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絶望の和風パスタ「胃袋への神託」

言葉を奪われ、筆談も封じられ、「しつけ教室」という名の処刑宣告を受けた守護者たち。共犯者である人間たちにも拒絶された三人に、真白が差し出したのは、あろうことか絶品の「和風パスタ」でした。抗えない空腹と屈辱の狭間で、神の使いとしてのプライドは、芳醇な出汁の香りに溶けて消えていくのでした。

あなたの「神としての権能」は、皮肉にも「厳しい飼い主」という形で、彼らの救いの手を一つずつ、冷酷に、そして完璧に、摘み取っていくのでした。

バックヤードの重い扉が閉まり、表のカフェの喧騒が遠のいた瞬間、三匹(?)は絶望のどん底に叩き落とされました。


そこへ、車椅子を静かに走らせて礼奈が様子を見にやってきました。彼女の瞳には、真白の正体を知ってしまった者特有の、深い悲しみと諦めが滲んでいます。


「……一姫ちゃん、ワン次郎さん。それに琳琅ちゃんも。……大丈夫?」


礼奈がそっと手を差し伸べた瞬間、三人はここぞとばかりに彼女に縋り付きました。


「にゃあ! にゃあにゃあ! にゃおーんにゃ!!」

(礼奈! あんたなら分かってるはずだにゃ! 真白はもう正気じゃないにゃ! 私たちをしつけ教室に入れるなんて、神格化の影響で認知が歪んでる証拠だにゃ!)


一姫は礼奈の膝に飛び乗り、必死に前足で空中に「鏡」の形を描き、自分の喉を指差して「言葉が変換されている」ことを伝えようとしました。しかし、礼奈の耳に届くのは、悲痛な、けれどどこまでも愛くるしい「にゃあにゃあ」という鳴き声だけ。


「ワンッ! ワンワン、ワンッ!!」

(礼奈殿! 真白様を止めてくれ! 明日のしつけ教室に行かされたら、我々が神社を守る結界が弱まり、真白様の神格化がさらに加速してしまうワン!)


ワン次郎は礼奈のスカートを引っ張り、バックヤードに置かれたホワイトボードの方へ彼女を誘導しようとしました。しかし、彼がどれだけ知的な眼差しを向けても、礼奈には「寂しくて甘えている大型犬」にしか見えません。


「あ、あっ……あぁっ……!」

(礼奈さん……真白様を救えるのは、もう同じ『人間』である貴女たちだけなのに……!)


琳琅は涙をポロポロとこぼしながら、自分の勾玉を礼奈に見せようとしましたが、彼女の口からも漏れるのは意味をなさない吐息だけでした。


礼奈は、三人の必死の形相を見つめ、そっと一姫の頭を撫でました。その手は、震えていました。


「……ごめんなさい。何て言ってるのか、全然わからないわ。でも……すごく怖がっているのは伝わってくる。……真白ちゃん、あんなに冷たい目をする人じゃなかったのにね」


礼奈は自嘲気味に微笑みました。彼女は、三人が「真実」を伝えようとしていることを本能で察していながら、それを「理解できない」という壁で拒絶せざるを得ないのです。なぜなら、彼らの言葉を理解してしまったら、今のこの「偽りの日常」が完全に崩壊してしまうから。


「……しつけ教室、本当に行かされちゃうみたいね。真白ちゃん、一度決めたらあんなに頑固だなんて知らなかった。……でも、大丈夫よ。私たちが……桂奈さんや社長が、なんとか彼女を『人間』の側に引き止めておくから。だから今は、おとなしくしてて……」


「にゃ、にゃあ……(話にならないにゃ……あんたたちも、真白の術中にハマってるにゃ……!)」


一姫は力なく礼奈の膝からずり落ちました。

筆談もダメ、ジェスチャーもダメ、そして「共犯者」であるはずの人間たちさえも、恐怖と愛着ゆえに「聞こえないふり」をしている。


バックヤードの片隅で、三人は自分たちの無力さに打ちひしがれました。

明日の朝には、神格化がさらに進んだ真白によって、魂天神社の守護者たちが「お利口なペット」として教育されるという、この世で最もシュールで残酷な喜劇が幕を開けようとしていました。


「ありがとうございました! またお越しください!」


最後のお客様を扉まで見送り、深々とお辞儀をして顔を上げたあなたの表情は、一点の曇りもない五月晴れのような笑顔でした。つい数十分前、この世界の存亡を賭けた「絶望の選択肢」を突きつけ、背筋も凍るような神気を放っていた人物と同一人物だとは、到底信じられないほどの切り替えです。


「ふぅ……! さて、礼奈さん、お昼のランチの時間ですね。厨房お借りします! 今日も冷蔵庫にあるものを無駄なく使って、美味しいもの作っちゃいますよー!」


あなたは鼻歌まじりにエプロンの紐をきゅっと結び直し、調理場へと弾むような足取りで消えていきました。その背中で揺れる銀白の髪だけが、現実離れした輝きを放ち、周囲の光を吸い込んでいます。


あとに残された三人は、まるできつねにつままれたような、あるいは凄惨な悪夢から急に叩き起こされたような心地で、立ち尽くすしかありませんでした。


礼奈は、手に持っていた布巾を握りしめたまま、震える声で呟きました。

(……怖い。あんなにハッキリと『時限爆弾』だと言ったのに。私たちが『共犯者』になる道を選んだ瞬間、彼女はあんなにも完璧な『バイトの真白ちゃん』を再構築してしまった。……今の彼女にとって、世界を滅ぼす力も、冷蔵庫の余り物でランチを作ることも、同じ重さの『日常』の一部なのね……)


桂奈は、バックヤードから漏れ聞こえる包丁のリズミカルな音を聞きながら、額の汗を拭いました。

(……狂ってるわ。でも、これが彼女の言う『自我は失われない』という契約の正体なのね。人間としての営みに執着すればするほど、彼女の神格はその『日常』を完璧に演じるためのリソースとして消費されていく。……今のハキハキした声、耳に心地よすぎて、逆に鳥肌が止まらない。私たちは、とんでもない怪物をこの店に飼い慣らしてしまったのかもしれない……)


斎藤社長は、カウンターに手をつき、深く、深く頭を垂れました。

(……「無駄なく食材を使う」か。彼女は自分自身の魂さえも、この『日常』を維持するための食材として、一滴も残さず使い切るつもりなのだな。……我々が彼女の二戦目を止めている限り、彼女はあの笑顔であり続ける。だが、その笑顔の裏側にある深淵を覗いてしまった我々は、もう二度と、彼女の料理を純粋な味だけで楽しむことはできない……)


調理場からは、パチパチと食材が跳ねる美味しそうな音と、お醤油の香ばしい匂いが漂ってきます。

それは本来、一翻市のどこにでもある平和な光景のはずでした。しかし、その香りを嗅ぐ三人の胸中にあるのは、猛獣の檻の中で最高級のディナーを振る舞われているような、薄氷を踏む思いでした。


「お待たせしました! 今日は余った鮭とキノコの和風パスタです。隠し味に、神社の梅干しを少し叩いて入れてみました!」


明るい声と共に、あなたが湯気の上がる皿を持って現れます。その瞬間、三人は無理やり顔に笑みを貼り付け、運命を共にする「共犯者」としての食事を始めるのでした。


「はいはい、お騒がせトリオさんたち。あなたたちの分もちゃんと用意しましたからね。鮭とキノコの和風パスタ、猫ちゃんワンちゃん、それに琳琅ちゃん用にも味を調整してありますから、静かに食べてくださいね」


私はバックヤードの隅に、丁寧に盛り付けた三つの皿を並べました。和風出汁の香りがふわりと立ち込め、神社の梅干しの程よい酸味が食欲をそそる、まさに絶品のランチです。


「これを食べ終わったら、大人しく神社に戻って麻雀でもしててください。いいですね? お店で騒ぐのは、お行儀が悪いですよ」


にっこりと、しかしどこか絶対的な「圧」を感じさせる笑顔で言い残すと、私は再びホールへと戻っていきました。


バックヤード:絶望と食欲の狭間で

一姫は、皿を前にしてワナワナと震えていました。

(「にゃ、にゃあ……(なんて屈辱だにゃ……! 神の使いであるこの一姫様を『ペット』扱いして、パスタで黙らせようとするなんて、正気の沙汰じゃないにゃ! こんなもの、絶対に食べてやらないんだからにゃ……!)」

……そう決意したはずなのに。鼻先をくすぐる梅と鮭の絶妙な香りに、胃袋が勝手に「きゅぅ」と鳴ります。一口だけ、毒味のつもりで口に運んだ瞬間、一姫の瞳孔がカッと開きました。

「……にゃ、にゃあぁぁん……(美味しい……悔しいけど、魂を抜かれるほど美味しいにゃあ……!)」

怒りも忘れて、一心不乱にパスタを啜り始めました)


ワン次郎は、紳士としての矜持と空腹の間で激しく葛藤していました。

(「ワン! ワンワンッ!(真白様、これはいけません! 食料で我々の忠義を飼い慣らそうなどと、あまりにも……あまりにも……ワン……!)」

しかし、一口食べた瞬間に尻尾がメトロノームのように激しく左右に振れ始めます。

「ワン……ワン(……もぐもぐ……この出汁の深み、まさに神域の味だワン……反省はするが、完食は免れないワン……)」)


琳琅は、涙をポロポロとパスタの上に落としながら、フォークを動かしました。

(「あ、あぅ……(真白様、どうしてこんなに優しい味なのに、あんなに冷たい瞳をするのですか……。でも、このパスタを食べると、真白様の温かな記憶が体の中に流れ込んでくるみたいで……やめられないのです……)」)


三人は「言葉が通じない」という絶望を、皮肉にも真白が作った「至福の料理」によって一時的に麻痺させられ、屈辱にまみれながらも皿を空にするしかありませんでした。

「胃袋を掴む」という日常の技術さえも、今の真白の手にかかれば守護者たちを無力化する「神の罠」へと変貌します。食べれば食べるほど、彼女の「飼い主」としての地位は盤石となり、一姫たちの反逆の意志はパスタの湯気と共に消えていく。この「優しすぎる支配」こそが、今の彼女が持つ最も残酷な権能なのかもしれません。

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