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少女たちの箱庭遊戯  作者: ひおり
20/23

少女たちの箱庭遊戯Ⅳ 魔女狩りの魔女4

あやうく二週連続更新忘れるところでした。二週分まとめて更新なので魔女狩りの魔女最終話です。

 一行は拠点の家を出て、遥か東に見える塔を目指して歩いていた。最初こそは移動魔法を使おうとしていたが、どうにも空間移動に制限がかけられているらしく、ルナやクランさえも成功しなかったため、仕方なく地道に歩くことにした。

 色とりどりの花や、瑞々しい草が生い茂る穏やかな平原をのんびり歩く一行。

ルナに手を引かれているリュミは見慣れない景色に目を輝かせながら、あちこち視線を泳がせていた。

「お姉さま、リュミあのお花好きなの」

「嗚呼、コスモスね。そう云えばノワールが花を育てるのが好きだったと思うけれど……そこで見たのかしら」

「はいっ、ノワールお兄様はお花を綺麗にするのが上手なの。リュミも時々お手伝いしていたの」

「そう、あの子の作る庭園は見事だけれど少し種類が少ないのよね。リュミは桜や紫陽花なんか見たことあるかしら?」

 ルナが尋ねると、リュミは頭にハテナを浮かべて首を横に振った。

「あれは東洋の島国で沢山みられるから、機会があれば見るといいわ。きっとリュミも気に入ると思うの」

「はい! お母様にお願いしてみるの!」

「……あいつが外に出る気になると良いわね」

 リュミとルナのやり取りを後ろから見ていたファヴォリは微笑ましくなって思わずクスりと笑みを零した。

 もちろんその声はルナの耳にも入り、不服そうに後ろを振り返ると、ファヴォリだけではなく、その隣で歩いているリーヴルも笑っていたため、さらにルナの不満の色が濃くなる。

「何がそんなに面白いのかしら」

「ふふ、だってルナがとってもお姉さんみたいで……なんだか微笑ましいなぁって思ったんです」

 笑顔で答えるファヴォリとは対照的にルナはむぅとむくれる。

「別にそんなつもりないわ」

「ルナにその気が無くても周囲の目にはそのように映るものですよ」

 今度はリーヴルが、やはり楽しそうな顔で云うのでルナは頭を抱えた。

「もうっ、こんなのほっておきましょ、リュミ」

「? はいですの!」

 ふいっと前を向いたルナだったが、すぐに前を歩いていた紡たちが立ち止まっているのに気づいてさらにその前をうかがうと、四本足の怪物のようなそれが紡たちの前に立ちはだかっていた。

リーヴルが咄嗟に前を歩いていたルナの前に立つ。

首が三股に分かれており、その先にそれぞれ頭がついている怪物が目の前に立ちはだかっていた。

その特徴的な容姿にルナは心当たりがあった。

「ケルベロス……」

「ええ、ただしレプリカかと。誰かが造った模造品なので、オリジナルほどの強さは無いと見て良いですが油断は禁物です」

ルナの言葉を受け、リーヴルが補足を加える。

最前線に立つ紡と深理がそれぞれ愛用の武器を構えて腰を落とし、油断なく構えた。

一方クランだけはまるで舞台鑑賞をするかのような余裕を醸し出している。

「さて、お手並み拝見といこうかのう」

クランの言葉を合図に、深理と紡が地面を蹴って一気に間合いを詰める。

ケルベロスの三つの頭がそれぞれに獲物を捕らえようと首が暴れる。

真ん中の頭が首を伸ばして噛み付こうとしたが、深理のマスケット銃が放った一発が眉間にヒット。

「海神流剣術 参ノ型 (いん)(ぜん)()(りゅう)怒号(どごう)ッ」

一瞬怯んだ隙に紡が魄灰姫を首元に走らせるが、薄く皮が裂けただけで致命傷には程遠い。

「うっそぉ!?」

紡が驚嘆の声を上げると、深理は見てらんない! と叫んで数十のマスケット銃を召喚し、ゼロ距離で一斉にケルベロスの胴体に放った。

「やった!?」

硝煙が巻き上がり視界を濁らせる。その間も二人はじっと煙の先を見据えていた。

やがて煙が薄くなると、その先に黒いシルエットが浮かび上がった。

「げっ……まだ生きてる」

荒い鼻息で煙を吹き飛ばし、右の前足で二度、三度地面を擦るケルベロスの瞳は六つともギラギラと獣の光を宿している。

「け、ケルベロスさん……すっごい怒ってるの…」

ルナの袖にしがみついて怯えているリュミがか細い声で呟いた。それを合図にケルベロスが突進、ルナたちに飛びかかってきた。

ルナたちは其々の方向に飛びのいて交わした。

「もう、何やってるのよ!」

「そんなこと云ったってーっ」

文句を云うルナに反論しながら右へ左へとケルベロスの攻撃を交わしていく紡と深理。

どうにも身体は固く変質した皮膚で覆われているようで、魄灰姫の攻撃も銃弾も届かない。

何か、何かないかと紡があれこれ考えていると、ふと〈彼〉の話が頭を過ぎった。

――『良いか紡よ、大抵の生き物は頭に脳を携えておる。ここにダメージを受ければ何者もタダでは済まんだろう。まぁつまり、だ。万が一の時は頭を狙うが良い。遠慮はいらんぞ』

「そっか……そうだったね、海軍さん」

ニッと口角を上げた紡はくるりと向きを変え、ケルベロスと対峙する。

土生(はぶ)(きん)、出でよ鉄壁っ」

紡が叫ぶと地面が盛り上がり、彼女ケルベロスの間に分厚い鉄の壁が現れる。

突然の障害物を避ける術も無く、ケルベロスは鼻っ面から思いっきり壁にぶつかった。

その振動は脳を直接揺さぶり、脳震盪(のうしんとう)を起こしたのかぐったりと倒れこむとそのまま動くことはなかった。

重大なダメージを負ったケルベロスは形を保てなくなり、ふっと黒いただの影と成り果て空中に霧散した。

「見事じゃったな、紡よ」

後方で見ていたクランが手を叩きながら紡と深理に歩み寄る。

紡もパッと顔を明るくしてクランの元に駆け寄った。

「じいじー見てた見てた? 私ちゃんと戦えたよー!」

「うむ、及第点と云ったところかのう」

「きゅーだいてん? よくわかんないけれど褒められたー!」

 きゃっきゃと子どものようにはしゃぐ紡の頭をなでるクラン。その横で、ルナはため息をつきながらも内心ほっとしていた。

「どんな荒療治をしたのやら。あの子の切り替えの早さには最早脱帽ね」

「なに、こやつが死ぬより恐ろしいことを知っただけじゃよ」

「……そう、まぁなんだって良いわ。これは紡自身の問題だもの、私が口出しできることじゃないわ」

「お前さんにしては解っているではないか」

「あら、私物分かりはいい方よ? どこかの誰かさんと違ってね」

 ルナとクランが軽口を叩きあっている間、褒められて有頂天になっていた紡だったが、ふと小首をかしげて口を開いた。

「そう云えばさっきのあいつなんだったんだろう。というかいつの間にこんな化け物が出るようになったのかな」

「そう云われてみればそうですね。今まであんなの見たことありませんよ」

 紡に続いてファヴォリも同じように疑問を口にしたが、深理が嗚呼、と頷いて答える。

「あれはリズ――黒影(こくえい)の魔女の生み出したレプリカよ。アイツはああやって化け物を遣って魔女狩りを行ってるの」

「黒影の魔女、か」

 クランがぼそりとつぶやく声はルナの耳にだけ入った。クランの様子も気になったルナが知っているの? と尋ねると、クランはいつもの余裕のある笑みを浮かべて答えた。

「小耳に挟んだ程度じゃ。奴の生み出す影のレプリカはオリジナルに限りなく近く、有るものは全てコピーできる程度の能力を持つらしいのう」

「ふぅん、でも完全では無いのでしょう? それに、向かってくる敵は撃退するだけよ」

「相変わらず頼もしいのう」

 自信満々なルナを前に、クランはくっくと喉を鳴らして笑った。


     ♰


 ケルベロスのレプリカを撃破した一行はさらに歩みを進めた。

 のどかな花畑を通り過ぎると、徐々に見慣れない植物たちが顔を覗かせついにはうっそうと道の植物が茂る地帯へと足を踏み入れていた。

 森のすぐそばに住むファヴォリも、多くの知識を蓄えているクランさえも見たことがないと云うその植物群はさながら迷彩柄のように複雑に入り組み、見るもの精神を揺さぶるような不気味ささえあった。

 しかし紡はそんなのお構いなしに、その辺に生えている紫と緑色のをしたしましま模様の如何にも怪しそうな実に鼻を近付けては「これはおいしくなさそう」と云ったかと思えば、今度は桃色の果実に近づいて「こっちは食べられるかな」と一人だけ未知の領域を楽しんでいた。

「どれもこれも口にしたらおなかを壊しそうですね」

「そうかなぁ、これなんか美味しそうだよ」

 そう云って紡は青いまだら模様木の実を指さした。一見ブルーベリーのようにも見受けられるが、明らかに大きさと模様が異なる。

「ものすごく食欲が減退しそうな色合いね」

「そう? 甘酸っぱくていい匂いだよ」

「匂いなんかしないわ」

「えっ、するよ? というかここ、いろんな匂いがするね」

 そう云いながら紡は鼻をくんくんと動かすと、ツンとした独特の鉄臭さを感じ取り、ぴたりと動きを止めた。

 そして何か云うよりも先に足が動き出す。

 道を逸れ、葉や枝が裾を裂くのも気にせずに走り続けると、視界が開けた。

 開けた道の真ん中、彩度の低い草木が生い茂るその場所で、赤黒い血だまりが異彩を放っていた。

 紡の後を追いかけていたルナたちの鼻孔にも痛々しいほどの血の匂いが突き刺さる。

「なに、これ」

 あまりの異常さに思わず紡の口から言葉が漏れる。

「これだけの出血、ただでは済まないわね」

「しかし、肝心の被害者の姿がありません」

「ふむ、身体を引きずった様子も無いのう」

 先に硬直の解けたルナ、リーヴル、クランが辺りの状況を確かめる。

 血だまりの中に、それを吐き出す器――即ち被害者の姿が無いことを三人は不審に感じた。

 果たしてこれは誰の手によって作られたものなのか、被害者は、加害者は誰なのか。一体この場所で何が起こったのか……。

 ぐるぐるとルナが一人思考を回転させていると、紡が再び何かを探すように辺りをきょろきょろ見回していた。

「どうした、紡よ」

「また別のところから同じ匂いがするの」

「新たな被害者でしょうか……。少し、偵察をさせましょう」

 そう云ってリーヴルはシュシュ、と名前を呼ぶと、どこからともなくウサギのぬいぐるみ――リーヴルの使い魔であるシュシュが姿を現した。

「少しこの辺りの偵察をお願いします。くれぐれも、誰かに見つかることの内容に」

「うん、まかせて!」

 短い腕を高く上げて良い返事をしたシュシュは、よちよちと幼子が歩くような足取りで姿を消した。

 シュシュの後姿を見送ったルナはくるりと踵を返して、改めて現場を検証する。

 あたりを覆う植物が奇異な形状をしていること以外、これと云って特異点の見当たらない開けた道の真ん中に佇む血だまり。その血だまりも、丸を幾つか重ねたような形状をしているだけで、引きずったような跡や、血痕は残されていない。

 にも関わらず、血だまりをうみだすのに必要な生贄、もとい被害者の姿が無い。

 まるで、被害者はナニカに飲み込まれでもしたのではないかと錯覚さえ起こる。

「何でしょう、これ」

少し離れたところで様子を見守っていたファヴォリが、足元に落ちていた片足だけのローファーをそっと拾い上げた。

「もしかしたら被害者の落し物かもしれないわね」

ルナがファヴォリの手の中にあるローファーを観察しながら呟く。

しかし、至って普通の黒のローファーなこと以外有益な情報は得られなかった。

「ねね、それ貸して」

「え、えぇ、構いませんよ」

紡は、ファヴォリからローファーを受け取るとじっとそれを見つめた。

「語り部の能力、か」

クランが物珍しそうな目で紡の様子を見守る。紡はこくこくと縦に頷いた。

「持ち主の思い出とか、そう云うの勝手に覗くみたいであんまりやらないんだけれどね」

苦笑いで答えた紡は、目を瞑り大きく深呼吸をして再び意識を集中させる。

――さぁ語ろうか、貴方の持ち主が見てきたものを。

刹那、紡のまぶたの裏に走馬灯のように様々な映像が、早送りで一斉に流れ込んできた。

まず初めに飛び込んできたのは数多の死体の記憶たち。恐らくこれは、持ち主が箱庭世界で強く印象に残っている場面なのだろう。

続いてドサリと云う物音。ゆっくりと動き出し物音のした方にまた死体。

そして次に出てきた人物に、傍観者として持ち主の記憶の片隅にいた紡は困惑を隠しきれなかった。

桃色の少女が白い生物にご飯だよ、と告げると白い生物――丸い猫のようなそれは自分の身体以上の大口を開けて死体を丸のみした。

そして。

「っ!」

 貧血にも似ためまいを感じた紡は思わずたたらを踏み、その拍子にバランスを崩すがそれをクランが支えた。

 じっとりと汗ばんだ顔に髪が張り付いて余計に不快感を煽る。

 紡はうぅ、と小さく呻いて瞳を開いた。

「大丈夫か、紡よ」

「あ……、うん、へーき。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ」

 クランの助けを借りて立ち上がった紡は、何処から説明しようかと考えを巡らせていた。

 その時、おーい、と幼い声が響いた。

「あっ、シュシュが帰ってきたの!」

 リュミの言葉で一同があたりを伺うと、偵察から帰ってきたシュシュがよちよちと歩いてこちらに向かってくるのが見えた。

 ぴょんと自分の腕の中に飛び込んできたシュシュを抱いたルナは、シュシュの頭を撫でてねぎらう。

「どう? 何か分かったかしら」

「んとねー『おそら』にね、ルナとおんなじのがいたの」

「私と同じ――魔女のことね。そいつの特徴は覚えているかしら」

「うん! あのね、ピンクの『おんなのこ』だったよ。うえにまあるいのものってたの」

 シュシュの報告を聞いた深理は苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべた。

 そんな深理の様子を伺いつつ、紡は申し訳なさそうな調子でおずおずと口を開いた。

「あ、あのね、さっきこのローファーの持ち主の思い出を覗かせてもらった時にも出てきたよ。そのピンクの女の子と丸いの。……ねぇ深理、その子さ、深理と一緒にいた子だよね……?」

「えぇそうよ。多分ここにあるはずの死体が無いのはステラのせいね。あの子の役目は死体を回収することだもの」

「し、死体を回収、ですか……?」

 ファヴォリが信じられないとでも云うように呟くが、深理は念を込めるように深く頷いた。

「もっぱら、アイツがいつも頭に乗せている猫がその仕事をしているようにしか見えないけれどね」

「回収されたのなら死体が無いのも頷けるわ。とにかく、碌な奴じゃないことは確かね。シュシュの目撃情報からして遠くないところにいる可能性は十分にあり得るわ」

「ルナの仰る通りです、一先ず此処を離れましょう」

 リーヴルの言葉に全員が賛同し、さぁ移動しようとしたその時、ルナの背中がゾクリと泡立つような感覚に襲われた。

 今まで出逢ってきたどの魔女、魔導師とも比べ物にならない程度の強大な魔力の気配。

 その場にいる誰もがソレに気づき身構える。

 魔力の気配は徐々に強くなり、ルナがゆっくりと後ろを振り返ると、ピンクの少女が足を地につけずふわふわと浮きながらこちらに近づいてきていた。

「みーちゃん見つけた」

 感情も抑揚もない掠れた声で少女が呟く。

 深理は気まずそうに視線を泳がせているが、少女の方はそんな深理のことなどお構いなしのように続ける。

「みーちゃんなんでそこにいるの? ステラと一緒にいこ」

「それ、は……」

 ステラが変わらず無表情で深理に問い詰める。深理は言い訳も答えも見つから


ず云い淀んでしまう。

 するとステラは視線をゆっくりと、深理の隣にいる紡に向けた。視線が合った紡は足を開いて身構える。

「みーちゃんをたぶらかしたのは、あなた?」

「た、たぶら……? よくわかんないけれど違うよ」

「嘘、嘘。だってみーちゃんはステラとずっと一緒だもん。ステラの傍にいないなんて、みーちゃんは悪い魔女にたぶらかされてるの」

 ふるふるとゆるく首を横にふり、紡の弁解などまるで聞いてないかのような物云いをする彼女に、紡も深理も困惑した。

 そして、顔を上げた少女はじっと深理を見つめた。

「だいじょーぶだよ、みーちゃん。悪い魔女はステラが狩るから」

「ステラ話を聞い……」

 深理の言葉もむなしく、彼女の頭上に乗っていた生物が紡に襲いかかってきた。

紡は咄嗟に横へ飛び退き、すかさず(はく)(ばい)(ひめ)を携える。

続けてリーヴル、そしてクランも己の剣を手に取り応戦態勢に入る。

「貴方達気をつけなさい、彼奴(あいつ)は恐らく魔女狩りの魔女・ステラ。魔女にして魔女を狩る異端よ」

魔女狩りの言葉に、紡だけでは無くファヴォリの手にも力が篭る。

「ステラのみーちゃんを返して」

白い生物が再び紡に襲いかかるが、紡は真正面から迎え撃つように海神流剣術攻の構え『水鏡(すいきょう)(げっ)()』をとる。

「海神流剣術参ノ型『(いん)(ぜん)()(りゅう)怒号(どごう)』ッ! 走って、魄灰姫!」

超至近距離から渾身の一撃。手ごたえは刀越しでも十分だった。

しかし直後、紡はめり込ませた魄灰姫ごと弾力のあるナニカに弾き飛ばされる。

「えっ!?」

体勢を整えるために空中でくるりと一回転して地面に危なげなく着地した紡は驚きの表情で白い生物をみた。

さっきまで刀がめり込んでいた部分は何事もなかったかのようにまん丸に戻っており、おまけに心なしかドヤ顔までする始末だった。

「紡、あの猫、銃弾ぐらいなら簡単に弾く程度には柔らかいわよ」

紡の横に立って同じく応戦態勢の深理がそっとささやく。

「あれって猫だったんだ」

「そこ?」

 なんとも緊張感に欠ける会話だったが、紡も深理もいい意味で無駄な力が抜け、リラックスしていた。

「ああいう子って本人の方はあんまり強くなかったりするんだよね」

「そうであることを祈るわね」

 二人の視線が交錯したのを合図に、何方からともなく同時に駆け出した。

 すかさず白い生物もとい猫が、ぼよんと跳ねながら二人の前に姿を現した。

「海神流剣術壱ノ型『(れい)()』」

「『スターダスト・メテオ』ッ」

 紡の抜刀による衝撃刃と深理のマスケットから炸裂した銃弾が、猫のすぐ手前の地面と衝突、強大な爆発音とともに猫を空中へと打ち上げる。

 空中へと放り出され無防備になった猫を、今度は上からクランとリーヴルの迎撃が襲う。

 地面に限界まで押しつぶされ、一瞬布みたいに薄っぺらくなった猫は自慢の弾力で元の形に戻ると、鼻息荒くクランとリーヴルの方を睨んだ。

 猫の前に着地した二人は油断なく剣を構える。

「貴方の相手は僕たちがお受けしましょう」

「あの小娘の元へは行かせんぞ」

「だめ、みーちゃんを、返してッ」

 ここで初めてステラが声を荒げた。その声に呼応するかのようにクランたちの前から猫が姿を消したかと思うと、次の瞬間には深理の眼前にその姿があった。

 深理の前に立ちはだかった猫はあんぐりと大口を開けて深理を包み込んだ。

 一瞬硬直したあと、恐怖に染め上げられた表情で闇雲に銃弾を撃ち込むが、まるで豆でも食うかのようにあっさりと口の中へと消えてしまう。

 そして一緒に深理も口の中に入れると、その大口を閉じてごくんと満足そうに嚥下をした猫は元の大きさに戻っていた。

「うふふ、みーちゃんが戻ってきた。みーちゃんはステラだけのもの……もう何処にも行かせないよ」

 相変わらず無表情だが頬には僅かに紅が差し、指と指を絡ませ何処か幸せそうなステラとは対照的に、紡はキッとステラとその猫を睨みつけた。

「そんな無理やり、あんまりだよ」

「貴女には関係ないよ。うぅん、やっぱり関係ある。貴女はみーちゃんをたぶらかした。許さない……」

 許さない、と紡に告げた時には先ほどまでの幸せそうな表情はなりをひそめ、元の無表情に戻っていた。

 ふいに、ステラの足元に黒い光を放つ魔法陣が展開される。

「嫌い、嫌い、嫌い」

 嫌い、と何度もステラはぶつぶつと呪詛のように独り言を吐く。

 彼女の口が真一文字に結ばれたとき、その場にいる全員の足元にも同じ魔法陣が現れる。

 刹那、ステラを除いた誰もががくんと膝から崩れ落ちた。

 ――魔力が奪われた……ッ。

 地面に手をついたルナは内心歯噛みをする。

 猫がぼよんと弾んでまた口を開けたかと思うと、超音波のような衝撃波が無防備なルナたちを襲った。

 秋風に吹かれる枯れ葉のように吹き飛ばれ、無様に二度三度と地面を転がったルナはうつ伏せの状態から何とか上半身を起こしてステラと猫を睨みつけた。

 そして地面に倒れこむルナたちの中から、紡に目標を定めた猫が弾丸の如く紡に迫る。

 紡は魄灰姫を握り直したが、どうにも膝に力が入らない。しかし直後、クランに小脇に抱えられその場を強制的に離れさせられる。

「なんで!? 私、戦えるよ」

 地面に降ろされた紡はいの一番にクランに反論する。クランは猫とステラから視線を離さないまま紡を諭した。

「鍛え方が違うからのう、魔力を奪われた程度で動けなくなるような儂では無いぞ? それに、ルナも云うておったじゃろう。あやつは魔女狩りの魔女。お前さんでは敵わんよ」

「で、でもやってみなきゃわからないじゃん!」

「良いか紡よ。この世には適材適所と云う言葉がある」

 そう云ってクランは視線を隣ですでに戦う気満々の芸術的なまでに美しく整った顔の少女――リュミエールを見やった。

 今にも泣きだしそうな頼りない表情だが、しっかりと二足で地面を踏みしめ、一歩前に出たリュミは何度か小さく口を開いた後、ステラに向かって叫んだ。きつく握りしめられた両のちいさな拳は小刻みに震えている。

「お、お姉さまたちに酷いことしないでほしいの……ッ」

 しかしステラは相変わらず無表情でじっとリュミのことを見つめている。

「貴女も嫌い」

 ステラが呟くと、猫は弾丸のようにこちらに突っ込んできた。

 リュミは両手を前に突き出して防御シールドを展開、猫をいとも簡単に弾き飛ばした。

 その一部始終をリュミの背後から見ていたルナは思わず内心呻いた。

 ティアから魔力を供給されているとは云え、これほどまでとは思ってもいなかったのだ。

 弾かれた猫は地面を二転、三転と転がったが、すぐにまた風を切ってリュミへと弾丸のような速度で突っ込んでくる。

 リュミは再び防御シールドを張って相手を弾き飛ばす。

 何度も何度も同じことの繰り返しだが、このままではどうしようもないことは誰が見ても明らかだった。

 何か、何か方法は。せめて魔力さえあれば……。

 ルナが思考を回転させていると、背後から知った魔力の気配を感じてルナがゆっくり振り返ると、黒いとんがり帽子に黒いタイトドレスを身にまとった黒髪の女性――ティアが浮遊するほうきに腰かけて登場した。

「何しに来たのよ」

 ルナが嫌悪感たっぷりな声でティアに声をかける。

 ティアはルナたちの元まで来ると、とんっと軽やかに地面に着地して髪をかき上げた。

「あらぁ? 可愛い娘たちの様子を見に来ちゃダメかしらぁ?」

「誰も見に来てほしいなんて云ってないわ」

「その割にはお困りの様子だけれどぉ。貴女ってぇ、そんなに地面が好きだったのねぇ。うふふふ、貴女の今のマイブームは泥遊びかしらぁ」

 ティアに嘲笑われてルナは小さく舌打ちをしたが、すぐに口を噤んで何か云いたそうで、だけれど云いたくない、そんな微妙な面持ちでティアを見上げた。

 その視線だけでルナの意図を汲み取ったティアは口角を上げるだけだった。

 そうこうしている間にも敵の攻撃が止むことはない。慣れない力を使い続けているリュミの顔は苦悶に満ちていた。

 もうなりふり構っている余裕はない。

 そう決意したルナは顔を上げて再びティアと視線を交わす。

「貴女の力を借りるのは癪だけれど今はそんなこと云っていられないわ。私に魔力を貸して頂戴、『お母様』」

 その言葉を待っていたと云わんばかりのティアはこの瞬間を味わいながら右手に握っていたソレをルナに投げ渡した。

 陽の光を受けて一瞬キラリと輝いたソレをルナが両手で包み込むようにキャッチする。

 そっと手を広げると、ルナの小さな手の中でルビー色の宝石が埋め込まれた指輪が佇んでいた。

 ルナは薄い唇をきゅっと噛むと、その指輪を右手の中指にはめると、途端に身体の内側からじわじわと熱いものがこみ上げてくるような感覚。

 ゆっくりと息を吐いて立ち上がり、両手を軽く握ったり開いたりして活動に問題がないことを確認する。

 悔しいが自分の普段の魔力よりも今現在ティアから送られ続けている魔力の方が心地よい。恐らく自分の持っているものよりこっちの方が器と相性がいいのだろう、と思案する。

「適材適所、貴女には蒼の魔力よりこっちの方がお似合いだわぁ」

「私の好みにケチ付けるのはやめてくれる?」

 ルナは横目でティアを睨みつけるが、当のティアはそれすら面白いらしくクスクスと笑っている。

 そんなティアから視線を外すと、今度はリュミの横に並んだ。

「有難う、リュミ。このままもう少しだけあの子たちの事をお願いしても良いかしら」

「は、はいですのっ!」

 大好きな姉にお願いをされ、リュミは上ずった声だが良い返事をする。

 そんな健気な妹に優しく微笑むと、じっと正面の敵を見やる。

「さぁ、もうお遊びはお仕舞。遊びの時間が終わったら……お片付けの時間よ」

 そう宣言すると、それが第二ラウンド開始の合図となった。

猫が攻撃態勢に入ると同時にルナも地面を蹴って前進する。

「その子も食べちゃえ」

 後ろで見守っていたステラが口を開くと、猫もまた、大口を開けてルナを飲みこまんとするが、ルナはそれを軽い足取りでかわす。

 心なしかいつもよりも身体が軽く、ルナ自身もわずかに目を見開いた。

 デザートを食べ逃した猫は食への執念かはたまた別の欲なのか、キュッと方向転換すると、再びルナへと目がけて突進してきた。

「『アイシクル・ダイヤモンド』」

 キィンとその場の空気が凍てつく。そしてその冷気の根源はキンキンに凍った氷の塊。スノードームのように美しいその中には、ぴたりと動きを止めた猫の姿もあった。

 しかしそれもつかの間。ピキパキと氷塊に亀裂が走ったかと思えば、直後に硝子が割れる音にも似た破砕音が響き渡り、つぶらな瞳を怒りで染めた猫がシャーっと威嚇の声と共にルナに迫ってくる。

「あら、あれじゃダメだったかしら。そんなにお腹が空いているのならお茶会に招待してあげるわ」

 ルナがパチンと指を鳴らすと、白い猫はあっという間に紅い紅茶の滴に包まれる。

「『永遠に続くお茶会(エターナル・デス・ティーパーティー)』さようなら、可愛い子猫」

 哀れみの表情でルナがそう告げると、空中に浮いていた紅茶の滴は重力に従って、すぅっと猫を包んだまま地面に吸い込まれる。猫が吸い込まれたあとはうっすらしみを作ったが、すぐに乾いて元通りに戻った。

 普段なら大量に魔力を消費するが、ティアから魔力を供給されている今、使った分だけ瞬時に魔力がルナの体内に満たされる感覚を覚える。

 これが、魔力さえも創造してしまうティアの芸。無から有をうみだしてしまう神業紛いの固有魔法、『(「)万物創造(オリジン・クリエイション)

「残るは貴女だけね、ステラ」

 ふわりと金糸のように細く柔らかい髪をなびかせてルナはターゲットをステラへと移す。相変わらず表情の変化に乏しいステラは愛猫を失った今もなお無表情を貫いていた。

「貴女はどうしてステラから全部取っちゃうの? ステラはみーちゃんと猫と一緒にいたいだけなの」

 ステラの問いに対して、ルナは自慢の金髪をかき上げ、さもうっとおしそうに、そして冷え切った視線と共に答えた。

「だからって私たちを巻き込まないで欲しいわ。それに貴女の深理への愛情は愛情なんて呼ぶのもおこがましい自己満足以外何物でも無いわ」

「違う、違う、ステラはみーちゃんのこと好きなの。みーちゃんはステラだけのものなの」

 いやいやをする幼子のように桃色の髪を振り乱しながら首を横に振るステラを、ルナは目を細め鼻先で笑った。

「貴女があの子のことをどう思おうと勝手よ。だけれどね、相手の気持ちを考えないで一方的に押し付けるのも、無理やり自分のもとに置こうとするのも幼稚すぎて反吐すら出ないわ」

 やれやれと気乗りのしない様子で肩をすくめたルナは直後にステラよりも一層冷たく、そして無感情な声で告げる。

「貴女が深理と同じところに行けるなんて思わないで頂戴ね」

 ふわりとルナの髪が靡き、彼女の前に魔法陣が展開される。

「さぁさおいでなさい、剣戟(けんげき)の響きの意を冠せし『グングニル』」

 ルナの呼びかけに応じるように、魔法陣からズズッと重い音がして鋭い槍先が姿を現す。

「嫌い、嫌い、みんな嫌いッ」

 ステラが感極まった声で叫ぶと、深理の使っていたマスケット銃を自分の背後にずらりと召喚し、一斉に発砲。すべての弾丸が狙いたがわずルナ目がけて空気を切り裂くが、ルナは涼しい顔を崩さなかった。

 そして、弾丸がルナの身体を抉るより先に、半透明の防御シールドに進行を阻まれ、弾丸は明後日の方向へと飛んで行った。

 すまし顔をしたルナの背後ではリュミが両手を突き出す姿勢で立っていた。

ルナが天高く掲げた右手の中指で指輪がキラリと光る。

「さぁフィナーレよ」

右手を九十度振り下ろすと同時に魔法陣から勢いよくグングニルが飛び出す。神速スピードを保ったまま伝説の槍は、寸分の狂いもなく真っ直ぐ正確にステラの胸の真ん中を貫き、そのまま勢いを止めることなく後ろの木に突き刺さる。

「さぁてリュミエール、今度は貴女の番よぉ」

 ティアが云うと、リュミはこくんと頷いてステラの元へと駆け寄った。

 ぴったりと閉じられた瞼も、指先も、赤い靴もどれもこれもピクリとも動かなかった。

 だらりとぶら下がったステラの右手をそっとリュミが両手で取ると、幼さの残る柔らかい掌に軽い口づけ。

 するとステラの身体は淡い光を放つ粒子へと一瞬で姿を変え、リュミに降り注いだ。

 粒子の光を浴びたリュミの純白の髪は心なしかうっすら桃色に染まっている。

「これがあの子の力なの……?」

「えぇそうよぉ。魔力を蓄える器、それがリュミエールだものぉ」

 いつの間にかルナの隣に立っていたティアがさも当然のように云った。

 ルナのアメジストの瞳は、何とも云えない表情で木に突き刺さっているグングニルをじっと見つめていた。


     ♰


 あれから数日、ルナたち一行はあの場所からそう遠くないティアの邸宅でゆっくり羽を休めていた。

 邸宅に足を踏み入れた時、ボロボロなリュミとルナを見て、クレールとノワールは必要以上に心配し二人の手当てと身だしなみを整えてくれた。

 そして今日、ファヴォリはルナから野苺が自生している場所があると聞いて、摘みに出かけていた。紡も付いていくと云ったので、ルナはリーヴルに護衛も兼ねて一緒に行くよう命じた。その様子を物陰からチラチラ伺っていたリュミの手を紡が引き、面白がってクレールも同行した。ノワールは黒莉とルナの闘いで荒らされた薔薇庭園の世話があると云って庭から離れないし、ティアはいつも通り暗い自室で何をしているのかわからない。

 そんな中、ルナは薔薇庭園とは別の位置にあるガーデンテラスで、砂糖たっぷりのミルクティーとチョコレートタルトを味わいながらゆっくり流れる雲を眺めていた。

 魔女狩りが本格化しているこの箱庭世界の中にあっても、ここだけは穏やかな時間が流れているようだった。

 思えばファヴォリと紡の喧嘩騒動が今回の一連の始まりだったなと思い出す。もうずいぶん前のように感じるが、あれらが全てたった一日の中で起こっていたのだと考えると、この世界に来てから一番濃密な一日だったような気もする。

「ねぇ貴方もそう思わない?」

 ルナがふと話題を振ったのは、彼女の前の席に腰を落ち着けて緑茶を啜るクランだった。

 クランは今、ルナの正式な客としてこの場にいる。それが意味することを察せない彼では無い。

 誰も邪魔するモノは居ない、二人だけの時間。ルナが手にしていたティーカップをソーサーに置いて居住まいを正す。

「貴方、自分がしていることが正しいとでも思っているのかしら」

「はて何のことやら。心当たりが多すぎてわからんのう」

「わかっているくせに。それとも本当に呆けちゃったのかしら」

 ルナの皮肉を笑って流し、クランはまた湯呑に口をつけた。口の中に独特の渋みが広がって口内を湿らせる。

「なぁに、あやつは今、揺り籠の中で眠っておる。安らかに眠る赤子を無理やり起こす奴など居るまい」

「籠に閉じ込めた。の間違いじゃないかしら?」

「安全な場所で眠らせておるだけじゃよ」

「私、貴方のその独りよがりな判断嫌いだわ」

 そう云い捨ててルナは再び紅茶で喉を潤した。

「まぁ貴方がその気なら私にだって策はあるわ。貴方のこと、全部あの子に喋っちゃうから」

「お前さんが儂の何を知っておると?」

 クランの眼光が僅かに鋭利になるが、ルナは臆することなく寧ろ好戦的な笑みを浮かべていた。その表情にティアの面影を重ねずにはいられない。さすがは親子といったところか。

「まさか私の能力を忘れた訳じゃないでしょうね? 案外暇なのよね、学校生活って。あの子たちは日中授業だし」

「学業を真面目に勤めんとは感心ならんのう」

「だって私理事長だもの」

 お互い口角を僅かに上げ笑顔を見せるが、その空気は一触即発。長閑な時間の中、そこだけが絶対零度にまで温度が下がっているようにも思えた。

 ふとルナが立ち上がって、くるりと踵を返す。

「まぁ良いわ。くれぐれもあの子の気持ちを踏みにじらないで頂戴ね? 私、意外と短気だから」

 そう云い残すルナの、金髪の隙間からのぞく顔には怪しい影が差しこんでいた。

そしてクランの方を見ること無く、ルナはガーデンテラスを後にした。

 残されたクランは腕を組んで椅子に深く腰掛ける。

「ヒトの物語を語るのはお前さんの役目ではないぞ、ルナよ」

 そう一人呟くと、クックと喉を鳴らしてクランは静かに笑っていた。


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