少女の主旋律は小鳥が歌う
「エッグを温めれば、あなたのこころに呼応する。あなたのためのちいさなたまご」
リビングにCMが響く。
サイエンス・チャンネルのCMで、見守りバード社の新製品が紹介されていた。
見守りエッグだ。
登録者の傍に置き、ずっと温めていると、鼓動が伝わってくる。
話しかけ続ければ、そのうちゆらゆらと揺れたり、内側からコツコツ返事をしてくれる。
見守りバード社に依頼すれば、孵化もさせてくれる。一般販売しているシリーズの鳥モデルを選び、専用の見守りバードにしてくれるんだ。
自分で温めて、孵化した見守りバードか……
ちょっと欲しいな。
自分で孵化させたペンギンチック型なんて、きっとすごい可愛い。
「パートリッジ・エレクトリックは相変わらず面白いわね」
ディスプレイ越しの母さんが呟く。
今はヨーロッパの国際学会にいるけど、自由な時間にぼくと一緒にサイエンス・チャンネルを見てくれる。
「パートリッジ・エレクトリックって誰?」
「見守りバードを作っているコングロマリットよ。みんな、見守りバードグループって呼んでるけど」
「え? 本名それなの?」
クラスのみんなだって見守りバードグループとか見守りバードブランドって呼んでいるのに、本名、別にあったんだ。
パートリッジ・エレクトリック。馴染みないなあ。
新製品の紹介が終わって、ニュースに変わる。
ニュースキャスターが登場して、その背景には空港が写った。
「サウスカロライナ州チャールストン国際空港。そこで空を守っているのは、アンドロイドのCpt.サンダースです。Cpt.サンダースは空港の守り手として、利用者から愛されてきました」
大きな鳥が映る。
空港の屋根に、背筋を伸ばして凛と佇んでいた。
身体は白く、翼は灰色。
めちゃくちゃ大きいし、それにくちばしにキバがある。
「鳥でも牙があるんだ!」
「現生種の鳥はないけど、大昔に絶滅してしまったペラゴルニスにはあったのよ。ペラゴルニス・サンデルシ型の見守りバードね」
ペラゴルニス・サンデルシ。また舌が回らなくなるような名前だ。
「おっきな見守りバードだね」
スクールカウンセラーのR.エマソンや警備員のR.フローベールはすごく大きいと思っていたけど、もっともっと大きな見守りバードがいるんだ。
「あんな大きいのに飛ぶんだ」
「大きい方が安定はするわね。飛ばすだけならARTでも可能だけど、あれに暴風雨やテロで狙撃されても安定するアルゴリズム組んで、LRAD搭載させて実戦対応させているのはさすがに真似できないわね」
母さんでも難しい技術。
それはかなり凄いってことだな。
「つい先日ペラゴルニス・サンデルシの化石よりメラノソームが発見され、分析されました。結果、緑と茶色が発見。現生種ではマガモ近い色素です。今のCpt.サンダースは定説のひとつ、アホウドリの色を模しています。生物学の新たな発見によって、Cpt.サンダースの羽根の色を最新の研究に合わせるか、それとも今の馴染みある姿のままにしておくか。議論が続いています」
ニュースキャスターがよく分からないこと言ってるけど、つまりCpt.サンダースの色が違ってたってこと?
「元の色を知らなかったの?」
「絶滅種だから、誰も見たこと無いのよ」
「じゃあドードー型とかオオウミガラス型も色変わるの?」
「それは人類がいた頃に絶滅したから、色彩は資料として残っているのよ。ペラゴルニス・サンデルシはホモ・サピエンスが誕生する前に絶滅してしまったの」
「恐竜みたい」
「そうね、恐竜の後くらいね」
ペラゴルニス・サンデルシ型の見守りバードは初めて見たけど、色が変わっちゃうのは奇妙な感じだろうな。
近所の公園や役場には、ソングバード型見守りバードのR.ロビンたちがいる。
おなかの辺りはオレンジで、翼は暗い黒褐色。
その色が変わったら、たぶん知らない世界に紛れ込んだ気持ちになる。
「パピア。明後日にチャールストン国際空港で降りるのよ。もしよかったら、パピアも空港に来る?」
「いいの?」
「でもすぐ次の仕事だから、時間があってもディナーを食べられるくらいよ。遅延したらハグひとつで終わるわ」
「行く! 絶対に行くからね!」
その日は学校を早引けして、残りの授業はリモートに切り替え。
メトロ空港から飛行機に乗って二時間、母さんが立ち寄ってくれるチャールストン国際空港へ飛んだ。
父さんと手を繋いで、空港に入る。ロビーで居心地良さそうなソファを見つけて座った。
「母さんの飛行機、早く来るといいね」
一緒に晩ごはん食べられると嬉しい。
そわそわしてしまって、課題が手に付かない。父さんも待ちわびているのか、ぼくのタブレットが白紙でも口を出してこなかった。
とにかく早く会いたい。
空港の大きなロビーは、一面の硝子張りで外の風景がよく見えた。
滑空場でジャンボジェットが行き交っている。絶えず離陸して着陸して、ぶつからないのが不思議なくらいだ。
「Cpt.サンダースだ!」
誰かが歓喜の声を上げる。
管制塔から羽ばたいているCpt.サンダース。
すごい。ディスプレイで見るよりずっと迫力がある。巨体が滑空すれば、空の雲が吹き飛びそうだった。
ぼくは硝子に駆け寄って、Cpt.サンダースの雄姿を見上げた。
「かっこいいな、空のクジラみたい!」
「ふふっ」
ぼくの主張に、斜め後ろで笑う声がした。
女の子の声だ。
振り向けば、女の子がいた。年上で、色白で、髪が長くて、何よりすごく細い。年上なのにぼくより細いんじゃないか。ケルシーもバレエをやっているから細いけど、この女の子の細さは壊れそうだった。
肩にはインコ型の見守りバードが一匹。
それも純白。
くちばしからかぎ爪まで真っ白の鳥。つまり視覚障害者の見守りバードだった。
この女の子、目が不自由なんだ。
ほっそりとした白い手にはハーネスが携えられて、レトリバー型セキュリティ犬も連れている。盲導鳥と、護衛を兼ねた盲導犬。
インコはぴちゅりと鳴く。
「コンニチハ、ボク、パラスケバス。ヨロシク」
「よろしく、R.パラスケバス。ぼくはパピア・マリオット」
「パピアくん! コッチはマスターのエレノアちゃん。ナカヨクしてネ!」
「うん」
頷いてしまう。
白くて細い女の子は、エレノアって言うらしい。
「ごきげんよう。笑ってしまったのは、失礼だったわ。でも楽しい感想が聞けると嬉しくなるの。わたくしはCpt.サンダースが大好きだから」
上品に微笑む。
目が不自由なのに、好きなんだ。
「Cpt.サンダースは格別だけど、見守りバードたちが好きなのよ。もちろんR.パラスケバスも大好き」
「ボクもダイスキ!」
R.パラスケバスは嬉しそうにさえずり、エレノアの白い頬に頬ずりする。
「あなたはクジラが好きなの?」
「うん。アンドロイド・ホエールがいちばん好き」
「アルゴ重工のベンテシキュメ7000とか?」
この女の子も海洋アンドロイドに詳しいんだ!
嬉しくなって、舌が回りだす。
「うん! カッコイイよね! あとアンフィトリーテーCタイプも好き! 海洋科学館オートマタ・オーシャンって知ってる? そこで見た。稼働空間レベル5! 超臨界CO2の噴気孔でも活動できるんだよ。見てるだけでドキドキする!」
エレノアは優しく微笑む。
「きっとすてきね。水音とクジラの鳴き声………聞きに行きたい」
「ここからだと飛行機で二時間だよ! 絶対にカッコイイから!」
「楽しそう。そのうちおじいさまにおねだりして、遊びに行くわ。夏休みに行けるかも」
「絶対たのしいよ! ペンギンたちもいるよ!」
「ふふっ。アンドロイドってやっぱり非人間型が美しいわ。どうして人間の形にするのかしらね。人間なんて、いっぱい居すぎるのに」
「………え?」
優しい口調のまま、なんだかよく分からないことを言う。
噛み砕けないでいると、後ろからハイヒールの音が近づいてきた。
「パピア! 私の真珠ちゃん」
母さんだ。
臙脂色のワンピースとハンドバックとハイヒール。遠くからでも引き付けられる赤さだ。ステンレスオーガンジーのボレロには、デトロイト瑪瑙のブローチをしている。
ぎゅっとハグされて、額にキスされる。恥ずかしいけど、やっぱり嬉しいな。
「さ、パピア。ディナーに行きましょう。おなか減ったでしょ」
「うん」
父さんと母さんと並んで歩く。
さっきの女の子、エレノアはいつの間にかいなくなってしまった。音もなく、消えた。
「………あ、さっきパピアの隣に、女の子いたでしょう」
「うん、初めて会ったよ。見守りバードが大好きなんだって」
「でしょうね」
「母さんの知り合いなの?」
「写真で顔だけは知ってるのよ。パートリッジ総帥のお孫さんよ。見守りバードを開発販売しているコングロマリットのご令嬢。企業としては新しいけど、南北戦争以来の旧家だから、お姫さまと言ってもいいかも」
パートリッジ・エレクトリックのお姫さま………
だからCpt.サンダースも大好きで………
でも人間のアンドロイドは好きじゃないんだ。
好きになってくれればいいのに。
ぼくは母さんと父さんの手を握る。翼じゃなくて指がある、それって素敵なことだから。




