百合原橙也の思案
夜のディナーも承っているシャルンは十七時前はまだ暇なくらいだ。この時間帯は社員の先輩が休憩を取っている事もあり、胡桃先輩と俺の二人で店を任せられていた。
「ムカつくなぁ」
「え?」
「あの二人」
注文を取ってくるや否や、菓子折りコーナーの整頓をしていた俺の隣へわざわざぼやきに来たらしい胡桃先輩。先輩の視線の先はソファ席に座るひかりと棗。二人の表情を読めるほどの距離ではないので、雰囲気は伺えない。
「俺は反対したのに、ひかりちゃんがオーケーなんて出すから」
「棗だったらうまくやりますよ」
「そういうことじゃないぃ……」
恨みがましそうな目で俺を睨む胡桃先輩は、玩具を取られた子供のように駄々をこねる。この人は相変わらず図体と心が釣り合っていない。俺はとりあえず笑ってご機嫌を取った。
「別に本当に付き合うわけじゃないんですから」
カウンターに戻り、伝票レシートを見れば複数のケーキの注文にコーヒー二つ。恐らく大半が棗のものだと察しがついた。
「どっちも好意はないんだよな?」
「知らねえっすよ」
「ひかりちゃんはないよな?」
「そんな話しないです」
ショーケースから注文のものを取り出し、トレーに並べられた皿の上に乗せていく。俺は未だにこの作業に緊張するというのに、この人は話のついでだと片手間にこなしていた。
「灰司くんは?」
「も〜……棗の浮いた話なんかもっと聞いたことないですって」
「あんなに王子様って持て囃されてるのに……」
コーヒーをティーカップに注ぎ、それぞれの注文品を予想した二つのトレーにそっと置く。
それを持とうとすれば、胡桃先輩は引ったくるようにトレーを持って「行ってくる!」と初陣じみた気迫で向かっていった。
「すげえなあ……」
俺は自分から近寄ろうとすらしたくないというのに。
即席とはいえ、近しい女友達と幼馴染のカップル。二人と会話して女と男の色が見えでもしたら、俺なんかは100%顔に出てしまう。
"気まずい"と。
(惚気られたりなんかしたらたまったもんじゃない)
以前、キッチンで見せてもらったいちごジャムを思い出す。ぐつぐつと煮えたぎった赤い果実。それが今は脳内に浮かんだのはどう言う理由だろう。
カウンターに頬杖をついて、暇つぶしに胡桃先輩の行方を視線で追ってみる。案の定、棗の甘いものドーピングでカウンターをくらってぴえんとこちらへ帰ってきた。
「付き合ってる!」
「知ってます」
「期間限定じゃないんだって!」
「え?」
「灰司くんが言ってた。ひかりちゃんは否定してたけど」
「じゃあ棗の冗談でしょ」
「冗談とかいうタイプなのか?」
「全然言いますよ」
俺の知る限りでは結構タチの悪い冗談も言うし、あざとく態と嫌味を言うこともある。それでも、幼少期から今まで恋愛についての冗談は一度も話題に挙がったことはなかった。
「胡桃先輩、気まずくないっすか?」
「え? なんで?」
詳しく言う前に言葉の意味を理解したらしく、きょとんと先輩は首を捻る。
「なんか今まで恋愛の話とか棗としたことなかったし……」
「俺は灰司くんに興味ないからなぁ……」
「ひかりにはあるんすね」
「ああ、おばあちゃんが取られたみたいな気分だ」
くはっ、と思わず笑い声を上げてしまう。慌てて口を手で覆ったが、至って真剣な先輩は不服そうに俺を睨みつけた。
「これが恋愛感情なのかな」
「知らねっすよ」
「ちゃんと考えてくれよ」
「俺にまで甘えだした……」
ひかりだけではなく、俺にもずいぶん気安くなった先輩はかなり素直に気持ちを吐露するようになった。それが嬉しくもあり、羨ましくもある。
その呟きに俺が聞きたいんですけど、とはとてもじゃないが言えなかった。




