チョコレートマフィン
「いいなー、アンドロイド。うちさ、見守りバードとセキュリティ犬しかいない」
「ペットの方がいいって。喋るとうるさい」
おやつを食べていい休み時間、クラスのみんながお喋りが飽和する。
クラスメイトの保護者は、だいたいロボット関連企業で働いている。あとは自動車産業。どっちにしても家庭内にロボットがいる方が普通だった。
圧倒的なのは、アンドロイドの祖母。
うちみたいに『父親』というアンドロイドはいない。
「おばあちゃんが多いんだね」
「そりゃそうだろ」
ぼくの呟きに反応したのは、大柄な男の子だった。あんまり親しくない。そもそも動きが大きくて怖いから親しくしたくない。
苗字はたしかコールドウェル。名前はなんだったかな。
「だってアンドロイド耐久年数から考えりゃ、祖父母世代にしておくのが無難じゃないか。メンテ保障越えて稼働させても、十五年がせいぜいじゃん」
耐久年数。
なんとなく胸に嫌な気分が沸いた。
「アンドロイドの寿命をそういう風に言うのって、無神経だよ」
ぼくの言葉に、コールドウェルは何か反論を呻いてたけど、もともと聞くつもりなんてなかった。
スクールバスから降りて、手洗いうがいを終わらせ、かばんを自室に力いっぱい投げ込み、キッチンに駆け込む。
「おかえり、パピア」
オーブンの前で父さんがおやつを作っていた。ぼくのためのおやつの香りが、キッチンに漂っている。
甘くてすてきなチョコの香り。
だけど気分は、盛り上がってくれない。
「父さん、聞いてよ」
「真面目に向かい合って? それともお前のためのチョコレートマフィンを作りながら?」
「おやつを作りながら!」
チョコレートマフィンより優先される話でもない。
ぼくはホットミルクを自分で用意して、休み時間にクラスメイトと交わした会話を再現をする。
「その子はアンドロイドの耐久年数って言ったんだ……仲良くしたくない」
耐久年数。
家族なのに、家電みたいな言い方。ひどい。
父さんは頷きながら、キッチンミトンを外す。
「コールドウェルくんのことは知らないが、ご両親は知っているし、一度だが面識もある。母さんと同じシンクタンクの学者だ」
「母さんと同じ職場なのに、そんなこと言ったんだ」
母さんはアメリカン・ロボット・シンクタンクで働いている。
通称、ART。とてもすごいロボットの研究者しか入れないんだ。
「部門が違う。彼のご両親は工学方面で、ひとりはロボットリコール問題に対処、もうひとりは部署が変わっていなければ、ロボットの耐久実験や環境実験をしているはずだ」
「ボティの方なんだ」
母さんは量子AIとかヒューマン・インターフェイスの研究だけど、あいつの両親はボディが専門なんだ。
「だからある意味、とても誠実だ」
「誠実!」
思ってもみない単語が投げられた。
受け止め切れず、大声が喉から飛び出す。
「ひとりは誤作動や暴走がもたらす損失を処理し、ひとりはロボットの信頼性を研究している。アンドロイドが社会に生きるために不可欠な仕事だ。そういう家庭で育った子なら、耐久年数という思考は、アンドロイド事故を生まないための誠実な態度に思えるよ」
言わんとすることは、うっすら分かった。
母さんはAI専門、あいつの両親は工学専門。価値観や優先順位の差ってやつだ。たぶん。
「……でも、ぼくは、好きじゃない」
「ああ、そうだな。父さんも好きじゃない」
「だよね!」
「ただその子は誠実だ。とてもね」
ぼくの気持ちを否定されているのか、肯定されているのか。
でも、たぶん父さんは好きとか嫌いの『その先』を見ているんだろう。
ぼくにも『その先』に行ってほしいんだ。
そんな気がした。
焼きたてのチョコレートマフィンが差し出される。
真っ白いにお皿に、黒褐色のマフィン。
大好きな甘い香りに、こころがほんのちょびっと解されていく。
世界にはいろんな家庭がある。
アンドロイドといっしょに育って、親がアンドロイド技術に携わっていたって、考え方はいろいろだ。
いきなり無神経って言ったの、良くなかったかな。たぶんあんまり良くないんじゃないか。
明日、謝ったほうがいいかもしれない。
あいつの態度次第だけど。




