トラディショナル・ブロッサム&モダン・フラワー
「父さん。エデンから、誕生パーティーの招待状をもらった!」
手書きの招待状を掲げる。
クラスで開催する社交用のお誕生日と違って、これはほんとの友達しか招待しないんだ。
「行くからね」
「ああ。エデンくんの母親から、メッセに届いている。ファンタジック・アミューズメント・ガーデンでするそうだ」
「エデン、パークパーティーするんだ」
ファンタジック・アミューズメント・ガーデン。
公園と遊園地のまんなかみたいな遊び場。
機関車広場とか、スペースシャトルルームとか、ボールプールとか、貸し切りできるゾーンがいくつもあるんだ。
だから誕生日にはホームパーティーじゃなくて、パークパーティーの子も多い。
クラスのプルデンスなんてすごいお金持ちだから、ローズメイズと大広場を貸し切りにして、メリーゴーランドやダンサーも追加させたって。しかもお気に入りのヴァーチャルシンガーも招いたって、ケルシーから聞いた。
プルデンスみたいにお金持ちじゃないので、ふつーは一区画借りるだけだ。
「どのゾーン借りたのかな?」
「最近、新設されたフラワー・トランポリンらしい」
「どんなところだろ? トランポリンできる?」
「そうだな。大きなトランポリンが設置されているらしい」
自動車で30分。
ファンタジック・アミューズメント・ガーデンに、クラスの友達や、あとよく知らない男の子たちが六人くらい。習い事教室の友達かな。
「パピアくん、いらっしゃい!」
エデンが出迎えてくれた。その後ろにはエデンのお母さんがふたり。ふわっとした雰囲気で花のネイルした女性と、きりっとした眼鏡をかけている女性。ふたりともエデンのお母さんだ。
「お誕生日おめでとう、エデン。すごいたくさん友達お招きしたんだね」
「いとこたちだよ! せっかく貸切るからって、ブリギッテママが張り切っちゃったんだ」
「へー、いとこ多いんだ」
「ブリギッテママ、伯父さん多いんだ。あとガブリエルママの叔母さんところの子」
そういえばうちの母さんは一人っ子なのかな?
親戚の話題は一切ないから、たぶん兄弟姉妹いないような気がする。
「早く遊ぼ!」
フラワー・トランポリン・ルーム。
高い天窓がある大きな部屋だ。
床はぜんぶ花畑。
お花が咲いている。
たくさんのお花。薔薇とか百合とか、あと知らないけど、いろいろ咲いていた。白くて小さいのとか、紫で細長いのとか。
「トランポリンはどこかな」
「このお花が、ぜんぶトランポリンだよ」
エデンが飛び乗る。
花たちがしゅっと閉じて、布みたいにまっ平になった。エデンがジャンプすると、花がまた一斉にぶわっと開く。
「なにこれ、すごい」
触れようとする寸前まで咲いている。
でも花を摘もうとすると、するっと閉じて布になっちゃった。
みんな頑張って捕まえようとするけど、お花は絶対に捕まらない。なんで。
「どういう仕掛け?」
「えっとね、オジギソウ? 縮む作用を造花にして、触れると布になるんだって」
説明されてもよく分からない。
説明しているエデンもよく分かってない。
ただ分かるのは、花畑のトランポリンは楽しいってこと。
下を見て、高くジャンプする。足元にはたくさんの花。
夢中になって飛ぶ。
他の子とぶつかりそうになった。
「わっ!」
足元の花がふわっと膨れて、バルーンになった。エアバッグみたいだ。
一時間くらい貸し切りして、時間がきたら付属のレストランでランチだ。カップケーキは、パステルでお花の砂糖飾りがたくさん乗っていた。あと丸くてカラフルなシロップ漬けドーナツもある。テーブルも花畑だ。
ハッピーバースデーを歌う、その直前、大人が入ってきた。
知らない女性だ。
インド映画のメインみたいな独特の迫力がある女の人。黒いスーツや黒髪に、異国のシルバーアクセサリーをつけている。女優さんかモデルさんなのかな。
「遅くなってごめんなさいね、エデンちゃん。みなさん、よく来てくださいまして」
「ママ、遅い」
エデンが唇を尖らせる。
………あれ?
「エデンのお母さんって、ふたりじゃないの?」
「三人だよ。ラクシュミママはいっつも海外だから、あんまりいないけど。アンティークディーラーで、外国の骨董品を買いに出かけているんだよ」
「へー。エデンはラクシュミママといちばん似てるね」
ぱっちりとした瞳とか、睫毛や眉毛の濃さ、髪の毛の質感がおんなじだ。
「そうなの? じゃ、たぶんラクシュミママが、遺伝子のママなのかな? ブリギッテママとガブリエルママのどっちかが、ぼくをおなかで育てたんだ。どっちでもいいけど」
「ふーん」
母さんは自分の遺伝子でぼくを作って、自分のおなかで育てだんだ。
だからぼくの母さんはひとり。
母親がふたりとかさんにんって不思議だな。
「うちの家族はモダンだけど、パピアくんちはパパひとりとママひとりだから、トラディショナルだよね」
「へー、トラディショナルなんだ……」
知らなかった。
誕生日パーティーが終わって、ぼくは家に帰る。
父さんが晩ごはんを作ってくれて、母さんは研究で帰れないからディスプレイでおしゃべりだ。
もらったグッディバッグを広げる。シャボン玉だ。
学校じゃないから、お菓子も入ってた。おはなのグミやキャンディ。あとパウダーステックも入っていた。シナモンって書いてある。
「それはチャイのステックね。インドのスパイシーな飲み物よ」
「故郷の飲み物かな? エデンの三人目のママは、インドの映画の女優さんみたいだった!」
三人のママに囲まれて、幸せそうなエデンを想う。
「母さん、エデンがぼくんちをトラディショナルって言ったけど、そうなの?」
途端、母さんの瞳は丸くなった。
なんで?
ぼくが首を傾げていると、母さんの笑い声がスピーカーから響く。
「そうね。母親と父親と子供なんて、トラディショナルそのものだわ!」
何か面白いのかぼくにはさっぱりだけど、とにかく母さんは上機嫌に笑っていた。父さんはいつもの穏やかな微笑みだ。
「なにか面白かった?」
「子供の発想に、感銘を受けたんだよ。うちが伝統的か」
微笑みながら呟いて、アンドロイドの父さんは夕食を持ってきてくれる。
まったく完璧にトラディショナルな、ブレッドボウルのクラムチャウダーと燻製チキンのコブサラダだった。