表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/100

海には珊瑚、空には星光





 海洋科学館オートマタ・オーシャンに、珊瑚ルームが増設されます。


 アプリでお知らせを開けば、改装の文字が目に入った。

 へー。来年の夏に向けて、珊瑚ルームを作るんだ。

 珊瑚か。

 これでアンドロイド・ジュゴンが仲間入りしましたなら行きたくて悶えているけど、珊瑚にはそこまで興味がない。綺麗だとは思うけどね。

 でも話題になるのはいいことだ。

 映像を眺める。

「カニとエビのアンドロイド!」

 アンドロイド・コーラルクラブ&アンドロイド・スカンクシュリンプ。

「……アルゴ重工なんだ」

 アルゴ重工といえばタンカーや波力発電建設、それからアンドロイド・ホエール。アンフィトリーテーCタイプは最高傑作って言っていい。

 とにかく大きく頑丈な機械が主流のアルゴ重工なのに、こんな小型アンドロイドを開発できるんだ。新たな境地だな。

 デバイスをいじっていると、来週の『アンドロイド・ジャーニー』の予告も届く。

 『珊瑚を千年先へ、小さなアンドロイドたちは戦う』



 ディスプレイに映るのは、色鮮やかな珊瑚の海。

 揺らめく光の波模様。

 そこに迫る黒い影。

 赤い棘がびっしりと生えているヒトデだ。

 『温暖化によって増えてしまったオニヒトデ。珊瑚の天敵で、珊瑚を溶かして食べていくのです。それを打ち払うアンドロイド・コーラルクラブ』

 メタリックなカニが珊瑚の間から飛び出し、はさみでオニヒトデと戦いだした。

 オニヒトデはしつこいけど、赤黒い棘をハサミで挟み、撃退する。

 『ですがオニヒトデはけして侵略者ではないのです。ただ人類が地球を暖かくして、増えすぎた結果、珊瑚は蝕まれました。珊瑚を未来へ渡すため、オニヒトデは駆除されますが、オニヒトデもまた地球温暖化の被害者なのです』

「……」 

 『こちらで泳ぐのはアンドロイド・スカンクシュリンプ。珊瑚の寄生虫を排除していきます』

 極彩色のエビが珊瑚を癒していく。

 カニが守り、エビが癒す。小さく営まれる珊瑚の世界に、アンドロイド・ドルフィンがやってきた。比べるとなんて巨大なんだろう。

 その周りに集まるカニとエビ。

 ドルフィンを崇めているようだった。

 まるで海底の祈り。

 『海水温度や寄生虫のデータを、低周波でやり取りしています。ドルフィンが地上へ持ち帰ったデータは、海の環境保全のため分析されていきます』 

「どうしてうちが海洋科学館じゃないんだ……」

 絶望してソファに寝転がる。

 あまりの絶望に、もうシロナガスクジラを抱きしめていないと耐えられない。

 行きたい。

 でも父さんはアンドロイドだから、ふたりで海洋科学館へは行けないんだ。来年の夏には、珊瑚の海で戦うアンドロイドたちが待っているのに。 

「アンドロイド・スカンクシュリンプとアンドロイド・コーラルクラブ……」

 シロナガスクジラを抱きしめたまま、父さんのところへ行く。

「父さん。夕食は、ぼくの絶望に寄り添う献立にして。エビとカニ抜きで」

「……海老と蟹、抜きで?」

 信じられない単語を聞いたかのように、父さんは復唱した。


 




 わたくしは泡ぶくの音色に耳を澄ませた。

 珊瑚の水槽、そこにはアンドロイドの海生生物が漂っている。

 パートリッジ社とアルゴ重工の技術提携で、超小型アンドロイドのアンドロイド・スカンクシュリンプとアンドロイド・コーラルクラブが開発された。

 群体型アルゴリズムで、環境操作を非侵襲的に行い、珊瑚の海域の調査と保全に勤しむ。

 防御機能付きデータ採取端末だけど、生き物のかたちを模すだけで物語を生む。

「企業慈善も分かりやすさ重視かしら」

「エレノア。お前はルッキズムと感じるか?」

 おじいさまが問う。その声に張りはない。

 わたくしはおじいさまと手を重ねる。痩せて、皺が増えて、乾いた皮膚。老いと疲れが降り積もった肉体。

 お倒れになられて、一段と老いが深まった。

「物語は必要ですわ。ええ、大衆はいつだって物語を求めますもの。今回それが外見だったという話」

 醜いヒトデから美しい珊瑚を守る、小さな妖精たち。なんとも人々に共有されやすい物語だわ。生み出された物語は神話になり、神格化される。そして信仰さえも産むのよ。

 そして異論や倫理的疑義が、異端と火あぶりされる。炎上、現代の魔女狩りね。 

「そうだな、共感を得やすい物語は大切だ。血統幻想などのな」

 遺伝子のつながり。

 それはわたくしとて理解できる。

「パートリッジ社の小型化技術で、アルゴ重工のポーラーシリーズが小型化された」

 ポーラーシリーズといえば、アルゴ重工のシロクマ型アンドロイド。

 もともと北極で冷戦時代の核兵器を処理するため、政府からの依頼でアンドロイド・ポーラーベアは開発された。海洋科学館で稼働している個体は、そのプロトタイプだったわね。

 信頼性は折り紙付き。

 それの小型化。 

「ポーラーシリーズの小型化……いえ、幼体化?」

「そうだ。名称はポラリスシリーズ。子供を守る専門の警備アンドロイドだよ」

「……チャイルド用アンドロイド」

「いや、ペンギンチックとは競合しない。アンドロイド・ペンギンを子供専属にするようなものだが、あの耐久性を考えれば量産は不可能だ」

「それなら技術提携に反しておりませんわね。で、アルゴ重工は新シリーズのアンドロイドを、実績の高いポーラーシリーズの子供として発表して、信頼性を付与しようと?」

 七光りというものね。

 わたくしが口に出せる言葉ではないけど。

「興味深いですわね、ポラリスシリーズ」

「お前も会いたいなら、関係者発表会に招いてもらおう」

「ええ、ぜひ」

 おじいさまのお力になれるならば、なんなりと。

 この想いは血統幻想ではないわ。

 弱視となったわたくしが、それでも自由に生きられるように、R.パラスケバスとR.レイノルドを与えてくださった。政府と交渉して、見守りバードによるスマートシティを広めて、犯罪を抑制してくださった。

 保護ではなく、自立を。

 わたくしが生きやすいようにしてくだった愛に、わたくしは報います。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ