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醜と美そして陰謀論、を物語る。  作者: 神谷尚明
第二章 死を継ぐものたち
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人の失敗を喜び始めたら着実に怪物化している

 

 生きるは恥だし役にも立たぬ、まさに生き恥晒し。


 客観的に見て彼の人生は残念そのもの。意気揚々と王位に就いたが良いがこの様。


「お前はその器ではない」な尊厳凌辱を徹底的に理解させられ幼き弟に譲った兄。


 どの面下げて王宮にいられるというもの。こんな面ですよはい。でもどれだけ情けなくてもその面を下げねば生きられないという現実。


 部活の部長になったもののその器ではなくその地位を追われたとしたら、どの面下げて部活に出られるであろうに似ている。


 ところが彼は他にいる場所もないために相も変わらずそこにいなければならない。座っていたら希死念慮から自決衝動が起こりそうだからあちこちを動いているのだ。


 以下彼はこう思う日々である。ちなみに彼の一人称は「己」となる。



 ……つまり己の死だけは他者に任すことはできないため自殺とは最も個人的かつ人間的な行為である、とか怖い言葉が頭の中で湧いてくるのを振り払うべく動き回り、王であったことを忘れようとしているのだ。


 だが厄介なことにこんな己にまだ期待しているものたちがいる。もういっちょやりましょうよとかあなたの方が王に相応しいよですよ、とか。こちらを名では呼ばずに相変わらず王呼びをする者たちに対して、こちらもそれに対して苦笑いするしかない。


 己はそれにもうんざりしている。もう期待されたくはないのだ。これ以上恥の上塗りをさせないでくれ。えっ? もう塗っても塗らなくても同じぐらい恥そのもの? でもやめてくれ。


 こっちは分かっているのだ。己よりも弟の方が圧倒的に優秀で王に相応しいことが。己のやった唯一の評価ポイントはそこだ。兄より優れた弟がいることを認めた。


 世界兄弟史において偉業ではあるまいか? けれどもそれが兄としては悔しい。そのまんまお前などいらなかったんだと突き付けられているようで自己否定そのまんま。


「いいえそうではありませんよ」といった態度を取ってくれるのが弟。「あなたは立派でした」と。そういった弟に丁寧に対応されているもののそれが腫物扱いされているようで心苦しい。


 兄なのに兄貴面ができないとなればどうすればいい? 立場が無いとはまさにこのことで最近では居心地の悪さから言葉少なに、なんとか意見をして威厳を保とうとしているのが我ながら情けなくて仕方ない。


 無いもので威張ろうとするその空っぽさが嫌でたまらない。敗軍の将は兵を語らずであるが弟は弟でそれに反論せずに気を遣っているのか傾聴し、参考にしますと答えるのが情けなさに輪をかけている。


 弟は本当にそう言ってくれているのだ。情けないというのは己の自意識過剰さのせいであり弟の罪ではない。全部己が悪い。


「よくも己に恥をかかせたな! そうだお前の存在が己のコンプレックスそのものなんだよ! お前がどうにかしろ!」


 とか喚きたてる悲しき怪物に己はなりたくない。この鬼にも哀しき過去がありとかナレーションなど聞きたくはない。


 だが最近あれなのだ……弟がちょっとミスると嬉しい気持ちになってしまうのだ。ほら……やっぱり己の方が王に相応しいんじゃないのかな……? 己にもワンチャンあるかも。


 やめろ! なんという醜さだ! 己は哀しき存在に堕し始めている。今はまだ罪悪感でいたたまれなくなり怪物化に歯止めがかかっているが、このまま弟の活躍に対して嫉妬の念が募り、そこを周囲のものにそそのかされたりしたらどうなってしまうのだろう?


 もしも実は全て弟が己を失脚させようとしての陰謀であって……という陰謀論にハマりだしたらオシマイだ!


 そんなものに己はなりたくはない! だがこのそうなりたくないという願いとはつまりそうなる可能性があるからこその願いなのだろう。


 人はなりたくないと願うものになってしまうという呪いめいた言葉があるが自分はそうなのか? 頼むそうなる前に己を殺してくれと誰に頼めよう。だから自殺こそが救いなのか? 自殺こそが救済であるのか?


 己を救え己! だからやめろ希死念慮を高めるな! 生きろ! 己は……特に美しくなく醜い生き汚き存在。


 ああ己はどうして生きているのか、どのようにして生きればいい。君たちはどう生きるのか? など他人はどうでもよい、己はどう生きるのか?

 答えはどこに……



 とまぁ彼はこんなところです。お気づきのようにお気づきのようにこの兄はとても善良なのだ。そこそこ優しくてそこそこに有能というちょい上の凡人。


 こういう人の悩みこそ真に迫ってくるしそして悪にも深く堕ちてしまう可能性を感じてしまう。完全に駄目でアホであったらテキトーに金をあげて飼っておけば害は無いし程度の低い悪で収まってくれよう。


「誰のおかげで王やってんのお前? 俺が譲ってやったからだよなぁ~忘れんなよ、はい、返事」


 とかをやるウザいほどの小物なら所詮やることもチンケなものであろうから安心だろう。怠惰な無能ならば御しやすくそこまで警戒することもない。


 暴君や厄介者になるのにも能力とエネルギーが必要なのだ。そしてその厄介者になるエネルギーと能力がこの兄にはあり、使い道を持て余しているわけだ。


 そう、若さをどこかで発揮しないとならない。幼王としては何もしないでほしいなという気持ちだがそうはいかない。人間の不幸は自分の部屋で静かにジッとしていられないことであるとパスカルは書いていたが、無為に耐えられないからこそ懲役刑といった拘禁が罰として成り立つのである。


 そんなところにきてのこの領土についての解決案! 彼は自らの展望が開けたかのように曇天から一筋の光を見た。ちなみに本日は快晴であるが彼の目には曇り空しか見えなかった。それは心象風景だろうし、なんなら久しぶりに空を見上げた気もした。そういうキツめなメンタル状況であった。


 これで自分はもうあの弟の下に就いて居心地の悪さやミスを願わなくていいということ。しかも国を救うという己の無能さを償える立場にもなれるというもの。


 やる気とエネルギーがあるからこそこんなババみたいなカードを引かされても前向きに受け入れるということだ。


 この兄はまだ若い。そのようなものに同情やら優しさはそれほどいらない。むしろ試練や困難を与えた方がちょうどいいこともある。そちらのほうが良きる救いとなるからだ。


 それにちょっとした領主であるのなら己は名君になれるのではないか? というやはり名誉を回復を願う気持ちも確かにあった。ということですんなりと領主候補は王国として最高の人材を配置することが出来た。


「己は立派な一代目になるんだ。両国の間に立つために安定させないとならない。つまり自分が両国の平和のキーパーソンであるのだ」


 とかいう気負過ぎかつ意識高すぎな気持ちを抱くがどちらかというと都合のよい意識である。繰り返すが国境付近であるからこそ政治的な意識が低くグダグダで問題が起こりやすくはあったのだ。


 だがここに明白な政治的意思をもつものが現れたらその地は劇的に変わるであろう。そして約束通り隣国から可憐なる花嫁がお届けされた。あちらから見たら花婿がお届けされたのとしたらお互い様だか。


 それにしてもさすが美女大好きのドスケベ王が手放すのに苦しんだほどの王女様、その美しさにこの新領主様は目を見張り感激することしきり。


 彼は離婚しており二重の意味で涙ぐむ。己は前向きに再婚が出来るのかと。前妻とは彼が王を辞任すると同時に子をつれて実家に帰ってしまったのだ。もとから気が合うほうではなったのだがそれでも彼は悲しかった。せめて子だけは残してもらいたかったが嫁は拒絶したうえに、弟の側近からも政争の種子となりますので近くに置くのはちょっと……と言われる始末。


 そうその点でも彼は嫁から見放された恥さらしで惨めな存在である。ところがどうだろうこの新天地。誰も己のそういった駄目なところを知らないのだ。それどころかあらかじめ流しておいた情報で評判は上々で期待されている。


 しかも花嫁は前妻とは違いとても大人しそうなタイプ。助かる……もう気性の激しい嫁との喧嘩はうんざりなんだ。目が釣り上がった気の強いタイプはどうにかいけない。こちらは目が垂れていておっとりしていそうだ。ご飯を食べるのが遅いしこれなら気が荒まなそうである。みんな期待しているしその期待に応えたい気分で胸が張り裂けそうなほど、そうだとも。


「己はこの地で御先祖様となる!」



 ……ところでどうしてこの兄弟の話が物語られたのだろうか? ここまで詳細にやらなくても? それはこうかもしれない。


 互いに問題を理解しあったもの同士がどうにか争わずになんとか最善の選択を取り悲劇を回避した。普通だったらここで醜い争いが起きるのだがそうはならずにハッピーエンド。美しき兄弟愛が醜い政争に汚されずに済んだ。


 よってこのパターンは二度とは使えないということだ。ここ以後にこのパターンはないということ。つまり、これからの兄弟の物語はこれではないパターンになるということかもしれない。これはそのためのものである、かもしれない



 さて、こうして新領主様はやる気を漲らせながらその地に就いたという報告を聞いたのがこちらの我らの王である。


「上手くいったか。君の策のおかげで順調だ、感謝するよ」

「いいえ、あなたの成果ですよ」


 これは王と王妃の会話であるが、そこには真心しかない。だからこそ王妃は王を疑う……なんて怪しい。この人はいったい本当は何が目的でこのようなことをしているのか、と。


 次回より王妃の疑念とその探求。


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