5.自己紹介をしましょう
入学式が終わり、教室に戻ると早速ロングホームルームが行われた。
担任は白髪混じりのくたびれたおじさん先生、地理担当。見た感じ攻略対象ではなさそうだ。
「じゃあ、出席番号順に自己紹介でもしていこうか」
慣れない場所で大人しくしていたクラスメイトたちも、さすがにざわめき始める。ひかりもこの緊張を誰かと共有したかったが、誰の顔も分からず、ただ頭を抱えるしか出来なかった。
「阿笠玲奈です、好きな食べ物は……」
出席番号順に次々と単調な自己紹介が連なる。まるで現実だ。モブらしき生徒にも一人一人名前があり、好物があるらしい。
(スキップできないの?)
『大切なイベントのため、出来ません』
灰司の代表挨拶は遮ったのに。そう思ったが心の中にしまっておく事にする。ナナコには聞こえているはずだから、意図的に無視しているに違いない。
そして誰一人まともに覚えられぬまま、ひかりの前の生徒の自己紹介が終わる。ひかりは心臓が口から出そうになるのを堪え、自らを奮い立て立ち上がった。
「相良ひかりです。 ええと……好きな食べ物はおはぎです、よろしくお願いします」
素っ気ないひかりの声が静かな教室に響く。
自己紹介を終え、ぺこりとお辞儀をして着席しただけで、手にすごい汗をかいた。
まばらなしょぼい拍手が、それはそれはひかりを酷くみじめにさせる。
おはぎて。もうちょっと可愛げのあること言えんかったんか。
ひかりは楽観的ではあるが、愛嬌のまるでない女だった。
人に分け隔てなく優しくしたり、自分をよく見せようとするのが恐ろしく苦手なのだ。言っちゃあ悪いが、乙女ゲームのヒロインに向いていない、所謂"可愛くない女"だと自分でも分かっていた。
そもそも何故ひかりの容姿、性格のままで乙女ゲームなどさせるのだろう。こういうのって現実を無視して、見た目とか声は曲がりなりにも愛らしくなるのでは? ひかりは机の上で頭を抱えた。
『ひかり様自身で楽しんでいただくゲームとなっておりますので……私はおはぎ良いと思いますよ』
ナナコの無感情な声色は更にひかりを悩ませた。フォローの仕方も雑だ。ナビゲーターの仕事内容にメンタルケアは含まれていないらしい。
「灰司棗です……って、さっきの挨拶聞いてくれた人はわかるか。好きな食べ物はシャルンのチーズケーキです、宜しくお願いします!」
ひかりの倍は拍手が巻き起こったのは灰司の自己紹介。このゲームのメインという要素が乗っかっているとはいえ、こんな簡潔な自己紹介でもスタートから凡人とは違うのだと突きつけられた気がした。
(シャルンって?)
『学校の近くにある有名ケーキ店です、カフェと一緒になってるのでデートには最適ですよ』
(……有益な情報ありがとう)
デート。攻略対象であるからにはそういうイベントもあるのだろう。
大きな拍手に照れ臭そうに笑う灰司を見て、自分の愛嬌のなさで悩んでいたひかりの心は簡単に躍る。
しかも、攻略対象は何も灰司だけではない。ゲームなのだから色々なタイプのイケメンと出会えるのだ。この先の目眩く出会いにひかりはあっという間に元気を取り戻す。
「ぁ、……蘭咲黒です……、ぉねが、いします……」
『彼も攻略対象ですよ、プロフィール閲覧しますか?』
自己紹介の最後は入学式で目があったマスク姿の男子だった。座っていて気づかなかったが、背の高い立ち姿はもやしのようにヒョロ長い。
可哀想なくらい覇気のない声はまばらな拍手にさえも負けていて、ひかりはナナコの提案につい首を横に振ってしまった。




