死を継がないもの
ではサビの話をしよう一話以来であるが彼の内面を覗いてみることとする。
彼はあまりに物事が上手くいくことに驚くばかりだった。
馬車で伯母の死骸で身を隠していた時、いつここから出るかを考えていたところ人の気配がした。
追手か? だが婦人の声がした。なら違う、敵の兵の中に女はいない。
だからこの人達は敵ではなく第三者であろう。
ならばテツみたいな綺麗な赤子を保護してくれる可能性が高い。
それに王子だということをはっきり言うほうが良いはずだ。
この馬車と伯母の死骸はそのことを裏付ける証拠にもなる。
とにもかくにもテツを敵の手に渡さないようにしないと!
そういった考えからサビはテツを掲げたわけであるが……当の本人がその成功に自ら不審がっている。
このカツテという婦人……不思議だ。こちらの話を全て受け入れている。
都から来たとか追手に王子が狙われているとか、怪しいといえばかなり怪しい話をなにもかもを丸呑み。
決して馬鹿な人ではないことは態度や話し方から分かる。
そうだというのに疑う素振りさえ見せず全部了解している。
まるでこのことを事前に察知していたかのような……だがそんなことはどうでもいいこと。
この人がテツと自分を保護してくれることは確かなのだ。
そこは疑いもない事実しかない。なにか裏があるに違いないとか考えなくて良いことだ。
テツを王家に返さないということさえしてくれているのなら他になにも望まない。
「弟の名前はテツで俺の名前はサビです」
自己紹介をしたところカツテさんは驚いた後になるほど納得のような満足気な表情をした。
おそらく彼女としても腑に落ちたのだろう。兄弟としての名前の奇妙な整合性を。伯母の血に塗れていたから赤錆というイメージにも繋がっているしこの醜さだ。
名は態を表していることと彼女は満足している。
しかし、ほんとうは違う。
それは自分の名ではない。自分の真の名は他にありそれは伯母が付けてくれた名だ。
だが母は俺をその名で呼ぶことは無かった。
おそらく心中では反対だったからだろうと推測できる。母の唯一といっていいぐらいの姉への反感はそこにあった。
当然だと俺は母に同意する。俺はその名であってはならなかった。
唯一名付け親の伯母だけは俺をその名で呼んでいた。嬉し気にその名を呼んでいたが、俺はその名を継がない。
まずここから否定する。俺は伯母を先ずここから否定することにした。
テツにも俺の真の名は教えない。教えてはならない。これは俺だけが知っていれば良いことだ。
それにいま向き合うべき問題は自分とテツが他人だと思われないことである。
だからこそサビという名前の方が良い。
従兄弟だと聞いた時のこの人はあまり納得していないようだったのが、名前を聞いた時にそうかと緊張が解けたようだったじゃないか。
狙いは当たったのだ。この婦人を騙せたのなら全員信じさせることは容易だ。
そうだとも、こんなに醜いものとこの綺麗な赤子が血縁関係とは誰も信じない。
だからこその必然性が求められた。
そう、これ以後このカツテさんは俺に人間を教えてくれることになった。
人はなにが好きでなにを嫌うのかを。端的に言うと人間は分からないことを嫌う。
自分の想像外のことを理解したくないのだ。
例えば母の死について俺は悲しいふりをしないとならない。
その仇を討ちたいと悔しさをにじませた声を出さないとならない。
そうではないなんて言って気味悪がせてはならない。俺はこんなに醜いのだから心まで怪物のようであってはみんなが困るのだ。
いや、困らないかもしれない。
怪物として討伐の理由がついたら喜んでくれるかもしれないが、それはこちらが本当に困るから駄目。
ちゃんと人間だと思わせないと。せめて人らしくだ。みんなと同じことをしろ、同じことを思え。
分かりやすくしないとならない。真実よりも嘘が大事だとみんな知っている。
そうだとも母は……良い人生を送ったと俺は思っている。
伯母を念願の王妃の座につかせることができたうえに王子の誕生も見届けられたのだ。偉大であるしほとんどの夢は叶えられたのだ。
最後の最後にああして敗れたが、しかしそのおかげでテツは生きている。
全生命を燃やして使命を全うした。その夢の続きは継続しているしそれはきっと叶えられる。
俺がそれを継ぐのだから悲劇ではない。俺達はこれからだし悲しんでいる理由はない。
母の死を継ぎその夢の実現に挑むまでよ。
だけど人はそんな話は求めない。子供がそんな割り切りすぎな不気味な論理を展開させてはならない。
「母上の件は残念だったね」
カツテさんが心から気の毒そうに言ってくれているのだから、そこを受け入れないとならない。
「悔しいです」
言葉少なにこう答えると頷いてくれる。人らしい振る舞いは成功である。ついでにもうひとつ言っておこう。
「伯母の件も……残念でなりません」
「せっかく王妃様になれたというのに。運が無かったね」
続いて伯母の死の話をするとカツテさんの声がさっきとは違って聞えた。
不思議と明る気な響きがあるがそれがなんなのかは分からないし自分には関係ないことだ。この人にもいろいろなことがあったのだろうし。
それにしても伯母は……なんで俺を庇ったのか?
いや、そうじゃないテツを庇おうとして自分に覆い被さったのだろう。
そのタイミングがずれたから結果的に俺を庇うという形になったのだ。
そういうことにしよう……そういうことにする。
または、この小さな体では矢が俺を貫通しテツに届いたかもしれない。
だからあれで良かったのだ。伯母は自分の息子を守って死んだ、素晴らしい美だ。
あなたの神話はこれになる……これにする。
けど……出来ればあなたが生き残った方が良かった。俺はあのまま死んでも良かった。こんなにも醜いのだから母と同じ時に同じ使命のもと逝ってもよかったはずだ。
そういう命の使いどころで良かったのだ。それが美との一体化でもあるのだ。
生への栄光か死への栄光か。この二つのどちらかが俺の望みであり俺と母はそういうものであるのだから。
しかしまぁ終わったことを考えても仕方がない。ああなればよかったなど不要な感傷に過ぎない。
こうなったからには伯母もテツが王位に立つことを望んでいることだろう
それ以外の解釈はいらない。俺は余計なことを否定しなければならない。
そうだとも繰り返し繰り返し考えても伯母が俺を庇ったなどは絶対に違うことにしないとならない。
美が醜を庇い犠牲となるとか……太陽が見えるのに暗いとか空を歩き地を見上げるようなものだ。
有るはずがない、だからあってはならない。俺はこの解釈だけは、認めない。
俺は庇われてなどいない。だから俺に被さった伯母が俺の真名を呼びそして語った言葉を拒絶する。
全身に伯母の血を浴びそれを受け入れてもその言葉だけは受け入れない。
消化させずに永遠に腹の中に留めておく。扉を閉め誰にも見せない隠し事とする。
そうだ俺は伯母の死を継がない。あなたの顔を避けて背き否定する。
もっと言えばあなたは間違えた。それまで正解を全て選び続けていたのに最後の最後でひとつ間違えた。
命を賭けて、間違えた。あれは一点の汚点ともいえる醜聞だ。
だから、許さない。俺はあなたの最後の否定からもう一度神話を創ることにする。
創り変えた神話における死を継ぐこととする。その神話の中であなたは永遠に生き続ける。
……生きさせる。




