飛べない翼の、その沈黙のさえずりに
「いってらっしゃい。パピア」
父さんに見送られて、スクールバスに乗り込む。
友達とおしゃべりながら揺られていると、朝の陽射しがきらきらする。学校まではあと五分。
青い空へ視線を向ければ、ピンクの雲がひとつ。
違う、雲じゃない。
あのピンク色はR.フローベール。
ぼくらのスクールを警備巡回している、アンドロイド・フラミンゴのR.フローベールだった。
普段は校内を歩いている。飛ぶ姿は滅多にない。
……何かあったのかな。
学校に到着しても、なんとなく人が少ない。
ぼくは教室まで歩きながら、クラスメイトたちを見回す。東回りスクールバスのメンツが到着してないのか。
「交通事故かな」
呟きの一拍後、ドアが開いた。担任の教師だ。
深呼吸してから朝の挨拶をして、ぼくたちをぐるっと見回した。
先生の眉間の皺や、落ち着きない口許から、なんとなくあまり良くない知らせだって分かる。普段は私語のうるさいクラスメイトも黙っていた。
「クラスメイトたちは無事だ。ただ本日の八時に、東幹線道路で事件があった。乱射事件だ」
喉の奥が痛むほど乾く。
乱射、事件。
だから警備員のR.フローベールは、上空から学校を見張っていたのか。不審者対策だ。
「人間の被害はゼロ。警察の捜査の邪魔にならないよう、スクールバスは遠回りで学校に向かっている」
先生の言い回しには、苦しそうな気配かした。
『人間』の被害は、ゼロ。
じゃあ撃たれたのは、誰だ。
授業は朝から滞りなく進む。
不安な気持ちとデバイスを抱えて、物理科学室から視聴覚室へ移動する。
途中でクラスメイトのコールドウェル(友達ではない)が合流してきた。こいつは算数と理科だけ飛び級して、上のクラスで習っている。だから居たり居なかったりする。
コールドウェルは親しい友人にニュースを持ってきたらしい。
「上級生から聞いてきた! イーストタウンの方でR.ロビンがボロクソに撃たれたんだと」
聞こえてしまった事実に、足が動かなくなる。
R.ロビン。公園や役場にいるアンドロイド・ソングバード。ぼくたちを守ってくれる小さな歌い手たち。
それが撃たれた?
どうして。
廊下の隅で呆然としていると、コールドウェルとその友人たちの声が届く。
「監視社会反対とか、なんかそういう連中かな?」
「R.ロビンって、稼働空間レベル1だったもんな。撃ちやすいんだから、飛んで逃げられるようになんないかな。予算的に無理かもしんないけど、撃たれたって聞くだけでトラウマだよ」
「飛んでほしいよな。でも稼働空間レベルひとつ上げるだけで、バカみたいにコストかかるし」
「っていうかコスト問題じゃなくて、ソングバード型は逃げないようにしてあるんだ」
コールドウェルの声が大きいせいか、やけに耳に届く。
「頭のおかしい連中とか通り魔って、弱いやつに目を付けるもんだろ。だからソングバードは弱くして、標的にされやすいようにしてあるんだ。児童や障碍者を守るために」
「マジで?」
「マジ。クラッシャブルゾーンの理論だよ。化学的に喩えると犠牲菅な」
「犠牲菅か。治安構想に破壊制御設計を組み込んだわけか。気分悪い話だな」
狂った人間に撃たれるための、逃げない小鳥。さえずるだけの鳥。
鳥たちは暴力の避雷針となって、羽根を朽ちさせる。
だんだん気持ち悪くなってきた。
視聴覚室はあと数歩なのに、どうしようもなく遥か遠い。
いつもの学校の廊下で、周囲はクラスメイトばかり。なのに知らない街で独り、立ちすくんでいる感覚だ。
「パピアくん、具合悪いでしょ」
幼馴染のケルシーが、ぼくの手首をつかんできた。
「保健室に連れてくわ。あたしはすぐ戻るから」
問答無用で保健室に連れてこられた。連行されたというか、そんな感じだ。
すべてが漂白されたような保健室に、R.エマソンがいた。
ぼくと同じくらいの身長の皇帝ペンギン型アンドロイド。この学校のスクールカウンセラーだ。アイロンをかけてぱりっとした白衣を纏っている。
「おはよう、パピアくん」
「R.エマソン。木曜はお休みじゃ……」
「木曜は整備日だけど、ほんとは月一でいいんだよ。運動やる先生とは違うからね。今日はね、どうしても出勤したかったんだ」
くちばしは優しく語ってくれる。
事件があったから、出勤してくれたのか。
R.エマソンの存在にほっとしたのか、ケルシーは授業に戻っていった。
ぼくはソファに座る。
黙っていると、ピィピィとペンギンチックが一匹やってきた。
皇帝ペンギンの雛型アンドロイドだ。柔らかそうな灰色の毛並みに、つぶらな瞳。
ペンギンチックたちは付属幼稚園の幼児メンタルケアのためにいる。会話は出来ないけど、鳴き声や羽根の動きで感情をいっしょうけんめい伝えてくれるんだ。
「パピアくんに抱っこされたいみたいですよ、その子」
「だっこするなんて、幼稚園児みたいだな」
そう呟いたけど、甘えてくるペンギンチックを無視できない。
抱き締めると、暖かかった。
嬉しそうな鳴き声をひとつして、安心したように丸くなる。そっと撫でた。
ああ、なんて小さくて、柔らかくて………弱々しいんだろう。
「ずっとここにいるんだよ」
ぼくの涙がペンギンチックに落ちる。
涙の重さなんて知らずに、小さな雛は幸せそうに眠っていた。




