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醜と美そして陰謀論、を物語る。  作者: 神谷尚明
第二章 死を継ぐものたち
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美が醜を見る目

 

 そうだ、と三男は思い出す。


 強烈だがどうでもいいものだからこその、例えればタンスの奥にそのままにしておいたような記憶の片隅にその存在が残っていた。


 消えた王子の傍にはその妹の息子がいたと聞いたことがある。


 母親そっくりらしいそんな醜い子など誰も捜そうとはしないし、王も醜いのが嫌いだから気にもしていないだろうがあれも一緒にいなくなったものだ。


 あのあたりで消えたとしたらアカメ一族に身を寄せ世話となっていても不思議ではない。


 綺麗な子はいないか? と聞かれたからアカメはいないといったが、醜い子はいないか? と聞かれていたらアカメはいるよと言ったかもしれない。


 ということは、ということは、これを以てこれを見れば、つまり醜を以て美を見るとしたら、するとこの綺麗な男の子は彼女の息子? 


 あの二人は一緒に匿われた? 俺の目は節穴だったのか!? やめろ節穴だからといって俺の目の中を指や鉛筆で突っついたり消しカスをいれるんじゃあない。


 だがしかし……いいや違うな、と三男はもう一度テツを見てから頷く。


 あの人の子ではない。


 そうであるなら分かるはずだ、分からないはずがないだろうに。


 この自分が見誤るはずがない。自分は芸術家だ。


 これで直感が働かず霊感を覚えないとしたらその方がおかしい。そうだともこれは逆に働いている、真偽を見極めているのだ。


 この子は違う、二人の兄貴の魂を賭けたっていい!




 三男の頑なな態度をここで一般論として語ると、この自分は騙されない、騙されるはずがない、だって……それについて詳しいのだからな。


 この自認のもとでどれほどの人達がデマや陰謀論に引っ掛ってきたのだろうか。


 しかしこれは身近のことで考えればわかるというもの。たとえばお母さんは一日に何回子供に嘘をつかれ騙されているのだろう? 


 けれども母親は子供のことをそれこそ赤子の頃から知っているのだ。我が子に関しては世界一詳しいと言っても過言ではない、だが、嘘をつかれたり騙されたりする。


 それはもちろん母親が愚かだというわけではない。信頼していた部下に欺かれ裏切られる上司と同様だし、家臣に謀叛を起こされる主君のようなものである。


「自分はそのことについてよく知っている」


 これが最大の隙でありここを突かれると大抵のことは通ってしまう。


 人の知っている範囲など所詮は狭く突破されがちだが本人は守備範囲は広いと自認しがち。己の狭さを知るのもまた真の知なり。


 そして隙を突かれたとしてもこれまでの経験や知識を動員してその隙を自説で擁護してしまう。


「あいつがそんなことをするはずがない。何かの間違いだ」

「あの子に限ってそんなことをするはずがない。何か誤解されているのよ」


 理屈によって自分は騙されたのではないと理論構築してしまうしできてしまう。これがもし元の知識が0な受け売りだとしたら、それ違うよ、と反論され、あーそうなんだとなる可能性はある。


 そうならないのもあるがそれは完全な愚か者な態度である。けれども元の知識がなまじっかあると素直に誤りは認め難い。


 それが専門家であったら目も当てられない。膨大な知識をデマや陰謀論を守るために活用されてしまうのだ。


 その姿はまるで闇堕ちした元賢者であろう。今まで積み上げてきた自分の経験を否定されるのは大人には最も堪える。だったら自分は今まで何をしてきたのか? と己のプライドの擁護にもなる。


 誤りを認めない大人の自己保身という厄介さがここにある。


 だいたい愛するものの息子なら一目見ればわかる、という前提を彼は疑うべきだったろう。


 前提を疑う、あらゆる分野において必須のスタート地点である。


「一目見て分かったよ、君があの人の子だと」それは物語においては感動のシーンでお約束だが、言われてみなければ分からないがほとんどではないか?


 私はお前の父なのだ、からのNOOOO! はそら言われないと分からないし分かりたくないものの代表でもあるが、我々はえてして愛するものの子は一目見て察して欲しいという願望でもあるのだろう。


 それが娘なら尚更であり「まるであの人の生き写しだ」だと記憶が甦る己の人生が再びあの頃の躍動感で起こされる、そういうロマンチックな幻想を求めてやまないのだろう。


 少なくとも言われなければ気がつかなかったよ、とか、全然似ていないね、とか、お父さんに似たんだね、そういうのは見たくはない。


 自分の中の物語と合致させたいと願っているのだ。


 そんなこんなで三男はテツを見誤っているといって良い。己の中の理想が高くなりすぎたためにかつての憧れの人の形見を完全にスルーする失策を起こしている最中。


 サビの三男への判断が正しいとなる。だが何の因果かまさに目が合った瞬間だけでサビには気づいた。


 この興味がなさすぎるしどうでもいいことに関しては正確に直感が働くというのは、そこに思い込みや年月の汚れといったバイアスが掛かっていないからだろう。手付かずの本には手垢はついていないからキレイなままのようだ。


 人間は視線にかなり頼って生きているというのに見えているのに見えていないというはなんとも皮肉なこと。


 専門家の予想は猿にも劣るという説もあるが、これもまた余計なことを考え出すと認知が歪むという一例であろう。


 それでは三男はサビのことを上の方に報告するかというと、しない。


 三男は思う。そんなことは意地でもしないしたとえテツが見つかっても報告を上げるつもりはない。


 兄二人の暗殺の警戒もそうであるしそれになによりも王に対してこんなことを告げられない。


 テツは依然不明ですがもう一人の息子は見つけました。サビという名前みたいです。とか言ってみたところ、誰? あれの息子か。それがなんだというのか? そんなのはどうでもいい! テツはどこにいる!


 と半狂乱に陥りこの後の政治と外交に多大なる支障を起こしてしまうだろう。現在王は難題に挑んでいる。長年帰属問題で宙づりとなっていた地域の最終解決に着手しているのだ。


 それはまるであの方を死なせてしまったことに対するお詫びのような、または見当違いな復讐のような、人生最後の大仕事をしているようなのだ。


 そうであるのにここで邪魔をすることもなかろう。テツはいないのにサビだけ報告してもこれ以上にない余計なことだ。


 それにだそれに……仮面を被り世を忍んでいるその姿はまるで敵討ちを狙うものではないか?


 そうだともこいつは母親と天女である伯母たちを殺された天涯孤独の身なのだ。


 あの二人の首謀者の顔を覚えていて復讐の時を待っていてもおかしくはないし、そうであったらいいものだ。


 もしも望むのであれば俺は協力をしよう。とりあえず今回はお前の正体を探らないということだ。ちゃんと知らないふりをしてやるから安心しろとは言えないが、お前は分かっていよう。


 だからこそ目蓋を閉じているわけだ。俺の絵に気づいたのだろう、自分もまた母親と同じところにいたのだからな。


 しかしだ、と三男は壁の絵を見返し思う。


 あの方が自分の妹と甥を見ていたからこそ今のインスピレーションが湧いたということだな。


 発想とは忘れていた過去の出来事の蓄積というやつだ。盗作問題も意図的にパクってやろうとしてやるものもあるが、無意識に他人のものを自分ものだと思い込んでやってしまうのもあるとのことだ。


 いまの絵もかつて見た光景を自分の中に沈殿していていま湧き上がってきたということ。ふむっなるほど、だが……目や表情は分からないな。顔を向けているのは分かる。


 だがあの人はどのような顔をしていたのかが分からない。


 見えていないから描けないのではない、想像がまだ固まらないから描けない。


 どんな気持ちであの人はあの妹とやらを見ていたのか? 美が醜を見つめるとはどのような瞳をしているのだろう?


 少なくとも……と、三男は椅子の上に座りサビの方を見る綺麗な男の子に目を向ける。


 この男の子のような目ではないのは間違いない、と彼は思った。(アカメからテツとは紹介されず違う名で紹介されている、が三男は興味がないから覚えていない)


 この男の子は醒めた目で以って見下しているように醜さを見ている。


 なるほど、この覆面は醜さを隠しているということなら間違いなくあの息子であり、そして同時にこの美しい男の子はテツではない。


 あの人の息子がそんな目をするはずがない。俺には違うと分かる。


 きっと……温かい目で微笑んでいたはずだ。


 見えなくてもそれは見える、見えて良いはずだ。


 だからこそ、この目ではない。


 そこだけは確実だ。そう見ている俺のこの目に狂いはない。あの美は醜をそのような目では絶対に見てはいなかった。


 俺の信仰を賭けよう。あの姉妹とは違う。


 そうだとも、だから、お前たちは兄弟ではない。




 見誤り続けているも、だがしかし……三男、到達。

 目の前のものをしっかりと見つめる、その正しき行いこそ創造的行為でありその果てにある真実に到れる。



 次回、テツのサビへの想い。愛と信頼に嫌悪と猜疑心。


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