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傍観者の嘲笑、美しき終末の予言

静寂を取り戻したはずの境内に現れたのは、優雅な羽衣を纏った「かぐや姫」と、ミステリアスな笑みを湛える「二階堂美樹」。言葉を奪われた守護者たちの惨状を冷ややかに見つめる彼女たちは、この場所がもはや人間の住処ではないことを鋭く指摘します。救済の道を示さぬまま、彼女たちは真白の変容を「愛でるがいい」と残酷に告げるのでした。

真白がバイト先へと向かい、境内に静寂が戻ったのも束の間。空気が不自然に揺らぎ、まるで月光を凝縮したかのような光の奔流とともに、優雅な羽衣を纏った一人の女性が姿を現した。竹林の風情を背負ったその美女――かぐや姫は、退屈そうに扇を鳴らしながら、門前でへたり込んでいる三人を冷ややかな眼差しで見下ろした。


その傍らには、影を従えるようにして二階堂美樹が佇んでいる。彼女はいつものミステリアスな笑みを浮かべ、この神社の澱みを嗅ぎつけるかのように、白髪が混じり始めた真白の髪の残滓が漂う境内の空気をゆっくりと吸い込んだ。


「……何の騒ぎかと思えば、随分と揃いも揃って腑抜けた面をしているではないか。どうした、ちんちくりん。ついにその見苦しい飼い犬共々と共に、ペットショップのしつけ教室にでも送られる羽目になったのか?」


かぐや姫は小馬鹿にしたように一姫を指さし、ふふっと楽しげに笑った。その声音は涼やかだが、一姫のプライドを逆撫でするには十分すぎるほどの毒を含んでいる。


「誰がちんちくりんだ、このバカ兎ーっ! ……にゃあにゃあ、にゃおー!!」


一姫は激昂して立ち上がったが、口から飛び出したのは無情な猫の鳴き声だった。彼女は己の口を両手で叩き、涙目で抗議のポーズをとる。自分の言葉が「しつけ教室」という屈辱的な単語と結びついたことに、怒りと恥ずかしさで全身の毛が逆立った。


二階堂美樹はその様子を静観しながら、ゆっくりと境内へ歩を進めた。彼女の瞳は、この場所が昨日までとは決定的に違う「何か」に塗り替えられつつあることを鋭く見抜いている。彼女はワン次郎の近くで立ち止まり、かがみ込んでその頭を軽く撫でた。柴犬の震えが、ただの恐怖ではないことを彼女は理解しているようだ。


「……ねえ、一姫。そんなに鳴いても無駄よ。今のあなたたちからは、真白さんの『保護者』としての威厳なんて微塵も感じられないわ」


美樹はミステリアスな微笑を深め、境内の中央にある神鏡を見上げた。昨日まで真白が必死に磨き上げていた鏡は、今は朝日に照らされて妖しいまでに澄み渡っている。


「かぐや姫さん、からかうのはそこまでにしておいてあげたら? 今の彼らは、必死に『日常』という沈みゆく船を支えている最中なの。……そうでしょう? 昨日、真白さんの髪が白く染まったとき……いえ、あの『人和』の夜から、この神社は人間が住む場所としては少し窮屈になりすぎたみたいね」


「あら、ご明察。妾も、ここから漂う神気の質が変わったことくらいは分かっているわ。真白という娘、自分の魂を削ってまで、あそこまでして何を必死に守ろうとしているのかしらね」


かぐや姫は扇を閉じ、境内を見渡した。彼女の視線の先には、真白が昨日まで掃除をしていた場所が、あまりにも完璧に整いすぎているために、かえって異様なまでの緊張感を放っている。


「一姫、ワン次郎、そしてそこの龍の子。あなたたちのその鳴き声、もし真白の『神格化』を止めようとする必死の言葉だとしたら……随分と滑稽な最後通告ね。真白自身が自分を『ただのバイト店員』だと定義し続けている限り、あなたたちの必死な叫びは、彼女にとっては愛くるしい音楽でしかない」


美樹の言葉に、一姫はハッとして目を見開いた。彼女たちがどんなに危機を訴えても、真白にはペットのじゃれつきにしか聞こえない。その残酷な摂理を、部外者であるはずの美樹が正確に指摘したのだ。


「……にゃん! にゃんっ、にゃあ!」(分かってるなら教えてくれ、どうすれば彼女を止められるんだ!)


一姫は一縷の望みをかけて美樹にすがりついたが、返ってきたのはやはり「にゃあ」という鳴き声だけだった。彼女は悔しさに奥歯を噛み締め、美樹の足元で力なく地面を掻いた。


「ふふ、お手上げね。神の領域に踏み込もうとする人間を止めるのは、たとえ神の使いであっても不可能。……せいぜい、彼女が完全に『神』になり果てるその瞬間まで、一番近くでその美しい変容を愛でるがいいわ」


美樹とバカ兎と嘲笑われるかぐや姫。二人は、真白がいない場所で、この神社の終末を予言するような言葉を淡々と紡いでいく。三人の守護者は、彼女たちの傍観者的な態度に怒りを感じながらも、真白を救うための「突破口」がどこにも見当たらないという事実に、改めて絶望の深淵を覗き込んでいた。

「神格化を止めるのは不可能」と言い切る二階堂美樹。彼女たちは、真白が人間を辞めていく過程を、まるで一編の美しい悲劇のように鑑賞しようとしています。守護者たちが抱く「家族としての情愛」すら、この圧倒的な神の理の前では「滑稽な最後通告」に過ぎないのでしょうか。

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