ぴーなっつ
ELAの授業が終われば、ランチタイム。
ぼくのお昼は、いつも父さんがランチボックを作ってくれるんだ。給食はあんまり美味しくない。ううん、父さんの料理がとびきり美味しいんだ。
ロッカーから弁当鞄を出して、友達のエデンと中庭へ行く。
赤煉瓦と青空のカフェ。
ランチボックスを用意していない子は、ハーゲンワゴンを真似したカウンターで給食を注文するんだ。ぼくは持ってきているから、すばやく良い席を取る。
エデンはいつも給食だ。今日はフルーツヨーグルトといちごミルクだけ持ってきていた。
「ランチそれだけでいいの?」
「今日はマフィンもってきた!」
エデンはナップサックをひっくり返す。
真空パックのミニマフィンだ。ころころとみっつテーブルに転がる。
にんじんスパイスは美味しそうだな。
あとは、ほうれんそうチーズと………
三個目にぼくらは絶句した。
「エデン、これは……」
「違う! これじゃない。なんで? パンプキン持ってきたつもりだったのに。ほんとに!」
持ってくるつもりじゃなかった三つ目のマフィンを、エデンは慌ててナップサックに隠す。
ぬっ、とテーブルに影が落ちた。
ピンク色の巨体が、ぼくらの傍らにいる。
アンドロイド・フラミンゴのR.フローベール。学校の警備員だ。
普段は安心するけど、今日は緊張する。
「こんにちは、エデンくん、パピアくん。すまないがさっきテーブルに出ていたマフィン、ワタシにくれないかな」
「は、はい、どうぞ」
エデンは恐る恐る提出する。
大きな羽根は、そのマフィンを受け取った。
ピーナッツバターマフィン。
真空パックの表面には、おっきく注意書きがされていた。
『これは重篤なアナフライキシーを引き起こすアレルゲン物質です。医者の許可がある方のみ食用可』
「未開封だね。よかった」
R.フローベールは穏やかに告げる。
ほんとうによかった。
ピーナッツは校則で禁止されている。
たとえば銃とかドラッグなんて持ってきたら、学校を追い出される。当然だ。その銃とドラッグ、そのひとつ下がピーナッツなんだ。
誰かが死ぬ危険性のあるモノを持ち込めば、親の呼び出しだけじゃすまされない。
「でも保護者の方にはお伝えしなくちゃいけないんだ。ごめんね」
「は、はい」
ピーナッツバターマフィンを没収したR.フローベールはゆったりと歩いていった。
R.フローベールには怒られなかったけど、エデンは萎れている。きっと自分のママたちのことを思っているんだろう。
「おこられる………」
わざとじゃない。
だけどさすがにピーナッツは、わざとじゃなくても怒られるだろう。
ぼくは家に帰って、おやつを食べながら父さんとお喋りする。
今日のおやつは、野菜とりんごのチップス。ピーナッツと違って、安全なんだ。
「アレルゲンなんて、売らなければいいのにね」
「パピア。そうか、スイミングスクールが終わったら、いっしょにスーパーに行くか?」
「うん」
スーパーに寄れるのは嬉しいけど、どうしたんだろ。
父さんはぼくをスイミングスクールに送って、その間に買い物を済ませているのにな。
スイミングスクールの近くには、いろんな食べ物が売ってるスーパーがある。
取れたての野菜も売ってるし、果物のもある。アイスクリーム屋もあるし、グルテンフリー屋さんも入ってる。その隣にはジャムとかコンポートの売り場。
そこから通路ひとつ隔離された棚が、アレルゲン物質の売り場だ。
アルコールとアレルゲンは絶対わかるようにしとかないとダメなんだ。
『これは重篤なアナフライキシーを引き起こすアレルゲン物質です。医者の許可がある方のみ食用可』と多言語で書いてあって、同じことが多言語でアナウンスもされている。
レジも専用だ。
ピーナッツバターやピーナッツチョコレートが、たくさん並んでいる。
アルコールといっしょで、ピーナッツは公共の場では食べられない。危険だから。
隣は蕎麦か。蕎麦ガレットに、蕎麦の実入りのチョコ。ふーん、蕎麦はちみつなんてあるんだ。
ほかにはセサミクッキーとかセサミドレッシングとか。セサミドレッシングはコブサラダに合うけど、無理して使うこともないと思う。オーロラソースの方が美味しいし。
見たこともない調味料まで並んでいる。チーマージャン? タヒニ? ショーユ? ミソ? 聞いたことない。
「なんかいっぱいある」
「校則では禁止されていないが、アレルゲン表示が義務の食品は他にもある」
「無くてもいいのに」
「おいで、パピア」
父さんはさらに奥に行く。
突き当りは冷凍の棚だ。空気がちょっと涼しい。
「パピア。うちでいつも買っているのはこれだ」
冷凍棚から出してきたのは、凍った海老がたっぷり入ったパックだった。
パッケージには多言語で、『これは重篤なアナフライキシーを引き起こすアレルゲン物質です。医者の許可がある方のみ食用可』って書かれている。
え……?
海老がないと、ジャンバラヤとかポーボーイが作れない………
「これもだ」
次に出したのは、冷凍鮭のパック。
チャウダーやソテー……
「これもアレルゲン指定されてる」
冷凍鱈のパック。
フライ、ムニエル、タラたっぷりのほかほかポテトサラダ……
「アレルゲンを売らなくちゃだめだね」
「賢くなったな」
父さんは面白そうに笑って、海産物パックをスーパーのカートに入れた。