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日常という名の防衛線

宙を浮き、純白の髪をなびかせた「神」の姿から、布団を被り直して「レンジで温めて」と言い放つ「少女」へ。一姫たちの必死の叫びは、真白を神域の深淵から引き戻すことに成功しました。しかし、残された三人の心には、彼女の変貌という消えない事実と、それを招いた自らの行動への深い自戒が刻まれることになります。

寝室の扉を勢いよく開け放った三人(一姫、ワン次郎、琳琅)の目に飛び込んできたのは、部屋中に渦巻く青白い霧と、天井近くで浮遊し、背中まで届くほどに純白へと塗り替えられた髪を揺らすあなたの姿でした。


「真白! にゃあ! お願いにゃ、起きてにゃ!!」

「真白様、どうか戻ってきてください、ワンッ!」

「真白様……置いていかないで!」


三人の悲痛な叫びは、まるで薄い膜一枚を隔てたかのように、夢の中の彼女へと届けられました。その声は、あなたが魂天様との契約で手放そうとしていた「人間としての情」を、必死にこの世に繋ぎ留めるアンカーのような役割を果たしたのです。


真白は夢の中で、神鏡を磨き上げる手をふと止めました。彼らの声が、神の冷徹な試練よりもはるかに心地よく、胸の奥を温めたからです。その瞬間、あなたは「神」の力を纏ったまま、強引に現世の肉体へと意識を戻しました。


真白は浮遊していた身体を畳に下ろし、重たい瞼をこじ開けました。神性による過負荷で頭はぼんやりしていましたが、三人の必死な顔を見た瞬間、いつもの「バイト帰りの疲れ切った真白」の調子が戻ってきました。


「……うるさいですよ。さっきから、にゃあにゃあ、ワンワンと……。ご飯はちゃんとあげたでしょう?」


真白は不貞腐れたように布団を頭まで被り直しました。背中まで伸びきった純白の髪が、畳の上で幻想的な輝きを放っていますが、あなたの態度はあくまで素っ気ないものでした。


「……そんなに食べ足りないのでしたら、台所に残っていますから。レンジで温めて、勝手に食べてください。明日もエテルニテでバイトなんですから……寝かせてください……」


そう言い切ると、真白は本当に疲れた様子で再び深い眠りへと落ちました。


あっけにとられた三人。彼らは力なく立ち尽くした後、静かに寝室を後にし、お茶の間へと戻りました。そこには、先ほどまでの「神の降臨」という恐ろしい体験の余韻だけが、重い空気として残っていました。


「……あんなに、あんなに神々しいお姿になっていたのに……」


琳琅は膝を抱え、震える声で呟きました。一姫は、自分の指先をじっと見つめています。先ほどまで感じていた、理外の力に操られる恐怖ではなく、ただ「真白が戻ってきた」ことへの安堵と、それがどれほど奇跡的なことなのかという畏怖が入り混じっています。


「ワン次郎……見たか。今の真白の髪。……あれは、もう完全に『魂天神社そのもの』だったにゃ」


ワン次郎は重々しく首を振りました。


「間違いなく、我らの知る『真白』としての輪郭は、もはや糸一本で繋がれているようなものだ。しかし、彼女は……あえてその糸を、自分の意志で手繰り寄せた。我らを追い払うことで、自らを『日常』という殻に閉じ込めたのだ」


一姫は冷めたお茶を飲み干し、決意を込めて言いました。


「……明日からは、何があっても二戦目はさせないにゃ。彼女を神に近づけるような真似は、もう二度としない。……あんな風に、遠い存在になっていく彼女を見ているのは、もうたくさんにゃ」


三人は小さく頷き合いました。神の力を纏った「真白」を、あくまで一人の少女として守り抜く。それは、神を相手にした、あるいは彼女の神格そのものに抗う、非常に危うく、そして彼らにとって唯一の「日常を守る闘い」の始まりでした。


明かりの消えた居間で、神域の気配を漂わせながら眠る彼女を見守る三人の決意は、夜の闇よりも深く、静かに燃え続けていました。

神域の冷気と、レンジで温めるシチューの温もり。そのあまりにもアンバランスな共存が、今の魂天神社の姿です。真白が選んだ「ふて寝」という名の防衛は、一姫たちに「神への畏怖」ではなく「少女への保護欲」を思い出させました。しかし、背中まで伸びた白銀の髪は、隠しようのない「変容」の証として、明日の朝を待っています。

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