少女たちの箱庭遊戯Ⅴ 宵闇の魔導士2
めっちゃ雪でしたね。雪は一ミリも関係ない柏井学園編2話です。COMITIA123で柏井学園の新刊が出るのでよろしければ。
ファヴォリの使い魔に乗ったルナたちは森の上を飛んでいた。
つい先ほど木苺を摘みに足を踏み入れた森のその先。フォーツの云う通り、何もない原っぱの真ん中に不釣り合いな建物が見えた。
ファヴォリの指示で使い魔が高度を下げ、地面に着地する。そのまま使い魔から降りたルナはじっと正面の門を見つめた。
門からつながる煉瓦造りの道と噴水、さらにその奥にそびえ立つ五階建てのガラス張りの建造物。
煉瓦道の左右にはグラウンドと、それを囲うように校舎と思わしき建物。
見間違えるはずが無い。正真正銘、ルナの造った世界の中心、柏井学園が確かに其処にあった。
「うーん、すごいね、完璧に再現されてる」
柏井学園に通う紡も、見慣れた風景に思わず唸った。
「どうしますか、ルナ」
「どうするもこうするも無いわ。中に入って創造主がいないか探しましょう」
そう云うと、ルナは両手で鉄格子の門を押し開け敷地内へと入った。
ルナに続いてリーヴル、リュミ、ファヴォリ、そして紡とクランが門を潜ると、ギィイと重い音を立てて門が独りでに閉まった。
「ふむ……鍵が掛けられたようじゃな」
クランが何度か門を揺らすが一向に開く気配は無く、ギイギイと金属の擦れる不快な音が虚しく響くだけだった。
「ねえねえじいじ、鍵ってさ、もしかして」
紡が不安そうな顔でクランに尋ねると、クランは紡の云おうとしていることを汲んで肯定した。
「嗚呼、どうやらこの学園と云う箱庭世界に閉じ込められたらしいのう」
「じゃ、じゃあリュミたちはもうお家に帰れないの……?」
リュミがルナのスカートの裾をぎゅっと握って、今にも涙があふれてしまいそうな瞳を姉に向けた。
言葉には出さないが、両手を握りしめたファヴォリも不安を隠しきれない様子だ。
ルナは膝を折ってリュミと視線を合わせ、安心させるためにそっと両手で彼女の顔を包み込んだ。
「大丈夫よ、リュミ。鍵が掛けられたのなら、鍵を開ければ良いだけ。鍵はこの学園の中にあるハズよ」
「うん、そうだね、それがルールだし。それに、みんなで探したらきっとすぐ見つかるよ」
紡もいつもの明るい口調でフォローに入る。
「あ、あの、ルールってどういうことですか?」
今ひとつ理解が追いつかないファヴォリが小首を傾げて尋ねた。説明が苦手な紡が何処から話そうか悩んでいると、クランが助け舟を出した。
「どんな規模であれ、世界を閉じるには鍵と門が必要なのは理解しておるな」
「は、はい。この箱庭世界も同じなんですよね」
「うむ。そしてその鍵じゃが、此れはお前さんらが想像するカタチとは限らんが必ずその世界の中に存在すると云う決まり――先の紡の言葉を借りればルールがあるんじゃよ」
「そしてその鍵と門が触れ合えば箱庭世界の扉が開かれ、出入りが可能になるの」
クランの説明にルナが付け加える。ファヴォリは成程。と呟いて納得した様子だった。
「余り長居するわけにもいきません、何処から探しますか?」
「えぇ、リーヴルの云う通りだわ」
学園の構造に詳しいルナとリーヴルを中心に、何処から探そうか相談をしている間、紡はじっと右側の中等部校舎を見つめていた。
そんな紡の様子に気付いたクランが、話の輪を抜けて紡に声をかけた。
「何か見えたかのう」
「ん? うぅん、ただ何となく、誰かがいるような気がして。多分黒影の魔女じゃないよ。雰囲気が違うから」
紡の答えに、クランはほぅ。と感嘆の声を漏らした。
「お前さんは感覚が敏感なようじゃな。どうじゃ、他にわかることを聞かせてはくれんかのう」
「うーん其れが誰なのかはわからないけれど、居るんだなぁっていうのはなんとなくわかるよ。今は此処隔離されているせいか、いつもよりはっきりしてる気がする。中等部の方に三人かな、あと、高等部に一人だね」
「ふむ、お前さんは何方が気になる?」
「気になる? うぅんそうだなぁ」
紡は腕を組んで難しい顔でうぅんと唸ったが、やがてぱっと目を開けた。
「中等部の三人。なんか困ってるみたいだし」
其れを聞いたクランは、あぁでもないこうでもないと議論しているルナたちの元へと戻っていった。
「ルナよ、先に中等部の方へ行くぞ」
「何よ急に」
「紡が其方に気になるものがあると云うのでな。儂も気になってな」
「まぁ……別に良いわよ、不都合は無いし」
話がまとまるや否、ルナは右手のグラウンドを突っ切る。
数匹の蝶が羽を休めている花壇を抜け、昇降口をくぐりぬけると土足のまま廊下に足を踏み入れた。
「靴、脱がなくていいんですか?」
「私の柏井学園だったら厳禁だけれど、此処はあくまでレプリカだもの。其れに、そもそも上履きとか持っていないでしょう?」
前半は兎も角、後半の言い分に納得し、失礼しますね。と一言添えてファヴォリも土足で廊下に足を踏み入れた。
昇降口からそのまま左手に続く廊下を進むが、校内にヒトの気配は無く、靴音が廊下に響くだけだった。
やがてルナは手近な教室――放送室と書かれた部屋の扉に手をかけた。
ガタガタと不安定な音を立てて扉はゆっくりと開いた。
「どうやら本当に最近の柏井学園をコピーしたみたいね」
自分が箱庭世界に閉じ込められる前日、生徒会に放送室の扉の立て付けが良く無いので直して欲しい。と云う依頼が来ていたのをルナは思い出していた。
扉を閉じて放送室をあとにする。
――各教室に特別教室が二つ分。そして中央棟……。
柏井学園の見取り図を頭の中で描いて、ルナは内心ため息を吐いた。
生徒数の多い柏井学園は、普通教室の数も其れなりだが何よりも中高同じ敷地にある故、調べる量は単純に倍。気の遠くなるような量だ。
「あまりやりたくなかったけれど、仕方ないわね。手分けして調べましょう」
「さんせーい! ルナはリーヴルとリュミと一緒かな?」
「そうね、クランとファヴォリは貴女に任せるわ、紡。構造は左右対称で高等部と全く同じだから大丈夫よね?」
紡は任せて! と元気に答えた。そして、そうと決まれば紡の行動は早かった。クランとファヴォリの手を引いて紡は奥の階段に向かって走って行った。
嵐の去った後のように静まり返った廊下で、ルナも歩き出した。ルナとしては真っ先に中央棟にある生徒会室を確かめたかったが、効率を考えれば先に中等部を済ますべきだと判断した。
そして何より紡が気になると云うものをルナもまた、気になっていた。
――あの子が気になると云うのなら何か在るのでしょうね。
そんなことを考えていると、ルナの右手を小さな手がそっと握った。
見ると、リュミが自分の手を握りながら満面の笑みをこちらに向けていた。
「どうしたの、リュミ」
「あのね、リュミ『がっこう』って初めてなの。だからとっても楽しみなの」
「……今度ちゃんとした学校に招待するわ」
「はいですの!」
姉の言葉の真意に気付いていないリュミは笑顔で頷いた。
そんなリュミを見たルナは、一刻も早くこの箱庭状態の学園から、そして箱庭世界から脱出することを決意して、足を踏み出した。
♰
二人の腕を引っ張りながら、紡は階段を駆け足で登っていた。
目指すは最上階の四階。まだはっきりと断定はできないが、外で感じた魔力は近づいているようにも感じられた。
「ちょっ、ちょっと、待って、くださいっ」
ファヴォリが息絶え絶えに紡に静止を呼びかけると、丁度紡が最後の一段を上り終えて足を止めた。
ようやく一息つくことを許されたファヴォリは、膝に手を置いて肩で息を整えている。一方のクランは顔色一つ変えず、涼しい顔だった。
「んとね、ここがこの学園の最上階。屋上は普段開いてないんだ」
紡は屋上へと続く階段を指さしながら簡単に四階の説明をする。
「で、このまま進むと音楽室と美術室、それから書道室があってね、その奥には普通教室があるんだよ」
そう云って紡はおもむろに一番手前の美術室の引き戸を開けた。
教室の中は石膏像やキャンパス、使いかけの油絵具一式まで揃っていて、まるで其処で描いている誰かが少し席を外しているだけのようにも見える。
「わぁ……素敵な絵ですね」
立てかけられていたキャンパスを覗き込んだファヴォリが感嘆の声を漏らした。
キャンパスには枝垂桜と神社の鳥居が描かれており、完成は間近だった。
「大方、この学園の状況を人間以外全て丸ごと投影したのじゃろう」
「だから教室の椅子とかが綺麗に並んでいなかったんだね」
紡は美術室の中をあれこれいじり倒しながら観察している。
紡は普段美術室に足を踏み入れることが無かったので、興味津々な様子だった。
しかし、紡が石膏像を積み上げた挙句床に落として粉砕させた以外、特に変わったことは無かったため、隣の音楽室へと移動した。
音楽室に足を踏み入れた紡は何かを探すようにぐるりと教室内を見渡した。
「多分この教室だよ。三人隠れているはず」
紡の言葉に、ファヴォリの肩が僅かに揺れる。そんな彼女の様子に気付いた紡がファヴォリの手を握った。
「だーいじょうぶっ! 私もじいじもいるんだよ? もし不安なら私と一緒に居よ?」
「はい、お願いします」
ファヴォリが自分の手を握り返してくれたのを確認した紡は、ファヴォリに笑いかけて、自分が一番怪しいと思う壁際に四つ、二列に並べられた電子ピアノにゆっくり近づく。電子ピアノは床までしっかり板が張られているが、その裏――ペダル側は空洞になっている。この部屋の中で一番隠れるのに適している場所だった。
一歩一歩慎重に近づくファヴォリと紡。
紡の右足の下駄が床に触れた時、カーペットのそれとは異なった何かを踏んだことに気付いたのと同時に、直感でファヴォリを押し倒すように横に跳躍。それをクランが受け止め、床との接触を防いだ。
振り返ると、さっきまで二人が立っていたところは黒く変色しており、焼けた匂いが音楽室に充満していた。
「そこにいるのは誰!?」
紡は右手に魄灰姫を携え電子ピアノのその先を睨みつけたが返事は無い。
しびれを切らせた紡は腰を落として静かに構える。
「海神流剣術 肆ノ型『咲永潔架』っ」
紡が頭上から思いっきり降り払った剣の勢いで爆風が起こり、真ん中の電子ピアノは切断され、その他のピアノは木枯らしに舞う落ち葉のように左右に吹き飛ばされる。
爆風が収まり、先ほどまでピアノが並べられていた其処には小学四年生くらいの片や背丈の狐耳に和装の少女。片や前髪で右目を隠したロリータ服の少女。そして、その二人の間に同じくらいの体格の少年が一人床にへたり込んでいた。
「あっ、この子達だよ、私が外で感じたの!」
紡が左手で少年たちを指さしクランに告げる。クランは品定めするように三人を眺めた。
「いったいなー! 何するんだよ!」
真ん中の少年がバッと立ち上がり紡を責め立てる。紡は気まずそうに視線をそらして笑って誤魔化した。
「いやぁ、その、突然攻撃されたら、ねぇ?」
「だからって手加減ってモノがあるだろ!?」
「……手加減、してないの…こっちも……お互い、様」
ロリータ服の少女が蚊の鳴くような声でボソッと呟いた。
「えっ、えっと、驚かせてごめんなさい。私たちは貴方達に敵意が無ければ攻撃はしません」
言い争いをしている紡と少年を無理やり引きはがし、ファヴォリは膝をついて三人に語り掛ける。
後ろでへたり込んでいる少女二人は顔を見合わせると頷いて、二人にしかわからない意思疎通を図る。
やがて狐耳の少女の方が立ち上がった。
「うむ、おぬしらは悪者には見えん。さっきの無礼は謝るぞ」
やたら不遜な口調とは裏腹に、丁寧に腰を折って少女はお詫びした。つられてファヴォリと紡も、慌てて頭を下げる。
「妾は一夏、童唄の魔女じゃ。そしてこいつは」
「ソフィア、神速の魔導士だぜ」
一夏と名乗った少女に促され、少年も神速の部分を得意げに名を名乗った。
「そして後ろにいるのはルーン。妾の双子の妹で童話の魔女じゃ。よろしくな」
ルーンと呼ばれた少女も立ち上がって小さくお辞儀をした。
「私はファヴォリューム、ファヴォリとお呼びください。こちらは紡、それから後ろの彼はクランです」
ファヴォリに紹介された紡は、よろしくね、と挨拶をした。
「お前さんらは何故音楽室に隠れて居った。そもそも何故柏井学園(箱庭世界)に居る」
後ろで見ていたクランが一歩前に出てソフィアたちに尋ねたが、二人とも眉尻を下げて困ったように口ごもっていた。
すると、見かねたのかルーンが小さい声で代わりに答えた。
「……気付いたら、此処…で……出られなくて……でも、怖い人、居たから……隠れて、た……」
「怖い人?」
紡が聞き返すとルーンは小さく頷いた。
「なんかヤな感じのヤツだったんだ。反対の校舎の方で遭ったけれど、オレ様の神速でぴゅーんっと逃げてここに隠れてたんだ」
ソフィアの話を聞いたクランが、心当たりがあるか視線で紡に尋ねるが、紡は首を横に振った。
「ふむ、ではお前さんが云っていた高等部に居る奴とは別のようじゃな」
「そうだね、なんか思ったよりこの学園にヒトがいるのかも」
「はい。それも、彼女たちのように敵意の無い方ばかりとは限りませんから注意した方が良さげですね」
その時、背後がチリッと殺気のようなものを感じた紡が振り返って入口をじっと見つめた。
全神経を集中させ、必要な情報だけを感じ取る。
煩いくらいに高鳴る自分の鼓動に交じって重い足音が徐々に近づいてきているのが聞こえた。
紡とクランがルーンたちの前に立ち、ファヴォリは三人と一緒に小さくしゃがみ込んで息を潜めた。
やがて、誰の耳にも足音がはっきりと聞こえるようになり、引き戸の小窓から鶏の頭部が見えた。
ギョロリと目が動き、紡たちの姿を捉えると、けたたましい耳障りな鳴き声を上げ、引き戸と突き破って突進してきた。
「海神流剣術壱ノ型『零華』ッ」
「海神流剣術伍ノ型『終獄鳴雷』」
クランと紡がそれぞれにけん制の一撃を放つ。
鶏の頭に竜のような羽を持った醜悪な黄色い生物は突然の攻撃にたたらを踏むが、すぐに体勢を立て直した。
「ふぅむ、コカトリスかのう。こりゃまた悪趣味な生物を模したものじゃ。お前さんら気をつけい。あやつの吐く息は毒じゃ。たちまち石にされるぞい」
「わかった」
紡は魄灰姫を両手で握り直し頷いた。
自分たちがこの戦いに邪魔になると判断したファヴォリは、紡とクランがコカトリスのレプリカを足止めしている隙に、気配遮断の魔法を一夏たちにもかけて忍び足で音楽室を後にした。
――ごめんなさい、どうか、無事で。
ファヴォリの意図にいち早く気付いたクランは、ファヴォリが三人を連れて音楽室から出たのを横目で確認すると、改めてコカトリスに向き直った。
「紡よ、お前さんは後衛に回れ。此奴は儂が相手をしよう」
「え? う、うん」
今までなかったクランからの指示に若干戸惑ったが、紡はすぐに何か考えがあるのだろうと切り替えて後ろに下がる。
瞬間、とてつもない風圧が紡の身体に襲い掛かった。
咄嗟に下半身に力を込めて堪えようとしたが、あっけなく吹き飛ばされて窓ガラスに叩きつけられたかと思えば、パキっと割れる音がして粉砕したガラス片と共に紡の身体は空中に放り出された。
一瞬の無重力の中、太陽の光を受けてキラキラ輝くガラス片の隙間から除いたクランの表情に紡の瞳が大きく見開かれる。
しかしそれもつかの間。世界に重力が戻り、紡は自由落下運動に従って頭から落下する。
突然の出来事の連続で脳が身体を上手く操れない。だが、本能がこのままではダメだと警告音を鳴らしている。
――このまま落ちる――のはダメ。体勢を直す――ううん、こうだ。
脳の奥で閃くと、電光石火の速さで命令が身体を駆け巡る。
「比和『木』ッ」
紡が唱えると風が生まれ、クッションのように紡を包み込んで落下の衝撃を吸収した。
無事に着地をした紡はすっと自分が落ちて来たところを見上げた。
――あれは、じいじ?
さっき自分を襲った風圧のようなものは果たしてコカトリスの放ったものだったのだろうか。それともクランが放ったものなのか。
少し考え込んだ紡だったが、すぐに首を振ってそれらを頭の中から振り払う。考えるよりも行動するのが彼女のポリシーだ。
校庭の砂を下駄裏で踏みしめ、紡は中央塔へと足を進めた。




