美の裾に触れ、醜の陰を踏む
さて視点を三男に戻す。
彼には気になることがひとつあった……そう、そこにいる覆面の小僧が何か気になる、と。
芸術家の勘が囁いている……あいつ、なにかあるぞ、と。好奇心が疼く……その下に何があるのだ?
この覆面の小僧ことサビは現在部屋の片隅にて息を殺し大人しくしている状態である。
彼の醜い顔は基本的に身内にしか見せることは無い。けれどもあらかじめ見せることで相手を威嚇させるということも彼はよくやっていた。
威嚇による意識の支配である。母親のしていた手法をもうひと手間加えさせている。
この顔が分からないというのは相手からしたら興味をそそられるものであるからだ。
その好奇心を突き、怯えさせる。お前らはみな同じ表情となり一つの感想しか抱かない、そうさせるのは支配以外の何物でもない。
しかしこの三男を相手に顔を見せることはできない。彼はサビの母親の顔を見ている可能性があるからだ。
もしもそうなら一目見るなり彼は必ず自分に気づくとサビには自信があった。
愛するものの美は抽象化しているというのに、嫌悪するものの醜さは具体的になるその皮肉さ。人間の認識のその頼りなさ。
よってサビは十五世に願った。自分の顔は絶対に見ないように王子に頼んでほしいと。よって十五世はお願いした。あのものはこの子のお付きのものでして、一族の独特な風習によって素顔は他人には見せられないのです。
こんな説明を受け三男は分かったと承諾したが、気になる。取れなんて言う気はないし顔を隠すとかいつもは怪しいとは感じないはずなのに、気になる。
なんか知っている気がしてならない。その覆面から覗かせる眼が……あっ!
視線が初めて交錯した途端に室温が変化したように、三男は記憶の中に閉じ込めてある、あの頃の空気の質感を肌で感じ取った。
あっ……わあああああああああっ!
叫び出しながら三男は筆を取り壁に線を走らせた。急いで書かないと失ってしまう! その衝動のまま一心不乱に書き殴るその鬼気迫る姿。
しばらく経つと壁に線画が出来上がっていた。
横顔の人物画である。それはどこかを見ている。何かを見ている。
その視線の先には……覆面の小僧がいる。
どういうことだ? と描き終えた三男は彼を見る。だが彼は目蓋を閉じている。
もう開かないしもう目を合わせないだろう。
なぜ俺はあの子供の目を見たら強烈なインスピレーションが湧き、その勢いに導かれるままに描いたらあの日の横顔に……
しかし美しい……なんという美しさだ、あの時だ……あの時の一瞬がここにある……俺は美の裾に微かに触れることができた。
その壁画に描かれたものとは美の後ろ横顔である。
耳から先の顔は見えないがそれは紛れもなくあの時の天女の姿。顔無き美がそこにあった。
彼女はあの時に何かを見ていたのだ、なにかを。でも自分はそれよりもその美を見ることに夢中だった。
あのように完全によそ見をしている時にだけ自分は彼女を見ることが可能だったといって良い。
対面中はジロジロと見てはならないし注視も凝視もできなかった。王が見ているからだ。
王は俺の彼女への視線を警戒していた。だから俺は努めて王の方ばかりを見ることにしていた。
しかし王も王でこちらから視線を外す時があった。その彼女のこのよそ見の時である。よく視線を外して何かを見ていた。
その際に王は彼女の方を見ずに上の方を見るのが常としていた。
彼女が見ているものを見ないようにするためかのように。その微かな時の中で自分は美の横顔を見ることができた。
いまこれは記憶が再生され言語化されているものである。
当時はそんなことは考えていないかった。反射的なものでありその間も数秒のものであった。
それをいま思い出すことができ、だからこそ描けた。だがこれは……なんであるのか?
そもそも……彼女は何を見ていたのだ? 毎回毎回必ず何回かあったあの時。
角度からいうとあそこには扉があり……誰かがいた?
誰がいるかと思い出せばそこには……彼女の護衛がいたとか?
そうだ彼女は妹がいると言っていた、もっとも王によれば義理とのことだが凄まじく醜いということだったらしい。
自分も遠目で見たことはあるが人ではないものの雰囲気がし、目が合い寒気がしすぐさま目を逸らして以後は見ないようにしていた。
だから実際に会ったことは無い。もしもあの郊外への散歩の際に同行が出来ていたら嫌でも目に入ったかもしれないが。
それにしても目が合った、か。そうだ目は合わせたことはある……それが今のインスピレーションに繋がるとしたら……小僧、お前はあの妹の息子なのか? 名は知らないが、そうなのか?
三男、美の裾に触れると共に醜の影を踏む。




