少女たちの箱庭遊戯Ⅳ 魔女狩りの魔女1
というわけでⅣに突入です。名目上Ⅳになっていますが、刊行当初3巻に入りきらなかった(間に合わなかった)部分の詰め込みなのでサクッと終わると思います。
星の魔女・ティカは途方に暮れていた。
突如連れ込まれた見知らぬ世界は少し道を歩けば其処ら中に血液や、酷いと肉片まで飛び散っている。
こんな殺伐とした箱庭世界の中で、彼女は未だに自分が生きていることの方が不思議だった。
――いっそ死んでしまった方が楽かもしれない。
そんなことを考えながらティカはスカートの裾が汚れるのも気にせずぺたりと地面に座り込んだ。
風のうわさで聞いた、鍵もといアリスを見つければこの世界から出られると云う話。
しかし肝心のアリスに関する情報は何もない。
何もないまま、ただ闇雲に歩き続けて果たしてどのくらいの日数が経過しただろうか。と考えたが、両の指だけでは到底足りないことだけは理解し、再びため息。
この世界に来てから、これまで何度も死にそうな目に遭ってきた。今こうして座っている間にも、どこかで誰かが自分の首を狙っているかもしれない。
「私は鍵ともアリスとも関係無いのに……」
ティカは両膝をぎゅっと抱え、顔を俯かせてそう呟いた。下を向いた拍子に瞳にたまっていた涙が重力に従って地面に薄いシミを作る。
――どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
それはこの世界に来てからずっと纏わりついていた疑問、不満、怒り。
そもそも自分が何をしたと云うのか。
しかし、問いただし喚き散らすことのできる相手は、いない。
そんなやり場のない怒りを沸騰させたところで後に残るのはただのむなしさだけだった。
一度自覚した虚しさはあっという間に彼女の心のうちを侵食し、涙として体外に放出されそうになるが、きゅっと唇を噛んでなんとか堪える。
刹那、ふとどこかで派手な音がしてティカははっと顔を上げた。
何か重量のあるものが落ちたような、そんな音にティカの神経が過敏になる。
服の袖で目元を拭うと立ち上がって、なるべく気配を殺しながら音のした方へゆっくり歩き出した。
百メートルも歩くと、遠くの方に何か塊が道中をふさいでいるのを見つけて、思わず近くの茂みに身を潜り込ませた。
姿勢を低くしながらそっと近付くと、悲しいことに慣れてしまった鉄臭さが鼻孔を突いた。
「っ……」
塊のすぐそばまで近づいたティカは息を飲まずにはいられなかった。
もう何度目だろうか、きっとつい先刻まで息をし、心臓を鼓動させていたであろうソレを見るのは。
うつ伏せ状態なので顔は半分ほどしか見えないが、見開かれた右目は濁っていて肌からは今もなお血の気が引き続けているせいか見る見るうちに白さを増している。
――さっきのはこの人が倒れる音だったんだ。
きっとこのヒトを殺した人物がまだこの辺りに潜んでいるかもしれない。もしかしたら今度は自分があんな無残な姿になってしまうのではないか。
そう思ったティカは震える足をずり動かしてその場を離れようとした。
その時、視界の右端から一人の少女がふわふわ浮かびながらこちらに来る姿を捉えた。
ティカは咄嗟に身をできるだけ小さくして息を殺した。
――あの子が犯人?
バクバクと痛いくらいに暴れる心臓をぎゅっと抑え込ませてそっと様子をうかがう。
桃色のふわふわした髪と、同じく桃色のロリータ服を身にまとった幼い少女は死体の傍まで行くと、頭に乗せた白い生き物を地面に降ろした。
「ごはんの時間だよ」
少女がそう告げると、彼女の頭と同じくらいの大きさしかなかった白い生物はあんぐりと大口をあけた。
そして死体をすっぽり包むほどにまで大きくなったかと思うと、そのまま丸のみした。
白い生物はげぷっと満足そうに息を吐く。
先ほどまであった死体は跡形もなく消え、赤い血だまりだけがそこに残っていた。
表情のない藍色の瞳でしばらくそこを見つめていた少女だったが、くるりと九十度回転し、茂みから一部始終を見ていたティカと目が合う。
――どうしようどうしようどうしよう。
逃げなくてはいけないことは解っているが、身体はガクガクと情けなく震えるだけで一行に動いてくれようとしない。
そんなティカの様子を黙ってみていた少女だったが、やがて小さく口を開いた。
「ご飯の時間だよ」
♰
「ただいまー!」
紡が元気な声と共に拠点に帰ってきた。後ろからクランと深理も続く。
しかし出迎えるものは誰もおらず、静寂だけがそこに居座っていた。
「あれ、ルナとリーヴルもいないんだ」
きょろきょろと家の中を見渡していた紡ははっとして声を上げる。
「も、もしかしてルナたちもう魔女狩りに……」
「案ずるがよい。お前さんの知るあやつ等がそう簡単にやられると思うか?」
不安げな眼差しの紡だったが、クランに諭され、そうだよね、と表情を明るくした。
「大方、各々の用事で留守にしているのであろう。ここで待って居ればじきに帰ってくるだろうな」
「うん、わかった。じゃぁルナたちを待ってる間、リーヴルもいないし私がレモネード作るね」
二人はそこで待ってて、と言い残して紡はキッチンへと姿を消した。
クランは適当な椅子に腰かけたが深理はその場に立ちっぱなしだった。
「お前さんが立って居るのが趣味なのかのう」
「ンなワケないでしょ馬鹿」
クランに罵声を浴びさせた深理はそれでもまだきょどきょどしながらクランから離れた席にちょこんと座った。
「なんじゃお前さん、他所の家に呼ばれるのは初めてか」
「べ、別に! あんたが変なトラップとか仕掛けてないか警戒してるの!」
きゃんきゃん噛みついてくる深理が面白いのか、クランは声をあげて笑うがその行動が余計に深理をイラつかせた。
「ほんっとうロクでもないクソじじいだわ、あんた」
「年を取ると耳が遠くなっていかんのう」
「そのままくたばればいいのに」
「最近の若い娘は老いぼれに厳しいのう」
「ちょっとは自分の言動を振り返れば? それとも、もう年のせいで記憶力も残念なことになってるのかもね」
深理からの暴言のマシンガンを笑いながらクランが交わしているうちに、紡がキッチンから姿を見せた。
「お待たせー! 紡ちゃん特製レモネードだよー」
紡が手に持っているトレイには輪切にされたレモンが浮かんだ硝子製ティーポットと、氷の入ったグラスが三つ、そしてクッキーの盛られた皿が乗っていた。
「ふむ、なかなか洒落ているではないか」
「じいじは羊羹と緑茶のほうが良かった?」
紡がレモネードを各々のグラスに注ぎながらクランに尋ねる。
クランは首を横に振ってレモネードの注がれたグラスの一つを手に取った。
「儂はレモネードも好物でな」
「本当? なら良かった!」
三つめのグラスにレモネードを注いだ紡は一つを深理の前に差し出した。
「深理は飲む? レモネード」
差し出されたグラスと紡を交互に見やりながら、深理はおずおずとそのグラスを受け取った。
そして、ゆっくりと少しだけ口に含むと、桃色の瞳を大きく見開かせた。
「……おいしい」
「でしょー? 私カレーとレモネード作るのだけは得意なんだ」
少しだけ得意げな紡は空いている椅子に座って自分の分を引き寄せた。
「いっぱい作ったからたくさん飲んでね。あ、でもファヴォリたちの分は取っておいてね」
♰
キィンと金属同士のぶつかり合う音が薔薇庭園に響き渡る。
黒莉の槍をルナの持つ大鎌が迎え撃つ。一瞬の硬直の後、何方からともなく後ろに大きく後退し、再びの静寂。
「華奢な身体しとるわりにはよう動くなぁ、嬢ちゃん」
「貴方どこまでも私を見くびっているようね、あとで泣いて謝ったって許してあげないから」
そう云うとルナは軽く地面を蹴って黒莉に向かうが、正面から突然有愛が姿を現し飛び蹴りの態勢でルナに突っ込んできた。
しかしルナは手にした巨鎌の柄の部分を地面に突きたてると、棒高跳びの要領で跳躍。有愛の頭上を越えてそのまま彼女の背後に着地し、すかさず踵を軸に百八十度半回転し、今度はルナが有愛に突っ込んだ。
「ルナのばーかばーか!」
「馬鹿って云う方が馬鹿なのよ」
「ルナなんていっつもお人形と一緒だったくせにー!」
「関係ないわ、あと貴女にはいつか云いたかったのよね。あの時マジックを失敗させてくれたお礼」
「有愛かんけーないもん!」
ルナの攻撃を有愛がひょいひょい交わしながら、お互いにありったけの過去の不平不満をぶつけあう。
そこへ、黒莉が二人の間に文字通り横槍を入れ、有愛を庇う。
一度後ろへ大きく後退したルナが、慣性に任せて自分の体よりも大きな鎌を振り回すが、軌道を読み切った黒莉に簡単に交わされ庭園の薔薇を刈り取るだけとなる。今度は黒莉が、ルナの隙を付いて槍を穿つ。
一触即発のところで黒莉の攻撃をかわしたルナが、数匹の猫型の使い魔を放った。
猫たちは黒莉の横を通り過ぎ、後ろで控えていた有愛を捕獲する。
「有愛ッ」
「安心しなさい、別に取って食ったりしないわ」
地面に降り立ったルナが金色の髪をかき上げてそう云った。
「さっきから後ろで構えていたようだけれど、ここはフェアに一対一でやらせてもらうわよ?」
「はんっ、魔女がフェアとかおもろいこというやんか」
「あら、私は常に正々堂々と生きているわよ」
軽口をたたきあうのもつかの間、黒莉のブーツが土を蹴り上げ、その勢いでルナとの距離を一気に詰める。
黒莉が振りかぶった槍を受け止めようとしたルナだったが、脳がダメだと警鐘を鳴らし、直感で後ろに飛び跳ねる。
ルナの足が地面と離れた瞬間、さっきまでルナが立っていた所を彼の槍が抉り、クレーター状に窪む。
ぞくりと背中が泡立つ嫌な感覚がルナを支配する。
黒莉の瞳には憎悪だけが渦巻いていた。
――あいつはそんなにもあの子の事を?
などと考えている暇はなかった。すぐに黒莉の追撃がルナを襲う。
整った顔に似合わず小さく舌打ちをし、猛攻の隙間を器用に掻い潜る。
「いいからヒトの話を聞きなさい」
「嬢ちゃんの話なんざ、聞く価値あらへんで」
あぁもう、と内心苛立ったルナは黒莉の背後に回り、そのまま奇襲。黒莉が振り返った時には抗いようのない慣性に吹き飛ばされ、木の幹に背中から身体を打ち付けた。
身体を打ち付けた衝撃で肺から空気が強制的に絞り出され、黒莉は思わず咳き込む。
そんな彼の前に仁王立ちしたルナはトンっと手に持った鎌の柄の部分で地面を叩いてこちらに意識を向けさせる。
「ヒトの話を聞きなさいって云っているのよ、この馬鹿。私はこの世界から出られたらなんでも良いの。だから無駄な争いをする気も誰かを手にかける気もないわ。勿論、貴方や有愛に対してもね」
「せやからって俺らに手を引け云うんか? そら無理な話や」
そうじゃない、とルナが反論しかけた時、突風が二人の間を吹き抜けた。その風の強さに思わずルナは目を瞑った。
風がやみ、恐る恐る片目を開けると、さっきまでいた黒莉の姿も、捉えたはずの有愛の姿もなかった。
二人の姿を探そうと周囲を見渡したルナはすぐに、それより先にやることがあることに気づき、リュミたちのもとへと駆け寄った。
「貴方たち大丈夫?」
「…あぁ、母様から魔力が供給されるようになったからもう大丈夫」
手を握ったり開いたりして具合を確かめながら、ルナを安心させるためにノワールは微笑んで見せた。
ノワールも屈伸運動をして自由に身体が動くことを確認し、リュミの手を取って彼女も立たせる。
「それにしても……あいつらは何処に行ったのかしら」
「あ、あの、ね、お姉さま、さっき、その、大きいふくろうさんが飛んできて、えっと、えっと、二人、連れて行ったの……」
リュミがまるで鳥の真似でもするかのように、一生懸命腕を上下にぱたぱたさせてルナに伝えるが、クレールとノワールはそんな彼女が愛らしくて思わず口元を抑えて堪えた。
「つ、つまり逃げられたってことだね……ふふっ…」
クレールが笑いをこらえながら云うので、あまりの緊張感の無さにルナは思わずため息をついた。
「しかしどうする? 母様には迎え撃てと云われてたいが……」
「あら、私たちは確かに迎え撃ったじゃない。云われたことはきちんとやっているもの、問題無いわ」
あまりにきっぱりと姉が言い切るので、ノワールはそうだな、と答える以外無かった。
その後、ルナたちは一度ティアのもとへと戻った。
部屋にいたティアはまるでそうなるのが分かっていたかのように、既にノワールたちのメンテナンスの準備を整えて待機していた。
「それにしても、あいつ僕らに何をしたんだろう」
メンテナンス待ちをしながらお菓子を頬張っていたクレールが、ふと口を開いた。
ティアに汚れを落としてもらっているノワールが首と視線を背後のクレールに向けてうなずく。
「あいつが何かを仕掛けた後、母様からの魔力供給が絶たれたあのことか」
「うん、僕たちと母様を繋ぐ糸は視認も触ることもできないのにどうしてかなぁって思って」
「そ、それは、リュミも不思議だったの……」
ショートケーキをフォークで口に運びながらリュミも同意する。
そんな弟たちに、ルナはあぁ、と頷いて説明を始めた。
「それはきっとあいつの二つ名――絶縁が関係しているのだと思うわ。これは憶測だけれど、恐らく電流を断ち切るように貴方たちとティアの魔力の繋がりを断ち切ったのでしょうね。固有魔法ならそれくらい容易いわ。あいつが居なくなってから貴方たちが動けるようになったのは単純に、術者がその場を離れたせいとみて間違いないでしょうね」
へぇえ、とリュミとクレールは納得して感嘆の声を漏らした。
丁度ノワールのメンテナンスが終わり、クレールのメンテナンスの準備をしながら、ティアは皮肉に笑いながらルナに云った。
「ルナテックはぁ、私と繋がっていなかったから動けたのよねぇ」
「そのお陰であいつを追い払えたのよ、感謝しなさい」
「逃げられた。の間違いじゃないかしらぁ」
思わず口を噤むルナを見て、ティアは愉快そうに笑い飛ばした。
そんなティアの態度が気に食わず、「折角の顔が台無しだよ」と云うノワールの言葉を無視して、ルナはさらに仏頂面になる。
「貴女だってぇ、私と繋がれば無限に魔力を使えるのよぉ? それは魔女にとってこれ以上ない魅力的な話じゃないかしらぁ」
「貴女と繋がりを持つくらいなら、魔力を枯渇させたほうが断然マシよ」
そう云ってルナはティーカップの中身を飲み干した。すぐにノワールが慣れた手つきで追加の紅茶を注ぐ。
ありがとう、とお礼を云ってルナはその中に角砂糖を二つ落として溶かした。
ミルクも追加してたその時、ひらひらと何処からか蝶が一匹迷い込んできた。
それが紡の使い魔だと気づいたルナがそっと右手を差し出すと、使い魔の蝶はその細い指に止まって羽を休める。
「……そう、あの子たちのところにも魔女狩りの手が…」
蝶が持ち込んだ伝言を受け取ったルナは、長いまつげを蓄えた瞳を伏せた。
「リュミ、貴女のメンテナンスが終わったら行くわよ」
「はっ、はいですの!」
自分の番が回ってきていたリュミが大げさに頷くので「動かないの」とティアに叱咤され、しゅんと肩を落とした。
――紡は……クランがいるから大丈夫よね。何かあったらただじゃおかないわよ。紡たちのもとに魔女狩りの手が伸びたのなら、ファヴォリとリーヴルのところにも……? 猫が間に合っていればいいのだけれど。
ぐるぐる渦巻く不安を、紅茶と一緒に飲み下す。
やがて、リュミが椅子からぴょんと降りて、ルナの元へと駆け寄ってきた。
「お姉さま、終わりましたの!」
「あら、早いわね」
「元々リュミエールは戦っていなかったしぃ、殆どメンテナンスの必要は無かったのよぉ」
「そう、なら行きましょ」
そう云うと、手にしていたティーカップを置いて椅子から立ち上がり、リュミの手をとった。
「いつでも帰ってきていいのよぉ?」
「誰が貴女のもとに帰るものですか」
最後の最後まで売り言葉に買い言葉な二人だったが、ルナの隣でその様子を見ていたリュミは嬉しそうに笑っていた。




