6.貴女の妹のういちゃんです
「おかえり、おねーちゃん」
「ういちゃん、ただいまぁ」
「ちゃんと靴並べてね、おかーさんに怒られるよ」
「……はぁい、ういちゃんはしっかりしてるね」
学校が終わり、慣れない帰路を辿って家に着くと愛らしい妹が玄関でちょうど出迎えてくれた。
小学生に礼儀を注意されるのはいかがなものかと思いながらも、ひかりは言われた通りに靴を並べてスリッパに履き替える。
「今日のおやつはプリンだよ、リビングで食べる?」
「あー……私の分ういちゃんにあげる」
「え!? いいの!?」
無愛想な憂の瞳が、かっと見開かれる。
彼女にとっては姉でも、ひかりにとってはまだ朝食を一緒に囲んだくらいの間柄だ。そんな短い間でも分かるくらい彼女は感情の起伏が少なく、子どもらしくない少女だった。だからこそ、その反応はひかりには予想外であった。
「いいよ、甘い物あんまり好きじゃないし」
「ありがとう、おねーちゃん!」
ありがとう、おねーちゃん!
今ぴかっと光ったか? そう錯覚するほどの憂の眩しい笑顔に、ひかりの胸はキューピットの矢で射抜かれた。奇妙な姉を無視して、愛らしい憂はくるりと一回転した。
「じゃあお茶いれようか? ついでだから」
「本当に? ありがとう、お願いします」
「はーい」
うさ耳のようなツインテールを靡かせて、キッチンへ向かう憂。そんな小さな背中を、重い身体を引きずって追うひかり。ゲームであろうと慣れていない新しい場所は緊張するものだ。それでもまだ若い身体がこんなに疲れるものか? ひかりは苦悶する。
この後もナナコに根掘り葉掘りゲームシステムを訊ねねばならないし、麗しい妹とのひと時くらいはゆっくりさせてくれと切に願いながらテーブルに着いた。
「はい、ホットカフェオレにしたよ」
「……ありがとう! ういちゃんはいい子だねえ……」
「子ども扱いやめて」
子どもじゃん。憂の拗ねた声色にそう返す勇気は、さすがに今のひかりには無かった。口は災いの元だと知っている。
プリンとココアをテーブルに置いて向かいに座る憂を確認し、ひかりもコースターの上に置かれたピンクのマグカップを持って一口カフェオレをすすった。
「……んんっ、おいしいよ、ういちゃん!」
「大げさだよ、いつもと一緒だから」
つんとした態度でそっぽを向く憂の頬は少し赤い。
ひかりは憂の意外なリアクション続きに強い衝撃を受け、ついつい顔を覆う。
妹ってこんなに可愛いんだ。未だに照れた様子でココアを飲む憂に、ひかりの身は存分に癒されている気がした。
「……ところで、おねーちゃん」
「ん?」
「気になる男の子がいたらわたしに教えてね」
「え?」
「その男の子の今のちゃんとした好感度とかプロフィール、好きなデートスポットとかが分かるからね」
「ういちゃん!?」
しかし、安息の時間は続かない。
突然、機械的に話し出す憂。照れて赤みを帯びていた肌は元の肌色に戻り、こちらを見据える瞳からは光が無くなっていた。
「それと不定期で"ういちゃん☆ちぇっく"があるから、ちゃんとチェックするんだよ」
「ういちゃん、おねーちゃんを置いてかないで!?」
『落ち着いてください、彼女はひかり様のお助けキャラです』
今まで黙っていたナナコが不意に口を開く。
「お助けキャラ?」
『役割は彼女が説明した通り。私のものより更に詳細な情報を与えてくれます』
「今まで普通に会話してたのに、何で突然機械的になったの?」
『それがこのイベントでの彼女の役割だからです』
あんなにうるさかったのに一瞬静かだったのはナナコなりの気遣いなのではと解釈していたが、どうやら機械は機械らしい。冷たいナナコの声が狼狽していた脳内を静まらせる。
「……おねーちゃん、なに一人で喋ってんの?」
いつの間にか妹の瞳には光が戻り、一人で騒ぐひかりの事を怪しげに見据えていた。