1.他人事、ではありますが?
2.
「テメーのせいで白雪姫に嫌われちまったじゃねーか!」
「完全にアンタが悪いじゃん! 人のせいにしてプライド守ってんじゃねーぞ!?」
ひかりの乙女ゲーム人生ろくでもない。
嗚呼、ろくでもない。
***
うちの生徒が包丁で刺された、と担任から聞かされた時、教室中が噂話に花を咲かせた。
だれが刺されたんだろう。あの人じゃない? それとも〇〇先輩? 根拠もない噂が宙に浮いては消えていく様を、ひかりは自分の席から観察する。それは自分には関係のない話だと思っていたからこそ出来たことだった。
「刺されたの、胡桃先輩らしいね」
そんなひかりの無関心を乱したのは有象無象の一人だった。担任の話から一週間ほど経ったある休み時間。
「えーっ! ついに刺されたの?」
「正直意外って感じはしないかな、あの人女関係ヤバかったじゃん」
「ちょっと好きだったのになあ、目の保養にはなったよね」
シャーペンを机に置いて、話に聞き耳を立てる。ひかりは自分の席で勉強コマンドを実行していたのだが、その話は必然的にひかりの手と早送りを止めた。
「しかも刺したの保健医の三枝センセーらしいよ」
「痴情のもつれってやつ?」
「じゃない? センセーにまで手出すってちょっと異常かも」
「刺されてんのに今さら異常もなにもないでしょっ!」
有象無象の塊がドッと一斉に笑い出す。はしゃいでる声色は教室にはやけに馴染んだ。
しかし、ひかりには馴染むこともないまま。サーッと顔から血の気が引いていくのがわかった。まさか、もしかして、そんな、とひかりは己を己で追い詰める。
胡桃、三枝、と聞けばいやでもあの日の事が思い出される。保健室での一件だ。ひとりでに震える手をぎゅっと握り、制する手もまた震えていた。
もしかして、私のせい? その問いかけに答えられる人間は今ここにはいない。
「相良さん大丈夫? 顔真っ青だけど」
ただ目敏い人間はひかりのようなモブの異変だって見逃さない。その最たる例である灰司はひかりにハンカチを差し出し、心配そうに声をかけてくれた。
「! だ、大丈夫……ちょっと疲れてるだけ、」
ハンカチを受け取ることはしない。ひかりは咄嗟に笑顔を取り繕った。
「そう? 無理しないでね」
「うん、ありがとう」
「……」
灰司はハンカチをポケットにしまった。が、何故かひかりの目の前から立ち去ろうとはしない。
「まだ何かある?」
つい責めるような口調になってしまったひかりは下唇を噛みしめ、灰司から机の上のノートへと視線を移した。
「もしかして、胡桃先輩のこと?」
灰司は小声でひかりに問いかけた。目敏い人間はこれだから。とはいっても有象無象があれだけ大きな声で話していては仕方ないかとも思った。
「……別に小声で話してくれなくてもいいよ、私が刺したんじゃないし」
「そっか、不快にさせちゃったらごめんね」
「……こっちこそ、心配してくれてありがとう」
「ううん、後もしかしたらおせっかいかもしれないけど」
「なに?」
「僕、胡桃先輩の入院先知ってるんだけど……」
灰司の言葉を最後まで聞く前に、ひかりは椅子を倒す勢いで立ち上がる。床で暴れるひどい音に教室は一瞬で静まり返った。クラス中がひかりたちに注目しているのも気にせずに、ひかりは灰司の両肩をぎゅっと掴む。
「お、お願い! 教えてください!」
その肩は思ったよりも骨太で厚い。教室中に響くひかりの声に、灰司は動揺した顔一つ見せない。そして、何も言わずに用意していたであろうメモを胸ポケットから取り出した。彼はエスパー持ちなのか? 驚きでひかりの口がぽかんと開く。
「はい、でも面会できるかは分からないよ」
「……それでもいい、ありがとう、灰司くん」
どういたしまして。灰司は王子様スマイルでそう言えば、自分の席に悠々と戻っていった。
こっそり盗み見た彼のハートは全く満たされていない。これが灰司の通常運転だと知り、末恐ろしい気分になる。
そんな灰司に勝手に感心しながら、ひかりはメモをスカートのポケットに大事にしまい込んだ。皆の視線から逃れるようにいそいそと倒した椅子を戻しては、何事もなかったようにまたシャーペンを握った。




