海には珊瑚、空には星光
海洋科学館オートマタ・オーシャンに、珊瑚ルームが増設されます。
アプリでお知らせを開けば、改装の文字が目に入った。
へー。来年の夏に向けて、珊瑚ルームを作るんだ。
珊瑚か。
これでアンドロイド・ジュゴンが仲間入りしましたなら行きたくて悶えているけど、珊瑚にはそこまで興味がない。綺麗だとは思うけどね。
でも話題になるのはいいことだ。
映像を眺める。
「カニとエビのアンドロイド!」
アンドロイド・コーラルクラブ&アンドロイド・スカンクシュリンプ。
「……アルゴ重工なんだ」
アルゴ重工といえばタンカーや波力発電建設、それからアンドロイド・ホエール。アンフィトリーテーCタイプは最高傑作って言っていい。
とにかく大きく頑丈な機械が主流のアルゴ重工なのに、こんな小型アンドロイドを開発できるんだ。新たな境地だな。
デバイスをいじっていると、来週の『アンドロイド・ジャーニー』の予告も届く。
『珊瑚を千年先へ、小さなアンドロイドたちは戦う』
ディスプレイに映るのは、色鮮やかな珊瑚の海。
揺らめく光の波模様。
そこに迫る黒い影。
赤い棘がびっしりと生えているヒトデだ。
『温暖化によって増えてしまったオニヒトデ。珊瑚の天敵で、珊瑚を溶かして食べていくのです。それを打ち払うアンドロイド・コーラルクラブ』
メタリックなカニが珊瑚の間から飛び出し、はさみでオニヒトデと戦いだした。
オニヒトデはしつこいけど、赤黒い棘をハサミで挟み、撃退する。
『ですがオニヒトデはけして侵略者ではないのです。ただ人類が地球を暖かくして、増えすぎた結果、珊瑚は蝕まれました。珊瑚を未来へ渡すため、オニヒトデは駆除されますが、オニヒトデもまた地球温暖化の被害者なのです』
「……」
『こちらで泳ぐのはアンドロイド・スカンクシュリンプ。珊瑚の寄生虫を排除していきます』
極彩色のエビが珊瑚を癒していく。
カニが守り、エビが癒す。小さく営まれる珊瑚の世界に、アンドロイド・ドルフィンがやってきた。比べるとなんて巨大なんだろう。
その周りに集まるカニとエビ。
ドルフィンを崇めているようだった。
まるで海底の祈り。
『海水温度や寄生虫のデータを、低周波でやり取りしています。ドルフィンが地上へ持ち帰ったデータは、海の環境保全のため分析されていきます』
「どうしてうちが海洋科学館じゃないんだ……」
絶望してソファに寝転がる。
あまりの絶望に、もうシロナガスクジラを抱きしめていないと耐えられない。
行きたい。
でも父さんはアンドロイドだから、ふたりで海洋科学館へは行けないんだ。来年の夏には、珊瑚の海で戦うアンドロイドたちが待っているのに。
「アンドロイド・スカンクシュリンプとアンドロイド・コーラルクラブ……」
シロナガスクジラを抱きしめたまま、父さんのところへ行く。
「父さん。夕食は、ぼくの絶望に寄り添う献立にして。エビとカニ抜きで」
「……海老と蟹、抜きで?」
信じられない単語を聞いたかのように、父さんは復唱した。
わたくしは泡ぶくの音色に耳を澄ませた。
珊瑚の水槽、そこにはアンドロイドの海生生物が漂っている。
パートリッジ社とアルゴ重工の技術提携で、超小型アンドロイドのアンドロイド・スカンクシュリンプとアンドロイド・コーラルクラブが開発された。
群体型アルゴリズムで、環境操作を非侵襲的に行い、珊瑚の海域の調査と保全に勤しむ。
防御機能付きデータ採取端末だけど、生き物のかたちを模すだけで物語を生む。
「企業慈善も分かりやすさ重視かしら」
「エレノア。お前はルッキズムと感じるか?」
おじいさまが問う。その声に張りはない。
わたくしはおじいさまと手を重ねる。痩せて、皺が増えて、乾いた皮膚。老いと疲れが降り積もった肉体。
お倒れになられて、一段と老いが深まった。
「物語は必要ですわ。ええ、大衆はいつだって物語を求めますもの。今回それが外見だったという話」
醜いヒトデから美しい珊瑚を守る、小さな妖精たち。なんとも人々に共有されやすい物語だわ。生み出された物語は神話になり、神格化される。そして信仰さえも産むのよ。
そして異論や倫理的疑義が、異端と火あぶりされる。炎上、現代の魔女狩りね。
「そうだな、共感を得やすい物語は大切だ。血統幻想などのな」
遺伝子のつながり。
それはわたくしとて理解できる。
「パートリッジ社の小型化技術で、アルゴ重工のポーラーシリーズが小型化された」
ポーラーシリーズといえば、アルゴ重工のシロクマ型アンドロイド。
もともと北極で冷戦時代の核兵器を処理するため、政府からの依頼でアンドロイド・ポーラーベアは開発された。海洋科学館で稼働している個体は、そのプロトタイプだったわね。
信頼性は折り紙付き。
それの小型化。
「ポーラーシリーズの小型化……いえ、幼体化?」
「そうだ。名称はポラリスシリーズ。子供を守る専門の警備アンドロイドだよ」
「……チャイルド用アンドロイド」
「いや、ペンギンチックとは競合しない。アンドロイド・ペンギンを子供専属にするようなものだが、あの耐久性を考えれば量産は不可能だ」
「それなら技術提携に反しておりませんわね。で、アルゴ重工は新シリーズのアンドロイドを、実績の高いポーラーシリーズの子供として発表して、信頼性を付与しようと?」
七光りというものね。
わたくしが口に出せる言葉ではないけど。
「興味深いですわね、ポラリスシリーズ」
「お前も会いたいなら、関係者発表会に招いてもらおう」
「ええ、ぜひ」
おじいさまのお力になれるならば、なんなりと。
この想いは血統幻想ではないわ。
弱視となったわたくしが、それでも自由に生きられるように、R.パラスケバスとR.レイノルドを与えてくださった。政府と交渉して、見守りバードによるスマートシティを広めて、犯罪を抑制してくださった。
保護ではなく、自立を。
わたくしが生きやすいようにしてくだった愛に、わたくしは報います。




