行った所にも鉄格子の扉が有り、その前には警備の騎士が居てノアだけボディチェック受けさせられた。
「ノア、何度も悪いな。一応軍家系者以外はチェックをする決まりなので我慢してくれ」
と、トゥルリー先生がすまなそうにノアに言った。
「いえ、大丈夫です。緊張感はありますが、それくらいが当然だと思います」
と、ノアは全く気にしていないように答えた。
実際、魔法を使う敵を相手にしているのだから、それくらいの用心は必要だろうとノアは思っていた。
ノアのボディチェックが終わると、その検問所のような場所の前の重い古めかしい鉄格子の扉が開かれた。
監視の騎士の後に着いて歩き出すと、後ろで鉄格子の扉が締められるギギーッ!バタン!!という音と、ガッチャン!という鍵がかけられる音がした。
その音が、さらにノアの恐怖心を煽り背中がゾクゾクして身震いをした。
それを察したトゥルリー先生が、ノアの肩に手を回して力強く抱き寄せてくれたので、ノアは少し安堵した。
そして、ふたりは片側にいくつものドアがある場所に通された。
そこは収容者を詰問したり面会者と面会したりする部屋がいくつも並んでいる場所のようだった。
ノアとトゥルリーは、その中の1つの部屋に通された。
そこには、椅子がふたつおかれており、その前には別のもうひとつの部屋があった。
その部屋とは鉄格子がつけられた壁で隔てられており、いかにも受刑者との面会室という感じだった。
ノアは、地球でよく見た刑事ドラマの囚人との面会室のような透明の強化ガラスでは無く、鉄格子なのが、緊張感を醸し出し、その部屋の恐ろしさを強調しているように思えた。
ふたりが、その鉄格子の前の椅子に座ると、案内してくれた監視の騎士は部屋を退室した。
と、同時に外からドアの鍵を閉める音がした。
「大丈夫だ、ノア。この部屋のダークエネルギーは遮断されていて黒魔術は使えないが、神聖力は使える。私が付いているから安心しなさい」
と、トゥルリー先生がノアの耳元で囁いた。
ノアは、ゴクンと唾を飲み込んでから、鉄格子の向こうの部屋の奥にある、頑丈そうで重そうな鉄の扉の方を見つめた。
恐らくあの扉は、囚人たちの部屋と繋がっているのだろう。
しぱらく待っていると、その大きな扉が開き、監視の騎士ふたりと共に小柄な男が現れた。
ピート・ループである。
久しぶりに見るピートは、ノアの知っている陽気でお調子者のどこか得体の知れないピートではなかった。
顔には生気が無く、髪もボサボサで痛んでいるようだったし、ノアと年齢的には同じはずなのに薄暗い部屋の灯りのせいなのか老人のようにも見えた。
「そこに座りなさい」
監視の騎士に両脇を掴まれて部屋に入って来たピートは、監視の騎士に言われるままノア達の向かいの席に座った。
すると、トゥルリーがふたりの監視騎士に向かって言った。
「あとは、私に任せて君たちは一旦退室して待機していてくれ」
トゥルリー大佐の指示を受けたふたりの騎士は、
「はっ!」
と、トゥルリーに敬礼をし入って来た扉の外に出て行った。
やはり、トゥルリー先生は、レッドリオン公爵の親友なだけあって身分は高いんだなとノアは思っていた。
確かにトゥルリーは、イエローバレー侯爵家という貴族の子息であり、自信も帝国陸軍大佐であり前皇帝の息子のアランの親友でもある。
充分にスチュアートリア帝国の権力者ではありそうだ。
しかし、このスチュアートリア帝国では、Holy Mage騎士であるという事が最も重要なのである。
そのことをノアは、まだ理解していなかった。
トゥルリー先生がピートに話しかけた。
「久しぶりだな、ピート・ループ君。私を覚えているかね?」
「ああ、トゥルリー先生だろ」
と、ピートは少しうなだれたまま答えた。
「元気がないな。塀の中の生活は過酷なのか?」
「いや、そんなことはない」
「精神的に参っているのか?」
「ちょっとな」
そんな二人のやりとりを横で見ていたノアは、やっとピートに声をかけた。
「ピート、俺はわかるか?」
ピートは、相変わらず視線を下に向けたまま、コクリと頷いた。
ノアは、自分がピートの立場なら逮捕されて囚人となった姿を同級生に見られるのは悔しいし、恥ずかしいだろうと思った。
あんなに二度と関わりたくない自分の目の前から消えて欲しい存在だと思っていた相手だが、今のピートを見てしまうとやはり同情せずにはいられなかった。
「ごめんな。捕まった君を見たくて来たわけじゃないんだ。どうしたら、君を助けられるのだろう?」
と、ノアはつい口走ってしまった。
その言葉を聞いてピートは、顔を上げてキッとノアの方を見た。
「はぁ?さんざんお前に迷惑かけた男だぞ?俺は!俺を助けるだ?思っても居ないこと言うな!」
と、今にも唾を吐きつけそうな勢いで言った。
「俺もお前のことは好きじゃなかった」
「いや、今でも好きじゃないかもしれない」
「それでも、君を助けられるなら助けてやりたいと思ってしまうんだよ」
と、ノアは自分でもよくわからない感情に両手をぎゅっと握り締めて下を向いたまま言った。
「バッカじゃねぇの?おまえ!俺は、お前たちを利用して、のし上がろうとしてたんだぜ!」
と、ピートは吐き捨てるように言った。
トゥルリー先生は、ここはふたりで話させた方が良いと判断し黙って聞いていた。
「君も知っていると思うけれど、俺も一時期パドラルの大黒主神教教会の世話になっていた事があるんだ」
「でも、俺にはあの教会のやっている事も周りの住民に対しての行動も理解できなかったし、看過することは出来なかった」
「ピートはどうして、大黒主神教に関わっていたの?君は信者だったの?」
と、ノアがピートに尋ねた。
「俺は信者とは違う。大黒主神教の幹部にしてくれるというからいう事を聞いていたんだ」
「黒魔術を身に付けられたら幹部になれるというから、魔導士クラスに入って勉強してまずは基本でもと思ってたが、全く上達しなかった」
「だから、別の事で手柄を立てようと思ったんだ」
と、言うピートにノアはさらに尋ねた。
「そもそも、ピートはなぜ大黒主神教の幹部になりたかったの?」
ノアの質問にピートは、しばらく沈黙していた。
そして、小さな声で言った。
「もっと良い暮らしがしたかったんだ」
「良い暮らし?」
「俺はパドラルと比較しか出来ないけれど…」
「パドラルと比べれば、スチュアートリア帝国は比較的みんな豊かだし、皆それなりに幸せに暮らしていると思うけど」
と、ノアが言うと、ピートはさっきより少し声を大きくして言った。
「そりゃ~、帝国民はな…」
ピートの言葉にノアは、聞きたかったことを聞こうと言ってみた。
「ピートは、スチュアートリア帝国の人間じゃないの?」
「てっきりセントキャロル辺りの出身なのかと思ってたけど…」
するとピートは、観念したかのように一気に話し出した。
「俺は、アモー・ロンド大陸から売られて来た奴隷だったんだよ」
「えっ?」
ノアは、予想外のピートの言葉に絶句した。
「最初は、海賊に売られて船でパドラルに連れて来られた」
「俺が売られたとこは、穀物倉庫を管理するところで、朝から晩まで働かされて毎日クタクタだった」
「だから、そこから逃げ出したくて、貨物の荷物に紛れて船に乗ってルイスキャロル港で見つかる前に降りたんだ」
「そこで黒魔術師のダボシムさんに拾われたんだ。トロア文字もダボシムさんに教わった」
今まで黙って聞いていたトゥルリーが口を開いて言った。
「そうか、君も苦労したんだな」
「君が恩義を感じているダボシムという黒魔術師は一緒に捕まった男のひとりか?」
「彼も、アモー・ロンド大陸から来たんじゃないか?」
ピートは、トゥルリーの質問に何も言わずコクリとだけ頷いた。
「そうか。君はまだ若いし魔術師でもないから助けてやりたい」
「だが、その前に君がこれからどう生きていきたいのかしっかり考えないとだな」
「人生をしっかりやり直したいと思うなら、その道を作ってやるから考えてみなさい」
と、トゥルリーが言うと
「俺にもチャンスはあるんですか?」
と、ピートが顔を上げて鉄格子を握って言った。
「もちろんだとも。君は嘘をついていない。少なくとも今の君は正直だ」
「スチュアートリア帝国は、国を作るのは人であり、人を作るのは教育だというのが理念だ」
「それは、君にも当てはまる」
「君はまだ若いのだから、いくでもやり直して、帝国民としてこの帝国に尽くして欲しい」
トゥルリー先生の言葉を聞いてピートは涙を流しながら
「先生…。おれ不真面目でごめんなさい」
と、言った。
「おれ、先生たちが好きだった。ノアが羨ましかった。でも、おれはこの帝国民には慣れないと思っていたんだ。だって、本当は奴隷だから」
ぽろぽろと涙をこぼすピートの鉄格子に乗せた手に、自分の手を合わせながらトゥルリーは言った。
「ピート、このスチュアートリア帝国には奴隷なんていないんだよ?」
と、優しく言った。
ノアもピートに駆け寄るように鉄格子越しに顔を近づけて言った。
「ごめんな、ピート」
「君が、そんな苦労をしていたなんて知らなくて、君のことを能天気なお調子者とばかり思っていた」
「俺も君を傷つけてたかもしれない。本当にごめん」
と、言って目に涙を溜めて言った。
ピートも、ただうつむいて涙を流すだけだった。
しばらく、ピートとノアのすすり泣く声だけが、薄暗い面会部屋の石壁に反響するように響いていた。
そして、おもむろにトゥルリー先生が言った。
「ピート、ひとつだけ教えてくれないか?」
「無理にとは言わない、答えられたらで」
「ただ、嘘だけは言わないでくれれば、それで良い」
ノアもピートも涙をぬぐいながらトゥルリー先生の質問を待った。
「君は、大黒主神教組織に関わっているBlack Mageが何人いるか知っているのか?」
ピートは、静かに
「いえ、正確には知りません」
と、答えた。
するとトゥルリー先生はさらに
「では、ダボシムに指示を出しているBlack Mageの名前は知ってるのか?」
と尋ねるとピートは少し考えたように口を閉ざしていたが
「はい、知っています」
と、答えた。
「その名前と、知っているなら居場所を教えて欲しい」
トゥルリーが確信に迫る質問をしたので、ノアも息をのんだ。
ピートは、今度は躊躇わずに答えた。
「バドネリアスというBlack Mageです」
「居場所はブロッサン国内の大黒主神教教会だと聞いています」
「いつも使い魔の魔鳥で連絡をとっていました」
その口調は、踏切りがついたという感じがして、ノアにも彼が嘘をついていなと確信できるものだった。
「ピートありがとう。君の情報はきっと役に立つだろう」
「この件が片付いたら必ず君を救い出す。それまで待っていてくれるかい?」
と、トゥルリーが言うと
「奴隷だった頃に比べたら、ここの生活でも100倍マシです」
と、ピートは言った。
「君は、魔導士クラスに居たと言っても道具を使わない魔法は全く使えないからな」
「魔法遮蔽牢に入れる必要が無いことは私が証明してやる」
「だから、一般の収容施設に移して貰ってそこで待っててくれ」
「そこは、地上だからここよりも明るくて、労働も軽作業だし運動場もある」
「ここはよりはマシな生活ができるだろう」
と、言うトゥルリー先生の言葉を聞いて、ノアが横から言った。
「何が幸いするかわかりませんね、先生」
ピートも
「俺が魔法使いとしては無能だってことを、先生に証明して貰うことらなるとはなぁ~」
「下手に頑張って勉強しなくて良かったよ」
と、元の明るいお調子者のピートらしく、おどけて言ってみせた。




