故郷としての都会
姑や小姑及びお局様なお前らは私に対してこう言うはずだとカツテはシュミレーションという名の妄想を領域展開させる。
「ここはお前のいたところと違うからな! こちらのやりかたでやってもらわなきゃ駄目だからな! おい、わかったら返事しな!」
職場や家庭とかいうものは旧態依然で因習まみれの魔窟である。よく分からないマイルールにどうしてこんなことをしないといけないのかという謎ルールが蜘蛛の巣状態である。
それもこれも全部自己愛の塊と化したその場の主なるものの仕業である。
「うるさい理屈を捏ねんな! お前は私の言うことを聴いていればいいんだよ! いちいち逆らうなうざったいなこいつ!」※うざいとは多摩弁である。
結局その者たちの要求はひとつだ。自分の言うことを聞け、自分のやり方に従え、自分の機嫌を損ねるな、これだけ。
それだけのためのルールでありそこに固執するためだけに生きている存在といっても過言ではない。たとえそのルールがどんなに苦しくても改善せずにそのまま苦しむことにする。
実にくだらず何ともくだらずまことにくだらぬ。己の吐き出し糸に絡め取られて身動きがとれなくなった蜘蛛みたいなものである。そんな間抜けな蜘蛛などいないためこれは人間の業なのだ。
そしてこうなるとこのような存在は職場や家庭という怪物に呑み込まれた憐れな犠牲者と言っても良いぐらいな人間の心を失った存在。
「都会から来たって威張るな! あんたなんかこっちじゃなんにもできないんだからな! なんだその目つきは田舎者だと見下しているんか!」
威張っていると見えるのは妄想であるし、なんにもできないようにしているのはただの意地悪目的。
見下して見えるのは己自身のコンプレックスゆえだがそれを他責思考で人に押し付けている。
「ほらやっぱりこれだ。これだから都会の人間は根性が無い。なんだ泣いてるのかぁ、あぁん?」
これが言いたいがためにイジメて泣かせる。ああいい気味だ。やはり若いもんを苦しめるのは胸がスッとなるね、そんなことを歪んだ笑顔で言う。
心底恐ろしい存在である……とは一から十までカツテの妄想でありこれが彼女なのだ。偏見を総動員させ己を臨戦状態に持ち上げさせる。
許せないと彼女は自分自身の妄想に激怒する。身体が震え腹の底が冷えながら頭が熱くなる。
よくも私にそんなふざけ切ったことを! されていないが怒りを前借して気合いを入れる……されるんだからいいんだよ! その可能性があるだけで十分に有罪でありなんなら先にぶん殴ってもいいんだ! だってもうされているも同然なんだからな!
舐めるな田舎もんどもが! と彼女は瞬きをせずに奥を見つめる。
婚約破棄させられて都落ちの下方婚……そんな私をあの田舎のブスどもは哀れんで見下して躾と言う名のイジメをして私を慰めものにするつもりだろうが、私はあんたたちに弄ばれ見下されるほど落ちぶれちゃいないんだよ! 目にもの見せてやる!
そうだ私の生まれ持った才能やそれを活かした長年の努力による能力はお前らみたいなボケどもにイジられて支配されるためにあったのじゃない、逆だ。
私はこの家に……来てやったんだと教育してやる。ここを私の家にしてやる!
こうしてうざったらしい生意気な嫁と因業姑との戦争が始まるが結論から言うと姑は敗れた。
姑は悪辣ではあったがカツテの妄想を下回る小悪な存在であったために最後は敗れ去った。
人間同士の対決でものをいうのが結局は情念の強弱である。妄想たくましゅう方が勝つのは当然のこと。
「お前にもう教えることは何も無い……」
そう言いながら病に倒れた姑は嫁に告げてからこの世に別れを告げた。
「お師匠様!」
とカツテは言ったとか言わなかったとか。
「やれやれ、これでようやく私の天下だ」
こっちは言った。そうカツテは名実ともにアカメ一族の当主となった。あれ嫁では? そう嫁が権力を握ってしまった。
夫である十五世は嫁が好きすぎて何も言えない状態。ちなみに舅は隠居で息子に全任せ。
まぁもともとこの息子は母親の言うことには絶対服従であったため状態は変わらず態度は一貫している。駄目人間は成長しないがゆえに安定感は抜群である。
そもそも言うことなど無かった。
頭脳や知識の差に立ち居振る舞いなど彼にとっては天女状態。体力と歩く速さも嫁に全然敵わないぐらいへなちょこ。勝っているのは身長と腕力ぐらいである。ただしそれを活かせる度胸などない。
そしてこれは彼のひとつの賢さである。自分よりも強く賢いものに全部お任せというやつ。そうやってこれまで生きてきたしこれからも生きていく所存であります。
さてカツテは家の実権を握ったし子供も跡継ぎの息子と娘を産んだことでこれでこの家でやることはコンプリート。
あとは子供を教育しその成長を見守るだけ……と思う日々のなか、ある日の夜に眠りにつくとなんとそこは王宮、都の真ん中の一丁目一番地。
いつもの階段がそこに。二階のテラスへと続く美しき螺旋を織りなしている階段。
そうこの階段を渦巻きながら昇って行けばそこにはあの人がいる。
「やぁカツテ嬢。ご機嫌は如何かな?」
私の王子様がそこにいてくれる。待っていてくれたのだ。私の手を取り上へとエスコートしてくれるために。
背が高くスマートでその優しい笑顔。私はその手を取りそして行く。上へと……王妃へと……都に帰る……だが暗転。
「あへ?」
カツテは闇のなか目を覚ました。ここはどこ? 私は誰?
瞬時の記憶障害となるもすぐに我に返る。ここはアカメ一族の地で私はその家の嫁。
だからさっきの夢は幻……そうなのか? だって私はそうなる可能性だってあったじゃないの。
どっちが夢か現実か。あれだ胡蝶の夢だ。でも胡蝶になるのは強めの幻覚さがある。
私にとってどっちに嫁いだのかの方が分かりやすい。あのまま陰謀が無かったら私は都に残って王妃になれていた。いまとはまるで大違いな私となっていたはずだ。
もしも選べるとしたら……ふっ馬鹿だな私は、とカツテは自嘲する。もう戻れないんだよ。あんたはもうもとには戻れない。
既にお父様もお母様も亡くなり私も子を二人産みもう娘じゃなくて母なんだ。
この地に骨を埋めるという運命が定まっている。それにどうやって都に戻る?
そんな理由も動機も何ひとつとしてない。娘や息子を王家に嫁がせる?
そんなこと不可能だし何よりあの女の子と自分の子を結ばせるとか絶対に有り得ないし許さない。
だから、ない。いまのは一時の感傷の結果でありただの思い出。失われたからこそ夢として蘇っただけ。
永遠に心の奥底にしまっておくだけのもの。こうやってたまにその箱を開いて眺めているだけの代物。他人には見せられない私だけが見るもの。
だからもうおやすみ……カツテはこうして再び目蓋を閉じるもあの夢の続きを期待していた。現実で叶わないならせめて夢だけでも! 私を故郷に戻して!
しかし夢の続きは訪れず朝が来ただけであった。そうか続きはないのか、と彼女はがっかりとした。だから今日もこの地の土に塗れる一日が始まりそしてそれは最期の時まで続く、それが現実なのだ。
袋小路な日常、終わりなき平日。
さて、長々とこの御婦人の話をしてきたがここまでの背景が重要となる。これがあるからこそこの先が展開していくこととなる。
後日、妄想が神話と結びつく。




